【完結】秀才の男装治療師が女性恐怖症のわんこ弟子に溺愛されるまで

文字の大きさ
174 / 243
第三章・両思い編〜失われた記憶

それは、記憶を失った乙女でした

しおりを挟む
 机と椅子、それにベッドと本棚という殺風景な部屋。その部屋の真ん中にあるベッドにクリスは眠っていた。

 その枕元をルドがウロウロと歩きまわる。あまりの落ち着きのなさに控えているカリストが声をかけた。

「座ったら、どうですか? その大きな図体で歩かれても目障りです。透視魔法で打撲した頭と背中以外は問題なし。眠っているだけ。と診断したのは、あなたでしょう? その打撲もあなたが魔法で治療しましたし」

 カリストの声に引っ張られるようにクリスの意識が浮上する。
 ルドが心配そうにカリストに訴えた。

「ですが、こんなに起きないなんて……」
「最近は多忙でしたから、疲労で眠っているだけでしょう」

 クリスが視線を動かすと、赤い髪がぼんやりと映った。

「それにしても……師匠!?」

 ルドがクリスの顔を覗き込む。

「師匠! 気がつきましたか!」
「キャ――――――」

 クリスがシーツの中に逃げるように顔を半分隠した。叫び声を聞きつけた使用人たちが慌てて部屋に飛び込む。

「クリス様!?」
「いかがされました!?」

 雪崩れ込んできた使用人たちにクリスが呆然とする。そこにルドが恐る恐る声をかけた。

「師匠?」
「……し、しょう?」

 クリスが上半身を起こしながら考える。

「ししょう、とは私のことですか? そういえば、ここはどこですか? 私は……あれ? 私の名前は……あの、私は誰ですか?」

 不思議そうに見回すクリスに対して、その場にいた全員の目が丸くなり、顔が青くなる。

 ルドは何か言おうとしたが、体当たりで押しのけたカルラが話しかけた。

「クリス様! 頭は痛くないですか!? 吐き気がしたりしませんか!?」

 クリスはカルラの迫力に押されながらも首を横に振る。ちなみにルドは床で伸びている。

「そういうのは、ありません」

 明らかに初対面の人を見るような目。カルラはゆっくりと訊ねた。

「私のことは、分かりますか?」
「……ごめんなさい、分からないです」
「クリス様! 私のことは!?」

 今度はラミラがクリスに迫る。しかし、反応は同じ。

「すみません、分からないです」

 メイドの二人がシュンと沈んで下がる。最後にカリストがクリスに近づき、警戒させないように微笑んだ。

「どうやら、頭を打った衝撃で記憶を失くしているようですね。カルラ、シェットランド領に連絡して、治療医師を手配してください」
「はい!」

 カルラが転げるように部屋から出る。床に伸びているルドを踏んで、グエッと蛙のような声が出たが、誰も気にしない。

「ラミラは治療院研究所に連絡を。クリス様はしばらく休みましょう」
「はい」

 ラミラが早足で部屋から出て行った。その時もグエッという声がしたが……以外略。

「あ、あの、私は……」

 カリストがクリスと視線を合わせて自己紹介をする。

「私は執事のカリストと申します。用があるときは、いつでもお呼びください」
「は、はい」
「で、あなたはこの屋敷のあるじ、クリス様です」
「それが私の名前ですか」
「はい」

 しっかりと頷くカリストの隣で起き上がったルドが何か言おうとする。しかし、それをカリストが手で制した。

「いきなり全てを話しては混乱されてしまいます。少しずつ説明していきましょう」

 ルドが納得して下がるが、クリスは疑問に感じた。

「それは、どういうことですか? 混乱しているからこそ、説明が必要だと思うのですが……」
「そうですね。ただ、クリス様の環境は少々複雑なので、重要なことから順番に説明していきます」
「複雑?」

