クライン工房へようこそ!【第15部まで公開】

雨宮ソウスケ

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第15部

第二章 そして第二の幕が上がる③

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 ――ガヤガヤガヤ。
 場所は変わって闘技場の観客席。

「お~い、早く早く」

「そろそろ始まっちまうぞ! 早く席に着けよ!」

「おおっ、こいつは一回戦から楽しみな組み合わせだな!」

 と、大いに盛り上がる観客たちの中で――。

「……う~ん、まさか、こういう組み合わせになっちまうとはな」

 腕と足を組んだアッシュは、ビッグモニターをまじまじと凝視していた。
 その表情は、少しばかり戸惑っているように見える。

「ミランシャとシャルに続いて、今度はメットさんとアリシアかよ……」

 モニターに映された対戦表には、彼女たちの名前が記されていた。
 それも第一試合からだ。
 ちなみに、対戦表にはすでに全員分の対戦が記されていて、ルカは前回の覇者であるシェーラ=フォクスと。ミランシャとレナは、それぞれ知らない選手と組まれていた。

 ミランシャとレナは、恐らく問題ないだろう。
 気になるのは、ルカの試合。
 そしてその前の、サーシャとアリシアの試合だ。

「そりゃあ、確かに当たる可能性は少なくはなかったが……」

 こうも早く当たるとも思っていなかった。
 同い年の幼馴染同士。不思議な縁があるのかもしれない。
 アッシュは苦笑を零した。
 と、その時、

「……アッシュは、どっちが勝つと思う?」

 アッシュの右隣に座るユーリィが尋ねてくる。
 アッシュはあごに手をやり、「そうだな」と言って対戦表に目をやった。

 ――アリシアとサーシャ。
 果たして、どちらの方に分があるのか……。

「……正直に言って、メットさんの方はともかく、アリシアの実力については、俺もそこまで詳しくねえんだよなぁ……」

 サーシャの講習ついでに、アリシアにも何度か指導したことはある。
 しかし、結局のところ、彼女はアッシュの弟子ではない。
 その実力のすべてを把握している訳ではなかった。

「むしろ、あの二人だったら、オトの方が予想しやすいんじゃねえか?」

 言って、左隣に座るオトハに視線を向けて尋ねた。
 彼女にとっては二人とも教え子である。
 オトハは「そうだな……」と呟いて瞳を細めた。

「総合力では明らかにエイシスだ。模擬戦では全戦全勝だったな。フラムはどうにも詰めが甘いところがあり、いつもそこを突かれている。しかし今回は――」

 オトハは、ちらりとアッシュを一瞥した。
 アッシュが「ん?」と眉をひそめたので、コホンと喉を鳴らした。

「今回の試合に対しては、フラムも気の入りようが違う。ほとんど実戦並みの集中力と言ってもいいだろう。そういった時のフラムは、とんでもない行動力を発揮する。それはクラインもよく知っているだろう?」

「……まあ、な」

 アッシュは困ったような顔で口角を崩した。
 サーシャのここぞという時の行動力は本当に凄い。
 と言うよりも、凄いのを通り越して心配になってくるほどの行動力だ。

「あの子には、本当に躊躇いのない時があるからな。空から鎧機兵で落下するとか。ちょっと不安でもあるんだが……」

 アッシュは腕を組み直して唸った。

「けど、そうなってくると、勝敗は見えねえよな」

 総合力、戦績においてはアリシアが圧勝だ。
 しかし、実戦並みに集中力を高めたサーシャの爆発力は侮れない。
 勝負としては、五分五分と言ってもいいかもしれない。

「それだと、応援する方としては難しいよね」

 と、アッシュより一席離れたサクヤが言う。
 彼女は隣に座るユーリィ越しに、指先をあごに当てた。

「昨日は、明らかにミランシャさんの方が格上だったから、応援がシャルロットさんの方に偏っちゃったけど、今日はどっちを応援すればいいんだろ?」

「……そうだよなぁ」

 それは、アッシュとしても悩ましいところだ。
 今回の大会で、ずっと懸念していた組み合わせとしては、サーシャが、ルカかアリシアとぶつかることだった。
 基本的にアッシュは、サーシャの味方をしたいと考えている。
 あの子が今回の大会に向けてどれほど努力してきたことか。
 それをずっと間近で見てきたのだ。
 仮にこの組み合わせになったとしても、サーシャを応援しようと決めていた。
 しかし、実際にその場面に立ち会うと、再び迷ってしまった。

