【完結】秀才の男装治療師が女性恐怖症のわんこ弟子に溺愛されるまで

文字の大きさ
177 / 243
ケリーマ王国

それは、空飛ぶ帆船でした

しおりを挟む
 数日後。
 クリスたちはオークニーとシェットランド領の間の山脈の中腹にある湖にいた。水面が鏡のように雲一つない空を写す。
 湖と同じ水色のワンピースを着たクリスが楽しそうに空を見上げた。

「大きな船ですね」

 クリスの視線の先には、悠然とこちらに来る巨大な飛空艇。三連の白い帆一杯に風を受けて進む光景は海に浮かぶ帆船と変わらない。

 飛空艇を始めて見たセルシティは子どものように紫の瞳を輝かせた。

「なかなか壮大な光景だな。執務がなければ共に行ったのに残念だ」

 その言葉に親衛隊とルドの顔が引きつる。

「セルは絶対に来ないでくれ」
「おや、おや。そんな寂しいことを言うと、セスナとやらで追いかけるよ?」

 セルシティが妖艶な微笑みを浮かべる。美貌と相まって普通の人なら見惚れるが、親衛隊とルドは背筋が凍った。冗談交じりに言っているが、やると言ったら必ずやる。
 ルドが懇願するように大きく首を横に振った。

「頼むから待っていてくれ」
「では、土産を頼むよ」
「わかった」

 土産という言葉にクリスが小走りでセルシティのもとへ来た。フワリとスカートが風で揺れ、裾からレースが現れる。

「どのようなお土産がいいですか?」

 明るく笑いながら小首を傾げて訊ねる姿は可愛らしく、可憐な乙女そのもの。記憶を失くす前のクリスからは想像できない。
 セルシティが微笑んだまま答える。

「クリスティが選んでくれたものなら、なんでもいいよ」
「それでは悩んでしまいます。せめて、食べ物とか食器とか服とか飾りとか、何か具体的にありませんか?」
「うーん、じゃあ寝室に飾れる物をお願いしようかな」
「わかりました。楽しみに待っていてください」

 楽しそうに答えるクリスにカルラが泣きつく。

「クリスさまぁぁぁぁ。私もご一緒したかったですぅぅぅ」
「え? でも……」

 クリスが号泣するカルラに困惑した。そこにラミラがやってきて、容赦なくカルラを引きはがす。

「ナタリオと一緒に屋敷で留守番してください」
「前回に引き続き、今回も留守番なんてぇぇぇぇ」

 カルラが悔しそうに白いハンカチを噛みしめる。クリスは慌てて慰めた。

「あの……お、お土産! お土産買ってきますから! なにがいいですか?」

 カルラがハンカチを手放し、クリスの両肩に手を置く。茶色の瞳は鬼気迫る勢いで、クリスは逃げたくなったが、肩をしっかりと掴まれ動けない。

「土産話を! 土産話を待っております! 特に犬とノォォォ……」

 ラミラが再びクリスからカルラを引きはがした。

「犬?」

 足元を見回すクリスにラミラが笑顔を繕って話す。

「それより、一緒に荷物の確認をしていただけませんか? 忘れ物があるといけませんから」
「はい!」

 クリスは明るく良い子の返事をした。
 ラミラが荷物が置いてある場所までカルラを引きずって歩き、クリスはその後ろをついていく。
 その光景を眺めながらセルシティが呟いた。

「クリスティはあれでもいいのかもしれないな」

 予想外の言葉にルドが視線をキツくする。

「どういうことだ?」
「クリスティのあの姿。年相応だと思わないか? クリスティには、あぁいう普通の人生もあったはずなんだ」
「……」
「偽りだらけの姿より、素の自分で動ける方が生きやすいだろ」

 琥珀の瞳を伏せたルドにセルシティが口元だけでニヤリと笑う。

「そうは言っても、どう生きるかは本人が決めることだ。偽りだらけの姿でも、本当の姿を晒せる相手がいれば、その負担も軽くなるだろうな」
「……本当の姿」

 ルドが顔をあげてクリスに視線を向けた。笑顔でラミラと会話をするクリスは生き生きしているように見える。
 セルシティがルドの肩を軽く叩いた。

「君次第だよ」
「え?」
「記憶が戻った時、クリスティがどの生き方を選ぶか。楽しみだね」
「それは、どういう……」

 飛空艇が湖に着水し、大きく波打つ。セルシティがルドを放置してオグウェノのところへ移動した。

「飛空挺の中を少し見学させてもらってもいいかな?」
「甲板と操舵室ぐらいなら、いいぞ」

 セルシティが素直に驚いた表情をする。

「操舵室もいいのかい?」
「あぁ。普通の帆船の操舵室と変わらないからな。案内しよう」

 飛空艇から長い板が湖の岸に下ろされる。その板の上を走って縄を持った男たちが降りた。素早く周囲の木に縄を結び、飛空艇を固定する。
 あっという間に固定が終わり、オグウェノが手招きをした。

