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第三章・両思い編〜失われた記憶
それは、記憶を失った乙女でした
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机と椅子、それにベッドと本棚という殺風景な部屋。その部屋の真ん中にあるベッドにクリスは眠っていた。
その枕元をルドがウロウロと歩きまわる。あまりの落ち着きのなさに控えているカリストが声をかけた。
「座ったら、どうですか? その大きな図体で歩かれても目障りです。透視魔法で打撲した頭と背中以外は問題なし。眠っているだけ。と診断したのは、あなたでしょう? その打撲もあなたが魔法で治療しましたし」
カリストの声に引っ張られるようにクリスの意識が浮上する。
ルドが心配そうにカリストに訴えた。
「ですが、こんなに起きないなんて……」
「最近は多忙でしたから、疲労で眠っているだけでしょう」
クリスが視線を動かすと、赤い髪がぼんやりと映った。
「それにしても……師匠!?」
ルドがクリスの顔を覗き込む。
「師匠! 気がつきましたか!」
「キャ――――――」
クリスがシーツの中に逃げるように顔を半分隠した。叫び声を聞きつけた使用人たちが慌てて部屋に飛び込む。
「クリス様!?」
「いかがされました!?」
雪崩れ込んできた使用人たちにクリスが呆然とする。そこにルドが恐る恐る声をかけた。
「師匠?」
「……し、しょう?」
クリスが上半身を起こしながら考える。
「ししょう、とは私のことですか? そういえば、ここはどこですか? 私は……あれ? 私の名前は……あの、私は誰ですか?」
不思議そうに見回すクリスに対して、その場にいた全員の目が丸くなり、顔が青くなる。
ルドは何か言おうとしたが、体当たりで押しのけたカルラが話しかけた。
「クリス様! 頭は痛くないですか!? 吐き気がしたりしませんか!?」
クリスはカルラの迫力に押されながらも首を横に振る。ちなみにルドは床で伸びている。
「そういうのは、ありません」
明らかに初対面の人を見るような目。カルラはゆっくりと訊ねた。
「私のことは、分かりますか?」
「……ごめんなさい、分からないです」
「クリス様! 私のことは!?」
今度はラミラがクリスに迫る。しかし、反応は同じ。
「すみません、分からないです」
メイドの二人がシュンと沈んで下がる。最後にカリストがクリスに近づき、警戒させないように微笑んだ。
「どうやら、頭を打った衝撃で記憶を失くしているようですね。カルラ、シェットランド領に連絡して、治療医師を手配してください」
「はい!」
カルラが転げるように部屋から出る。床に伸びているルドを踏んで、グエッと蛙のような声が出たが、誰も気にしない。
「ラミラは治療院研究所に連絡を。クリス様はしばらく休みましょう」
「はい」
ラミラが早足で部屋から出て行った。その時もグエッという声がしたが……以外略。
「あ、あの、私は……」
カリストがクリスと視線を合わせて自己紹介をする。
「私は執事のカリストと申します。用があるときは、いつでもお呼びください」
「は、はい」
「で、あなたはこの屋敷の主、クリス様です」
「それが私の名前ですか」
「はい」
しっかりと頷くカリストの隣で起き上がったルドが何か言おうとする。しかし、それをカリストが手で制した。
「いきなり全てを話しては混乱されてしまいます。少しずつ説明していきましょう」
ルドが納得して下がるが、クリスは疑問に感じた。
「それは、どういうことですか? 混乱しているからこそ、説明が必要だと思うのですが……」
「そうですね。ただ、クリス様の環境は少々複雑なので、重要なことから順番に説明していきます」
「複雑?」
どう複雑なのか、今のクリスにはまったく想像できない。悩むクリスにカリストが鼈甲の櫛を出す。
「まずは身なりを整えましょう。クリス様は見事な金髪ですが、これは隠さなければなりません」
「え!? なんで? どうしてですか?」
クリスが驚きながら自分の金髪を摘まむ。窓から入る光に透けて金の鎖のように輝く。これを隠すなんて勿体ない気がする。
クリスの背後に移動したカリストが説明した。
「この櫛で髪を茶色に変えます。ただし、クリス様が眠られると金髪に戻りますので、お気をつけください」
「じゃあ、外でお昼寝もできないのですね」
ポツリと溢れた言葉にルドが驚愕する。
「お昼寝!?」
「わ、私、そんなに変なこと言いました?」
