王子、おひとり様で残りの人生をお楽しみください!

ちゃっぴー

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「……おい。誰かいないのか! 朝だぞ! 私の朝食はどうした! 焼きたてのパンと、最高級のクロテッドクリームを持ってこいと言っているだろう!」

王宮の自室。
ウィルフレッド王子は、ガランとした部屋の真ん中で叫んでいた。
いつもなら、彼が指を鳴らせば三人の侍女が飛んできて、至れり尽くせりの世話を焼くはずだった。
しかし、今日返ってきたのは、高い天井に虚しく響く自分の声だけである。

「……おかしい。誰も来ない。それどころか、部屋が妙に広い気がするのだが……」

王子が寝ぼけ眼で周囲を見回すと、そこには驚愕の光景が広がっていた。
昨日までそこにあった、金箔をあしらった豪華なクローゼットがない。
それどころか、今彼が寝転んでいるのは、ベッドフレームのない、床に直置きされた薄っぺらなマットレスだった。

「な……なんだこれは! 私のキングサイズベッドはどこへ行った!? 泥棒か!? 衛兵! 衛兵を呼べ!」

王子が血相を変えて立ち上がった瞬間、扉が静かに開いた。
入ってきたのは、衛兵ではなく、冷徹な目つきをした王宮会計官のハンスだった。

「朝から騒々しいですね、ウィルフレッド殿下。……いえ、失礼。元、第一位王位継承権保持者とお呼びすべきでしょうか」

ハンスは手元のバインダーに淡々とペンを走らせ、王子を一瞥した。

「ハンス! 貴様、いいところに! 見ろ、私の家具が盗まれたんだ! それと朝食がまだ届いていない! 不敬罪で全員処刑だ!」

「盗まれたのではありません。アストレア公爵家への債務返済のため、昨夜のうちに業者が入って、資産価値のあるものをすべて回収していったのですよ」

「……回収? 誰の許可を得てそんなことを!」

「当然、国王陛下です。アストレア家からの請求額は、今の王家の予備費をすべて合わせても足りません。やむを得ず、あなたの私有物を差し押さえに充てることになったのです」

ハンスの冷ややかな言葉に、王子の顔がみるみるうちに青ざめていく。

「さ、差し押さえ……? 馬鹿な! 私は王子だぞ! 私有物といっても、それは王家の財産だろう!」

「いいえ。あなたがラーニャ様の口座から勝手に引き落として購入されたものは、法的には『ラーニャ様から預かっていた物品』という扱いになります。彼女が契約を解除した以上、それらを返すのは当然の義務です」

「……っ、そんな殺生な! あ、あのベッドは、私が特注した世界に一つだけの……」

「先ほど、市場で競り落とされました。アストレア家の息がかかった商人が、二束三文で買い叩いていきましたよ。おそらく今頃は、平民向けの安宿の寝床になっているでしょうね」

王子はガクガクと膝をつき、薄いマットレスの上に崩れ落ちた。
プライドよりも先に、現実的な「喪失感」が彼を襲う。

「……ラーニャ。ラーニャがこんなことを許すはずがない! 彼女は僕を愛しているんだ! きっと、僕を焦らせて、自分の方を向かせようとしているだけなんだ……」

「まだそんなことをおっしゃっているのですか。彼女はすでに、あなたの入城禁止令を公爵邸に出していますよ。今朝の門前払い、覚えておいででしょう?」

「あれは……あれは照れ隠しだ! 女というものは、深く愛していればいるほど、素直になれないものなのだよ!」

ハンスは深いため息をつき、バインダーを閉じた。

「……まあ、そう思っておいた方が幸せかもしれませんね。では、失礼します。あ、言い忘れましたが、そのマットレスも一時間後には回収されますので。代わりとして、こちらの藁布団(わらぶとん)をお使いください」

「わ、藁!? 家畜が寝るやつじゃないか!」

「今のあなたには、それさえも過分な贅沢です。……では」

ハンスが去った後、王子は冷たい床の上で震えていた。
空腹が胃を突き刺す。
愛があれば腹は膨れないというメリルの言葉が、呪いのように頭の中で反響した。

「……そうだ、メリルだ! メリルなら、きっと僕を助けてくれる! 彼女は、僕がラーニャという悪役令嬢にいじめられているのを、いつも健気に見守ってくれていたんだ!」

王子は必死の思いで、机も椅子もなくなった部屋の隅から、一本の羽ペンを見つけ出した。
インクはもう、底をつきかけている。

「待っていろ、メリル……! 今、君を救い出してあげるからね。……僕と一緒に、この苦難を乗り越えよう。愛の力で……!」

王子が震える手で書き始めた手紙の内容は、助けを求めるどころか「自分がいかに被害者であるか」を連ねた、自分勝手な悲劇のヒロイン風ポエムであった。

彼はまだ気づいていない。
そのメリルが今、アストレア公爵邸で、彼が一生かかっても食べられないような高級ステーキを頬張りながら、「王子、今頃藁の上かなぁ?」と笑い飛ばしていることに。

王子の焦りは、まだ始まったばかりだった。
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