「では、案内しよう」

 オグウェノが慣れた足取りで板の上を歩いていく。その後ろを親衛隊とセルシティが続く。クリスも追いかけようとしたが、板に足をかけて止まった。

「師匠? どうかしましたか?」
「あ、い、いえ。なんでもないです」

 思ったより板が揺れる。頑丈な厚さと幅があるが、手すりもない状態で歩くには怖い。
 クリスが躊躇っていると、背後から声をかけられた。

「先に行きますわよ」

 振り返ると当然のようにベレンを抱えたイディが、スタスタと板の上を歩き飛空艇に乗り込んだ。
 その光景をクリスが呆然と眺めていると、地面から足が離れた。

「えっ!?」
「その服では歩きにくいと思いまして」

 ルドにお姫様抱っこされたクリス。
 記憶を失う前のクリスであれば、ここで暴れるか文句を言う。
 ルドはクリスが暴れたり叫んだりしてもいいように身構えたが、何も起きない。腕の中に視線を落とすと、クリスが顔を真っ赤にして小さくなっていた。

「す、すみません。お願いします」

 予想外すぎる反応にルドもつられて赤くなる。不覚にもクリスのことを可愛いと思ってしまった。

「は、はい」

 ルドはクリスが怖い思いをしないように、慎重に板の上を歩く。
 その様子に荷物を運んでいたラミラが手を止めた。クリスを見つめるラミラにカリストが声をかける。

「どうかしましたか?」
「いえ。なんでもありません」
「セルシティ第三皇子が言われるように、クリス様にはあのような生き方もあるのでしょうね」

 カリストの達観したような呟きにラミラが声を上げた。

「ですがっ……」
「記憶がなくてもクリス様はクリス様です」
「……わかっています。今のクリス様は、しがらみもなく伸びやかに過ごされていますし、このままの方がいいのかもしれない、と思うこともあります。ですが……」

 ラミラが複雑な表情で俯く。カリストが神妙に頷いた。

「クリス様にとって幸せな生き方かどうか。それを決めるのはクリス様です」
「……はい」
「荷物はこれで全部かぁー?」

 飛空艇の乗組員の大声が響く。

「これもお願いします!」

 ラミラが慌てて運んでいた荷物を持ち上げる。カリストは無言で飛空艇を見上げた。




しおりを挟む
感想 17

あなたにおすすめの小説

病弱な第四皇子は屈強な皇帝となって、兎耳宮廷薬師に求愛する

藤原 秋
恋愛
大規模な自然災害により絶滅寸前となった兎耳族の生き残りは、大帝国の皇帝の計らいにより宮廷で保護という名目の軟禁下に置かれている。 彼らは宮廷内の仕事に従事しながら、一切の外出を許可されず、婚姻は同族間のみと定義づけられ、宮廷内の籠の鳥と化していた。 そんな中、宮廷薬師となった兎耳族のユーファは、帝国に滅ぼされたアズール王国の王子で今は皇宮の側用人となったスレンツェと共に、生まれつき病弱で両親から次期皇帝候補になることはないと見限られた五歳の第四皇子フラムアーク付きとなり、皇子という地位にありながら冷遇された彼を献身的に支えてきた。 フラムアークはユーファに懐き、スレンツェを慕い、成長と共に少しずつ丈夫になっていく。 だがそれは、彼が現実という名の壁に直面し、自らの境遇に立ち向かっていかねばならないことを意味していた―――。 柔和な性格ながら確たる覚悟を内に秘め、男としての牙を隠す第四皇子と、高潔で侠気に富み、自らの過去と戦いながら彼を補佐する亡国の王子、彼らの心の支えとなり、国の制約と湧き起こる感情の狭間で葛藤する亜人の宮廷薬師。 三者三様の立ち位置にある彼らが手を携え合い、ひとつひとつ困難を乗り越えて掴み取る、思慕と軌跡の逆転劇。

喪女なのに狼さんたちに溺愛されています

和泉
恋愛
もふもふの狼がイケメンなんて反則です! 聖女召喚の儀で異世界に呼ばれたのはOL・大学生・高校生の3人。 ズボンを履いていた大学生のヒナは男だと勘違いされ、説明もないまま城を追い出された。 森で怪我をした子供の狼と出会ったヒナは狼族の国へ。私は喪女なのに狼族の王太子、No.1ホストのような武官、真面目な文官が近づいてくるのはなぜ? ヒナとつがいになりたい狼達の恋愛の行方は?聖女の力で国同士の争いは無くすことができるのか。

