王子、おひとり様で残りの人生をお楽しみください!

ちゃっぴー

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「……待て、待てラーニャ! 行かせないぞ! 私はまだ、君に聞かせたい私の『功績』の話が終わっていない!」

会場を後にしようとした私の背中に、必死すぎる声が投げかけられた。
振り返れば、ウィルフレッド王子が今にも泣きそうな顔で、しかし何故か自信満々に胸を張っている。

「功績、ですの? 申し訳ありませんが、私の記憶にある限り、あなたにそのようなものは一つもございませんでしたわよ」

「失礼な! 私はこの数年間、この国の第一王子として数々の難局を乗り越えてきた! 君はそれを、私の側で見守ってきたはずだろう!」

私は足を止め、深く、深いため息をついた。
隣でメリルが「あー、言っちゃった……。ボスの逆鱗(げきりん)をピアノ線で弾いちゃった……」と呟く。

「メリル。例の『備忘録』を」

「はい、ボス! 常に携帯、常に暗記、アストレア家の社訓ですから!」

メリルがカバンから取り出したのは、厚さ三センチはあろうかという革表紙のノートだ。
私はそれを受け取ると、パラパラと適当なページを開いた。

「では、ウィルフレッド様。あなたの言う『功績』とやらを、客観的な事実に基づいて振り返ってみましょうか。……まずは三年前。隣国の友好使節団を迎えた際のことですわね」

「おお、あの時か! 私が華麗なダンスで他国の姫を魅了した……」

「いいえ。あなたが歓迎の挨拶を度忘れし、パニックになって『お腹が空いたので帰ってもいいですか』と宣った事件ですわ。使節団は激怒。開戦の危機に陥ったところを、私が裏で最高級の茶葉と宝石を握らせて、なんとか『冗談』で済ませました」

王子の顔が、一瞬で引き攣った。

「つ、次は……二年前の干ばつの件だ! 私は雨乞いの儀式を……」

「ただの現実逃避ですわ。現場の農民が飢えている中、あなたは『僕が踊れば雲も喜んで雨を降らすはずだ』と一週間も寝込みました。その間、私が実家の私財を投じて緊急の灌漑工事を行い、他国から食糧を買い付けたこと、お忘れですの?」

「……う、うぐっ。だ、だが、一年前の法改正は私の……」

「あなたがサインをしただけの代物ですわ。中身を書いたのは私。あなたが『面倒だから文字を全部ハートマークにしよう』と言い出したのを、私がどれだけの労力を使って止めたか、分かっていますの?」

私は無慈悲にページをめくっていく。

「半年前。王都の治安維持費を、あなたの特注マント代に流用しようとした件。三ヶ月前。街のパン屋の娘を『ヒロインっぽい』という理由で王宮の侍女にスカウトし、案の定、不手際で大火事を起こしかけた件。……まだ読み上げます?」

「ひ、ひぃぃ……。も、もういい、もう止めてくれ……!」

王子は耳を塞いでその場に膝をついた。
周囲の貴族たちは、もはや笑うことすら忘れ、引いた目で王子を見ている。

「トドメに。あなたがこれまで、私の『愛情』だと勘違いしていたものは、すべて私の『国家維持のための事務処理』でした。そこに私的な感情は一滴も含まれておりません」

「……あ、愛じゃ、なかったのか? 君が、僕に毎日お茶を淹れてくれたのは……」

「毒を盛られないか監視するためですわ。あなたが不用心に誰からでも食べ物を受け取るから、私が検食を兼ねていたのです。……理解できましたかしら?」

私はノートを閉じ、メリルに投げ返した。
メリルは見事なキャッチを披露し、王子の前に一歩歩み出る。

「王子。今のをまとめますと、『あなたは今まで一度も、自分の力で呼吸すらできていなかった』ということです。これからは、自分の吐いた息の重さを噛み締めて生きてくださいね!」

「……ぁ……ぁあああ……」

王子は、もはや言葉にならない呻き声を漏らしながら、豪華(だった)絨毯に突っ伏した。
その姿は、かつての第一王子の輝きなど微塵もない。

「さて、これで本当にお別れですわね。……あ、言い忘れましたわ。そのノート、実はもう一冊ありますの。そちらには、あなたが私に言った『暴言』のすべてが、日時と場所、湿度のデータと共に記録されています。……もし今後、一言でも私に付きまとうようなことがあれば、それを王都中の掲示板に貼り出しますわ」

「……死神だ。君は、死神だ……ラーニャ……」

「いいえ。私は、あなたの『現実』です」

私は最後に冷たく微笑み、今度こそ会場を後にした。
背後で「嘘だ、僕の人生がこんな……こんな事務報告書みたいな終わり方をするなんて!」という叫びが聞こえたが、私は二度と振り返らなかった。

「ボス、最高でした! 論理の散弾銃ですね!」

「ふぅ。疲れましたわ。メリル、帰りにどこか美味しいお店に寄りましょうか。あなたの食欲で、私の耳に残った不快な音を消してちょうだい」

「喜んで! お肉! 今日はお肉の気分です!」

私たちは、夜の街へと馬車を走らせた。
王子のいない世界は、なんと空気が澄んでいて、素晴らしいのだろう。
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