【完結】秀才の男装治療師が女性恐怖症のわんこ弟子に溺愛されるまで

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治療師の仕事と治療魔法の講義

クリスによる迅速な治療の開始

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 治療院の奥にある小部屋で、クリスは診る人たちの症状が書かれた紙の束を読んでいた。
 小部屋には一つの机と二つの椅子、幅が狭いベッドが一つと金属の箱を載せたワゴンのみ。

 数人ほどの緊急治療を終えたクリスは大きく息を吐いた。昨日の疲労が残っているが、今日はまだ始まったばかり。

「よし!」

 気合いを入れると、カリストがルドを連れてきた。
 ルドがクリスの顔を見るなり破顔して近づく。その姿に犬耳と盛大に振る尻尾の幻覚が。

 頭を抱えかけたクリスにルドが挨拶をする。

「おはようございます! 師匠!」
「朝から元気だな。おまえは図体がでかいから、気配を消して端で見ていろ」

 ルドが室内を見回して訊ねた。

「あの、先程一歳ぐらいの子どもが来たと思うのですが……」
「あぁ。あの子どもは頭の中で出血をしていたから、その血を抜き取って、圧迫されていた部分に修復魔法をかけた。隣の部屋で寝ているが、もう少しすれば目覚めるだろう。起きたら後遺症がないか確認をして、問題なければ家に帰す」
「そうですか」

 ホッとした様子のルドにクリスは淡々と確認する。

「聞きたいことは、それだけか? なら、とっとと気配を消して端へ行け」
「はい!」

 ルドが素早く部屋のすみに移動した。

「よし、次を呼べ」

 クリスの言葉を合図にカリストがドアをあける。
 入ってきたのは、右足を引きずりながら歩く青年だった。青年にカリストが椅子を勧める。

 クリスは紙に書かれた内容を本人に確認した。

「二日前に右足をくじいたのか?」
「はい。それから足が腫れて、痛みが続いて……」
「見せてみろ」
「こちらへどうぞ」

 カリストが青年をベッドに寝かせる。クリスは青年のズボンの裾を上げ、赤く腫れた右足首を見た。そのまま右足首に右手をかざす。

『透視』

 クリスはぐるりと足首全体を撫でて言った。

「骨折だな。外側の骨が折れているが、ずれてはいない。これから骨をくっつけるが、良いか?」
「お願いします」

『外果骨折部の結合および周囲靭帯の修復』

 青年の足首が内側から光る。数秒してクリスは手を引いた。

「これで終わりだ。足の腫れは明日の朝には引くだろう。それまでは安静にしていろ」

 青年が恐る恐る足を床につける。そこで痛みがないことに驚いた。

「ありがとうございます!」
「調子にのって歩き回るなよ」
「はい」

 青年が小部屋から出て行く。すぐにカリストが次の人を呼んだ。
 入ってきたのは、普通の若いの女性。暗い顔をしているが、普通に歩いている。
 女性が椅子に座ると、クリスは質問をした。

「どこの皮膚が黒くなって治らないんだ?」
「ここです」

 女性が左腕の袖をまくりあげ、腕の内側を見せる。そこには、かさぶたのように黒い皮膚があった。

「始めは大きなかさぶただと思ったのですが、いつまでも治らなくて。ここに来られる治療師の方に治療して頂いても治らないし……呪いでしょうか?」

 呪いという言葉を口にした女性の顔は真剣そのもの。呪術の真偽は不明だが、民の間では呪いの存在は古くから信じられている。

 クリスは呪いについて言及せず、皮膚の黒い部分に触れた。固く沈んだ皮膚。しっかりと引っ付いており、かさぶたのように剥げる気配はない。

「低温火傷の痕だな。皮膚が黒くなる前、泥酔して湯たんぽを抱えたまま寝たりしなかったか?」
「……しました! 一ヶ月ぐらい前に! 彼に振られてやけ酒して、でも人恋しくて湯たんぽを抱えて寝ました!」
「それが原因だな」

 女性が不安気に訊ねる。

「あの、治りますか?」
「治る。そのためには、この黒い部分を切り取らないといけないが、いいか?」
「治るなら、なんでもお願いします!」

 カリストが金属の箱を載せたワゴンを女性とクリスの間に運ぶ。

「ここに手を出せ」

 女性が台の上に左腕を出すと、クリスは左手で肘の外側に触れた。探るように指を動かし、止める。

「これから痛みを感じなくなる魔法をかける。だが触られた感覚は分かる。変な感じだが動かず、声を出さず、静かにしていろ」
「はい」
「橈骨神経ブロック後、壊死組織切除および皮膚組織の修復を行う」

 金属の箱から道具を並べていたカリストが頷く。

「はい」
『橈骨神経ブロック』

 クリスの左手が触れている腕の内側が光った。そのまま右手を横に出したクリスにカリストが布袋を渡す。

「冷たければ冷たいと言え」
「え? は、はい」

 女性が不思議そうな顔をしていると、クリスは女性の肩に袋を当てた。

「ここは?」
「冷たいです」
「ここは?」

 クリスが袋を黒くなった皮膚の隣に当てる。女性が驚いた顔で言った。

「冷たくないです」
「ここは?」
「冷たくないです」

 指先や手首に袋を当てるが、すべて冷たくないという返事。クリスは袋をカリストに返した。

 クリスの謎の行動に、息を殺して壁の一部となっていたルドが思わず質問をする。

「師匠、今のは?」
「冷たさを感じる感覚は、痛みを感じる感覚と似ている。冷たさを感じなければ、痛みを感じることもない。今のは、どこまで痛みを感じなくなっているか確認した」

 カリストがピンセットでつまんだ丸い綿をクリスに渡す。

「消毒するぞ」
「消毒?」

 首を傾げるルドにクリスは手を動かしたまま説明した。

「皮膚についた目に見えない菌を取り除いている。これから、この黒くなった皮膚を切り取って修復魔法をかける。その時に菌が多くいたら、治療した後で菌が繁殖して状態が悪くなることがある」
「目に見えない、菌? とは何ですか?」
「小さすぎて目に見えない生物だ。どこにでもいるし、全てが悪い菌というわけではない。ただ、傷や怪我を悪化させる菌もいるから、そういう菌は早めに取り除いた方がいい」
「そんなものがいるなんて知りませんでした。師匠はどこで、その知識を?」

 目を輝かせて聞いてくるルドにクリスが素っ気なく答える。

「おまえが持っている本に書かれていなかっただけだろ」
「そうですが……あ! それと、どうして皮膚を切り取るのですか? そのまま治療をしないのですか?」

 皮膚を切り取ると聞いて不安そうな顔になった女性もクリスを見つめた。クリスは丸い綿で黒くなった皮膚と、その周囲を軽く拭く。

「この黒い皮膚は、死んだ皮膚だ。この皮膚が邪魔をして新しい皮膚ができないから、他の治療師が治療魔法をかけても治らなかった。治すためには、この皮膚を取り除いて新しい皮膚ができるようにしないといけない」

 消毒を終えたクリスは丸い綿を足元のゴミ箱に捨てた。

「では壊死組織の切除をする」








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