【完結済】隣国でひっそりと子育てしている私のことを、執着心むき出しの初恋が追いかけてきます

鳴宮野々花@書籍4作品発売中
恋愛
 一夜の過ちだなんて思いたくない。私にとって彼とのあの夜は、人生で唯一の、最良の思い出なのだから。彼のおかげで、この子に会えた────  私、この子と生きていきますっ!!  シアーズ男爵家の末娘ティナレインは、男爵が隣国出身のメイドに手をつけてできた娘だった。ティナレインは隣国の一部の者が持つ魔力(治癒術)を微力ながら持っており、そのため男爵夫人に一層疎まれ、男爵家後継ぎの兄と、世渡り上手で気の強い姉の下で、影薄く過ごしていた。  幼いティナレインは、優しい侯爵家の子息セシルと親しくなっていくが、息子がティナレインに入れ込みすぎていることを嫌う侯爵夫人は、シアーズ男爵夫人に苦言を呈す。侯爵夫人の機嫌を損ねることが怖い義母から強く叱られ、ティナレインはセシルとの接触を禁止されてしまう。  時を経て、貴族学園で再会する二人。忘れられなかったティナへの想いが燃え上がるセシルは猛アタックするが、ティナは自分の想いを封じ込めるように、セシルを避ける。  やがてティナレインは、とある商会の成金経営者と婚約させられることとなり、学園を中退。想い合いながらも会うことすら叶わなくなった二人だが、ある夜偶然の再会を果たす。  それから数ヶ月。結婚を目前に控えたティナレインは、隣国へと逃げる決意をした。自分のお腹に宿っていることに気付いた、大切な我が子を守るために。  けれど、名を偽り可愛い我が子の子育てをしながら懸命に生きていたティナレインと、彼女を諦めきれないセシルは、ある日運命的な再会を果たし────  生まれ育った屋敷で冷遇され続けた挙げ句、最低な成金ジジイと結婚させられそうになったヒロインが、我が子を守るために全てを捨てて新しい人生を切り拓いていこうと奮闘する物語です。 ※いつもの完全オリジナルファンタジー世界の物語です。全てがファンタジーです。 ※この作品は小説家になろう、カクヨムにも投稿しています。

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される

奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。 けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。 そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。 2人の出会いを描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630 2人の誓約の儀を描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

【完結】異世界に転移しましたら、四人の夫に溺愛されることになりました(笑)

かのん
恋愛
 気が付けば、喧騒など全く聞こえない、鳥のさえずりが穏やかに聞こえる森にいました。  わぁ、こんな静かなところ初めて~なんて、のんびりしていたら、目の前に麗しの美形達が現れて・・・  これは、女性が少ない世界に転移した二十九歳独身女性が、あれよあれよという間に精霊の愛し子として囲われ、いつのまにか四人の男性と結婚し、あれよあれよという間に溺愛される物語。 あっさりめのお話です。それでもよろしければどうぞ! 本日だけ、二話更新。毎日朝10時に更新します。 完結しておりますので、安心してお読みください。

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。 そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。 だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。 そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

有能女官の赴任先は辺境伯領

たぬきち25番
恋愛
お気に入り1000ありがとうございます!! お礼SS追加決定のため終了取下げいたします。 皆様、お気に入り登録ありがとうございました。 現在、お礼SSの準備中です。少々お待ちください。 辺境伯領の当主が他界。代わりに領主になったのは元騎士団の隊長ギルベルト(26) ずっと騎士団に在籍して領のことなど右も左もわからない。 そのため新しい辺境伯様は帳簿も書類も不備ばかり。しかも辺境伯領は王国の端なので修正も大変。 そこで仕事を終わらせるために、腕っぷしに定評のあるギリギリ貴族の男爵出身の女官ライラ(18)が辺境伯領に出向くことになった。   だがそこでライラを待っていたのは、元騎士とは思えないほどつかみどころのない辺境伯様と、前辺境伯夫妻の忘れ形見の3人のこどもたち(14歳男子、9歳男子、6歳女子)だった。 仕事のわからない辺境伯を助けながら、こどもたちの生活を助けたり、魔物を倒したり!? そしていつしか、ライラと辺境伯やこどもたちとの関係が変わっていく…… ※お待たせしました。 ※他サイト様にも掲載中

まだ20歳の未亡人なので、この後は好きに生きてもいいですか?

せいめ
恋愛
 政略結婚で愛することもなかった旦那様が魔物討伐中の事故で亡くなったのが1年前。  喪が明け、子供がいない私はこの家を出て行くことに決めました。  そんな時でした。高額報酬の良い仕事があると声を掛けて頂いたのです。  その仕事内容とは高貴な身分の方の閨指導のようでした。非常に悩みましたが、家を出るのにお金が必要な私は、その仕事を受けることに決めたのです。  閨指導って、そんなに何度も会う必要ないですよね?しかも、指導が必要には見えませんでしたが…。  でも、高額な報酬なので文句は言いませんわ。  家を出る資金を得た私は、今度こそ自由に好きなことをして生きていきたいと考えて旅立つことに決めました。  その後、新しい生活を楽しんでいる私の所に現れたのは……。    まずは亡くなったはずの旦那様との話から。      ご都合主義です。  設定は緩いです。  誤字脱字申し訳ありません。  主人公の名前を途中から間違えていました。  アメリアです。すみません。    

処理中です...