【完結】秀才の男装治療師が女性恐怖症のわんこ弟子に溺愛されるまで

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治療師の仕事と治療魔法の講義

わんこ弟子による静かな観察〜ルド視点〜

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 ルドはパックリと切れたクリスの指を前に力をこめて祈った。

『天に召します我らの神よ。この者に大いなる慈悲を、治癒の力を与えたまえ』

 琥珀の瞳と深緑の瞳がまっすぐ指を見つめるが変化はない。
 いたたまれなくなったルドは、もう一度魔法式を見つめた。 

「よし!」

 気合いを入れ、別の祈りの言葉を詠唱する。

『我らを見守りし神よ。傷ついた子羊を癒したまえ』

 傷も指も変化なし。

 クリスがわざわざ指を切って実験台にまでなってくれたのに、申し訳ない。

 ルドはもう一度、治療魔法を詠唱しようとしたが、その前にクリスが指を引っ込めた。

「ここまで加護がないやつは逆に珍しいな。魔法が使えるなら、傷口が少しぐらい光るのだが、それさえもないとは」

 クリスが傷に手を当てて魔法を唱える。

『皮膚組織の修復』

 傷痕一つない指。ルドは自分の不甲斐なさに崩れ落ちた。

「やっぱり自分は……」
「攻撃魔法が得意な時点で予想できていた。いちいち落ち込むな。ほら、いつまで寝ている?」

 床に伏せて落ち込むルドをクリスが容赦なく踏みつける。

「痛い! 痛い! 寝ていませんから!」
「なら、とっとと立て。とりあえず、今日は……」

 そこでクリスの体がグラつく。倒れかけたクリスの肩をルドは慌てて支えた。

「大丈夫ですか?」
「……平気だ」

 うつむいたクリスの顔にいつもの強気はない。ルドはクリスを椅子に座らせた。

「少し休みましょう。食堂から飲み物を取ってきます」
「いや、大丈……」

 クリスの言葉を最後まで聞かずにルドは研究室を飛び出した。
 よくよく考えなくても、クリスは働き通しだ。

 初日は奴隷の治療。翌日は街の治療院で治療して倒れた。そして、昨日は治療院で町の人々の治療。
 これだけ連続で魔力を使い続ければ疲労がたまる。

 ルドは食堂でミルクたっぷりの珈琲を淹れると、急いで研究室に戻った。

「師匠、戻りまし……」

 ドアを開けたところで、ルドは固まった。

 椅子に座ったクリスがぼんやりと外を眺めている、その姿。

 絹のように輝く茶色の長い髪。どんな宝石よりも濃く鮮やかな深緑の瞳。まっすぐ通った鼻筋に、花びらのような唇。
 小柄な体に、誰にも屈しない強い意志と魔力。

 それなのに、どこか儚く、ちょっとしたことで崩れてしまいそうな脆さ。
 目の前にいるのに。手を伸ばせば届くところにいるのに。何故か遠い。


 ――――――――あの頃と同じ。


 このまま消えてしまうのではないかという不安がルドを襲う。

「どうした?」

 ルドに気がついたクリスが声をかける。ルドは今までの考えを消すように頭を振った。

「なんでもありません。どうぞ」
「……珈琲か」
「あ、苦手でした!?」
「いや。眠気覚ましに、ちょうどいい」

 クリスが一口飲んだところで、ルドは意を決してた。

「師匠、今日はそれを飲んだら帰りましょう」
「は?」
「治療魔法を教えていただくのは明日からでいいです。それより師匠は休みましょう」
「別に教えるぐらいできるぞ」
「いいから、休んでください」
「何故そこまで言う?」

 怪訝な顔をするクリスにルドは断言した。

「よく分からないですが、休んだほうがいいと思ったからです! 以上!」

 ルドのよく分からない気迫に負けたクリスが軽く息を吐いた。

「わかった。今日はここまでだ。明日、治療魔法を教える」
「では、馬車をお願いしてきます」
「それなら、私の屋敷の馬車を呼ぶようにしてくれ」
「わかりました」

 ルドは歩きだそうとして、なにかに引っ張られる。振り返るとクリスが服の裾を掴んでいた。

「師匠、どうかしましたか?」
「ん? あ、いや! なんでもない!」

 クリスが慌てて手を離す。どうやら無意識に掴んでいたらしい。自分の手を不思議そうに眺めている。
 普段からは考えられない動き。それが、可愛らしく見えて……

「すぐに戻りますので」

 ルドはクリスの頭を撫でていた。茶色の髪が柔らかく手に馴染む。
 ポカンとしているクリスを置いてルドは事務室に向かった。カップが床に落ちた音に気づかずに。



 翌日。
 いつもの時間に治療院研究所に到着したルドは、クリスの研究室をノックした。
 しかし、反応はなく、気配もない。

「まだ来てないのかな?」

 ルドはドアの横の壁に背をつけ、クリスの到着を待った。廊下を通る人もおらず、不気味な静寂が流れる。

 しばらく待っているとテオが通った。ルドは慌てて姿勢を正す。

「おはようございます!」
「おはよう。治療魔法はどうだ?」
「少しずつ教えて頂いてます」
「そうか。まだクリスは来てないのかい?」
「そのようです」

 テオが顎に手を添えて考える。

「珍しいな。クリスのスケジュール確認をしようか。もしかしたら、緊急の治療依頼が入ったのかもしれない」
「緊急の治療依頼が入った場合は、どうすれば分かるのですか?」
「治療の依頼は必ず事務室を通すことになっている。事務室で治療師のスケジュールを調整するから、事務室で聞いたら分かるよ」
「分かりました」

 事務室に行くと、書類の片付けをしているニコがいた。テオが声をかける。

「おはよう、ニコ。今日のクリスのスケジュールはどうなっているかな?」

 ニコが手を止めて顔をあげた。

「おはようございます。クリス様は、今日は休むという連絡が先ほど入りました。なにか御用がありますか?」
「いや、特にはないが……クリスが休むなんて珍しいな。体調でも悪いのか?」
「休む理由は言われませんでした。あ、あとルド様に手紙が届いております」

 ニコが白い封筒をルドに差し出す。

「ありがとうございます」

 ルドは手紙を受け取ると、そのまま全体を見た。宛先どころか差出人の名前もない。
 だが、差出人に心当たりがあるルドは微かに眉をひそめた。

 封筒を閉じている封蝋ふうろうに押された独特の印璽いんじ

「じゃあ、ルドも今日は休みだな。慣れないことばかりで、疲れているんじゃないかい? しっかり休んだらいい」
「わかりました。失礼します」

 ルドは早足で治療院研究所を出た。周囲に誰もいないことを確認して手紙を開ける。中身は予想通り空。

「やはり……」

 ルドは街の中心部にそびえ立つ城を睨んだ。溢れる魔力で風が巻き起こる。

 ルドは両足に力を入れて魔法を詠唱した。

『風よ、我が足に空を駆ける力を』

 残像と風を残してルドの姿が消えた。





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