【完結】秀才の男装治療師が女性恐怖症のわんこ弟子に溺愛されるまで

文字の大きさ
135 / 243
月からの流れ星と治療

先帝の治療

しおりを挟む
 クリスは先帝の治療のため布団を取った。周囲に悪臭が漂い、現帝や親衛隊が顔をしかめる。
 しかし、クリスは表情を崩すことなく先帝の両方の腕に布を巻きつけた。それから、先帝の脇に手をかざし魔法を詠唱する。

『腋窩神経ブロック』

 次に両方の太ももに布を巻き付け、足のつけ根に手をかざす。

『座骨神経ブロック』

 先帝が不思議そうな顔をした。

「痛みがなくなった? どういう……ん? 手が動かん!? 足も動かんぞ!」
「慌てるな。腐ったところを切断する時に痛みがないようにした。治療が終わったら動くようなる」
「そうか」

 先帝が覚悟を決めたように目を閉じる。

 クリスは先帝の右手の袖をあげ、布を腕の下に敷いた。左手と両足にも布を敷く。
 次に鞄の筒からピンセットを出した。その先には消毒液で塗れた綿。
 切断する指から手までを消毒しながら、クリスは先帝に訊ねた。

「痛みや冷たさは感じるか?」
「いや。触られているのは分かるが、痛みはない」
「そうか。痛みを感じたら言え」
「わかった」

 すべての手足の消毒を終えると、イールがクリスに声をかけた。

「準備ができました」
「ありがとう」

 机には綺麗に並んだ機材。
 クリスは蓋が開いていない箱を開け、帽子を被り、手を消毒液で消毒し、滅菌した服と手袋をつけた。

「もう一度消毒するから、腕を上げろ」

 イールが先帝の肘を持ち、手先をあげる。クリスは器材から消毒液に浸かった綿をピンセットでつまみ、先帝の手から手首まで消毒した。
 先帝の腕の下に滅菌した布を敷き、イールが先帝の腕を下ろす。クリスは手首から先だけが出るように先帝の腕に布をかけた。
 残りの腕と足も同じように消毒する。

「さて、始めるか。まずは右手からだな。イール、右手を駆血してくれ」
「はい」

 イールが先帝の右腕側に移動し、巻いた布に目盛りが付いた器材と、掌大の風船を付けた。イールが風船を握り、空気を送り込む。すると布が膨らみ、先帝の右腕を締め付けた。

「終わりました」
「よし。その大きい方の砂時計の砂が落ちきったら教えろ」
「はい」

 イールが箱の隣に置いてある二つの砂時計の大きい方をひっくり返す。

 クリスは小さな刃が付いたナイフを手に取り、右手の小指の黒い部分の近くの皮膚を切った。

「ここは血が流れているか」

 血流を確認しながらナイフで切り進める。時折、布で血を拭い、血が止まらない時は魔法で熱くしたピンセットの先で血管を焼き、止血する。
 骨が現れたところでクリスは刃になっているペンチを持った。

 パチン。

 乾いた音とともに骨が切れる。クリスは切断した骨の先に手をかざした。

『骨組織の再生』

 出血が止まり、切断した骨の先が丸くなる。クリスは切断した骨の先を包むように、肉を器材で挟んだ。

『皮下組織の再生』

 器材を外し、皮膚で覆う。

『皮膚組織の再生』

 右手の小指は短くなったが傷跡もない。クリスが砂時計に視線を向けると、砂は落ちきっていなかった。

「イール、駆血を解け」
「はい」

 イールが布に付いているネジを緩め、布から空気を抜く。

「次は左手だ」
「はい」

 クリスは手袋を外し、滅菌してある新しい手袋をつける。

「今使った器材は使わないから、後で片付けてくれ」
「はい」
「駆血してくれ」

 クリスは先帝の左側に移動した。イールが先程と同じように布に空気を入れて左腕を絞め、砂時計をひっくり返す。

「始めるぞ」

 クリスは右手と同じ手順で左指を切断していく。その間にイールが右手で使った器材を片付け、右手に残った血を綺麗に拭き取る。
 イールの動きに現帝が首を捻った。

「なぜ、一回使っただけで片付けるのだ?」
「簡単に説明しますと、汚いからです。右手で使った器材を左手に使用すると、右手に付いていた目に見えない生物が左手に付きます。目に見えない生物を増やさないためにも、治療をする場所が変わる時は、滅菌した新しい手袋と機材に変えます」
「……そうなのか」