 アリシアは、可愛い妹分だ。
 勝気な性格だが、気遣いも出来る子で色々なことで助けられている。
 ありがとうと言って頭を撫でると、少し恥ずかしながらもはにかむのだ。

 ルカは、アッシュにとって、この国の象徴のような子だ。
 平和そのものである少女。あの子が傍にいてくれるだけで優しくなれる。
 あの子の頑張っている姿を見ると、無条件で応援したくなる。

「……こいつはどうしたもんかなぁ」

 アッシュは嘆息した。
 すると、ユーリィが「……それなら」と呟いた。

「とりあえず、試合を見て負けそうになった方を応援すればいい」

「……確かに、それも一つの案だな」

 と、オトハが腕を組んで頷く。

「あえて公平を貫いて見守るというのもあるしね」

 続けて、サクヤがそう告げた。

「そうだなぁ……」

 アッシュはあごに手を置き、少し天を仰いだ。
 ――と、その時だった。

「「「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお――ッッ!」」」

 突如、湧き上がる大歓声。
 アッシュたちは視線を舞台に向けた。
 と、そこには、二つの門から現れる操手衣ハンドラースーツ姿のサーシャとアリシアの姿があった。
 いよいよ二回戦・第一試合が始まるようだ。

「それにしても、あの衣服スーツは本当にエロい……」

 ユーリィが、サーシャたちの姿をまじまじを見据えて、ポツリと呟いた。
 途端、アッシュの頬が少し強張った。

「……確かにな」

 オトハも呟く。こればかりは彼女も同感だった。

「あんなものを着せられることになるとは、フラムたちも災難なことだ」

「あはは、けど、オトハさんも似たような格好じゃない?」

 と、サクヤが言う。
 スタイルを強調する点では、オトハの服もあまり変わらない。
 すると、オトハはムッとした表情を見せた。

「何を言うか。私の服はうちの団服だぞ。装飾品もあの衣服スーツよりも多いし、服として成り立っている。比べ、あれは明らかに下着インナー寄りだろう」

「う~ん……そうだよね。確かにあれは……」

 サクヤが呟く。と、その時、ふと気付く。

「どうしたの? アッシュ?」

 先程から、アッシュが少しだけ目を泳がせているのだ。
 幼馴染の彼女には、すぐに分かった。
 これは、何か気まずさを感じている時の彼の表情だった。

「……トウヤ?」

 サクヤは、あえてその名を呼んだ。
 アッシュは「お、おう……」と呟いた。

「……何か隠してない?」

 椅子から前のめりに身を乗り出し、長い黒髪を垂らして、サクヤがアッシュの顔を覗き込もうとする。その視線はずっとジト目だ。

「い、いや何も……」

 アッシュは喉を鳴らして視線を逸らそうとした。が、

「…………」

 逸らした先で、オトハと視線がぶつかる。
 彼女もまた、ジト目でアッシュを見つめていた。
 さらに言えば、ユーリィまでが半眼の視線を向けている。
 彼女たちの女の勘は、実に冴え渡っていた。
 アッシュは、ダラダラと汗を流し始めていた。

「……アッシュ」「クライン」「トウヤ……」

 三者三様に名前を呼ぶ。
 だが、それはすべて一人を示すものだった。

「う、それは……」

 アッシュは、息を呑んでから告げた。

「後で、その、話すよ。元々サクとオトには伝えるつもりだったしな……」

「………私は?」

 ユーリィが自分を指差した。
 アッシュは「う」と呻くが、

「わ、分かった。ユーリィにもだ。ちゃんと話すよ」

「……ん。分かった」

 とりあえず納得してユーリィは頷いた。
 オトハとサクヤの方はまだジト目だったが、ユーリィ同様に頷いた。

「話す気があるなら、まぁいい」「後でちゃんと聞かせてね」

 と、それぞれ告げる。
 アッシュはホッとした、その時だった。

『お待たせいたしました! それでは皆さま!』

 実況席から、司会者が声を張り上げて告げた。

『これより《夜の女神杯》二日目! 第二回戦を開催いたします!』
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