王子、おひとり様で残りの人生をお楽しみください!

ちゃっぴー

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「……ちょっと、メリル。仕事中だと分かっていますの? さっきから口が止まっていませんわよ」

活気に溢れる王都の市場。
私は視察のために足を運んでいたのだが、隣を歩く私の「秘書」は、仕事どころではないようだった。

「もぐもぐ……ふぉ、ふぉーいふ(はい)、もふ(ボス)! これは市場の物価調査、および民衆の幸福度を胃袋で測定する重要な業務の一環です!」

メリルは右手に串焼き、左手に揚げパンを持ち、頬をリスのように膨らませていた。
その食べっぷりがあまりに見事なので、通りすがりの客が「あの子が食べてるやつ、俺もくれ」と店に並び始めている。
図らずも宣伝効果を生んでいるのは、彼女の才能かもしれない。

「幸福度は分かりましたから、少しは『市場の流通量』にも目を向けなさいな。ほら、あちらの香辛料。以前より一割ほど値上がりしていますわ。王家が徴収を増やした影響でしょうね」

私が手帳にペンを走らせていると、人混みの向こうから一際目立つ一団が歩いてくるのが見えた。
洗練された黒い軍服に身を包んだ男たちが、周囲を威圧することなく、しかし確実に道を開けさせていく。
その中心にいたのは、眼鏡の奥に鋭い知性を宿した長身の男だった。

「……おや。このような雑多な場所で、アストレア公爵令嬢にお会いできるとは。今日は護衛も連れず、ピクニックですか?」

男は私の前で足を止めると、完璧な所作で一礼した。
隣国の特使、ゼクス・エルダール。
無愛想で実利主義だと噂される彼は、外交官というよりは冷徹な実業家のような雰囲気を纏っている。

「ごきげんよう、ゼクス様。見ての通り、私は新しい『従業員』の教育に忙しいのですわ」

「もぐもぐ……あ、お初にお目にかかります。ラーニャ様の懐刀(自称)、メリルです!」

メリルが口の周りにパン粉をつけたまま挨拶すると、ゼクスの視線がわずかに和らいだ。

「……なるほど。元、王子の婚約者候補でしたか。噂以上の食欲……失礼、生命力だ」

「あら、ご存じでしたの? 話が早くて助かりますわ」

私は扇子を広げ、ゼクスを近くのカフェのテラス席へと促した。
彼は嫌な顔ひとつせず、私の向かいに腰を下ろす。

「昨夜のパーティーでの立ち回り、隣国の我が耳にも届いていますよ。王子を一人残し、ヒロインを雇用し、さらに王家の財産を差し押さえる。……失礼ながら、笑わせていただきました。実に痛快だ」

「お褒めに預かり光栄ですわ。ですが、あれはただの準備運動に過ぎませんの。本番はこれから……つまり、この国の経済を王家から切り離し、独立させることですわ」

ゼクスの目が、面白そうに細められた。

「独立、ですか。公爵家が国を乗っ取るというわけではなく?」

「面倒な玉座など興味ありませんわ。私はただ、自分の資産を無能に食い潰されるのが我慢ならないだけです。そこで提案なのですが、ゼクス様。お互いの国を通じた『新しい流通網』、我が家が独占的に管理する形に興味はございませんか?」

ゼクスは椅子に深く背を預け、私の目をじっと見つめた。
そこに甘い誘惑の色などは微塵もない。
あるのは、互いの利益を天秤にかけるプロの目利きだ。

「……王家を通さず、アストレア家と直接取引をする、と。それは外交問題になりかねませんな」

「王家にはもう、他国との契約を維持する担保がありませんわ。今朝、あのアホ王子に差し押さえの追加通告を出したところです。彼、今は藁の上で寝ているはずですわよ」

「……ぶふっ」

ゼクスが、ついに堪えきれなくなったように吹き出した。
冷徹な特使が、肩を揺らして笑っている。

「……失礼。藁の上、ですか。あの方に最も相応しい寝床だ。いいでしょう、ラーニャ嬢。あなたのその『毒』、私は嫌いではありません。交渉の続きは、もう少し静かな場所でやりましょうか」

「あら、デートのお誘いかしら?」

「いいえ。これは『投資』ですよ。あなたの知性と、その……隣で三皿目のケーキを注文している彼女の胃袋に対してのね」

「わーい! ゼクス様、話が分かる! 一生ついていきます(今日だけ)!」

メリルの現金な声に、私は溜息をつきながらも、新しいビジネスの香りに胸を躍らせていた。
王子のいない世界は、なんと建設的で、美味しいものに溢れていることか。

私たちはそのまま、王子の泣き言など届かない場所へと歩き出した。
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