 ルドの説明に現帝が曖昧に頷く。
 口だけでの説明には限界があり、理解しきれないのは仕方ない、とルドが開き直る。

 一方のクリスは砂時計の砂が落ち切る寸前で、左指の切断治療を終わらせた。

「さて、ここからだな」

 クリスは手袋を付け替え、先帝の足側に移動する。

「右足からするぞ」

 イールが右足の布に空気を入れて絞める。クリスは手の指と同じように皮膚を切った。足の指はつけ根近くまで腐っていたため、つけ根の関節をナイフで切り落とす。
 右足の小指、薬指の切断、治療を終え、中指を切断している途中でイールが声をかけた。

「砂時計の砂が落ち切ります」
「駆血を解いて、小さい方の砂時計をひっくり返せ」

 イールが布から空気を抜き、小さな砂時計をひっくり返す。ナイフで切断している部位から血が出た。クリスは布で拭きながら、先を熱くしたピンセットで血管を焼く。

「砂が落ちました」
「よし、駆血しろ」

 イールが再び右足に巻いている布に空気を入れて絞める。クリスは再び中指の切断を始めた。途中からだったので時間はさほどかからず終わった。

「駆血を解け」

 クリスは肩を軽く回し、手袋を外す。緊張をといた様子のクリスに現帝が声をかけた。

「足の指を切断していた時、途中で中断したのは何故だ?」
「血の流れを長時間止めると、切断する部分以外の血がなくなり悪くなる。だから、途中で縛りを緩めて血を流す必要がある」
「戦場で腕や足の止血をするために傷口の上部を縛ることがあるが、ずっと縛っているのは良くないのか?」
「あぁ。長い時間縛り過ぎると、傷以外の場所も腐り、治療魔法をかけても治癒しなくなる。できれば定期的に縛りを外したほうがいい」
「なんと!? それを騎士や兵士たちは知っているのか?」
「さあな」

 現帝が控えている騎士に命令する。

「あとで、このことを全部隊に通達しろ」
「相変わらず、こちらから聞かねば教えてくれぬのだな」

 喉の奥で笑う先帝にクリスは肩をすくめた。

「教えるだけマシだろ」
「はっはっはっ。確かにそうだな」
「さあ、これで最後だ。あと少し堪えてくれ」
「こちらは寝ているだけだ。気にするな」
「では、そうさせてもらおう」

 クリスは滅菌した新しい手袋をつけ、左足の指の切断を始めた。


 左足の指を全て切断し、治療を終えたクリスは着ていた服と手袋を外した。その間にイールが機材を片付け、先帝にかけていた布をすべて取る。

「気分はどうだ?」
「特に変わった感じはしない」
「これから、痛みを感じなくさせていた魔法を解除する。痛みがあるようなら言ってくれ」
「わかった」

 クリスは先帝の脇に手をかざした。

『腋窩神経ブロック解除』

 先帝が両手を挙げ、切断された指を見つめる。

「痛みがあるか?」
「ないが……不思議な感覚だな」
「足の魔法も解除するが、いいか?」
「あぁ。やってくれ」
『座骨神経ブロック解除』

 先帝がゆっくりと上半身を起こし、足を見る。

「どうだ?」
「……ここまで綺麗に指がないと、まるで最初からなかったようだな」
「だが、歩きにくくなっている。今までと同じように歩けば、転ぶぞ」
「それは気を付けないといけないな」

 クリスはイールに視線を向けた。

「歩行の補助具は作れるか?」
「基本情報はありますから、道具と材料さえあれば作れます」
「必要なら作ってやれ。明後日の朝、出発する予定だ。それまでに傷が赤くなったり、ひどい痛みが出たら、教えてくれ」
「わかりました」

