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治療師の仕事と治療魔法の講義
わんこ弟子による強引な移動
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クリスの宣言と同時に、カリストが楕円形の金属の皿を差し出した。皿の上には、カリストが金属の箱から出した、ピンセットや小型ナイフなどの道具が並んでいる。
クリスは右側に立っているカリストに左手を出した。
「鈎ピン」
カリストが片手に収まるぐらいのピンセットをクリスの手に渡す。ピンセットの先は丸いが、鉤爪がついていた。
クリスはピンセットで黒い皮膚と普通の皮膚の間をつまみながら右手をカリストに向ける。
「メス」
カリストがクリスの右手に小型のナイフを渡した。持つ部分が長いナイフは先の部分に半円状の刃がある。
クリスは黒くなった皮膚と普通の皮膚の間にナイフを近づけ……た、ところで顔を上げて女性に言った。
「終わるまで後ろを向いていろ。痛みがあれば言え」
「は、はい!」
女性が腕を動かさずに体ごと顔を背ける。
今度こそクリスは皮膚にナイフを入れた。そのまま肉をスライスするように薄く黒くなった皮膚を削ぐ。
皮膚の下の組織が見えるが、不思議なことに血が出ない。その代わりに独特の焦げくさい臭いが漂う。
この臭いにルドの記憶が刺激された。戦場で人肉が焼ける臭いと同じ。最近はこの臭いと無縁の生活をしていたが、簡単に忘れられるものではない。
ルドが無表情のまま質問をした。
「師匠。ナイフで切っているのに、なぜ血が出ないのですか?」
「火炎魔法で焼きながら切っている。出血する前に血管を焼いて塞ぐから、血は出ない」
クリスは焼きながらと言ったが、切った後に焦げたような跡はない。組織を傷つけすぎないように最低限の火力で焼いているのだろう。
ルドがクリスの魔法の調節力に驚く。その間に、クリスは黒くなった皮膚をあっさりと切り終えた。楕円形の皿の上に切り取った皮膚とピンセットとナイフを置く。
「これで皮膚の切除は終わりだ。まだ、こっちを向くなよ」
女性が振り向きかけて、もとに戻った。クリスは赤い肉が見える腕の上に手をかざす。
『皮膚組織の修復』
クリスが詠唱すると赤かった部分が白くなり、黄色くなり、皮膚ができた。
「よし、見てもいいぞ」
女性が恐る恐る振り返る。そして傷跡一つない腕を見て破顔した。
「嘘!? 本当に!? どの治療師でも治らなかったのに!」
喜ぶ女性の左ひじをクリスはさり気なく掴んだ。
『橈骨神経ブロック解除』
詠唱を終えて手を離す。
「痛みはないか?」
「はい! なんともないです!」
「左指をうごかしてみろ」
「え? はい」
よどみなく動く女性の指を見たクリスは頷いた。
「今度から泥酔している時に湯たんぽは使うな。治療は終わりだ」
「ありがとうございました!」
女性が軽い足取りで小部屋から出て行く。そして、次の人が入る。
この流れでクリスは次々と治療をしていった。魔力を確実に消費しているが食事ほ取らず、たまに水を飲むぐらい。
ルドがクリスの体調を心配していると、薬を希望した老人が入ってきた。
老人が軽く頭を下げる。
「お久しぶりです、クリス様」
クリスはラミラが記入した紙を読みながら訊ねた。
「薬がなくなってから足の腫れがひどいか?」
「はい。他の治療師に治療魔法をかけてもらったら、その時は腫れが引きますが、次の日には戻るんで困っとります」
「夜、足を高くして寝ているか?」
「言われた通り、足の下に枕を置いて寝ております。腫れは少しマシになりますが、完全には引きません」
「そうか。ベッドに横になれ」
老人がゆっくりとベッドに寝る。クリスは手をかざすと胸からお腹、足へと動かした。
「前回とあまり変わりなさそうだな。加齢とともに、心臓の動きと足の筋肉の動きが弱くなるかは、足が腫れやすくなる。起きていいぞ」
老人がゆっくりと起き上がり椅子に座る。
クリスはメモを書くと、控えていたカリストに渡した。
「薬を準備するから待っていろ。あまり塩辛い料理は食べるなよ。腫れが酷くなってもいいなら、止めないが」