 どう複雑なのか、今のクリスにはまったく想像できない。悩むクリスにカリストが鼈甲の櫛を出す。

「まずは身なりを整えましょう。クリス様は見事な金髪ですが、これは隠さなければなりません」
「え!? なんで? どうしてですか?」

 クリスが驚きながら自分の金髪を摘まむ。窓から入る光に透けて金の鎖のように輝く。これを隠すなんて勿体ない気がする。
 クリスの背後に移動したカリストが説明した。

「この櫛で髪を茶色に変えます。ただし、クリス様が眠られると金髪に戻りますので、お気をつけください」
「じゃあ、外でお昼寝もできないのですね」

 ポツリと溢れた言葉にルドが驚愕する。

「お昼寝!?」
「わ、私、そんなに変なこと言いました?」
「あ、いえ。気にしないでください」

 ルドが沈み込むように椅子に腰かけた。その様子にクリスの心が何故か痛む。

「あの、すみません……」

 クリスが謝るとルドは慌てて顔を上げた。

「いえ! 師匠は悪くありません! むしろ、自分がついていながら……」

 ルドがますます落ち込む。これ以上暗くならないでほしい、と思ったクリスは急いで話題を変えた。

「あ、あの! 名前! あなたの名前を教えてください!」

 ルドがハッとして顔をあげる。

「そうでした。自己紹介がまだでしたね。自分はルドヴィクスです。ルドと呼んでください」
「ルド、ですね。よろしくお願いします、ルドさん」
「……はい」

 ルドが困惑したような顔で返事をする。クリスが首をかしげると、カリストが声をかけた。

「終わりました」
「うわぁ、すごいですね」

 クリスが茶色になった髪を掴んで観察する。金髪の面影は微塵もない。
 カリストが鼈甲の櫛を懐に入れながら話す。

「服も変えましょう。着替えはラミラが手伝いますので、お待ちください」
「着替えぐらい一人でできますよ?」
「その服は少し特殊ですから」

 そう言ってカリストがルドに視線を向ける。それだけで察したルドは軽く頭を下げてクリスに言った。

「少し失礼します」
「あ、はい」

 こうして二人が部屋から出て行った。

 クリスはベッドから立ち上がり、改めて自分が着ている服を見る。

「……地味な服」

 詰襟で黒一色のため、良く言えば引き締まって格好良く見えるが、悪く言えば暗くて寂しい。部屋もシンプルで飾りが一つもない。

「……地味な部屋」

 窓に視線を向けるとカーテンが誘うように踊っている。そこから、華やかな外の景色が見えた。

「わぁ……きれい……」

 綺麗に刈り揃えられた緑の葉から色とりどりの花が咲き乱れている。噴水の水が踊るように吹き上がり、雫が太陽の光を弾く。
 クリスが庭に見惚れているとノックの音がした。

「はい」
「失礼します。着替えをお持ちしました」
「あ、はい」

 ラミラがクリスの前まで来て、着替えの服をベッドに置く。

「先ほどは申し訳ありません」
「い、いえ! そんな! 記憶を失くした私の方が悪いですし!」

 両手を左右に振ってクリスが慌てて否定する。その光景にラミラが驚いたように目を丸くした。

「あ、あの?」

 何か失礼なことをした? とクリスが悩んでいると、ラミラが少し残念そうに笑った。

「いえ、お気になさらないでください。着替えましょう」

 ラミラが戸惑うことなくクリスの服に手をかけてきた。

「え? え?」

 恥ずかしいと思う間もなく上着を脱がされる。すると体に巻き付けるような硬い服があった。

「これが少し特殊な服です。まず、この金具をこちらにずらして、次はこちらの紐を緩めてください。はい、これで脱げました」

 ラミラが胸から腰までを覆っていた服を外してクリスに見せる。

「……硬いんですね」

 多少の弾力はあるが布に比べれば硬い。

「なぜ、こんな服を着ているのですか?」

 クリスは記憶がないものの、なんとなく普通は着ないと感じた。
 ラミラが少し困ったような顔になりながら説明する。

「クリス様の仕事は治療師です。ただ治療師は男性しかなれません。ですので、クリス様は男装をして性別を偽り治療師をしていました」
「え……?」
「ですが、今のクリス様では男装も治療師の仕事も難しいでしょう。ですので、普通にお過ごしください」

 そう言ってラミラが広げて見せたのは、ふんわりと暖かい雰囲気が漂う淡い黄色のワンピースだった。

「可愛い!」

 クリスがワンピースに飛び付く。ラミラは嬉しそうに微笑んだ。

「気に入っていただけて良かったです」

 クリスが喜んでワンピースに袖を通す。
 首元や手首から繊細なレースが覗き、胸元にも同じレースの飾り。スカートはふわりと広がり、歩くだけで軽やかに揺れる。

 満足そうに全身を確認しながらクリスはラミラに訊ねた。

「ルドさんに見せてきていいですか?」

 クリスの提案にラミラの青い目が丸くなる。

「あ、はい。かまいませんが……」
「なにか問題がありますか?」

 ラミラのあまりの驚きようにクリスが不安になる。ラミラはすぐに優しく微笑んで同意した。

「なにも問題はありません。よくお似合いですので、きっと犬……いえ、ルドヴィクスも驚きますわ。ですが、どうして、い……ルドヴィクスにお見せしようと?」
「んー、なんとなく? この服を着たら、ルドさんの顔が浮かんで見せたいと思いました」