 イールが静かに頭をさげる。クリスは残りの器材を手際よく箱に収め、鞄に入れた。

「さて、帰るか」
「はい」

 ルドが鞄を持ち上げる。

「送ろう」

 クリスたちは現帝とともに部屋から出ていった。




    
しおりを挟む
感想 17

あなたにおすすめの小説

病弱な第四皇子は屈強な皇帝となって、兎耳宮廷薬師に求愛する

藤原 秋
恋愛
大規模な自然災害により絶滅寸前となった兎耳族の生き残りは、大帝国の皇帝の計らいにより宮廷で保護という名目の軟禁下に置かれている。 彼らは宮廷内の仕事に従事しながら、一切の外出を許可されず、婚姻は同族間のみと定義づけられ、宮廷内の籠の鳥と化していた。 そんな中、宮廷薬師となった兎耳族のユーファは、帝国に滅ぼされたアズール王国の王子で今は皇宮の側用人となったスレンツェと共に、生まれつき病弱で両親から次期皇帝候補になることはないと見限られた五歳の第四皇子フラムアーク付きとなり、皇子という地位にありながら冷遇された彼を献身的に支えてきた。 フラムアークはユーファに懐き、スレンツェを慕い、成長と共に少しずつ丈夫になっていく。 だがそれは、彼が現実という名の壁に直面し、自らの境遇に立ち向かっていかねばならないことを意味していた―――。 柔和な性格ながら確たる覚悟を内に秘め、男としての牙を隠す第四皇子と、高潔で侠気に富み、自らの過去と戦いながら彼を補佐する亡国の王子、彼らの心の支えとなり、国の制約と湧き起こる感情の狭間で葛藤する亜人の宮廷薬師。 三者三様の立ち位置にある彼らが手を携え合い、ひとつひとつ困難を乗り越えて掴み取る、思慕と軌跡の逆転劇。

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される

奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。 けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。 そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。 2人の出会いを描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630 2人の誓約の儀を描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

喪女なのに狼さんたちに溺愛されています

和泉
恋愛
もふもふの狼がイケメンなんて反則です! 聖女召喚の儀で異世界に呼ばれたのはOL・大学生・高校生の3人。 ズボンを履いていた大学生のヒナは男だと勘違いされ、説明もないまま城を追い出された。 森で怪我をした子供の狼と出会ったヒナは狼族の国へ。私は喪女なのに狼族の王太子、No.1ホストのような武官、真面目な文官が近づいてくるのはなぜ? ヒナとつがいになりたい狼達の恋愛の行方は?聖女の力で国同士の争いは無くすことができるのか。

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。 そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。 だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。 そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

【完結済】隣国でひっそりと子育てしている私のことを、執着心むき出しの初恋が追いかけてきます

鳴宮野々花@書籍4作品発売中
恋愛
 一夜の過ちだなんて思いたくない。私にとって彼とのあの夜は、人生で唯一の、最良の思い出なのだから。彼のおかげで、この子に会えた────  私、この子と生きていきますっ!!  シアーズ男爵家の末娘ティナレインは、男爵が隣国出身のメイドに手をつけてできた娘だった。ティナレインは隣国の一部の者が持つ魔力(治癒術)を微力ながら持っており、そのため男爵夫人に一層疎まれ、男爵家後継ぎの兄と、世渡り上手で気の強い姉の下で、影薄く過ごしていた。  幼いティナレインは、優しい侯爵家の子息セシルと親しくなっていくが、息子がティナレインに入れ込みすぎていることを嫌う侯爵夫人は、シアーズ男爵夫人に苦言を呈す。侯爵夫人の機嫌を損ねることが怖い義母から強く叱られ、ティナレインはセシルとの接触を禁止されてしまう。  時を経て、貴族学園で再会する二人。忘れられなかったティナへの想いが燃え上がるセシルは猛アタックするが、ティナは自分の想いを封じ込めるように、セシルを避ける。  やがてティナレインは、とある商会の成金経営者と婚約させられることとなり、学園を中退。想い合いながらも会うことすら叶わなくなった二人だが、ある夜偶然の再会を果たす。  それから数ヶ月。結婚を目前に控えたティナレインは、隣国へと逃げる決意をした。自分のお腹に宿っていることに気付いた、大切な我が子を守るために。  けれど、名を偽り可愛い我が子の子育てをしながら懸命に生きていたティナレインと、彼女を諦めきれないセシルは、ある日運命的な再会を果たし────  生まれ育った屋敷で冷遇され続けた挙げ句、最低な成金ジジイと結婚させられそうになったヒロインが、我が子を守るために全てを捨てて新しい人生を切り拓いていこうと奮闘する物語です。 ※いつもの完全オリジナルファンタジー世界の物語です。全てがファンタジーです。 ※この作品は小説家になろう、カクヨムにも投稿しています。

