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第三章・両思い編〜失われた記憶
それは、ピンチをチャンスにの考えでした
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カリストに促されてクリスの部屋を出たルドは落ち込んでいた。カリストの後ろを沈んだまま歩く。
「鬱陶しいですよ」
「すみません。自分が不甲斐ないばかりに……」
「あなたが謝ったところで、クリス様の記憶は戻りません。シェットランド領の治療医師の到着を待ちましょう」
ルドが頭を抱えて座り込んだ。
「あぁ、こんな時に師匠がいれば、師匠が師匠を診断して、師匠の記憶を戻せるかもしれないのに」
カリストが冷めた目でルドを見下す。
「かなりキテますね」
少し考えてカリストはルドに声をかけた。
「気分を変えるために外へ出ましょう」
「……はい」
ルドもこのままでは好転しないと理解しており、素直にカリストに従った。
とぼとぼと歩いて中庭に出る。爽やかな風が吹いているが、ルドの心を慰めるには程遠い。
「これからのことですが、今のクリス様に男装は無理だと思われます」
「自分もそう思います」
「ですので、記憶が戻るまでは屋敷の中で過ごしてもらおうと思います」
「そうですね」
沈んでいるルドをカリストが睨む。
「クリス様が頭を打ったのは、ご自身が足を踏み外したせいです。もしクリス様に記憶があれば、そんなに自分を責めるな、と言われるでしょう」
「……そう言われると思います」
「でしたら、そろそろ回復してください」
「わかっているのですが……」
湿っているルドにカリストがため息を吐く。
「ならば何故、そんなに落ち込んでいるのですか? それとも、忘れられたことがショックでしたか?」
「そういえば……」
ルドはカリストに指摘されて初めて気が付いた。
クリスに記憶があったなら『打撲も治っているし、これ以上落ち込むな。鬱陶しい』とか言われ、ルドも気持ちを切り替えている頃である。
あとはシェットランド領から来る治療医師に任せるしかない。
(気持ちを切り替えるしかないのに、何故こんなに落ち込んでいるのか……)
ルドはカリストに訊ねた。
「カリストはショックではないのですか?」
「驚きましたが、記憶がなくてもクリス様はクリス様です。私たちの仕事に変わりはありません」
「そう……ですか」
「あなたの場合、クリス様から治療について学ぶことが出来なくなるので、私たちとは少し違いますけど」
「たしかに学べなくなりますが、それより……」
(それより、なんだろう。自分で言っておきながら分からない)
ルドが悩んでいると明るい声が降ってきた。
「みつけました!」
普段の聞きなれた声より少し音が高い。ルドが思わず顔をあげると、淡い黄色のワンピースを着たクリスが満面の笑顔で駆け寄って来た。
「着替えました! どうですか?」
ルドの前まで来たクリスが一回転する。スカートが大きく広がる可愛らしい動作。
カリストが優雅に微笑みながら答えた。
「お似合いです」
「ありがとうございます」
クリスはニコリと笑うと小首をかしげてルドを見上げる。わくわくと待っているクリスにルドは軽く微笑んだ。
「似合ってますよ」
だが、その言葉を聞いたクリスが目に見えてしぼむ。
「ど、どうかしましたか?」
カリストと同じことしか言っていないのに、とルドは慌てた。
クリスが拗ねたようにルドの服の裾を摘まむ。
「ルドさん、どこか苦しそうです。無理して誉めないでいいですよ」
クリスに指摘されてルドはハッとした。記憶を失くして一番不安なのはクリスだ。ここで自分が落ち込んでいる場合ではない。
ルドはクリスの手を両手で包み込んだ。クリスが驚いたように深緑の瞳を開く。
「失礼しました。自分は大丈夫です。その服はとてもお似合いですよ」
ルドが安心させるように微笑むと、クリスの顔が真っ赤になった。
「そ、それなら良かったです」
「はい」
(クリスはクリスだ。守るべき存在であることに変わりはない。たとえクリスと目の輝きが違っても)
ルドはそう新たに決意した。
※※