「わかっておりますが、なかなか難しいですな。この年になると食べ物ぐらいしか楽しみがありませんので」
ハッハッハッと笑いながら老人が小部屋から出る。その態度にルドの顔が歪んだ。
「せっかくクリス様が治療されているのに」
「そう、怒るな。先が短いのに好きな食べものを我慢して過ごすか、好きなものを食べて、ますます短くするか。それは個人の自由だ」
「ですが……」
「それでも生きないといけないからな。少しでも生きやすくするのが治療師の役目だろ? 次を入れろ」
クリスはルドとの会話を切って治療へと移った。
※
結局、クリスは休憩を取ることなく夕方まで治療を続けた。食事は取らず、口にしたのは水のみ。
ルドがクリスの体を心配していると、ラミラが来た。
「あの一歳の子どもも問題なかったし、これで全員か?」
クリスの質問にラミラが一枚の紙を渡す。
「あと、もう一人。全身の痛みがひどくてベッドから動けない人がいるそうです」
「そうか。日が沈む前に終わらせたいな。家はどこだ?」
クリスは椅子から立ち上がり歩きだした。しかし、その動きはどこか緩慢で、風が吹けば倒れそうだ。
思わず手を出そうとしたルドをカリストが止める。
「申し訳ございませんが、見守るだけにして下さい。主は手助けをされることが苦手なのです」
「ですが……」
どことなく足元がふらついているクリスを見てルドが決心する。
「師匠! 失礼します!」
「はっ!?」
ルドが豪快にクリスを肩に担ぐ。
「何をする!? 下ろせ!」
騒ぐクリスを無視してルドがラミラに声をかけた。
「目的の家は遠くですか?」
「いえ、ここから歩いていける距離です」
「では、このまま行きます」
クリスは慌ててルドの肩を叩く。
「おい! 勝手に決めるな! おまえらも止めろ!」
叫ぶクリスに対して誰も助けない。視線を逸らして微かに肩を震わせるカリストに、子どもを見守るように微笑むカルラ。
ラミラがにこやかに笑って歩きだす。
「そのほうが早く行けますね。さっさと行きましょう」
「師匠、しゃべっていたら舌を噛みますよ」
ルドも歩きだしたため、クリスは諦めて脱力した。目を閉じて現状を考えないようにする。
それでもカリストとカルラからの生温かい視線を感じる。
クリスは道中で誰にも見られないことを願った。
クリスは右側に立っているカリストに左手を出した。
「鈎ピン」
カリストが片手に収まるぐらいのピンセットをクリスの手に渡す。ピンセットの先は丸いが、鉤爪がついていた。
クリスはピンセットで黒い皮膚と普通の皮膚の間をつまみながら右手をカリストに向ける。
「メス」
カリストがクリスの右手に小型のナイフを渡した。持つ部分が長いナイフは先の部分に半円状の刃がある。
クリスは黒くなった皮膚と普通の皮膚の間にナイフを近づけ……た、ところで顔を上げて女性に言った。
「終わるまで後ろを向いていろ。痛みがあれば言え」
「は、はい!」
女性が腕を動かさずに体ごと顔を背ける。
今度こそクリスは皮膚にナイフを入れた。そのまま肉をスライスするように薄く黒くなった皮膚を削ぐ。
皮膚の下の組織が見えるが、不思議なことに血が出ない。その代わりに独特の焦げくさい臭いが漂う。
この臭いにルドの記憶が刺激された。戦場で人肉が焼ける臭いと同じ。最近はこの臭いと無縁の生活をしていたが、簡単に忘れられるものではない。
ルドが無表情のまま質問をした。
「師匠。ナイフで切っているのに、なぜ血が出ないのですか?」
「火炎魔法で焼きながら切っている。出血する前に血管を焼いて塞ぐから、血は出ない」
クリスは焼きながらと言ったが、切った後に焦げたような跡はない。組織を傷つけすぎないように最低限の火力で焼いているのだろう。
ルドがクリスの魔法の調節力に驚く。その間に、クリスは黒くなった皮膚をあっさりと切り終えた。楕円形の皿の上に切り取った皮膚とピンセットとナイフを置く。
「これで皮膚の切除は終わりだ。まだ、こっちを向くなよ」
女性が振り向きかけて、もとに戻った。クリスは赤い肉が見える腕の上に手をかざす。
『皮膚組織の修復』
クリスが詠唱すると赤かった部分が白くなり、黄色くなり、皮膚ができた。
「よし、見てもいいぞ」
女性が恐る恐る振り返る。そして傷跡一つない腕を見て破顔した。
