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治療師の仕事と治療魔法の講義
クリスによる微かなデレ
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翌朝。
クリスはいつも通り治療院研究所に来ていた。疲労はあるが研究室で過すだけ。無理をしなければ問題はない。
そう考えていると、前方に暗い影が見えた。肩を落とし、重い足取りで廊下を歩くルド。
昨日の仕事終了後、カルラとラミラから相当な説明? を受けたらしい。詳しくは聞かなかったが、あの二人の本気の恐ろしさは身に染みている。
面倒事を察知したクリスは素早くルドの隣を通り過ぎた。いつもなら、ここでルドの元気な挨拶をぶつけられるが、今朝はない。
予想外のことにクリスは振り返った。
「どうした?」
うつむいていたルドが顔を上げる。その顔はまるでゾンビのようで……
その酷い顔に、クリスはつい口を滑らせてしまった。
「今日から治療魔法について教えてやる」
本当はもう少し後で教えるつもりだったが、言ってしまったものは仕方ない。
それより、喜ぶと思ったルドの反応が鈍い。見つめるクリスから逃げるように、ルドが視線をそらした。
「……いいんでしょうか?」
「なにが?」
「こんな出来損ないの、虫けら以下の、存在するどころか、息をする価値もない自分に、師匠の貴重な時間を割いて教えて頂くなんて……」
「あの二人は何を言ったんだ?」
思わず出たクリスの言葉にルドが呟く。
「いえ、二人はなにも悪くありません。自分が浅はかだったのです。治療師なのに救えないことで誰が一番辛い想いをしているか。誰が一番責めているのか。そんなことも分からないなんて、弟子失格です」
今にも首を吊りそうなルドの落ち込みにクリスが引く。
「いや、そこまで深刻に考えなくても……」
「いいえ。あの二人のおかげで目が覚めました。剣で刺され、抉られ、塩と唐辛子を塗り込められたように」
ルドの表現にクリスは言葉が出ない。目覚めるより、拷問だろ、それ。
「いつも期待と希望で、すぐに浮かれてしまう感情を抑えることに必死だった自分が恥ずかしい」
あれで抑えていたのか、という言葉を呑み込んだクリスはルドに訊ねた。
「魔法で治療が出来るようになりたいんだろ?」
「なりたいですが……こんな図体がでかいだけの、馬鹿で、無能で、ちんちくりんな自分には……」
クリスは軽くため息を吐いた。
「おまえは誰の弟子だ?」
ルドがハッと顔を上げる。
「魔法で治療が出来るようにしてやると言っただろ。おまえは悩まずについてこい」
「……し、師匠!」
感動しているルドにクリスは背中を向けた。ルドがクリスの背中に頭を下げる。
「ありがとうございます! 頑張ります!」
「……好きにしろ」
早足でクリスは歩きだした。揺れる茶色の髪の隙間から赤くなった耳が見える。
そのことに気づいたルドが叫ぶ。
「師匠、熱があるのですか!? それとも疲れが!? 昨日、あれだけの人を治療したのですから今日は休んだほうが……」
「うるさい!」
クリスは自分の研究室に逃げ込んだ。
「待ってください!」
ルドが研究室に飛び込む。爆発で荒れた部屋は片付き、壊れた机と椅子は新品になっていた。
クリスは鞄から一冊の本を取り出す。
「これは国外の本だ。この国では売られていない。読んで全て覚えろ。あと、ここにある本は読んだか?」
「この部屋にある本は、全部読んだことがありました」
「そうか。この国の治療関係の本を集めたが、これだけしかない。そもそも、この国は治療や、人体の本が少なすぎる」
「治療魔法の魔法式は極秘なので、それが記された本は売られていません。治療に関係する本といえば、応急手当の本ぐらいだと思います」
クリスは頷きながらルドに本を渡した。
「そうだが、この国は治療魔法に頼り過ぎだ。おまえは治療魔法がどういうものか知っているか?」
「傷や痛みを治すものですよね?」
「そうだ。治癒魔法の魔法式を頭に浮かべ、治療したい部位に手を当て、祈りの言葉を唱えると治癒する。だが、それは何故だ?」
「それは神の力だと……」
その答えをクリスは鼻で笑う。
「よく分かっていないから、神の力にしているだけだ。治して下さい、と祈るだけで治ることがおかしい。だから、治り方にもバラつきがある」
「確かに、治せたり治せなかったりしますね」
「そうだ。治せるか治せないか分からない魔法など不安定すぎる。そもそも、神の加護がないと発動しない魔法という時点で意味がわからん」
「……はぁ」