【完結】異世界に転移しましたら、四人の夫に溺愛されることになりました(笑)

かのん
恋愛
 気が付けば、喧騒など全く聞こえない、鳥のさえずりが穏やかに聞こえる森にいました。  わぁ、こんな静かなところ初めて~なんて、のんびりしていたら、目の前に麗しの美形達が現れて・・・  これは、女性が少ない世界に転移した二十九歳独身女性が、あれよあれよという間に精霊の愛し子として囲われ、いつのまにか四人の男性と結婚し、あれよあれよという間に溺愛される物語。 あっさりめのお話です。それでもよろしければどうぞ! 本日だけ、二話更新。毎日朝10時に更新します。 完結しておりますので、安心してお読みください。

王宮地味女官、只者じゃねぇ

宵森みなと
恋愛
地味で目立たず、ただ真面目に働く王宮の女官・エミリア。 しかし彼女の正体は――剣術・魔法・語学すべてに長けた首席卒業の才女にして、実はとんでもない美貌と魔性を秘めた、“自覚なしギャップ系”最強女官だった!? 王女付き女官に任命されたその日から、運命が少しずつ動き出す。 訛りだらけのマーレン語で王女に爆笑を起こし、夜会では仮面を外した瞬間、貴族たちを騒然とさせ―― さらには北方マーレン国から訪れた黒髪の第二王子をも、一瞬で虜にしてしまう。 「おら、案内させてもらいますけんの」 その一言が、国を揺らすとは、誰が想像しただろうか。 王女リリアは言う。「エミリアがいなければ、私は生きていけぬ」 副長カイルは焦る。「このまま、他国に連れて行かれてたまるか」 ジークは葛藤する。「自分だけを見てほしいのに、届かない」 そしてレオンハルト王子は心を決める。「妻に望むなら、彼女以外はいない」 けれど――当の本人は今日も地味眼鏡で事務作業中。 王族たちの心を翻弄するのは、無自覚最強の“訛り女官”。 訛って笑いを取り、仮面で魅了し、剣で守る―― これは、彼女の“本当の顔”が王宮を変えていく、壮麗な恋と成長の物語。 ★この物語は、「枯れ専モブ令嬢」の5年前のお話です。クラリスが活躍する前で、少し若いイザークとライナルトがちょっと出ます。

次期騎士団長の秘密を知ってしまったら、迫られ捕まってしまいました

Karamimi
恋愛
侯爵令嬢で貴族学院2年のルミナスは、元騎士団長だった父親を8歳の時に魔物討伐で亡くした。一家の大黒柱だった父を亡くしたことで、次期騎士団長と期待されていた兄は騎士団を辞め、12歳という若さで侯爵を継いだ。 そんな兄を支えていたルミナスは、ある日貴族学院3年、公爵令息カルロスの意外な姿を見てしまった。学院卒院後は騎士団長になる事も決まっているうえ、容姿端麗で勉学、武術も優れているまさに完璧公爵令息の彼とはあまりにも違う姿に、笑いが止まらない。 お兄様の夢だった騎士団長の座を奪ったと、一方的にカルロスを嫌っていたルミナスだが、さすがにこの秘密は墓場まで持って行こう。そう決めていたのだが、翌日カルロスに捕まり、鼻息荒く迫って来る姿にドン引きのルミナス。 挙句の果てに“ルミタン”だなんて呼ぶ始末。もうあの男に関わるのはやめよう、そう思っていたのに… 意地っ張りで素直になれない令嬢、ルミナスと、ちょっと気持ち悪いがルミナスを誰よりも愛している次期騎士団長、カルロスが幸せになるまでのお話しです。 よろしくお願いしますm(__)m

処理中です...