【完結】秀才の男装治療師が女性恐怖症のわんこ弟子に溺愛されるまで

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クリスの挫折と秘密

ルドによる無意識なドッキリぱにっく〜ラッキースケベは突然に〜

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 クリスは覚悟を決め、ルドに話した。

「治療の後半。私の集中力が切れたり、疲労がたまってきたら、無意識に自分の魔力を使うかもしれない」
「え!?」
「そうなる前に、お前のほうから私に魔力を流せ。無理やりでもいい。私がお前から一定量の魔力を取らなくなったら、すぐにだ。そうすれば、私は自分の魔力を使う前にお前の魔力を使う」
「わかりました」

 クリスはスープに視線を落とした。

「……そこまで治療できるかも怪しい状態だがな。途中で亡くなる可能性の方が高い」

 ルドが握りこぶしを作り、強く言った。

「大丈夫です! 師匠なら治せます!」
「必ず治せる、という保証はどこにもない」
「ですが……」

 そこにラミラがルドのスープを持って来た。

「どうぞ」
「ありがとうございます」

 ルドが頭を下げてスープに口をつける。クリスはラミラを呼び、小声で話した。

「私のメインは軽くでいい。早めに切り上げて風呂に入るから、後は任せる」
「承知いたしました」

 ラミラが頷きながら空になったスープ皿を下げる。ルドが思い出したように言った。

「そういえばオンセンは良いですね。体が軽くなったような気がします」
「全身を温めることで血の流れが良くなり、体の回復を早めるからな。普段、全身を温めることがないから、余計にそう感じるんだろう」
「オンセンという言葉を聞いたのも初めてです」
「この国にはない文化だからな」
「この屋敷は初めて知ることが多くて面白いです」
「そうか」

 クリスは頬杖をついてルドに訊ねた。

「知りたいか?」

 ラミラがルドの前にある空のスープ皿を下げてサラダを置く。ルドが野菜を頬張りながら首を傾げた。

「何をですか?」
「なぜ、この屋敷にはお前が知らないことが多くあるのか。そもそも不思議に思わなかったのか? お前はガスパル・マルティ将軍の孫で、環境的にも普通の人より多く情報が集まるし、知識もある。そんなお前でさえ知らないことが、この屋敷に多くある」
「確かに……そう言われれば、そうですが……ですが、師匠のことだし、と思ったら別に気にならないです」

 ルドの答えにクリスが吹き出す。

「本当にお前は私のこととなると疑うことを知らないな。これが他の奴の屋敷だと、どういう反応をしていたのか……」
「え?」
「いや、いい。それよりメインが来たぞ」

 皿の上に鎮座した分厚い肉。切りごたえがありそうなのに、ナイフでサクッと切れる。
 一口食べれば、口の中で肉の塊がホロリと崩れ、肉汁と共に広がる肉の味。あまりの美味しさにルドが無言で肉を食べ続けた。そんなルドの食べっぷりにクリスの口元が緩む。

 食事が進まないクリスに気が付いたルドが顔をあげた。

「師匠、どうかされましたか?」
「うまそうに食べるなと思って」
「す、すみません」

 手を止めて顔を赤くしたルドにクリスは首を傾げる。

「なぜ謝る? うまそうに食べるのは良いことだ。見ている方は気持ちいいし、シェフも喜ぶ」
「はい!」

 ルドが再び肉に食らいつく。そんなルドをクリスは飽きることなく眺めた。


 夕食を軽く済ませたクリスは今度こそ入浴するため、風呂場に来た。

「まったく。結局、暗くなってしまったな」

 クリスは火が灯ったランプを脱衣所の棚に置いたまま浴室に入った。ドアのガラスを通して光りがぼんやりと入る。天井に近い窓からは湯気を貫き月光が降り注ぐ。

 薄暗いながらも幻想的な雰囲気の風呂場でクリスは体と頭を洗った。そのまま慣れた手つきで茶色の髪の毛を一つにまとめ、頭の上で留める。普段は長い髪で隠れているうなじが現れ、華奢な体形が際立つ。

 クリスは立ち上がると足先から静かに湯に浸かった。

「ふぅ……明日は早くから忙しくなるな」

 透視魔法で見た若い女性の体内を思い出し、明日の治療のシュミレーションをする。

「まずは右肺の治療からだな。酸素の管を左気管支まで入れて片肺換気にして、最初に右肺を終わらす。そうすれば呼吸は確保できるから、次に肝臓だな。ほとんどを切除するようになるが、残りを使って半分まで回復させれば、機能的には問題ない」

 ここで隣の脱衣所に置いたランプの光が揺れた。しかし、考え込んでいるクリスは気づかない。

「あとは胃と大腸を切除して……いや、その前に足にあるものを先に切除するか? いや、ダメだ。足を切除するなら全ての道具を滅菌済みのものと交換しないといけなくなるから、やはり手間を考えると、最後にするか……だが、集中力を考えると……」

 クリスは深くため息を吐いた。

「一度で全てを切らないといけないのが問題だな。切り残しがあると、そこから再発する」

 ぼんやりと天井を眺めるクリスは脱衣所の異変に最後まで気が付かなかった。


 ルドが日課である食後の運動と筋トレを終え、タオルと着替えを持って脱衣所に来ていた。

「すぐに汗が流せるのはいいな。うちにもオンセンって作れるかな? 今度、師匠に聞いてみよう」

 ルドが服を脱いで軽く周囲を見る。

「石鹸が入った桶と椅子がないな。中にあるのかも」

 ルドが鼻歌混じりでドアを開ける。

 ドアが開いた音でクリスは湯に浸かったまま振り返った。そこで素っ裸で入り口に立っているルドと目が合う。そのまま、お互いに硬直した。

 ルドの体は逆光でシルエットだけ。

 一方のクリスは髪を一つにまとめて上げているため、うなじから肩までははっきりと見えた。が、そこから下は岩と湯で見えない。

 先に我に返ったクリスの動きは早かった。タオルで前を隠しながら、側に置いていた桶を掴む。

「学習しろぉ! いぬぅぅ!」

 一直線に飛んだ桶がルドの顔面に直撃した。
 パコーンという小気味よい音とともにルドが倒れ、その鼻からは血が出ている。
 その鼻血は、桶が直撃して出たものなのか、桶が直撃するより前に出ていたものなのか。


 それは、誰にも分からなかった。


 自室に戻ったクリスはラミラに愚痴をこぼし続けた。

「なぜ犬は学習能力がないんだ! 他の者に風呂を使っていいか確認してから入れば良いだけなのに!」

 寝間着姿のクリスがベッドの上で頭を抱える。

「まあ、そこが犬ですから。どうぞ」

 ラミラがティーカップを差し出した。クリスはハーブティーの匂いになんとか心を落ち着かせようと頑張る、が。

「……今晩はしっかり眠れる自信がない」
「そう言われると思いまして寝つきを良くする薬湯を少々混ぜました」
「その方がいいな」

 クリスはどこか諦めたように呟くとハーブティーを一気に飲んで布団にもぐった。

「おやすみなさいませ、クリス様」

 ラミラが静かに部屋から出て行く。少しずつ遠くなる足音を聞きながら、クリスはいつの間にか眠っていた。




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