【完結】秀才の男装治療師が女性恐怖症のわんこ弟子に溺愛されるまで

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治療師の仕事と治療魔法の講義

クリスによる姑息的な治療

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 ラミラが案内した先は、治療院の近くにある普通の家だった。ルドがクリスを肩から降ろし、ラミラがドアをノックする。

 ドアを開けたのは、やつれた中年の女性。暗かった顔がクリスの姿に晴れる。

「スサンナ、クリス様がいらしたわよ! これで治るわ! さあ、お入り下さい」

 通された部屋には、二十才ぐらいの若い女性がベッドに寝ていた。頬がこけ、出迎えた女性よりやつれている。
 クリスは紙に目を通して難しい顔をした。

「半年前に足に痛みが出て治療師に治療してもらっていたが、今は全身が痛い、か」
「はい。治療をしてもらった時はいいのですが、すぐに痛みが出て……今は全身が痛くて、娘は夜もまともに眠れていません」
「……そうか」

 クリスは娘の頭に手をかざした。

『透視』

 顔、胸、お腹、足と探るように手を動かす。そんなクリスに娘がか細い声で訊ねた。

「私は治りますか?」

 クリスは娘の目を見てハッキリと言った。

「かなり難しい。体中にコブのようなものが全身に出来ていて、それが神経を圧迫して痛みを起こしている。しかも、そのコブは治療魔法では消せない」
「そう、ですか……」
「治療するなら体を切って、すべてのコブを出さないといけない。それは、かなり難しく治らない可能性もありし、途中で死ぬ危険もある。それでも治療を望むか?」
「よく分かりませんが、今でも辛いのに、体まで切りたくないです」

 諦めと絶望に染まった娘の目にクリスは深緑の瞳を伏せる。そこへ母親がクリスにすがりついた。

「クリス様! 娘を見捨てないで下さい! どうか、治療を!」
「落ち着いて下さい」

 ラミラが母親に手を伸ばし、弾かれた。

「触らないで! 奴隷が!」

 叫んだ母親がその場に崩れる。クリスは母親を見ることなく娘に提案した。

「痛みを消すだけなら、体を切らなくてもできる」
「本当に? それで楽になりますか?」
「あぁ」

 娘の瞳に微かに希望が宿る。

「お願いします」

 クリスは若い女性の首に手を当ててた。

『頸椎神経ブロック』

 娘の首の内側がほんのりと輝く。

「え? 痛みが、消えた……」

 娘がゆっくりと体を起こすと、崩れていた母親が飛び起きた。

「動けるの!? 痛みは!?」
「大丈夫……母さん。私、動けるわ!」

 母親が涙を浮かべて娘に抱きつく。喜びあう二人にクリスは淡々と告げた。

「言っておくが、これは治したわけではない。痛みを感じなくしただけだ。娘の寿命は長くて一ヶ月。短くて今晩かもしれない」

 突然の余命宣告に母親が凍る。一方の娘は悟っていたのか驚くことなく質問した。

「またあの痛みは出ますか?」
「それはない。ただ怪我をしても痛みを感じないから、怪我をしないように気を付けろ」
「それ以外は、普通に生活できますか?」
「あぁ。ただ体力が落ちているから、無理はせず、疲れたらすぐに休め」
「わかりました。あの痛みが消えただけで十分です。ありがとうございます」

 素直に頭を下げる娘に対し、母親が激しく否定する。

「クリス様、諦めないで下さい! どうか! どうか、娘を助けて下さい!」
「無理だ」
「そんな!」

 泣き崩れる母親に娘が寄り添う。

「残り時間が分かっているんだ。出来る範囲でやりたいことをやれ。そのために痛みを消したからな」

 クリスは母娘に背を向けた。

「食べたかった母親の料理もあるだろ? 痛みがない今なら食べられるぞ」

 その言葉に母親の泣き声が止まる。クリスは静かに部屋から出た。

「今日はこれで終わりか?」

 クリスの質問にラミラが穏やかに答える。

「はい。これで終わりです」
「そうか」

 うまやに足を向けたクリスをカリストが止める。

「マノロが馬車を持ってきますので、ここでお待ち下さい」
「……そうか」
「あの、師匠」
「なんだ?」

 疲れたクリスにルドがはっきりと訊ねた。

「なぜ、先程の人の治療をしなかったのですか?」
「本人が望まなかったからだ」
「でも、説得すれば! もしかしたら治せるかもしれないのに」

 クリスは自嘲気味に笑いながら言った。

「半年前に私が診ていたら、治せていたかもしれない。いや、仮定の話は止めよう。無意味だ」

 日が傾き空が橙色に染まっていく。もうすぐ夜。

「あれは若者がなると進行が速い。しかも、私の治療でも完治は難しい。それに、他の治療師の治療魔法でも治せない」
「ですが、母親は治療を希望していました!」
「母親は、だろ。娘はどうだ? 病気なのは娘だ」
「それは……」
「娘はずっと痛みと戦っていた。それこそ痛みで何度も死にたくなっただろう。体力も精神力もギリギリまですり減っている状態で治療などしても、耐えられない可能性が高い」

