王子、おひとり様で残りの人生をお楽しみください!

ちゃっぴー

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「……おい。誰か、誰かいないのか! 喉が渇いたと言っているだろう! 冷えた水の一杯も持ってこられないのか、この無能どもが!」

王立学院を卒業して数週間。
かつては「国の心臓」と呼ばれた王城の廊下に、ウィルフレッド王子の怒声が虚しく響き渡る。
しかし、返ってくるのは冷たい静寂と、窓から入り込む風の音だけだ。

「……おかしい。掃除の侍女も、廊下に立っているはずの衛兵もいない。みんなどこへ行ったんだ?」

王子はふらふらとした足取りで、重厚な扉を開け、文官たちが詰める大執務室へと足を踏み入れた。
そこには、絶望的な光景が広がっていた。

整然と並んでいたはずの机の上は、すっかり空っぽ。
インク瓶一つ残っておらず、書類を整理していた棚も、中身がすべて持ち去られた後のようにスカスカだ。
唯一、部屋の隅で自分の荷物をまとめていた会計官のハンスが、王子の姿を見て深いため息をついた。

「ああ、殿下。まだいらしたのですか。てっきり、もう藁の上でふて寝でもされているのかと」

「ハンス! これはどういうことだ! 文官たちは!? 私のために書類を整理する者たちは、どこへ消えたんだ!」

「消えたのではありません。全員、一斉に辞表を出して転職したのですよ」

ハンスは、手元のカバンに最後の羽ペンを放り込み、パチンと鍵をかけた。

「て、転職……? 王宮を上回る職場など、この国にあるはずがないだろう! 国家公務員の座を捨てるなど、正気か!」

「ええ、正気ですよ。アストレア公爵家……いえ、今は『アストレア・ホールディングス』と呼ぶべきでしょうか。ラーニャ様が立ち上げた新会社が、破格の条件で彼らを一括採用したのです」

「……はぁ?」

「給与は三倍。完全週休二日制。住宅手当に、食堂ではメリル様が監修した最高級のスイーツが食べ放題。……殿下、給料が三ヶ月も遅配しているこの泥舟に、誰が残ると思うのですか?」

ハンスは冷ややかな目で、王子の使い古した、ボタンの外れかかったシャツを見つめた。

「う、嘘だ……! ラーニャがそんな……! あいつは、私のために王宮を守る義務があるはずだ!」

「義務を放棄したのは殿下の方でしょう。……さて、私もこれで失礼します。次の職場はアストレア家の財務監査役です。お互い、頑張りましょうね。私は数字と、殿下は……そう、その空っぽのプライドと」

「待て、ハンス! 行くな! お前がいなくなったら、誰が私の食事の手配を……!」

「ご自分でなさるか、あるいはそこら辺の雑草でも煮て食べるんですな。……ああ、それから。王宮の水道代も滞納していますので、あと数時間で水も止まりますよ。では」

ハンスは一度も振り返ることなく、軽やかな足取りで部屋を去っていった。

王子は、一人残された広大な執務室で、へなへなと床に座り込んだ。
埃が舞い、静寂が部屋を支配する。

「……あ、あはは。みんな、僕を驚かせようとしているんだな。ドッキリというやつだ。明日になれば、みんな笑いながら戻ってきて、『殿下、やっぱりあなたなしではダメです』って……」

王子が虚空を見つめて呟いていると、廊下からバタバタと騒がしい靴音が聞こえてきた。
期待に目を輝かせ、王子が顔を上げる。

「ほら来た! ラーニャか!? それともメリルか!?」

現れたのは、息を切らした年老いた文官……ではなく、アストレア家の紋章を胸に付けた、屈強な業者たちだった。

「失礼します。アストレア家からの依頼で、この部屋の机と椅子、および装飾品すべてを『債務の代物弁済』として回収に参りました」

「な……!? 待て、これを使っているのは私だぞ!」

「いえ、所有権はすでにアストレア家に移っております。殿下、邪魔ですのでそこをどいてください。その床の絨毯も剥がしますので」

「うわあぁぁっ!?」

王子は、無慈悲に引き剥がされる絨毯と共に、板張りの冷たい床の上に転がされた。

数時間後。
家具一つなくなり、窓枠まで剥がされた王宮の執務室で、王子は体育座りをしながら震えていた。
水も出ない。灯りもない。
聞こえるのは、自分の空腹の音だけ。

「……ラーニャ……助けてくれ……。僕が悪かった……。だから、いつものように美味しいお茶を淹れて、私の代わりに書類を全部片付けて……優しく微笑んでくれよおぉ……!」

王子の悲痛な叫びは、もはや誰の耳にも届かない。
有能な人材も、金も、そして尊厳すらも、すべては「悪役令嬢」という名の完璧な経営者の手によって、回収されてしまったのだから。
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