その日の午後。シェットランド領から一人の治療医師が到着した。白髪が混じったこげ茶色の髪をした中年の男性が明るい笑顔で応接室に入る。
「クリス様、久しぶり」
突然の訪問者にルドはクリスを守るように前に出た。クリスがその影から困ったように微笑む。
「えっと、あの……」
言いにくそうなクリスの様子に男性が訳知り顔で頷いた。
「聞いたよ。記憶喪失だって?」
「は、はい」
すかさずカリストがクリスとルドに男性を紹介する。
「こちらはシェットランド領に住んでいる治療医師のヘリングです」
へリングが照れたように髪をかきながら自己紹介する。
「昔、他の国で治療師をしていたけど、いざこざがあって国を追われ、放浪していたところをカイ様とクリス様に拾われた。で、シェットランド領に移住して医学も学んで、今は治療医師をやってる」
「あの……治療師と治療医師は違うのですか?」
クリスの質問にへリングが頷く。
「簡単に説明すると、治療師はとりあえず治療魔法をかけて治す。だから、どこまで治るか、根本から治っているかは不明という不安定なもの。だが、突然の怪我とか、瀕死の状態とか、とにかく一命をとりとめたい時は治療魔法が有効になる」
「医師は何をするのですか?」
「医師は医学の基づいて治療をする。症状を診て判断して魔法で治療をしていく。で、治療医師はこの両方ができる人だ」
「すごいですね」
感心しているクリスの隣でルドが顔を輝かせた。
「では、クリス様の記憶喪失の治療をしていただけるのですね!」
「あー、いや。そんなに期待しないでくれ。目に見えて異常があれば治せるが、そうでなかったら治せないから」
「それは、どういう意味ですか?」
ヘリングがルドを頭から足先まで眺めて頷く。
「お前さんがクリス様の弟子で番犬か」
「否定はしませんが……シェットランド領で自分がどのように呼ばれているのか気になります」
「それは知らないほうがいいぞ。さて、さっさと診察しよう」
ヘリングがクリスの前に立つ。
「あの、私はどうすれば……」
「そのままでいいから。動かずにじっとしていてくれ」
ヘリングがクリスの頭に手をかざす。
『我にすべてを曝け出せ』
詠唱をした後、茶色の瞳を細めて睨みつけた。
しばらくして、ゆっくりと手を下へ動かす。顔、胸、腹、と撫でるように全身に手をかざし、足先まで診たヘリングは大きく息を吐いた。
「どうですか!?」
喰いつくように訊ねたルドにヘリングが頭を左右に振る。
「記憶喪失の原因はみつからない」
「ならば治療魔法をかければ……」
「治療魔法をかけても記憶が戻る保証はない。そもそも、脳はとても複雑なんだ。下手に魔法をかけて、さらに記憶障害を起こしても困るだろ」
「記憶障害?」
「一部しか記憶が戻らなかったり、空想や物語を実際にあったことと思いこんだり」
「あぁ……」
ルドは頭を抱えた。不確定要素が高い治療魔法で記憶を戻すのは危険すぎる。
ルドはすがるようのへリングに訴えた。
「では、どうすればいいのですか?」
「そうだなぁ」
ヘリングが腕を組んでクリスを眺める。その視線に居心地の悪さを感じたのか、クリスが体を小さくした。
それは普段の威風堂々としたクリスの雰囲気とはかけ離れた姿。年齢と性別を考えれば、これが本来の姿なのかもしれない。
「脳に出血や梗塞など、目に見える範囲での問題はない。ただ、拡大魔法にも限界はある。細かいところまで診ることは出来ない。もしかしたら、どこかの神経回路が遮断されているのかもしれないが、それは小さすぎて診れない」
「つまり?」
「時間が経てば自然と記憶が戻るかもしれないし、戻らないかもしれない。様子見だな」
ルドががっくりと肩を落とす。その様子にクリスは慌てた。
「すみません、ご迷惑をおかけして」
「い、いえ。師匠が悪いわけではありません。自分があの時、もっとしっかりしていれば……」
悔やむ様子のルドにヘリングが軽く提案する。
「命に問題があるわけじゃないし、クリス様の休暇だと思えばいいだろ」
「休暇?」
顔をあげたルドにヘリングが頷く。
「クリス様はいくら休めと言っても、心から休むことはなかった。どうせなら、この状況を逆に利用して、しっかり休んだらいいだろ」
「心から……」
言われてみれば、クリスは休日も医学書を読んだり、薬の調合をしており、まともに休んだことがない。
