【完結】秀才の男装治療師が女性恐怖症のわんこ弟子に溺愛されるまで

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混乱とクリスの答え

それは、クリスの微かな気持ちの変化でした

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 部屋に戻ったクリスは、着替えの服を取ろうとして手を止めた。
 ミレナの言葉通り今日の昼頃にカイが来るなら、そのままオークニーに戻る可能性がある。最近は女性物の服を着ていたが……

「男物の服にしておくか」

 以前なら迷うことなく着ていた男性用の服。それなのに今は手に取ることを躊躇う。

 この服装を見た時、ルドがどんな顔をするか……

「いや、いや、いや! 犬は関係ない!」

 クリスは補正下着で胸の膨らみを押さえると、ケリーマ王国の男性用の伝統衣装を着た。

「少し暑いが滝を見に行った時は平気だったし、大丈夫だろう」

 クリスが食堂に入ると立ちあがったルドが笑顔で迎えた。まるで数年ぶりに再開したような喜びようで。

「師匠!」
「……さっき会ったばかりだろ」

 クリスが呆れた表情を作りながら椅子に座る。しかし、内心ではホッとしていた。着ている服など関係なくルドが犬のように懐いてくる。

 ニコニコと正面に座っているルドにクリスが顔を逸らす。こんなに真っ直ぐ見られ続けたら、それはそれで辛い。

 気まずいクリスは早々に食事を切り上げた。部屋へ戻り、ベッドに倒れる。

「なんなんだ、犬は……あそこまで見てくることないだろ」

 クリスが根を上げて愚痴る。荷物をまとめるため、部屋にいたラミラが笑った。

「一時はどうなるかと思いましたが、落ち着いて良かったです」
「あれのどこが落ち着いたんだ? 悪化だろ」
「いえ、いえ。クリス様一筋に落ち着いて良かったです」

 クリスの顔が真っ赤になる。

「ひ、一筋!?」
「クリス様が第四王子と王都を散策されている間、いろいろな女性使用人と楽しそうに会話をしていましたから」
「それは犬ではなく、犬の中にいたボルケーノだ」

 ムッとした表情で言い返したクリスにラミラがますます嬉しそうに笑う。

「クリス様も犬のことを意識しているようで、よろしいことです」
「……」
「どうかされました?」
「いや、なんでもない。休むから何かあったら言ってくれ」

 クリスは目を閉じた。


 いつの間にか寝落ちしていたクリスはノックの音で目が覚めた。部屋に入ってきたカリストが報告をする。

「クリス様、カイ様が到着されました」
「……そうか」

 寝ぼけながら頭をかく。クリスが体を起こしたが、カリストはドア付近に立ったまま動かない。いつもなら背後に立ち、髪を鼈甲の櫛で梳くのに。
 そこでクリスは鼈甲の櫛をルドが持っていることを思い出した。

「やはり櫛はおまえが持っているべきだ。それか、同じ櫛を作れ」
「あれは特別な櫛ですので、簡単には作れません」
「なら、犬から取り返して来い」

 寝起きで超絶不機嫌なクリスの要望にカリストが肩をすくめる。

「クリス様が説得してください」
「渡したのは、おまえだろ」
「まだ、命が惜しいので」
「取り返す気がないだけだろ」

 カリストが優雅に微笑む。そこにドタバタと足音が響いた。

「クリスティ!」

 大声とともにドアが開く。白髪の老人が部屋に飛び込んできてクリスに抱きついた。

「大丈夫だったか? 怪我してないか? ちゃんと食ってるか?」
「……そっちこそ、長距離を運転してきたのに大丈夫か?」
「オレはこれぐらい平気だ。それより!」

 カイが体を離してクリスの全身を見る。

「大変だったようだが、無事でなによりだ」
「どこまで聞いている?」
「ほとんど聞いてないぞ」
「は?」
「とにかくクリスティが大変なことになっているから、急いで迎えに行ってくれ、と第三皇子に言われたんだ」
「セルティめ……」

 クリスが額を押さえて俯くと、カイが豪快に笑った。

「詳しい話は帰りにセスナの中で聞くさ。いくらでも時間はあるからな」
「そうする」
「で、腹が減ったんだが」

 カリストが、すかさず応える。

「カイ様の昼食も準備しております」
「さすが、カリスト。よし、飯を食いに行こうぜ」
「あー、先に行っていてくれ」

 カイがクリスの髪を見る。

「髪の色を変える時間ぐらい待ってるぞ。ほら、カリスト。早く変えてやれ」

 カリストは微笑んだまま動かない。その様子にカイが首を傾げる。

「どうした? 何かあったのか?」
「いや、それが……」

 クリスが頭を抱えているとノックの音が響いた。

「師匠、カイ殿が到着されたと聞いたのですが……」

 ルドの声にクリスが素早くドアに飛びつく。少しだけドアを開け、隙間から廊下を覗いた。
 ドアの前に立っているルドをジロリと睨む。

「櫛を渡せ」
「嫌です」

 ルドが良い笑顔で拒否する。

「渡せ」
「嫌です」
「いいから、渡せ」
「いやです」

 クリスは櫛を取り返すことに必死になっており、カイが近づいていることに気が付いていなかった。

「お、番犬じゃないか。元気してたか?」
「お久しぶりです」

 クリスが少ししか開けていなかったドアをカイが大きく開ける。

「あ、ちょっ……」
「こんなところで立ち話もなんだ。入れ」
「おい、ここは私の部屋……」
「失礼します」

 ルドがスタスタと入る。その動きにカイが首を傾げた。

「あれ? なんか変わったか?」
「いろいろありましたので」
「おう、大変だったみたいだな。なにも聞いてないが」
「聞いてないのに、ここまで来たのですか?」
「そうなんだ。とにかく迎えに行けって、一方的に言われてよ」

 盛り上がる二人をクリスが呆然と眺める。そこにカイがクリスに声をかけた。

「おい、さっさと髪の色を変えろよ。飯を食いに行けないだろ」
「あ、そうですね」

 ルドが懐から鼈甲の櫛を取り出す。

「ん? なんで、その櫛を番犬が持っているんだ?」
「それは……」

 説明をしようとしたルドを遮るようにクリスがカイの前に出る。

「なんでもない! さっさと変えろ!」
「はい。では、座ってください」

 クリスが渋々ソファーに座る。その後ろにルドが立ち、丁寧に櫛を梳かしていく。
 その光景を眺めながらカイは口角を上げると、横目でカリストに訊ねた。

「ふうん。いろいろあったみたいだな?」
「はい。いろいろとありました」
「で、あれが結果か?」
「はい」

 なにかを堪えるように神妙な顔をしているクリス。その後ろでは愛おしそうに髪を一房ずつ、丁寧に櫛を通していくルド。

「カルラが見たら、狂喜乱舞する光景だな」
「これから毎日見られる予定です」

 カイが驚いた顔でカリストの方を向く。

「櫛を番犬にやったのか!?」
「はい」
「なにがあっても手放さなかったのに、そんな簡単に!?」
「まあ、あの二人でしたらいいかと」

 カイがもう一度二人に視線を向けた。穏やかな空気が二人を包んでいる。

「……まあ、いいか」
「そういうことです」

 カイはどこか嬉しそうに二人を見つめた。






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