【完結】秀才の男装治療師が女性恐怖症のわんこ弟子に溺愛されるまで

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クリスの挫折と秘密

カルラによる軽快なお風呂説明〜ルド視点〜

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 カリストに先導されたルドは、先程まで休んでいた部屋に戻った。

「どうぞ」

 カリストがドアを開けてルドを部屋の中へ通す。ルドの背後でドアが閉まる音がする。同時に襟首を掴まれ壁に押し付けられた。

 カリストがルドを睨む。

 どんなことがあろうとも動じることなく、常に冷静な目に怒りが宿り、黒髪が逆立つ。

「なぜクリス様を止めなかった!? 気絶させてでも止めろと言っただろ! 普通に魔力が使える状態でも困難な治療なのに、下手をすればクリス様まで死ぬぞ!」

 琥珀の瞳と漆黒の瞳が睨み合う。ルドは無表情のまま言い訳をするでもなく、淡々と説明をした。

「自分が無理やり止めても、自分が協力しないと言っても、師匠は別の方法で治療をすると思いました。ならば、師匠の体に一番負担が少なくなる方法で協力しようと思いました」

 ルドが大きく息を吸って宣言する。

「師匠には、ご自身の魔力は絶対に使わせません。自分の命を賭けて、全ての魔力を師匠に渡します」

 無言のまま緊張が走る。しばらく沈黙が続いた後、先に動いたのはカリストだった。
 脱力したようにカリストがルドから手を離す。

「……わかっています。すみません、八つ当たりをしました」

 平然とドアまで移動したカリストが振り返り一礼した。

「本日こちらに宿泊されることは、ご自宅へ連絡しておきます。御用がありましたら、そこの呼び鈴でお呼び下さい」
「わかりました」
「失礼いたします」

 静かにドアが閉まる。ルドはカリストの気配が消えると、ベッドに倒れた。想像以上に疲れたらしく、肌触りが良いシーツと包み込むようなベッドが眠りを誘う。

「まだ、寝るには早……」

 抵抗するように呟くも、眠気の方が強い。ルドはすぐに夢の中の住人となった。

 良眠を貪っていたルドを起こしたのは、軽いノックの音だった。反射的に飛び起きて応える。

「どうぞ」

 ドアを開けたのはカルラだった。

「失礼いたします。お食事前にお風呂はいかがでしょうか?」
「風呂? 湯あみのことですか?」
「はい」
「ですが、わざわざ湯を準備してもらうのは……」

 井戸から水を汲んできて湯を沸かし、それをバスタブに入れるのは、かなりの労力になる。
 遠慮するルドにカルラが微笑んだ。

「この屋敷のお風呂は、温泉という地下から湧き出る湯を利用しており、いつでも入浴できるようになっております」
「温泉? 湯が涌き出る?」
「はい、自然に涌き出る湯です。しかも、その湯は疲労回復の効果があります」
「それは良いですね」
「では、こちらへどうぞ。お風呂を見たらきっと驚かれますよ」

 カルラがどことなく軽い足取りで屋敷の奥へとルドを案内する。
 屋敷の広さに感心していると、普通のドアの前でカルラが止まった。

「こちらです、どうぞ」

 カルラがドアを開ける。足を踏み入れると、そこは棚があるだけの小部屋だった。

「これが風呂というものですか?」
「違います。ここは服を脱ぐ部屋、脱衣所です。お風呂はこちらになります」

 カルラが小部屋の奥に移動する。そこには、表面にボコボコと凹凸があるガラスで出来たドアがあった。光は通すが、隣の部屋の中は見えない、不思議なガラスのドア。

 ドアを凝視していると、カルラがドアを開けた。湯気とともに熱気が襲ってくる。

「大きい……これが、風呂?」

 床から壁まで一面がタイル張りの部屋。中心には岩で囲まれ、湯がたっぷり入った池。天井近くの窓からは夕日が差し込み、室内を照らす。

 ポカンとするルドに、カルラが木で作られた桶と椅子を渡した。

「湯に浸かる前に、この桶で湯をくんで体と頭を洗って下さい。湯は自然と沸き出ますから、いくら使っていただいても大丈夫です。あ、体を洗うタオルと石鹸はこちらをお使いください」