「そうですね。師匠は休むことがありませんでしたし、いい機会ですね」
ルドがクリスに微笑む。クリスは顔が一瞬で赤くなり隠すようにそっぽを向いた。
「鬱陶しいですよ」
「すみません。自分が不甲斐ないばかりに……」
「あなたが謝ったところで、クリス様の記憶は戻りません。シェットランド領の治療医師の到着を待ちましょう」
ルドが頭を抱えて座り込んだ。
「あぁ、こんな時に師匠がいれば、師匠が師匠を診断して、師匠の記憶を戻せるかもしれないのに」
カリストが冷めた目でルドを見下す。
「かなりキテますね」
少し考えてカリストはルドに声をかけた。
「気分を変えるために外へ出ましょう」
「……はい」
ルドもこのままでは好転しないと理解しており、素直にカリストに従った。
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「これからのことですが、今のクリス様に男装は無理だと思われます」
「自分もそう思います」
「ですので、記憶が戻るまでは屋敷の中で過ごしてもらおうと思います」
「そうですね」
沈んでいるルドをカリストが睨む。
「クリス様が頭を打ったのは、ご自身が足を踏み外したせいです。もしクリス様に記憶があれば、そんなに自分を責めるな、と言われるでしょう」
「……そう言われると思います」
「でしたら、そろそろ回復してください」
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湿っているルドにカリストがため息を吐く。
「ならば何故、そんなに落ち込んでいるのですか? それとも、忘れられたことがショックでしたか?」
「そういえば……」
ルドはカリストに指摘されて初めて気が付いた。
クリスに記憶があったなら『打撲も治っているし、これ以上落ち込むな。鬱陶しい』とか言われ、ルドも気持ちを切り替えている頃である。
あとはシェットランド領から来る治療医師に任せるしかない。
(気持ちを切り替えるしかないのに、何故こんなに落ち込んでいるのか……)
ルドはカリストに訊ねた。
「カリストはショックではないのですか?」
「驚きましたが、記憶がなくてもクリス様はクリス様です。私たちの仕事に変わりはありません」
「そう……ですか」
「あなたの場合、クリス様から治療について学ぶことが出来なくなるので、私たちとは少し違いますけど」
「たしかに学べなくなりますが、それより……」
(それより、なんだろう。自分で言っておきながら分からない)
ルドが悩んでいると明るい声が降ってきた。
「みつけました!」
普段の聞きなれた声より少し音が高い。ルドが思わず顔をあげると、淡い黄色のワンピースを着たクリスが満面の笑顔で駆け寄って来た。
「着替えました! どうですか?」
ルドの前まで来たクリスが一回転する。スカートが大きく広がる可愛らしい動作。
カリストが優雅に微笑みながら答えた。
「お似合いです」
「ありがとうございます」
クリスはニコリと笑うと小首をかしげてルドを見上げる。わくわくと待っているクリスにルドは軽く微笑んだ。
「似合ってますよ」
だが、その言葉を聞いたクリスが目に見えてしぼむ。
「ど、どうかしましたか?」
カリストと同じことしか言っていないのに、とルドは慌てた。
クリスが拗ねたようにルドの服の裾を摘まむ。
「ルドさん、どこか苦しそうです。無理して誉めないでいいですよ」
クリスに指摘されてルドはハッとした。記憶を失くして一番不安なのはクリスだ。ここで自分が落ち込んでいる場合ではない。
ルドはクリスの手を両手で包み込んだ。クリスが驚いたように深緑の瞳を開く。
「失礼しました。自分は大丈夫です。その服はとてもお似合いですよ」
ルドが安心させるように微笑むと、クリスの顔が真っ赤になった。
「そ、それなら良かったです」
「はい」
(クリスはクリスだ。守るべき存在であることに変わりはない。たとえクリスと目の輝きが違っても)
ルドはそう新たに決意した。
※※
その日の午後。シェットランド領から一人の治療医師が到着した。白髪が混じったこげ茶色の髪をした中年の男性が明るい笑顔で応接室に入る。
「クリス様、久しぶり」