 可愛らしい笑顔で素直に感情を表現するクリス。その様子にラミラは心の中で感涙しながら、表情には出さずに頷いた。

「そうですか。ルドヴィクスはカリストと庭にいますから、行ってみてください」
「はい!」

 クリスは軽やかに部屋から飛び出した。








しおりを挟む
感想 17

あなたにおすすめの小説

病弱な第四皇子は屈強な皇帝となって、兎耳宮廷薬師に求愛する

藤原 秋
恋愛
大規模な自然災害により絶滅寸前となった兎耳族の生き残りは、大帝国の皇帝の計らいにより宮廷で保護という名目の軟禁下に置かれている。 彼らは宮廷内の仕事に従事しながら、一切の外出を許可されず、婚姻は同族間のみと定義づけられ、宮廷内の籠の鳥と化していた。 そんな中、宮廷薬師となった兎耳族のユーファは、帝国に滅ぼされたアズール王国の王子で今は皇宮の側用人となったスレンツェと共に、生まれつき病弱で両親から次期皇帝候補になることはないと見限られた五歳の第四皇子フラムアーク付きとなり、皇子という地位にありながら冷遇された彼を献身的に支えてきた。 フラムアークはユーファに懐き、スレンツェを慕い、成長と共に少しずつ丈夫になっていく。 だがそれは、彼が現実という名の壁に直面し、自らの境遇に立ち向かっていかねばならないことを意味していた―――。 柔和な性格ながら確たる覚悟を内に秘め、男としての牙を隠す第四皇子と、高潔で侠気に富み、自らの過去と戦いながら彼を補佐する亡国の王子、彼らの心の支えとなり、国の制約と湧き起こる感情の狭間で葛藤する亜人の宮廷薬師。 三者三様の立ち位置にある彼らが手を携え合い、ひとつひとつ困難を乗り越えて掴み取る、思慕と軌跡の逆転劇。

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される

奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。 けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。 そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。 2人の出会いを描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630 2人の誓約の儀を描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

喪女なのに狼さんたちに溺愛されています

和泉
恋愛
もふもふの狼がイケメンなんて反則です! 聖女召喚の儀で異世界に呼ばれたのはOL・大学生・高校生の3人。 ズボンを履いていた大学生のヒナは男だと勘違いされ、説明もないまま城を追い出された。 森で怪我をした子供の狼と出会ったヒナは狼族の国へ。私は喪女なのに狼族の王太子、No.1ホストのような武官、真面目な文官が近づいてくるのはなぜ? ヒナとつがいになりたい狼達の恋愛の行方は?聖女の力で国同士の争いは無くすことができるのか。

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。 そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。 だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。 そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

【完結済】隣国でひっそりと子育てしている私のことを、執着心むき出しの初恋が追いかけてきます

鳴宮野々花@書籍4作品発売中
恋愛
 一夜の過ちだなんて思いたくない。私にとって彼とのあの夜は、人生で唯一の、最良の思い出なのだから。彼のおかげで、この子に会えた────  私、この子と生きていきますっ!!  シアーズ男爵家の末娘ティナレインは、男爵が隣国出身のメイドに手をつけてできた娘だった。ティナレインは隣国の一部の者が持つ魔力(治癒術)を微力ながら持っており、そのため男爵夫人に一層疎まれ、男爵家後継ぎの兄と、世渡り上手で気の強い姉の下で、影薄く過ごしていた。  幼いティナレインは、優しい侯爵家の子息セシルと親しくなっていくが、息子がティナレインに入れ込みすぎていることを嫌う侯爵夫人は、シアーズ男爵夫人に苦言を呈す。侯爵夫人の機嫌を損ねることが怖い義母から強く叱られ、ティナレインはセシルとの接触を禁止されてしまう。  時を経て、貴族学園で再会する二人。忘れられなかったティナへの想いが燃え上がるセシルは猛アタックするが、ティナは自分の想いを封じ込めるように、セシルを避ける。  やがてティナレインは、とある商会の成金経営者と婚約させられることとなり、学園を中退。想い合いながらも会うことすら叶わなくなった二人だが、ある夜偶然の再会を果たす。  それから数ヶ月。結婚を目前に控えたティナレインは、隣国へと逃げる決意をした。自分のお腹に宿っていることに気付いた、大切な我が子を守るために。  けれど、名を偽り可愛い我が子の子育てをしながら懸命に生きていたティナレインと、彼女を諦めきれないセシルは、ある日運命的な再会を果たし────  生まれ育った屋敷で冷遇され続けた挙げ句、最低な成金ジジイと結婚させられそうになったヒロインが、我が子を守るために全てを捨てて新しい人生を切り拓いていこうと奮闘する物語です。 ※いつもの完全オリジナルファンタジー世界の物語です。全てがファンタジーです。 ※この作品は小説家になろう、カクヨムにも投稿しています。

