【完結】秀才の男装治療師が女性恐怖症のわんこ弟子に溺愛されるまで

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第三章・両思い編〜失われた記憶

それは、旅の始まりでした

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 数日後。

 治療院研究所に長期休暇の申請をしたクリスは屋敷で過ごしていた。治療院研究所から文句は出たが絶対的権力保持者セルシティがねじ伏せ……黙らせ……裏で円満に解決させた。

 そのことを知らないクリスは、とにかく暇をもて余した。そこでメイドたちが暇潰しにと、記憶があった頃のクリスなら見向きもしなかった刺繍や裁縫を差し出した。
 却下されると思っていたが、意外にもクリスは「面白そうですね」とメイドたちから教わった。しかも手先が器用なため、上達が早い。

 一方のルドはクリスの屋敷に通い、書庫の本で自主勉強。
 そんな微妙な距離のクリスとルドを、カルラはテラスに誘い、二人で過ごさせた。

 この日は天気が良いので、カルラは気分転換にと、庭にテーブルと椅子を出した。そこでクリスはレースを編み、その隣でルドが本を積み重ねて勉強をする。

 二人に会話はないものの、のんびりとした穏やかな雰囲気。その光景に満足しながらカルラは紅茶をクリスに差し出した。

「どうぞ」
「ありがとうございます」

 クリスの手元には、ほぼ完成したレースのハンカチ。

「レースを編むのも慣れてきましたね」
「みなさんに比べると下手ですが」
「そんなことありませんよ」

 二人が和やかに話をする反対側では、ルドが黙々と本を読み進める。
 クリスがルドに声をかけようか悩んでいると、可愛らしい声が飛んできた。

「ルドォー? どこにいますのぉ?」

 その声にルドの肩がビクリと跳ねる。

「あ、こちらにいましたの!?」

 柔らかそうな髪を風に揺らしながらベレンが小走りでやってきた。
 緩いウェーブのかかった白に近い金髪が滑らかな白い肌に映え、大きな水色の瞳がにこやかに微笑む。

 可愛くて綺麗な人だなぁ、と眺めるクリスとは反対に、ルドが怯えたようにベレンに声をかけた。

「ど、どうしました?」
「クリスが記憶を失くしたって聞きましたの。そんな大事なことは、もっと早く教えてください」
「あ、いや……はい。すみません」

 報告することを忘れていたルドが気まずさから視線を逸らす。だが、ベレンは逃すまいとルドに詰め寄る。

 仲が良さそうに見える二人に、クリスはもやもやとしたものを感じた。なんとなく胸に手を当てて首を傾げる。

「これは……なんでしょう? 前にもあったような……」

 悩むクリスの耳に別の声が入った。

「お姫さんの言うとおりだ。月姫が記憶喪失なんて一大事のことを知らせないとは、どういうことだ? 赤狼」

 艶やかな黒髪を風になびかせてオグウェノが歩いてくる。口調は軽めだが深緑の目はキツく怒りを含む。

 ルドを責めるような表情をしていたオグウェノがクリスの方を向く。不機嫌で威圧的な気配に、クリスは思わず固まった。
 しかし、オグウェノはクリスと視線が合った瞬間、甘い表情とともに嬉しそうに微笑んだ。

「元気そうだな、月姫。顔色もいいし、安心したぞ」
「月……姫?」

 首を傾げたクリスに青年の雰囲気が変わる。王族特有の高貴な気配を放ちながらクリスの頬に手を伸ばした。

「そうだ、我が姫よ」

 オグウェノの手がクリスに触れる直前でルドが手で遮る。

「なにか用ですか?」
「月姫の様子を見に来た」
「それだけですか?」

 琥珀の瞳と深緑の瞳が睨み合う。しばらくして、オグウェノがフッと笑った。それだけで周囲の空気が軽くなる。

「なかなか、鋭いな。ちょっとした提案をしに来た」
「提案?」

 訝しむルド。そこにカリストがやって来た。

「みなさま、お話しの前にクリス様に紹介しても、よろしいでしょうか?」

 オグウェノが自身の失態に気付き、不思議そうに自分を見るクリスに謝る。

「すまない。突然知らない者が現れて話をしても困るだけだな」
「では、こちらへどうぞ」

 カリストが手で指示さししめした先にはテーブルと紅茶セットが用意されていた。
 カリストに誘導されるままベレンとオグウェノが椅子に座る。その背後には、ずっと無言で控えていたイディが立った。