意味が分からないと言うが、どの魔法も神の加護がなければ発動しない。神の加護がなくても使える魔法もあるが、それは魔力を大量に消費するため、この国ではほとんど使われていない。
「あと治療魔法は若返らすことはできない。それと、死んだモノを治すことはできない」
「昨日の女性の黒くなった皮膚が治療魔法で治せなかったのは、皮膚が死んでいたからですか?」
ルドの質問にクリスが口角を上げる。
「ほう? 意外と勘がいいな。その通りだ。だから、他の治療師が治療魔法をかけても治らなかった。それと正しい位置で治療魔法を発動させなければ、治らん」
「どういうことですか?」
「傷や怪我など直接見えている場合は、そこに治癒魔法をかければいいし、治ったか目視できる。しかし、痛みの場合は原因を正しく把握しないと、治癒魔法をかけても原因は残ったままだ。だから、また痛みが出る」
「以前、街の治療院で腰痛を治した人のことですか? テオが治療魔法で治療しても、痛みの原因の石が残っていたため、すぐに腰痛が出た」
「そうだ」
ルドが質問を続ける。
「師匠はどうして痛みの原因が石だと分かったのですか?」
「私は状態を聞き、透視魔法で原因を探す。それから治すのに適した魔法を選択する」
「では、自分も透視魔法の勉強をします」
「それと、正常な人体の構造と異常状態についての勉強も必要だ。とりあえず、治療魔法がどれぐらい使えるか確認するか」
クリスは紙に魔法式を書いた。
「これが治癒魔法の魔法式だ。この式は基本中の基本だから、治療師たちは自分で使いやすいように、ここからアレンジを加えている。この魔法式は国家機密だ。魔法式を覚えたら紙を燃やせ」
「はい」
ルドが魔法式を覚える。その間に、クリスは自分の手首を掴んで呟いた。
『正中神経ブロック』
次に引き出しからナイフを取り出し、左の人差し指に滑らせた。
「し、師匠! なにをしているんですか!?」
「治療魔法が使えるか判断するなら実地が早い。ほら、治せ」
スーと血が流れる。ルドが慌ててハンカチを出し、傷口を押さえた。
「こんなことしないでください! 治せるか分からないのに!」
「おまえが治せなくても自分で治せるし、痛みを感じなくする魔法をかけたから痛くない」
「そういう問題ではありません!」
「いいから、早く治せ」
「……はい」
ルドがどこか諦めたようにハンカチを取る。血は止まったが、パックリ割れた赤い傷口が痛々しい。
ルドが覚えたばかりの魔法式を頭に浮かべて祈った。
クリスはいつも通り治療院研究所に来ていた。疲労はあるが研究室で過すだけ。無理をしなければ問題はない。
そう考えていると、前方に暗い影が見えた。肩を落とし、重い足取りで廊下を歩くルド。
昨日の仕事終了後、カルラとラミラから相当な説明? を受けたらしい。詳しくは聞かなかったが、あの二人の本気の恐ろしさは身に染みている。
面倒事を察知したクリスは素早くルドの隣を通り過ぎた。いつもなら、ここでルドの元気な挨拶をぶつけられるが、今朝はない。
予想外のことにクリスは振り返った。
「どうした?」
うつむいていたルドが顔を上げる。その顔はまるでゾンビのようで……
その酷い顔に、クリスはつい口を滑らせてしまった。
「今日から治療魔法について教えてやる」
本当はもう少し後で教えるつもりだったが、言ってしまったものは仕方ない。
それより、喜ぶと思ったルドの反応が鈍い。見つめるクリスから逃げるように、ルドが視線をそらした。
「……いいんでしょうか?」
「なにが?」
「こんな出来損ないの、虫けら以下の、存在するどころか、息をする価値もない自分に、師匠の貴重な時間を割いて教えて頂くなんて……」
「あの二人は何を言ったんだ?」
思わず出たクリスの言葉にルドが呟く。
「いえ、二人はなにも悪くありません。自分が浅はかだったのです。治療師なのに救えないことで誰が一番辛い想いをしているか。誰が一番責めているのか。そんなことも分からないなんて、弟子失格です」
今にも首を吊りそうなルドの落ち込みにクリスが引く。
「いや、そこまで深刻に考えなくても……」
「いいえ。あの二人のおかげで目が覚めました。剣で刺され、抉られ、塩と唐辛子を塗り込められたように」
ルドの表現にクリスは言葉が出ない。目覚めるより、拷問だろ、それ。
「いつも期待と希望で、すぐに浮かれてしまう感情を抑えることに必死だった自分が恥ずかしい」
あれで抑えていたのか、という言葉を呑み込んだクリスはルドに訊ねた。
「魔法で治療が出来るようになりたいんだろ?」
「なりたいですが……こんな図体がでかいだけの、馬鹿で、無能で、ちんちくりんな自分には……」