突然の訪問者にルドはクリスを守るように前に出た。クリスがその影から困ったように微笑む。
「えっと、あの……」
言いにくそうなクリスの様子に男性が訳知り顔で頷いた。
「聞いたよ。記憶喪失だって?」
「は、はい」
すかさずカリストがクリスとルドに男性を紹介する。
「こちらはシェットランド領に住んでいる治療医師のヘリングです」
へリングが照れたように髪をかきながら自己紹介する。
「昔、他の国で治療師をしていたけど、いざこざがあって国を追われ、放浪していたところをカイ様とクリス様に拾われた。で、シェットランド領に移住して医学も学んで、今は治療医師をやってる」
「あの……治療師と治療医師は違うのですか?」
クリスの質問にへリングが頷く。
「簡単に説明すると、治療師はとりあえず治療魔法をかけて治す。だから、どこまで治るか、根本から治っているかは不明という不安定なもの。だが、突然の怪我とか、瀕死の状態とか、とにかく一命をとりとめたい時は治療魔法が有効になる」
「医師は何をするのですか?」
「医師は医学の基づいて治療をする。症状を診て判断して魔法で治療をしていく。で、治療医師はこの両方ができる人だ」
「すごいですね」
感心しているクリスの隣でルドが顔を輝かせた。
「では、クリス様の記憶喪失の治療をしていただけるのですね!」
「あー、いや。そんなに期待しないでくれ。目に見えて異常があれば治せるが、そうでなかったら治せないから」
「それは、どういう意味ですか?」
ヘリングがルドを頭から足先まで眺めて頷く。
「お前さんがクリス様の弟子で番犬か」
「否定はしませんが……シェットランド領で自分がどのように呼ばれているのか気になります」
「それは知らないほうがいいぞ。さて、さっさと診察しよう」
ヘリングがクリスの前に立つ。
「あの、私はどうすれば……」
「そのままでいいから。動かずにじっとしていてくれ」
ヘリングがクリスの頭に手をかざす。
『我にすべてを曝け出せ』
詠唱をした後、茶色の瞳を細めて睨みつけた。
しばらくして、ゆっくりと手を下へ動かす。顔、胸、腹、と撫でるように全身に手をかざし、足先まで診たヘリングは大きく息を吐いた。
「どうですか!?」
喰いつくように訊ねたルドにヘリングが頭を左右に振る。
「記憶喪失の原因はみつからない」
「ならば治療魔法をかければ……」
「治療魔法をかけても記憶が戻る保証はない。そもそも、脳はとても複雑なんだ。下手に魔法をかけて、さらに記憶障害を起こしても困るだろ」
「記憶障害?」
「一部しか記憶が戻らなかったり、空想や物語を実際にあったことと思いこんだり」
「あぁ……」
ルドは頭を抱えた。不確定要素が高い治療魔法で記憶を戻すのは危険すぎる。
ルドはすがるようのへリングに訴えた。
「では、どうすればいいのですか?」
「そうだなぁ」
ヘリングが腕を組んでクリスを眺める。その視線に居心地の悪さを感じたのか、クリスが体を小さくした。
それは普段の威風堂々としたクリスの雰囲気とはかけ離れた姿。年齢と性別を考えれば、これが本来の姿なのかもしれない。
「脳に出血や梗塞など、目に見える範囲での問題はない。ただ、拡大魔法にも限界はある。細かいところまで診ることは出来ない。もしかしたら、どこかの神経回路が遮断されているのかもしれないが、それは小さすぎて診れない」
「つまり?」
「時間が経てば自然と記憶が戻るかもしれないし、戻らないかもしれない。様子見だな」
ルドががっくりと肩を落とす。その様子にクリスは慌てた。
「すみません、ご迷惑をおかけして」
「い、いえ。師匠が悪いわけではありません。自分があの時、もっとしっかりしていれば……」
悔やむ様子のルドにヘリングが軽く提案する。
「命に問題があるわけじゃないし、クリス様の休暇だと思えばいいだろ」
「休暇?」
顔をあげたルドにヘリングが頷く。
「クリス様はいくら休めと言っても、心から休むことはなかった。どうせなら、この状況を逆に利用して、しっかり休んだらいいだろ」
「心から……」
言われてみれば、クリスは休日も医学書を読んだり、薬の調合をしており、まともに休んだことがない。
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