 椅子に座ったクリスの後ろにルドが控える。クリスを護衛するためなのだが、いつもと違うルドの動きにクリスは驚いて振り返った。

「座らないのですか?」
「気にしないでください」
「ですが……」

 カリストがルドに声をかける。

「ここには私たちもおります。どうぞ、おかけください」
「いえ、自分は……」

 ルドの耳元でカリストが囁く。

「いつもと同じようにしてください。クリス様が不安になります」
「……わかりました」

 ルドが隣に座り、クリスはなんとなくホッとした。そこにカルラが現れ、茶菓子をテーブルに並べる。

「失礼します」
「まあ、綺麗ですわ」

 銀色の一本の棒から数本の枝が伸びた木のような台座。その枝の先にある皿にはサンドイッチや、生クリーム添えパンケーキ。カラフルなクッキーに、オレンジやチェリーなどのフルーツ等々が載る。
 しかも、どの皿も繊細な飴細工やチョコレートで煌びやかに飾られ宝石のように輝く。

 おとぎ話に出てくるようなお菓子の木にベレンが感嘆のため息を漏らす。

「ここのお茶会はいつも素晴らしいですわ。帝都でも、このようなお茶会はありませんもの」
「ありがとうございます」

 カリストが優雅に頭をさげながら、カップに紅茶を注ぐ。ふわりと甘いリンゴの香りが広がる。

 紅茶のセッティングが終わったところで、ルドがクリスに三人を紹介した。

「師匠。こちらは、現皇帝の姉の娘のベレンガレリアです」
「ベレンと呼んでくださいな」
「で、こちらがケリーマ王国の第四王子、オグウェノです」
「オグウェノ・ケリーマだ。オグウェノと呼んでくれ」
「その後ろにいるのが護衛のイディです」

 イディが頭をさげる。
 クリスは三人を見ながら申し訳ない顔をした。

「そうなのですね。記憶がなくてご迷惑をおかけしております」

 クリスが頭をさげる姿にベレンが水色の瞳を丸くする。

「……本当に記憶がないのですね」
「すみません……」
「あなたが悪いわけではないのですよ。ただ、本当に驚いて……」

 オグウェノが面白そうに笑う。

「謝るなんて、月姫は滅多にしなかったからな」
「そうなのですか!? 薄々感じていたのですが、記憶を失くす前の私って一体……」

 クリスは両手を頬に当てて困惑した。その表情にオグウェノかニヤリと笑う。

「今の月姫は表情豊かで可愛らしいな」

 からかいが混じったような言葉にルドがオグウェノを睨む。

「用件は? なにか提案がある、とのことでしたが?」
「あぁ。今の月姫を見ても思ったが、魔力が駄々洩れだろ? これだと、事情を知らないヤツが来た時に面倒なことになるぞ」

 この国では、女は魔法が使えないことが常識。だが、クリスは普通に魔力があり、男装をして魔力を使っていた。
 それが、今は記憶がないため魔力のコントロールが出来ず、だだ漏れ状態。
 もし魔法を扱う人間が今のクリスを見れば、女なのに魔力が溢れている危険人物として騒がれる。

 このことはルドも対策が必要だと考えていた。

「それについては、対応策を考えている最中です」
「そこで、だ。ケリーマ王国に来ないか?」
「え?」
「ケリーマ王国なら、女が魔法を使うのは普通のことだから、魔力がだだ漏れでも問題にはならない」
「ですが……」

 ルドが悩みながら横目でクリスを見る。クリスはよく分からず、心配そうにルドを見上げた。

「私がここにいては、迷惑をかけるのですか?」
「そういうわけでは……」

 返答に悩むルドにオグウェノが続ける。

「親父とお袋も月姫に会いたいと言っているし、こんな長期休みなんて普通は取れないだろ? ちょうどいいと思ってな」
「だが、師匠は記憶が……」
「それについては伝えてある。記憶がなくてもいいそうだ」

 ルドが怒りとともに立ち上がる。

「師匠の許可も得ず、勝手に伝えるな!」
「まあ、まあ、怒るな。ずっと屋敷にこもっているより気分転換にもなるし、なにかが刺激になって記憶が戻るかもしれないぞ」
「記憶が……」

 ルドが視線を下げるとクリスと目が合った。クリスがしっかりと頷く。

「記憶が戻る可能性があるなら、行きます」
「ですがケリーマ王国はとても遠く、行くだけでも十数日……」
「飛空艇を使うから数日だぞ」

 そこにカリストが入った。

「必要でしたら、シェットランド領からセスナを出しましょう」
「え!?」

 カリストが同意すると思っていなかったルドが驚く。カリストが淡々と説明をする。

「今のままでも記憶が戻る様子はありません。それなら、動いてみるのも手だと思います」
「確かに魔力の問題もありますし、気分転換もかねて環境を変えてみるのも良いかもしれませんね」

 そう言ってルドは渋々頷いた。





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