 説明しながらカルラがタオルと石鹸を桶に入れる。

「こちらの白い石鹸が体を洗う用。こちらの黄色い石鹸が髪を洗う用です」
「え? え? 髪を洗う用の石鹸なんてあるんですか? 石鹸は高級品で数が少ないのに」
「当然です。体を洗う用の石鹸で髪を洗ったら、クリス様の綺麗な髪が痛みますから、髪専用の石鹸を開発しました。本当は、そのあとに特製の保湿オイルを塗って頂きたいのですが、それは拒否されるんですよね」

 カルラが困ったように左手を頬に当て、ため息を吐く。

「そう……ですか」

 驚き続きで言葉が出ないルドにカルラが続ける。

「新しい着替えと体を拭くタオルはこちらに置いておきます。では、ごゆっくりどうぞ」

 カルラがタオルと服が入っているカゴを棚に置いて下がる。ルドは渡された桶と椅子を抱えたまま立ち尽くした。

「…………とりあえず入るか」

 ルドは度胸と適応力があった。
 服を脱ぎ、泡立ちが良い石鹸に苦戦し、なんとか体と髪を洗ったルドは湯に足を入れた。

「少し熱い、か?」

 湯の温度に体を慣らしながら腰を下ろす。

「ふぅー」

 胸まで湯に浸かったところでルドは大きく息を吐いた。

「これは良いかも」

 岩に腕をかけ、背中を預ける。たっぷりの湯の中で全身を伸ばすのは、かなり気持ちがいい。始めは少し熱いと思った湯にもすぐに慣れ、心地よい。

「何も考えずにボーと出来るのがいいな」

 ルドはしばらく湯に浮かび、体がしっかり温めた。

「気持ちよかったな」

 タオルを首にかけ、湯から出る。石鹸が入った桶を小脇に抱えてドアノブに手を伸ばした。そこで、ドアが勝手に開く。

「誰か、いるのか?」

 今から風呂に入ろうとしていたのだろう。目の前には上着を脱ぎ、首元を広げたクリス。

「あ、師匠も湯あみですか?」

 平然としているルドに対し、クリスが顔を真っ赤にして小刻みに震えた。

「師匠!? どうしました!?」

 普通ではないクリスの様子にルドは心配をして手を伸ばす。しかし、ルドの手が触れる前にクリスが叫んだ。

「カリストォ! カルラァ!」

 影から現れたカリストが一瞬で状況を把握してピシャリとドアを閉める。
 呆然とするルドの耳にドアの向こうからカルラの声が聞こえた。

「クリス様! どうされました!?」
「なっ! なんで犬が風呂にいるんだ!?」

 微かにクリスの声が震えている。ルドは弁明しようとドア越しに叫んだ。

「師匠! 驚かせて、すみません!」

 返事がない。ドアを開けようとするが、開かない。

「師匠!? 大丈夫ですか!?」

 やっとドアが開いたが、そこにいたのはカリストのみ。

「あの……師匠は?」

 カリストがタオルを差し出す。

「濡れたままですと湯冷めをしますよ。クリス様は自室に戻られました」
「そう……ですか。驚かせてしまい、すみません」
「ここはクリス様専用ですので、他の人がいたことに驚いたようです」
「え? そうだったんですか?」
「クリス様に一声かけておくべきでした。こちらの落ち度です。失礼いたしました。あとは大丈夫ですので、お部屋にお戻り下さい」

 そう言ってカリストが頭を下げ、脱衣所から出て行った。
 ルドはカリストから受け取ったタオルで髪を拭きながら周囲を見回す。

「そうか。ここは師匠専用なのか。普段はここで師匠が湯あみを……って、いやいや! 何考えているんだ!」

 盛大に頭を横に振る。

「そもそも師匠は今から湯あみをしようとしていたのに、自分が邪魔を……」

 さっきのクリスの姿が頭に浮かんだ。

 露わになった首から鎖骨までの流れるような艶っぽい肌。潤んだ深緑の瞳、桃色に染まった頬、唇は赤く小さく震え……

 ドゴォッ

 ルドは容赦なく自分の顔を殴ると、その痛みでしばらく座り込んだ。



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