クライン工房へようこそ!【第15部まで公開】

雨宮ソウスケ

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第15部

第二章 そして第二の幕が上がる②

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 ――《夜の女神杯ルミナスナイツ・カップ》二日目。

 今日もまた晴天。
 闘技場は、初日以上の盛り上がりを見せていた。
 前大会を遥かに上回る試合レベルの高さ。
 それに加えて、美しい出場選手たちの艶姿ハンドラースーツが話題を呼んだのである。
 闘技場の受付は、チケットのキャンセルがないかと問い合わせる客で溢れていた。

「二席! 第三列の端が空いているよ!」

「今ならビラル金貨一枚! たったそんだけで最前列の席が手に入るよ!」

 いつもなら影に潜んでいる転売屋も、堂々と姿を現している。
 第三騎士団の騎士たちが摘発しようとすると、観客がこっそり邪魔をして、転売屋の逃亡の手助けをするぐらいだ。
 そんな混雑とした中で――。

「…………」

 サーシャは、操手衣ハンドラースーツに着替え終えて待機室にいた。
 片手を抑えるその表情は真剣そのもの。
 琥珀色の眼差しが見つめるのは、室内に設置されたモニターだった。

「……サーシャお姉ちゃん」

 と、声を掛けるのは、同じく操手衣ハンドラースーツを着たルカだった。
 彼女も緊張した様子でモニターに目をやっていた。
 この部屋は赤門専用の待機室。
 この場にいるのは、ベスト8の内の四名だけだ。
 すなわち、ここにいない残り四名はサーシャたちの対戦相手となる。
 蛇足ではあるが、一回戦の敗者たちは別の特別観戦室で見物しているそうだ。
 サーシャは、室内にも目をやった。

 ここには、アリシアも、ミランシャも、レナの姿もない。
 さらに言えば、前回の覇者であるシェーラ=フォクスの姿もなかった。
 代わりに、ほぼ面識のない二人の女性操手がいた。

(ベスト8なら、こうなる可能性はあったけど……)

 サーシャは、グッと肘を抑えて瞳を閉じた。
 ここにアリシアたちがいない時点で分かっていたことだ。
 4分の3という高確率で、彼女たちの誰かとぶつかるということは。
 アリシアたちは、誰もが強敵だった。しかも、仮にそれを避けられたとしても、残っている相手は前回の覇者である。極めて厳しい状況だった。
 言ってしまえば、ほとんどの優勝候補者が片方に偏ったような状況なのである。
 サーシャたちが緊張するのも無理はない。

(……誰に当たっても格上……ううん、ルカだって私よりも強いか。けど……)

 そこで、サーシャは少しだけ口元を綻ばせた。
 そもそも、自分は格下相手と戦った経験がないような気がする。
 一回戦も機体においては明らかに格上だった。
 初めての実戦など、恒力値が十万ジンにも至るような鎧機兵かいぶつだったぐらいだ。

 相手は常に格上。
 それが彼女の戦歴なのである。
 ――そう。自分は決して強くはない。

(私は弱者。カッコつけても仕方がない)

 初心に帰って、サーシャは表情を引き締めた。
 と、その時だった。

「っ! お姉ちゃん!」

 ルカがモニターを指差した。
 サーシャも、視線をそちらに向ける。
 そこには、抽選で決まった対戦表が表示されていた。
 そこに記載されていた名前は――。

「……サーシャお姉ちゃん」

 ルカは心配そうな眼差しでサーシャの横顔を見つめた。
 対し、サーシャは真っ直ぐな瞳で、自分の対戦者の名前を見据えていた。

「……アリシア」

 ポツリ、とその名を呟く。
 静寂が室内に訪れる。

 ――《夜の女神杯ルミナスナイツ・カップ》第二回戦、第一試合。
 アリシア=エイシス、対、サーシャ=フラム。

 運命の悪戯か。
 最も親しい幼馴染同士の対決だった。


       ◆


 一方、静寂が訪れていたのは、赤門の待機室だけではなかった。
 長い沈黙が続く。

(……そう。こう来たのね……)

 青門の待機室にて。
 サーシャたち同様にすでに操手衣ハンドラースーツに着替え終えているアリシアは、静かな眼差しでモニターを見つめていた。
 対戦相手は完全な抽選だ。こうなることは可能性としては大いにあった。

(……サーシャ)

 アリシアは、グッと拳を固めた。
 アリシアの幼馴染であり、親友であり、同じ人を好きになった恋敵でもある。
 紆余曲折の果てに、今や将来を共にすると決めた同志だった。

『アリシア! あそぼっ!』

 幼き日の彼女の姿を思い出す。
 どこに行くにも、彼女はいつも自分の後に付いてきていた。
 紛れもなくアリシアにとって、最も親しい人物だった。

「……いきなりだったわね」

 不意に、ポンと肩を叩かれた。
 振り向くと、そこにはミランシャの姿があった。
 身に纏うのは真紅の操手衣ハンドラースーツ
 流石にもう意味がないと思ったのか、仮面は着けていない。