「あ、いえ。気にしないでください」
ルドが沈み込むように椅子に腰かけた。その様子にクリスの心が何故か痛む。
「あの、すみません……」
クリスが謝るとルドは慌てて顔を上げた。
「いえ! 師匠は悪くありません! むしろ、自分がついていながら……」
ルドがますます落ち込む。これ以上暗くならないでほしい、と思ったクリスは急いで話題を変えた。
「あ、あの! 名前! あなたの名前を教えてください!」
ルドがハッとして顔をあげる。
「そうでした。自己紹介がまだでしたね。自分はルドヴィクスです。ルドと呼んでください」
「ルド、ですね。よろしくお願いします、ルドさん」
「……はい」
ルドが困惑したような顔で返事をする。クリスが首をかしげると、カリストが声をかけた。
「終わりました」
「うわぁ、すごいですね」
クリスが茶色になった髪を掴んで観察する。金髪の面影は微塵もない。
カリストが鼈甲の櫛を懐に入れながら話す。
「服も変えましょう。着替えはラミラが手伝いますので、お待ちください」
「着替えぐらい一人でできますよ?」
「その服は少し特殊ですから」
そう言ってカリストがルドに視線を向ける。それだけで察したルドは軽く頭を下げてクリスに言った。
「少し失礼します」
「あ、はい」
こうして二人が部屋から出て行った。
クリスはベッドから立ち上がり、改めて自分が着ている服を見る。
「……地味な服」
詰襟で黒一色のため、良く言えば引き締まって格好良く見えるが、悪く言えば暗くて寂しい。部屋もシンプルで飾りが一つもない。
「……地味な部屋」
窓に視線を向けるとカーテンが誘うように踊っている。そこから、華やかな外の景色が見えた。
「わぁ……きれい……」
綺麗に刈り揃えられた緑の葉から色とりどりの花が咲き乱れている。噴水の水が踊るように吹き上がり、雫が太陽の光を弾く。
クリスが庭に見惚れているとノックの音がした。
「はい」
「失礼します。着替えをお持ちしました」
「あ、はい」
ラミラがクリスの前まで来て、着替えの服をベッドに置く。
「先ほどは申し訳ありません」
「い、いえ! そんな! 記憶を失くした私の方が悪いですし!」
両手を左右に振ってクリスが慌てて否定する。その光景にラミラが驚いたように目を丸くした。
「あ、あの?」
何か失礼なことをした? とクリスが悩んでいると、ラミラが少し残念そうに笑った。
「いえ、お気になさらないでください。着替えましょう」
ラミラが戸惑うことなくクリスの服に手をかけてきた。
「え? え?」
恥ずかしいと思う間もなく上着を脱がされる。すると体に巻き付けるような硬い服があった。
「これが少し特殊な服です。まず、この金具をこちらにずらして、次はこちらの紐を緩めてください。はい、これで脱げました」
ラミラが胸から腰までを覆っていた服を外してクリスに見せる。
「……硬いんですね」
多少の弾力はあるが布に比べれば硬い。
「なぜ、こんな服を着ているのですか?」
クリスは記憶がないものの、なんとなく普通は着ないと感じた。
ラミラが少し困ったような顔になりながら説明する。
「クリス様の仕事は治療師です。ただ治療師は男性しかなれません。ですので、クリス様は男装をして性別を偽り治療師をしていました」
「え……?」
「ですが、今のクリス様では男装も治療師の仕事も難しいでしょう。ですので、普通にお過ごしください」
そう言ってラミラが広げて見せたのは、ふんわりと暖かい雰囲気が漂う淡い黄色のワンピースだった。
「可愛い!」
クリスがワンピースに飛び付く。ラミラは嬉しそうに微笑んだ。
「気に入っていただけて良かったです」
クリスが喜んでワンピースに袖を通す。
首元や手首から繊細なレースが覗き、胸元にも同じレースの飾り。スカートはふわりと広がり、歩くだけで軽やかに揺れる。
満足そうに全身を確認しながらクリスはラミラに訊ねた。
「ルドさんに見せてきていいですか?」
クリスの提案にラミラの青い目が丸くなる。
「あ、はい。かまいませんが……」
「なにか問題がありますか?」
ラミラのあまりの驚きようにクリスが不安になる。ラミラはすぐに優しく微笑んで同意した。
「なにも問題はありません。よくお似合いですので、きっと犬……いえ、ルドヴィクスも驚きますわ。ですが、どうして、い……ルドヴィクスにお見せしようと?」
「んー、なんとなく? この服を着たら、ルドさんの顔が浮かんで見せたいと思いました」
可愛らしい笑顔で素直に感情を表現するクリス。その様子にラミラは心の中で感涙しながら、表情には出さずに頷いた。
