【完結】秀才の男装治療師が女性恐怖症のわんこ弟子に溺愛されるまで

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クリスの挫折と秘密

ルドによる無意識なドッキリぱにっく〜クリスご乱心編〜

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 カルラに連れられて自室に戻ったクリスは頭からベッドにもぐりこんでいた。

「申し訳ございません。クリス様はいつも夕食後に入浴されるので、今なら空いていると思い、犬を案内してしまいました……」
「カルラは悪くない。悪くないんだ。ただ……」

 風呂場での光景が脳裏に浮かぶ。

 赤い髪から雫を垂らし、真っ裸でどこも隠さず堂々と仁王立ちした姿。いつもは服で隠れている、逆三角形の立派な上半身。しっかりとした胸筋に、割れた腹筋。無駄な脂肪なく、程よく引き締まった腕と脚。
 一応、心許こころもとない湯気が大事なところは隠していた。

「なぜか……驚いたんだ。自分でもなぜ、こんなに驚いたのか不思議だ。裸など見慣れているはずなのに……」

 と、そこまで言ってクリスは立ち上がる。

「そうだ。見慣れているんだ。カリスト! カリスト、来い!」

 クリスの呼びかけにカリストがドアから部屋に入った。

「どうされましたか?」
「脱げ!」
「「は?」」

 カリストとカルラの声が重なる。

「おまえの裸を見て驚くか確かめる!」

 カリストに飛びかかるクリスをカルラが慌てて止めた。

「ちょっ!? クリス様! それは違うと思います!」
「クリス様、落ち着いて下さい」

 カリストの声にクリスはしっかりと頷く。

「私は落ち着いているぞ」
「目が! 目が座っています! 絶対、落ち着いていません! 正気を取り戻して下さい!」
「私は正気だ」
「正気ではないです!」

 叫ぶカルラに、クリスはフフフ……と不気味な声を漏らした。
 服を半分脱がされかけているカリストが思い出したように言う。

「そろそろが服を着て客室に戻っているでしょうから、食堂へ案内します。クリス様も料理が冷める前にお越し下さい」

 という単語にクリスの動きがピタリと止まる。
 その隙にカリストは服を押さえ、逃げるように部屋から出た。

「クリス様、先に夕食にいたしましょ……」

 カルラが言い終る前にクリスは再びベッドにもぐりこむ。

「嫌だ! ……そうだ! 腹! 腹が痛くなった!」

 子どものようなクリスの言動にカルラが頭を抱えた。

「お腹が痛いなんて、子どもみたいな言い訳はやめてください。それに、クリス様が夕食の席に現れないと犬が心配して、ここまで来ますよ?」
「うっ……」
「さあ、行きましょう」

 クリスは布団から顔だけを出し、上目遣いでカルラを見る。戸惑いと不安と恥じらいに染まった表情。
 年相応の乙女のようで、いつもの威厳や横柄なクリスの態度からは想像できない姿。

「……だが、どういう顔で会えばいいんだ?」
「いつも通りで大丈夫ですよ」
「……いつも通りが分からん」

 ここでカルラは悩んだ。

 何もなければこのまま放置でもいいが、明日は早朝から治療師の仕事がある。しかも、クリスは魔力が使えない上に、技術的にも難しい治療。ここで、いつものクリスに戻らなければ、治療に支障が出るどころか、クリスまで危ない。

 決断したカルラが無表情になり声を静めて淡々と言った。

「今、夕食を食べて休んでおかないと、明日の治療に支障が出る可能性があります。よろしいのですか?」

 その言葉にクリスの顔から表情が消える。クリスは一呼吸置いて起き上がり、いつもの調子で言った。

「そうだな。犬より大事なことがあった。カルラ、今日の仕事は終わりだろう? あとはラミラに引き継いで休め」
「……はい」
「迷惑をかけた」
「いえ。では、休ませて頂きます」
「あぁ」

 平然と食堂に向かうクリス後ろ姿に、カルラが残念そうにため息を吐いた。

 なんとか気持ちを切り替えたとはいえ、クリスは食堂になかなか入れない。こっそりと中を覗くと、右頬を腫らしたルドが椅子に座っていた。
 クリスは思わず食堂に入り、ルドに声をかける。

「その顔はどうした?」
「いえ、気にしないで下さい」
「治療するか?」
「いえ。自分への戒めなので、このままでいいです」
「……そうか」

 理由はよく分からないが、普通に会話できるし、本人が治療を拒否したので、クリスはこのままにしておくことにした。

 椅子に座り食事を待っていると、突然ルドが立ち上がり、両手をテーブルについて頭を下げた。

「すみませんでした!」

 クリスは風呂場でのことを思い出し、顔に血が上りかけたが、近くにあった水を飲んで収めた。

「……いや、気にするな。こちらも不必要に騒いで済まなかった」
「自分も配慮が足りなかったです。騎士団では何も考えずに団員たちと水浴びをしていましたから」
「あ、あぁ。まあ、そうだろうな」

 戦場に風呂などない。川や池で洗える時に洗う。それも集団で。男同士の裸など見慣れているはずだ。

 クリスは気まずくなり視線を逸らした。そこにラミラが運んできた野菜スープを置く。
 魔力が完全に回復していないルドがスープに飛びついた。

「美味しいですね!」

 ルドがあっという間にスープを平らげる。

「この後、メインの肉料理とパン、デザートになりますが、量は多めにいたしましょうか?」
「メインの前にサラダを出してやれ。あと料理は全部多めに出せ」
「はい。スープのおかわりはいかがでしょうか?」
「ください!」
「はい。お持ちいたします」

 空の皿とともにラミラが下がる。クリスはスープを食べながら言った。

「明日はほとんどの魔力をもらうかもしれないからな。遠慮なく食べて魔力を回復させておけ」
「はい」
「もらう魔力量は私が調節するから、お前は近くにいるだけでいい」
「なにか、手伝えることはありませんか?」
「……ない」

 微かな間にルドの勘が働く。

「なにかあるんですね?」
「……」
「なんですか?」

 クリスはスープを食べていた手を止めて顔をあげた。




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