「……ミランシャさん」

「アタシとレナは、無難な相手っぽいわね」

 アリシアの肩に手を置いたまま、モニターを見やる。
 ミランシャとレナの対戦相手は、名前もほとんど知らない相手。
 一回戦を見ていても、組み合わせの妙で勝ち上がった印象のある選手たちだった。

「う~ん、ちょいと残念だぜ」

 と、そこへ緋色の操手衣ハンドラースーツを着たレナがやって来る。
 後頭部に両手を置くレナ。歩くたびに、ゆさりっ、と存在感を大いにアピールする彼女のお胸さまに、ミランシャとアリシアは少しムッとした。

「オレは、出来ればサーシャとルカ。どっちかとは戦ってみたかったんだけどな」

 一方、レナは気にせずにニカっと笑う。

「二人とも光るもんがあるからな。試す機会があんなら試したかったんだ」

「……確かにそうかもね」

 ミランシャは苦笑した。

「あの子たちに光るものがあるのは事実ね。アタシも一度ぐらいは戦ってみたかったわ。けど、それなら――」

 そこで視線を部屋の一角に向ける。

「フォクスさん。あなたはどう思ってるのかしら?」

 一人、両肘に手をやってモニターを見上げていたシェーラに声をかけた。
 彼女の対戦相手はルカだった。

「……そうですね」

 紫色の操手衣ハンドラースーツを纏ったシェーラは、ミランシャを一瞥した。

「王女殿下は、とてもお強いお方です」

 シェーラは鋭い視線で対戦表を見据える。

「不敬ではありますが相手にとって不足はありません。全力を尽くすだけであります」

「……そう」

 ミランシャは目を細めた。

「アリシアちゃん。あなたはどうなの?」

「私もですよ」

 アリシアは笑った。

「昔のサーシャは本当に弱かった。けど、アッシュさんと出会って強くなった」

 サーシャは同じ騎士学校の同級生だ。
 講習でも放課後でも、何度も立ちあっていた。
 サーシャがどれほど強くなっているのか。
 それは誰よりも――それこそ師であるアッシュよりも、自分の方がよく知っていた。
 サーシャは、十傑の称号を持つ自分に迫るほどの相手だ。
 三回生に上がる頃には、十傑の一人になっているかもしれない。

 だが、それでも……。

「対人戦におけるあの子は別格です。けど、鎧機兵戦においてなら、私はサーシャに一度も負けたことはありません」

 アリシアは矜持を以て告げる。

「サーシャは優しい子ですから、詰めが甘いというか、ここぞというところで、うっかりミスをすることも多いですし」

「ははっ、実にサーシャちゃんらしいけど、それって弱点よね」

 ミランシャは苦笑を浮かべた。

「確かにそうですよね」

 アリシアも苦笑いをして見せた。

「けど、今回はご褒美がありますから」

「うん。この大会に優勝したら、アシュ君にお願い事が出来るあれね」

 ミランシャは頬に指先を当てて微笑んだ。
 それに対し、レナが「……むむむ」と唸る。

「それって、元々はオレとサーシャに対してだけの話だったはずだぞ。なんで、お前らにまで適用されてるんだよ」

「いいじゃない。サーシャちゃんは受け入れてくれたわよ」

 と、ミランシャが言う。レナは少し納得いかないようだったが、

「ま、いっか。どうせオレが勝つんだし!」

 陽気に笑って承諾した。
 実のところ、アッシュ当人だけには承諾を得ていない話だった。

「……いいえ。そうはいきませんよ。レナさん」

 アリシアは、自信満々なレナに告げた。

「私だって、今回のご褒美では本気のデートを考えているんです。具体的に言えば、賞金の一部を使って二人きりで小旅行。ラッセルのホテルでニ泊はするぐらいの」

「………え」

 ミランシャが驚いた顔する。

「二泊するような旅行? しかも二人きりの? それって完全に最後まで……。アリシアちゃん、そこまで攻めに入る気なの……?」

「もう色々と吹っ切れましたから。それにミランシャさんほどじゃありませんよ。何なんですか、一回戦のあの発言は」

 アリシアは、ジト目をミランシャに向けた。
 ミランシャは流石に「……う」と呻いた。
 アリシアは、さらに言葉を続ける。

「年少組だからって、いつまでも侮らないでください。ルカでさえ過激なことを考えているんですから。サーシャだって今回はきっと同じような計画を立ててますよ」

「そ、そうなんだ……」

 ミランシャは、少し頬を引きつらせた。
 確かに、彼女たちに対しては少々侮っていたかもしれない。
 思い返せば、最年少のユーリィが、すでに彼とキスまで済ませているのだ。その点においては、ミランシャよりもずっと先に進んでいる訳だ。

「あの子も、今回だけは本気になるはずです」

 アリシアは、再び視線をモニターに向けた。
 次いで、親友の名前を瞳に刻みつける。

「……今回だけはあの子も完全に火が点く。私は強くなったあの子を見て、ずっと思っていたんです」

 ポツリ、と呟く。

「……そう。私は……」

 そうして、アリシアは長い髪をかきあげて微笑んだ。

「ずっと、本気のあの子と戦ってみたかったんです」
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