「そうですか。ルドヴィクスはカリストと庭にいますから、行ってみてください」
「はい!」
クリスは軽やかに部屋から飛び出した。
その枕元をルドがウロウロと歩きまわる。あまりの落ち着きのなさに控えているカリストが声をかけた。
「座ったら、どうですか? その大きな図体で歩かれても目障りです。透視魔法で打撲した頭と背中以外は問題なし。眠っているだけ。と診断したのは、あなたでしょう? その打撲もあなたが魔法で治療しましたし」
カリストの声に引っ張られるようにクリスの意識が浮上する。
ルドが心配そうにカリストに訴えた。
「ですが、こんなに起きないなんて……」
「最近は多忙でしたから、疲労で眠っているだけでしょう」
クリスが視線を動かすと、赤い髪がぼんやりと映った。
「それにしても……師匠!?」
ルドがクリスの顔を覗き込む。
「師匠! 気がつきましたか!」
「キャ――――――」
クリスがシーツの中に逃げるように顔を半分隠した。叫び声を聞きつけた使用人たちが慌てて部屋に飛び込む。
「クリス様!?」
「いかがされました!?」
雪崩れ込んできた使用人たちにクリスが呆然とする。そこにルドが恐る恐る声をかけた。
「師匠?」
「……し、しょう?」
クリスが上半身を起こしながら考える。
「ししょう、とは私のことですか? そういえば、ここはどこですか? 私は……あれ? 私の名前は……あの、私は誰ですか?」
不思議そうに見回すクリスに対して、その場にいた全員の目が丸くなり、顔が青くなる。
ルドは何か言おうとしたが、体当たりで押しのけたカルラが話しかけた。
「クリス様! 頭は痛くないですか!? 吐き気がしたりしませんか!?」
クリスはカルラの迫力に押されながらも首を横に振る。ちなみにルドは床で伸びている。
「そういうのは、ありません」
明らかに初対面の人を見るような目。カルラはゆっくりと訊ねた。
「私のことは、分かりますか?」
「……ごめんなさい、分からないです」
「クリス様! 私のことは!?」
今度はラミラがクリスに迫る。しかし、反応は同じ。
「すみません、分からないです」
メイドの二人がシュンと沈んで下がる。最後にカリストがクリスに近づき、警戒させないように微笑んだ。
「どうやら、頭を打った衝撃で記憶を失くしているようですね。カルラ、シェットランド領に連絡して、治療医師を手配してください」
「はい!」
カルラが転げるように部屋から出る。床に伸びているルドを踏んで、グエッと蛙のような声が出たが、誰も気にしない。
「ラミラは治療院研究所に連絡を。クリス様はしばらく休みましょう」
「はい」
ラミラが早足で部屋から出て行った。その時もグエッという声がしたが……以外略。
「あ、あの、私は……」
カリストがクリスと視線を合わせて自己紹介をする。
「私は執事のカリストと申します。用があるときは、いつでもお呼びください」
「は、はい」
「で、あなたはこの屋敷の主、クリス様です」
「それが私の名前ですか」
「はい」
しっかりと頷くカリストの隣で起き上がったルドが何か言おうとする。しかし、それをカリストが手で制した。
「いきなり全てを話しては混乱されてしまいます。少しずつ説明していきましょう」
ルドが納得して下がるが、クリスは疑問に感じた。
「それは、どういうことですか? 混乱しているからこそ、説明が必要だと思うのですが……」
「そうですね。ただ、クリス様の環境は少々複雑なので、重要なことから順番に説明していきます」
「複雑?」
どう複雑なのか、今のクリスにはまったく想像できない。悩むクリスにカリストが鼈甲の櫛を出す。
「まずは身なりを整えましょう。クリス様は見事な金髪ですが、これは隠さなければなりません」
「え!? なんで? どうしてですか?」
クリスが驚きながら自分の金髪を摘まむ。窓から入る光に透けて金の鎖のように輝く。これを隠すなんて勿体ない気がする。
クリスの背後に移動したカリストが説明した。
「この櫛で髪を茶色に変えます。ただし、クリス様が眠られると金髪に戻りますので、お気をつけください」
「じゃあ、外でお昼寝もできないのですね」
ポツリと溢れた言葉にルドが驚愕する。
「お昼寝!?」
「わ、私、そんなに変なこと言いました?」
「あ、いえ。気にしないでください」
ルドが沈み込むように椅子に腰かけた。その様子にクリスの心が何故か痛む。
「あの、すみません……」
クリスが謝るとルドは慌てて顔を上げた。
「いえ! 師匠は悪くありません! むしろ、自分がついていながら……」