クリスは軽くため息を吐いた。
「おまえは誰の弟子だ?」
ルドがハッと顔を上げる。
「魔法で治療が出来るようにしてやると言っただろ。おまえは悩まずについてこい」
「……し、師匠!」
感動しているルドにクリスは背中を向けた。ルドがクリスの背中に頭を下げる。
「ありがとうございます! 頑張ります!」
「……好きにしろ」
早足でクリスは歩きだした。揺れる茶色の髪の隙間から赤くなった耳が見える。
そのことに気づいたルドが叫ぶ。
「師匠、熱があるのですか!? それとも疲れが!? 昨日、あれだけの人を治療したのですから今日は休んだほうが……」
「うるさい!」
クリスは自分の研究室に逃げ込んだ。
「待ってください!」
ルドが研究室に飛び込む。爆発で荒れた部屋は片付き、壊れた机と椅子は新品になっていた。
クリスは鞄から一冊の本を取り出す。
「これは国外の本だ。この国では売られていない。読んで全て覚えろ。あと、ここにある本は読んだか?」
「この部屋にある本は、全部読んだことがありました」
「そうか。この国の治療関係の本を集めたが、これだけしかない。そもそも、この国は治療や、人体の本が少なすぎる」
「治療魔法の魔法式は極秘なので、それが記された本は売られていません。治療に関係する本といえば、応急手当の本ぐらいだと思います」
クリスは頷きながらルドに本を渡した。
「そうだが、この国は治療魔法に頼り過ぎだ。おまえは治療魔法がどういうものか知っているか?」
「傷や痛みを治すものですよね?」
「そうだ。治癒魔法の魔法式を頭に浮かべ、治療したい部位に手を当て、祈りの言葉を唱えると治癒する。だが、それは何故だ?」
「それは神の力だと……」
その答えをクリスは鼻で笑う。
「よく分かっていないから、神の力にしているだけだ。治して下さい、と祈るだけで治ることがおかしい。だから、治り方にもバラつきがある」
「確かに、治せたり治せなかったりしますね」
「そうだ。治せるか治せないか分からない魔法など不安定すぎる。そもそも、神の加護がないと発動しない魔法という時点で意味がわからん」
「……はぁ」
意味が分からないと言うが、どの魔法も神の加護がなければ発動しない。神の加護がなくても使える魔法もあるが、それは魔力を大量に消費するため、この国ではほとんど使われていない。
「あと治療魔法は若返らすことはできない。それと、死んだモノを治すことはできない」
「昨日の女性の黒くなった皮膚が治療魔法で治せなかったのは、皮膚が死んでいたからですか?」
ルドの質問にクリスが口角を上げる。
「ほう? 意外と勘がいいな。その通りだ。だから、他の治療師が治療魔法をかけても治らなかった。それと正しい位置で治療魔法を発動させなければ、治らん」
「どういうことですか?」
「傷や怪我など直接見えている場合は、そこに治癒魔法をかければいいし、治ったか目視できる。しかし、痛みの場合は原因を正しく把握しないと、治癒魔法をかけても原因は残ったままだ。だから、また痛みが出る」
「以前、街の治療院で腰痛を治した人のことですか? テオが治療魔法で治療しても、痛みの原因の石が残っていたため、すぐに腰痛が出た」
「そうだ」
ルドが質問を続ける。
「師匠はどうして痛みの原因が石だと分かったのですか?」
「私は状態を聞き、透視魔法で原因を探す。それから治すのに適した魔法を選択する」
「では、自分も透視魔法の勉強をします」
「それと、正常な人体の構造と異常状態についての勉強も必要だ。とりあえず、治療魔法がどれぐらい使えるか確認するか」
クリスは紙に魔法式を書いた。
「これが治癒魔法の魔法式だ。この式は基本中の基本だから、治療師たちは自分で使いやすいように、ここからアレンジを加えている。この魔法式は国家機密だ。魔法式を覚えたら紙を燃やせ」
「はい」
ルドが魔法式を覚える。その間に、クリスは自分の手首を掴んで呟いた。
『正中神経ブロック』
次に引き出しからナイフを取り出し、左の人差し指に滑らせた。
「し、師匠! なにをしているんですか!?」
「治療魔法が使えるか判断するなら実地が早い。ほら、治せ」
スーと血が流れる。ルドが慌ててハンカチを出し、傷口を押さえた。
「こんなことしないでください! 治せるか分からないのに!」
「おまえが治せなくても自分で治せるし、痛みを感じなくする魔法をかけたから痛くない」
「そういう問題ではありません!」
「いいから、早く治せ」
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