 クリスは軽く息を吐いた。

「それより、やりたいことをやって悔いを失くした方がいいと私は判断した。それに、あの娘は自分の命が短いことも、助からないことも悟っている」
「だからって逃げるんですか! 治療できないからって、見捨てて逃げるんですか!?」

 ラミラが笑顔で拳を握る。それをカリストとカルラが止めた。
 クリスは平然と話を続ける。

「そうだな。治療師は完璧ではない。治せない病気もある。だからこそ、できることの中から最善だと思うことをしている」
「そんな……」

 そこに馬車が到着した。御者はマノロではない。頭から布を被った小柄な人。馬車の後ろにはマノロがルドの馬を連れている。
 小柄な人が御者席から軽く飛び降り、馬車のドアを開けた。

 クリスは臆することなくルドを見上げる。

「治療をするということは、きれい事だけでは済まない。恨まれることもあれば、憎まれることもある。そして、自分の無力さに嘆くこともある。その全てを受け入れる覚悟が必要だ。おまえには、その覚悟があるか?」

 ルドが言葉を詰まらせる。クリスは振り返ってカルラとラミラに言った。

「私は先に馬車の中で休むから、好きなだけ話し合い・・・・をしろ。だが、殴るのはやめておけ」

「「はい!」」

 メイドの二人が良い笑顔で返事をする。ルドの背中に悪寒が走った。



 馬車が夕日とともに走る。クリスは小窓からぼんやりと眺めていた。

 カルラが馬車の後ろを馬で駆けるルドに軽く笑った。

「少し言い過ぎたかしら?」
「あら、あれぐらい当然ですわ。ズケズケと失礼にも程があります」

 怒りを隠さないラミラにカリストが笑みを浮かべる。

「面白い光景でしたね。女性にあそこまで言われたら、うるさい! と一喝して強制的に話を終わらせる男性が多いのに、最後まで話を聞くとは」

 カルラか頷く。

「本当、珍しい人よね。私たちのことを奴隷だと気づいているのに、しっかり話を聞いて、自分に非があれば謝るんだから」
「そういえば、この国の人に頭を下げて挨拶をされたのは初めてでしたわ」

 メイド二人の襟の下から金の首輪が微かに光る。

「なかなか変わった人物のようですから」

 同意するカリストの襟の下にも金色の首輪。御者の男の首と、その隣に座っている小柄な人の首にも金の首輪が輝く。

「何者です?」

 ラミラの質問にカリストが穏やかに微笑んだ。

「そのうち分かりますよ」
「物騒な人?」

 カルラの言葉にカリストが微笑む。

「お二人に言われたくないでしょうね」
「あら、失礼ね。でも、もしクリス様に危険が及ぶならすぐに教えて。私だけじゃない。屋敷にいる全員がクリス様のためなら命は惜しくないと思っているから」

 ラミラが強く頷く。

「私たちは全員、クリス様に救われました。クリス様を守るためなら、なんだって致します」
「それは心強い。ですが、滅多なことは言わないほうがいいですよ。みなさんが本気になれば噂の魔法騎士団より強いんですから」
「私たちの中で一番強い人がなにを言うの」

 和やかながらも、不穏な空気。マノロが隣に座る小柄な人に声をかけた。

「おまえも勝手に突っ走るなよ、アンドレ」

 アンドレと呼ばれた小柄な人は大きく頷き、掠れた声で言った。

「わかってる。しょうこは、のこさない」
「いや、分かってないだろ。カリストの許可なしに、あいつは殺すなよ」
「…………」

 アンドレからの返事はない。マノロは念を押すようにもう一度言った。

「あいつが死んだらクリス様は悲しむ。だから、勝手に殺すな」
「……そうか」
「本当に分かっているか?」
「ばんけんは、ころさない」
「なんか違うが、それでいい」

 項垂れるマノロ。クリスたちは日が沈み切る前に街外れにある屋敷へ帰った。






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