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第19話 あなたがいれば
しおりを挟む微かに誰かが私を呼ぶ声が聞こえてきた。
その声に導かれるように、私は深く沈んだ眠りから覚めていく。
左手が温かい。愛しくて優しい温かさ。
重く怠い瞼をゆっくりと開く。
リゼルが私の手を握り、祈るようにベッドに突っ伏していた。
「リ、ゼル……?」
囁くような声しか出せなかったが、リゼルは飛び起きた。
「母上!? 母上! 良かった! 母上!」
リゼルが私に抱きついて大声で泣いた。まるで幼い子供のようだ。
体が重かったが、なんとか腕を動かしてリゼルの頭に手をやった。銀の髪をさらりさらりと撫でる。
「ごめんなさい、心配をかけたわね。リゼル、あなたは大丈夫なの?」
ひとしきり泣いた後、リゼルは袖で涙を擦って顔を上げた。
「俺は平気だ。医者の治療も受けたし、今は何ともない。それより母上は大丈夫なのか? 何日も目が覚めないから、本当に……死んじゃうのかと……」
拭ったばかりの目に、再び涙が溢れていた。
リゼルの泣き声を聞きつけて、皆が飛んできた。
アンブローズさんにヴェイン、アルフレッドに……見たことのない少女がいる。しかし、見覚えがある。原作の表紙で見た顔とそっくり。ステラだ。
アンブローズさんによると、私は1週間眠っていたという。解毒薬は効いたが、やはり毒は強かったらしい。
「いやはや、まさかこんなことになるとはの。わしが解毒薬を持っていかなかったら、どうするつもりだったのじゃ」
「私は死ぬつもりでしたから」
「どうしてだよ! 母上が死ぬなんて!」
「あなたを助けられるなら、私は死んだって良かったのよ」
「そんなこと言うな! 母上は死んじゃダメだ!」
駄々っ子のように言うリゼルは、周りの目など気にしていないようだった。
「ごめんなさいね。もうこんなこと言わないから、泣かないで。ね」
「……うん」
実母を早くに亡くし、父親も亡くしているリゼルに親の死というのは考えたくもないことなのだろう。
私が死んだらリゼルが悲しむとはわかっていたが、それでもあの時はその方法しか思いつかなかった。
「サイラスは、どうなったの?」
言い淀むアルフレッドの代わりに、アンブローズさんが答えた。
「生きておるぞ。3日ほど寝込んだそうじゃがな」
そう聞いても驚く素振りのない私に、ヴェインが首を捻った。
「死んだと思ったんじゃないのか?」
「強力な毒とは聞いていたけれど、あの程度で致死量になるとは思っていなかったもの。僅かな毒でも死ぬなんて言ったのは、ただのはったり」
「へえ、やるじゃん。けど、その僅かな毒ってのをどうやってサイラスに飲ませたんだ? 毒薬はひとつしかなくて、それはあんたが飲んだんだろう」
「それは……」
リゼルがなんとも言えない顔で下を向いた。
あの思い出すのも吐き気がする接吻を目撃したのはリゼルだけだ。多感な時期に母親のあんなところを見せることになって、本当に申し訳ない。ただ、背に腹は代えられなかった。
何かを察したアンブローズさんが、ごほんと咳払いをして話題を戻してくれた。
貴族たちの前で罪を認めたサイラスは言い逃れもできず、リゼルの誘拐監禁、私への暴行、そして何より実兄を殺した罪に問われたらしい。
マーウッド夫人とは離婚になり男爵の地位は剥奪。処刑は免れたものの、辺境の地で幽閉されるらしい。残された夫人は精神を病んで、今は病院に入院しているそうだ。
「本当に父が大変なことをして、申し訳ありませんでした」
アルフレッドが深々と頭を下げる。その横で、ステラが心配そうに寄り添っていた。
「貴方は何も悪くないわ。むしろお礼をしたいの。あの時アルフレッドが来てくれなかったら、それこそどうなっていたことか」
「そんな、僕は父の罪に何も気づかなかった。それも罪です。リゼル、父はキミにも長年酷いことをしてきた。許してくれとは言えないが、父の代わりに謝罪をさせてくれ」
「や、やめろよ。ホントお前は何にも悪くないんだからさ。助けてくれて感謝してるよ」
私とリゼルにそう言われて少しは安心したのか、アルフレッドはぎこちなく笑った。そして、真剣な顔つきになる。
「これからは、僕が男爵を継ぎます。まだ未熟者ですから、自分自身不安ではありますが……」
「私がお支えします」
ステラがアルフレッドを支えるように腕を抱いた。
「まさか、わしが勝手に言ったことが本当になるとはの」
屋敷に残ったアンブローズさんは、大急ぎで社交パーティーに出ている貴族たちに教会でアルフレッドとステラの婚約式をすると話に行ったという。貴族たちの前で罪を認めさせれば逃げ場がないだろうと。
あの日のパーティーはまだまだ続いていたから、貴族たちもそれならばと一斉に教会に向かったらしい。
2人の仲睦まじい姿を見せられたリゼルは、少しだけ悔しそうに見えた。やはり原作通り、パーティーでステラに一目惚れしていたんだろう。
けど、無理矢理ステラを攫ったりはしなかった。この子は悪役令息にならなかった。
「リゼル」
そっと声を掛けると、リゼルはニッと笑った。
「見てよ、母上。アルフレッドとステラ、すごいお似合いじゃないか」
「リゼル、無理してないのね?」
「全然! だって俺には母上がいるからな!」
リゼルは人目も憚らず、私に抱き着いてきた。
もしかしたら、マザコンに育ててしまったかもしれない。でもまだ13歳だ。
「母上は、父上が居なくて寂しいか? 新しい人と結婚したいか?」
そんなことをリゼルに聞かれたのは初めてだった。
みんな気を使ってか、私たちの会話は聞こえない振りをしてくれているようだったが構わない。私はみんなに聞こえるようにはっきりと言った。
「いいえ、全然寂しくないわ。だってリゼルがいるもの」
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