クライン工房へようこそ!【第15部まで公開】

雨宮ソウスケ

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第12部

プロローグ

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「……うん、ありがとう。兄さん」


 一拍の間を空けて。


(……え?)


 その台詞に、ユーリィは唖然とした。
 口を開いたのは黒髪の少年。ユーリィより少しだけ年上の少年だ。
 ユーリィの友達である、ルカの先輩らしい。
 ただ、ユーリィは、彼を警戒していた。
 ルカの先輩は礼儀正しく、たぶん優しい人物だ。
 けれど、ユーリィは、それでも彼を警戒していた。
 理由は自分でも分からない。
 彼を見ていると、どうしてか、とても不安を感じるのだ。そして、そんな不安を抱いた中で、彼と、ユーリィにとって一番大切な青年との模擬戦が始まった。

 青年の実力については今更だ。
 青年はユーリィの家族であり、最強の守護者。負けるはずがない。

 驚いたのは少年の実力の方だった。
 なんと、彼は青年の力に食らいついたのだ。
 その戦闘は善戦とも呼べるものだった。
 青年と共に、今日まで色々な戦士と出会ってきたユーリィにしてみても、あの年齢で青年相手に善戦できる者などほとんど知らない。
 そして遂には、青年の愛機の腕に損傷を負わせたのである。


(……凄い)


 少年に対する不可解な不安を横に置き、ユーリィは純粋にそう感じた。
 青年の実力を、誰よりもよく知る彼女だからこその賞賛だ。
 いずれにせよ、これで模擬戦は終了。ユーリィのみならず、その場にいる者全員がそう思ったはずだった。

 しかし、戦闘はさらに続いた。
 それも青年が切り札まで使う戦いが、だ。

 戦闘そのものは青年が圧倒した。当然だ。少年の実力は目を瞠るものだったが、本気の青年は格が違う。抗うことさえ困難だ。
 だが、ユーリィは困惑した。


(どうしてなの? アッシュ)


 こんな状況は想定していない。
 青年――アッシュが、まるで相手を試すような戦いを仕掛けるなんて初めてのことだ。


(……アッシュ)


 ユーリィはキュッと唇をかんだ。
 確信する。
 やはりアッシュは、あの少年を特別扱いしている。
 その理由までは分からないが、間違いない。

 そうして困惑する中、今度こそ戦闘は終了した。
 結果は引き分けのような形だったが、アッシュが手加減していたことは誰の目にも明らかだ。やっぱり自分の愛する人は最強。ユーリィは内心で胸を張った。

 だが、疑惑は残る。
 ユーリィは戦闘が終わって、こちらにやってきた少年に率直に訊いた。


「一体何者なの?」


 少年は困った様子だった。
 そこへ、やってきたのがアッシュだった。
 そして二人は、少しばかりぎこちない様子で会話を交わした後、少年が先程の台詞を告げたのだ。
 ユーリィは「え?」と声を零した。
 隣に立つサーシャやアリシアも「は?」と呟いている。


(い、いま、なんて……?)


 さらに困惑するユーリィ。
 すると、アッシュは、


「ユーリィ」


 彼女の名を呼んで手招きをした。
 ユーリィは困惑したまま、アッシュの元に向かう。と、不意に足元からアッシュに抱き上げられた。


「ア、アッシュ?」


 ユーリィがアッシュの名を呼ぶと、アッシュはこう告げた。


「コウタ。改めて紹介するぞ。俺の『娘』のユーリィだ。可愛いだろ?」

「あ、うん」


 少年は、ユーリィに頭を下げた。


「改めまして、ユーリィさん。コウタ=ヒラサカと言います。その、兄がいつもお世話になっています」

(……え?)


 訳が分からない。
 兄? 兄って何だ?


「……兄って?」


 ユーリィはアッシュの肩に右手を置いた。
 そして少し潤んだ翡翠色の瞳でアッシュを見つめた。


「これって、どういうことなの? アッシュ?」


 困惑したまま、そう尋ねると、アッシュはあっさりしたものだった。


「ん? ああ。コウタは俺の実の弟だ。前に弟がいるって言っただろ?」

(……え)


 ユーリィは茫然とした。
 アッシュの台詞に、アリシアとサーシャが「「えええッ!?」」と愕然とした表情を見せ、ロックとエドワードの方はポカンと口を開けていた。
 ユーリィの視界には入らなかったが、実はオトハや、ミランシャ達は驚いていない。
 ただ、優しい眼差しでアッシュと少年を見つめていた。


「け、けど」


 ユーリィは唖然としながらも、コウタの方に目をやった。


「死んだって言ってなかった?」

「おう。生きてたんだ。流石は俺の弟だよな」


 アッシュは、ユーリィを抱きしめたまま、二カッと笑った。


(……弟? アッシュの、実の弟?)


 困惑はなお続く。
 と、少年――アッシュの弟は、少し気まずそうに頭を下げてきた。


「その、すみません、ユーリィさん」


 躊躇うように一拍空けて、


「本当なら、もっと早く名乗るべきだったんですけど、兄とは、ボクも八年ぶりの再会だったので、ちょっと言い出す機会が難しくて……」


 そう告げる少年に、ユーリィは言葉もない。
 ただ、自分を抱き上げるアッシュと、少年を何度も交互に見た。


(お、弟……アッシュの、


 ズキン、と胸の奥が痛む。
 そして――。


「………」


 自分でも分からない痛みで、ユーリィは睨みつけた。


「え、えっと……」


 当然、少年は困惑する。
 意味のない敵意。その自覚はある。
 けれど、それでも――。


(………なんか嫌)


 ユーリィは、不貞腐れるように視線を逸らした。
 そして胸の痛みを少しでも忘れるため、ユーリィはアッシュの首元に両腕を回すと、ぎゅうっと抱きついた。


「おい? ユーリィ?」


 アッシュは目を丸くする。


「どうしたんだ? お腹が痛いのか?」

「……うるさい」


 ユーリィはそれだけを告げて、アッシュの首元に顔を埋めた。
 もう言葉が出てこない。


「ユーリィ?」


 アッシュが優しい声で名前を呼んでくれる。
 彼女が愛する青年はいつだって優しい。
 今もギュッと抱きしめてくれる。
 しかし、心は弾むが、不安はあまり拭えなかった。


(……何なの? これ?)


 キュッと唇をかむ。
 まるで不安に抗うように。
 今はただ、アッシュの温もりにしがみつくユーリィだった。
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