「嘘!? 本当に!? どの治療師でも治らなかったのに!」
喜ぶ女性の左ひじをクリスはさり気なく掴んだ。
『橈骨神経ブロック解除』
詠唱を終えて手を離す。
「痛みはないか?」
「はい! なんともないです!」
「左指をうごかしてみろ」
「え? はい」
よどみなく動く女性の指を見たクリスは頷いた。
「今度から泥酔している時に湯たんぽは使うな。治療は終わりだ」
「ありがとうございました!」
女性が軽い足取りで小部屋から出て行く。そして、次の人が入る。
この流れでクリスは次々と治療をしていった。魔力を確実に消費しているが食事ほ取らず、たまに水を飲むぐらい。
ルドがクリスの体調を心配していると、薬を希望した老人が入ってきた。
老人が軽く頭を下げる。
「お久しぶりです、クリス様」
クリスはラミラが記入した紙を読みながら訊ねた。
「薬がなくなってから足の腫れがひどいか?」
「はい。他の治療師に治療魔法をかけてもらったら、その時は腫れが引きますが、次の日には戻るんで困っとります」
「夜、足を高くして寝ているか?」
「言われた通り、足の下に枕を置いて寝ております。腫れは少しマシになりますが、完全には引きません」
「そうか。ベッドに横になれ」
老人がゆっくりとベッドに寝る。クリスは手をかざすと胸からお腹、足へと動かした。
「前回とあまり変わりなさそうだな。加齢とともに、心臓の動きと足の筋肉の動きが弱くなるかは、足が腫れやすくなる。起きていいぞ」
老人がゆっくりと起き上がり椅子に座る。
クリスはメモを書くと、控えていたカリストに渡した。
「薬を準備するから待っていろ。あまり塩辛い料理は食べるなよ。腫れが酷くなってもいいなら、止めないが」
「わかっておりますが、なかなか難しいですな。この年になると食べ物ぐらいしか楽しみがありませんので」
ハッハッハッと笑いながら老人が小部屋から出る。その態度にルドの顔が歪んだ。
「せっかくクリス様が治療されているのに」
「そう、怒るな。先が短いのに好きな食べものを我慢して過ごすか、好きなものを食べて、ますます短くするか。それは個人の自由だ」
「ですが……」
「それでも生きないといけないからな。少しでも生きやすくするのが治療師の役目だろ? 次を入れろ」
クリスはルドとの会話を切って治療へと移った。
※
結局、クリスは休憩を取ることなく夕方まで治療を続けた。食事は取らず、口にしたのは水のみ。
ルドがクリスの体を心配していると、ラミラが来た。
「あの一歳の子どもも問題なかったし、これで全員か?」
クリスの質問にラミラが一枚の紙を渡す。
「あと、もう一人。全身の痛みがひどくてベッドから動けない人がいるそうです」
「そうか。日が沈む前に終わらせたいな。家はどこだ?」
クリスは椅子から立ち上がり歩きだした。しかし、その動きはどこか緩慢で、風が吹けば倒れそうだ。
思わず手を出そうとしたルドをカリストが止める。
「申し訳ございませんが、見守るだけにして下さい。主は手助けをされることが苦手なのです」
「ですが……」
どことなく足元がふらついているクリスを見てルドが決心する。
「師匠! 失礼します!」
「はっ!?」
ルドが豪快にクリスを肩に担ぐ。
「何をする!? 下ろせ!」
騒ぐクリスを無視してルドがラミラに声をかけた。
「目的の家は遠くですか?」
「いえ、ここから歩いていける距離です」
「では、このまま行きます」
クリスは慌ててルドの肩を叩く。
「おい! 勝手に決めるな! おまえらも止めろ!」
叫ぶクリスに対して誰も助けない。視線を逸らして微かに肩を震わせるカリストに、子どもを見守るように微笑むカルラ。
ラミラがにこやかに笑って歩きだす。
「そのほうが早く行けますね。さっさと行きましょう」
「師匠、しゃべっていたら舌を噛みますよ」
ルドも歩きだしたため、クリスは諦めて脱力した。目を閉じて現状を考えないようにする。
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クリスは道中で誰にも見られないことを願った。
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