王子、おひとり様で残りの人生をお楽しみください!

ちゃっぴー

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「……ふふふ。はーっはっはっは! 見たか! これが私の反撃だ!」

王宮の、今や家具もまばらな自室で、ウィルフレッド王子は汚れた羽ペンを高く掲げて笑っていた。
目の前には、数人の薄汚れた男たちが、卑屈な笑みを浮かべて立っている。
彼らは街の酒場や裏通りで、まことしやかな「噂」を流すことを生業とする、いわば情報の掃除屋たちだった。

「殿下、ご安心を。すでに仕込みは終わっております。今頃、王都の婦人たちの間では、アストレア公爵令嬢の悪評が飛び交っているはずですぜ」

「よろしい! 『ラーニャは実は悪魔と契約している』『彼女の美貌は平民の生き血を吸って維持されている』……。これだけの噂が流れれば、いかに公爵家といえど、社交界での居場所はなくなるはずだ!」

王子は、自分が考え出した(と思っている)最高に邪悪な作戦に酔いしれていた。
評判を落とせば、ラーニャは泣きながら自分に助けを求めに来る。
そこで「許してやろう」と手を差し伸べる……。
そんな、三流恋愛小説のような展開を本気で信じているのだ。

「……あ、殿下。追加料金で『アストレア公爵家は実は脱税している』っていう噂も流しておきましょうか?」

「おお、それはいい! もっとやれ! 金なら……金なら、そのうち払う!」

「えっ、今じゃないんですか?」

「黙れ! 私が王位に就けば、今の百倍にして返してやる! 今は先行投資だと思え!」

男たちは顔を見合わせたが、相手は腐っても王子だ。
「ツケ」という言葉に不安を覚えつつも、彼らは再び街へと消えていった。

……しかし、彼らが街の井戸端会議に混ざり、「アストレア令嬢は実は……」と切り出した瞬間、事態は王子の予想とは全く異なる方向へと動き出した。

「ちょっと、そこのおじさん。今、なんて言ったのかしら?」

市場の片隅。
ボロ布を纏い、顔に泥を塗って「可哀想な町娘」に変装したメリルが、鋭い目つきで男の一人の前に立ちはだかった。

「あ? なんだよ、お嬢ちゃん。俺たちは今、アストレア家の恐ろしい真実を……」

「『悪魔と契約』? 笑わせないで。あの方は悪魔よりもずっと恐ろしい『合理主義』という名の神を信じているのよ。それに『生き血』? あの方の美肌は、隣国から輸入した最高級のクレンジングオイルと、規則正しい生活、そして無能な婚約者を切り捨てたことによるストレス解消で維持されているの。医学的根拠があるわ!」

「な、なんだお前は……」

「通りすがりの、福利厚生に命をかける秘書よ!」

メリルは懐から、一冊の分厚いノートを取り出した。
そこには、王都の主要なショップやサロン、さらには各家の侍女たちの相関図がびっしりと書き込まれている。

「いい? この街の奥様たちが一番欲しがっているのは、ラーニャ様が独占契約している『新作の美容クリーム』の整理券なの。そして、旦那様たちが恐れているのは、アストレア公爵家からの『融資の引き揚げ』。あなたの薄っぺらな噂を信じるほど、この街の人間はバカじゃないわ」

メリルは周囲に集まっていた野次馬たちに向かって、大声で叫んだ。

「みなさーん! 今、この男たちが言った嘘を信じて、アストレア家の不興を買いたい人はいますかー!? 今なら、嘘を報告してくれた方に、ラーニャ様特製の『特大どら焼き』の引換券を差し上げますわよー!」

「「「なんだってーーー!!?」」」

どら焼き、という単語に市場が揺れた。
アストレア公爵邸の料理人が作る菓子は、今や王都で最も入手困難な贅沢品だ。

「おい、こいつだ! こいつがラーニャ様の悪口を言ってたぞ!」

「こっちの男もだ! 捕まえろ! どら焼きのために!」

「ひ、ひぃぃぃ! 助けてくれ!」

王子の放った「刺客」たちは、情報のプロでもなんでもない、ただの食欲と実利に忠実な市民たちによって、瞬く間に包囲された。
メリルはそれを見届け、満足そうに鼻を鳴らした。

「ふん。王子の浅知恵なんて、どら焼き一つで粉砕よ。……さて、次はどこの酒場でこの男たちのバックボーンをバラしてやろうかしら」

夕方。
アストレア公爵邸に戻ったメリルは、戦利品(没収した王子の依頼書)を机に叩きつけた。

「ボス! 王子の刺客、全滅させてきました! ついでに『王子は頭が弱すぎて、ついに詐欺師にまで騙され始めた』っていう真実を広めておきましたわ」

「お疲れ様、メリル。仕事が早くて助かるわ。はい、約束のご褒美よ」

私は、銀のトレイに乗った特大のモンブランを差し出した。
メリルの目が、これ以上ないほどキラキラと輝く。

「……ボス。私、このためなら国家転覆でもなんでもやります」

「国家転覆はまだ先の話よ。……まずは、あの王子が『自分の言葉に、もはや何の価値もない』ということを、その身に刻んでいただかないとね」

私は、メリルが持ってきた依頼書を暖炉に放り込んだ。
青白い炎が、王子の醜い野心を焼き尽くしていく。

「さて。明日になれば、王子はさらなる絶望を味わうことになるでしょう。……何しろ、彼が雇った男たちの『報酬』、すべて私のところに請求が来るように仕向けておきましたから」

「……ボス、鬼ですか?」

「いいえ。効率的な経営者と呼びなさいな」

私たちは、王都の夜景を眺めながら、穏やかにお茶の時間を過ごした。
翌朝、王宮に届いた大量の「噂代金」の請求書を見て、王子が文字通り白目を剥いて倒れたのは、言うまでもない。
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