ルドがますます落ち込む。これ以上暗くならないでほしい、と思ったクリスは急いで話題を変えた。
「あ、あの! 名前! あなたの名前を教えてください!」
ルドがハッとして顔をあげる。
「そうでした。自己紹介がまだでしたね。自分はルドヴィクスです。ルドと呼んでください」
「ルド、ですね。よろしくお願いします、ルドさん」
「……はい」
ルドが困惑したような顔で返事をする。クリスが首をかしげると、カリストが声をかけた。
「終わりました」
「うわぁ、すごいですね」
クリスが茶色になった髪を掴んで観察する。金髪の面影は微塵もない。
カリストが鼈甲の櫛を懐に入れながら話す。
「服も変えましょう。着替えはラミラが手伝いますので、お待ちください」
「着替えぐらい一人でできますよ?」
「その服は少し特殊ですから」
そう言ってカリストがルドに視線を向ける。それだけで察したルドは軽く頭を下げてクリスに言った。
「少し失礼します」
「あ、はい」
こうして二人が部屋から出て行った。
クリスはベッドから立ち上がり、改めて自分が着ている服を見る。
「……地味な服」
詰襟で黒一色のため、良く言えば引き締まって格好良く見えるが、悪く言えば暗くて寂しい。部屋もシンプルで飾りが一つもない。
「……地味な部屋」
窓に視線を向けるとカーテンが誘うように踊っている。そこから、華やかな外の景色が見えた。
「わぁ……きれい……」
綺麗に刈り揃えられた緑の葉から色とりどりの花が咲き乱れている。噴水の水が踊るように吹き上がり、雫が太陽の光を弾く。
クリスが庭に見惚れているとノックの音がした。
「はい」
「失礼します。着替えをお持ちしました」
「あ、はい」
ラミラがクリスの前まで来て、着替えの服をベッドに置く。
「先ほどは申し訳ありません」
「い、いえ! そんな! 記憶を失くした私の方が悪いですし!」
両手を左右に振ってクリスが慌てて否定する。その光景にラミラが驚いたように目を丸くした。
「あ、あの?」
何か失礼なことをした? とクリスが悩んでいると、ラミラが少し残念そうに笑った。
「いえ、お気になさらないでください。着替えましょう」
ラミラが戸惑うことなくクリスの服に手をかけてきた。
「え? え?」
恥ずかしいと思う間もなく上着を脱がされる。すると体に巻き付けるような硬い服があった。
「これが少し特殊な服です。まず、この金具をこちらにずらして、次はこちらの紐を緩めてください。はい、これで脱げました」
ラミラが胸から腰までを覆っていた服を外してクリスに見せる。
「……硬いんですね」
多少の弾力はあるが布に比べれば硬い。
「なぜ、こんな服を着ているのですか?」
クリスは記憶がないものの、なんとなく普通は着ないと感じた。
ラミラが少し困ったような顔になりながら説明する。
「クリス様の仕事は治療師です。ただ治療師は男性しかなれません。ですので、クリス様は男装をして性別を偽り治療師をしていました」
「え……?」
「ですが、今のクリス様では男装も治療師の仕事も難しいでしょう。ですので、普通にお過ごしください」
そう言ってラミラが広げて見せたのは、ふんわりと暖かい雰囲気が漂う淡い黄色のワンピースだった。
「可愛い!」
クリスがワンピースに飛び付く。ラミラは嬉しそうに微笑んだ。
「気に入っていただけて良かったです」
クリスが喜んでワンピースに袖を通す。
首元や手首から繊細なレースが覗き、胸元にも同じレースの飾り。スカートはふわりと広がり、歩くだけで軽やかに揺れる。
満足そうに全身を確認しながらクリスはラミラに訊ねた。
「ルドさんに見せてきていいですか?」
クリスの提案にラミラの青い目が丸くなる。
「あ、はい。かまいませんが……」
「なにか問題がありますか?」
ラミラのあまりの驚きようにクリスが不安になる。ラミラはすぐに優しく微笑んで同意した。
「なにも問題はありません。よくお似合いですので、きっと犬……いえ、ルドヴィクスも驚きますわ。ですが、どうして、い……ルドヴィクスにお見せしようと?」
「んー、なんとなく? この服を着たら、ルドさんの顔が浮かんで見せたいと思いました」
可愛らしい笑顔で素直に感情を表現するクリス。その様子にラミラは心の中で感涙しながら、表情には出さずに頷いた。
「そうですか。ルドヴィクスはカリストと庭にいますから、行ってみてください」
「はい!」
クリスは軽やかに部屋から飛び出した。
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