【完結】異世界に転移しましたら、四人の夫に溺愛されることになりました(笑)

かのん
恋愛
 気が付けば、喧騒など全く聞こえない、鳥のさえずりが穏やかに聞こえる森にいました。  わぁ、こんな静かなところ初めて~なんて、のんびりしていたら、目の前に麗しの美形達が現れて・・・  これは、女性が少ない世界に転移した二十九歳独身女性が、あれよあれよという間に精霊の愛し子として囲われ、いつのまにか四人の男性と結婚し、あれよあれよという間に溺愛される物語。 あっさりめのお話です。それでもよろしければどうぞ! 本日だけ、二話更新。毎日朝10時に更新します。 完結しておりますので、安心してお読みください。

王宮地味女官、只者じゃねぇ

宵森みなと
恋愛
地味で目立たず、ただ真面目に働く王宮の女官・エミリア。 しかし彼女の正体は――剣術・魔法・語学すべてに長けた首席卒業の才女にして、実はとんでもない美貌と魔性を秘めた、“自覚なしギャップ系”最強女官だった!? 王女付き女官に任命されたその日から、運命が少しずつ動き出す。 訛りだらけのマーレン語で王女に爆笑を起こし、夜会では仮面を外した瞬間、貴族たちを騒然とさせ―― さらには北方マーレン国から訪れた黒髪の第二王子をも、一瞬で虜にしてしまう。 「おら、案内させてもらいますけんの」 その一言が、国を揺らすとは、誰が想像しただろうか。 王女リリアは言う。「エミリアがいなければ、私は生きていけぬ」 副長カイルは焦る。「このまま、他国に連れて行かれてたまるか」 ジークは葛藤する。「自分だけを見てほしいのに、届かない」 そしてレオンハルト王子は心を決める。「妻に望むなら、彼女以外はいない」 けれど――当の本人は今日も地味眼鏡で事務作業中。 王族たちの心を翻弄するのは、無自覚最強の“訛り女官”。 訛って笑いを取り、仮面で魅了し、剣で守る―― これは、彼女の“本当の顔”が王宮を変えていく、壮麗な恋と成長の物語。 ★この物語は、「枯れ専モブ令嬢」の5年前のお話です。クラリスが活躍する前で、少し若いイザークとライナルトがちょっと出ます。

次期騎士団長の秘密を知ってしまったら、迫られ捕まってしまいました

Karamimi
恋愛
侯爵令嬢で貴族学院2年のルミナスは、元騎士団長だった父親を8歳の時に魔物討伐で亡くした。一家の大黒柱だった父を亡くしたことで、次期騎士団長と期待されていた兄は騎士団を辞め、12歳という若さで侯爵を継いだ。 そんな兄を支えていたルミナスは、ある日貴族学院3年、公爵令息カルロスの意外な姿を見てしまった。学院卒院後は騎士団長になる事も決まっているうえ、容姿端麗で勉学、武術も優れているまさに完璧公爵令息の彼とはあまりにも違う姿に、笑いが止まらない。 お兄様の夢だった騎士団長の座を奪ったと、一方的にカルロスを嫌っていたルミナスだが、さすがにこの秘密は墓場まで持って行こう。そう決めていたのだが、翌日カルロスに捕まり、鼻息荒く迫って来る姿にドン引きのルミナス。 挙句の果てに“ルミタン”だなんて呼ぶ始末。もうあの男に関わるのはやめよう、そう思っていたのに… 意地っ張りで素直になれない令嬢、ルミナスと、ちょっと気持ち悪いがルミナスを誰よりも愛している次期騎士団長、カルロスが幸せになるまでのお話しです。 よろしくお願いしますm(__)m

処理中です...