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「……ふむ。この関税率の引き下げ案、そして我が国の特産品である魔石の独占供給路の確保。これらすべてを、王家を介さずにアストレア家のみで行う、と」
アストレア公爵邸、最上階の執務室。
ゼクス様は、私が提示した数十枚にも及ぶ契約書を、眼鏡を押し上げながら熱心に読み耽っていた。
その瞳には、特使としての顔ではなく、一人の野心的な実業家としての光が宿っている。
「ええ。現在の王家には、他国との貿易を保証するだけの信用も、ましてや物理的な輸送路を維持する資金もございませんわ。ならば、力のある者がその座に就くのが自然の理でしょう?」
私は、セバスが淹れた香り高いアールグレイを一口啜り、優雅に微笑んだ。
「王家を通さないとなれば、当然、彼らに入るはずの『通行税』や『手数料』はゼロになる。……ラーニャ嬢、あなたは本当に、この国を経済的に窒息させるおつもりか」
「窒息、だなんて人聞きが悪いですわ。私はただ、腐りかけた血管を切り離し、新しい、より効率的な動脈を繋ぎ直しているだけですの。……無能な心臓に血液を送る必要など、どこにもありませんもの」
「くくっ、相変わらず手厳しい。だが、その冷徹さが心地いい。……よし、この条件で飲もう。我が国としても、身元の怪しい王子と交渉するより、あなたという『女王』と手を組む方が、はるかに利益が大きい」
ゼクス様がペンを取り、契約書の末尾に流麗なサインを書き込む。
その瞬間、この国の経済の主導権は、王宮から私のデスクへと移り変わった。
「ボス、ゼクス様! お話中失礼しますわ! 今日の『営業報告』と、ついでに差し入れのフォンダンショコラを持ってきました!」
扉を景気よく開けて入ってきたのは、秘書としての風格……はともかく、幸せそうなオーラを纏ったメリルだ。
彼女の後ろには、今日も今日とて「筋肉の壁」ことガウェインが、重たい書類の束を片手で軽々と持ちながら付き従っている。
「メリル、ちょうどいいところに来ましたわね。……それで、王都の商工会の反応はいかがかしら?」
「ばっちりですわ! 私が『ラーニャ様が新しい物流ルートを作ったので、王家に高い税金を払う必要はなくなりますよ』って囁いて回ったら、商会長たちが泣いて喜んでいました。みんな、王子の無駄遣いのための増税にキレてましたから!」
メリルはガウェインから受け取った書類を机に広げた。
「これ、王宮の文官たちからの『こっそり転職希望リスト』です。みんな、給料が遅配気味な王宮を見捨てて、アストレア家に雇ってほしいって。……あ、あと、王子の藁布団を納品している業者からも苦情が来てます。『あんな客から金は取れないから、早く引き上げさせてくれ』って」
「ははは! 藁布団の支払いすら滞っているのか、あの王子は!」
ゼクス様が、ついに堪えきれなくなったように声を上げて笑った。
「笑い事ではありませんわよ、ゼクス様。我が家の『慈善事業』として、その藁の回収費用も立て替えて差し上げなければなりませんから。……もちろん、十倍の利子をつけて、将来的に王家の領地で返済していただきますけれど」
「ラーニャ様、本当に容赦ないですね。あ、このショコラ、中からとろーりチョコが出てきて最高ですわ! 幸せすぎて、脳の血管が甘さで満たされそう!」
メリルが幸せそうに頬を抑えている。
その隣で、ガウェインが真面目な顔で口を開いた。
「ラーニャ様。王宮周辺の警備が手薄になっているとの情報もあります。王家が資金難で傭兵たちを解雇したようです。……万が一、王子が自暴自棄になって暴発する可能性も考慮し、警備を強化しております」
「助かるわ、ガウェイン。……まあ、あの方に暴発するほどの度胸があればの話ですけれど」
私は窓の外、遠くに見える王宮の尖塔を眺めた。
かつては栄華の象徴だったあの場所も、今や私の掌の上で踊る、中身のない張り子に過ぎない。
「さて、ゼクス様。契約も成立しましたし、今夜は祝杯を上げましょうか。……王家が一生かかっても買えないような、とっておきのヴィンテージを用意させてありますの」
「それは楽しみだ。……ところで、ラーニャ嬢。ビジネスの話もいいが、たまにはその、隣に立つ男の『個人的な関心』にも目を向けてはいただけないかな?」
ゼクス様が、私の手を取って、少しだけ熱を帯びた視線を送ってくる。
「あら。特使殿の個人的な関心……? それは、我が家の純利益よりも、価値のあるものですかしら?」
「……フッ、全くだ。あなたのその『金銭感覚』さえも、愛おしくなってきたよ」
私たちは、王子のいない、しかし野心と欲望、そして最高級のスイーツに満ちた夜へと繰り出した。
王家が沈みゆく泥舟であることを、まだ認められない哀れな王子を置き去りにして。
アストレア公爵邸、最上階の執務室。
ゼクス様は、私が提示した数十枚にも及ぶ契約書を、眼鏡を押し上げながら熱心に読み耽っていた。
その瞳には、特使としての顔ではなく、一人の野心的な実業家としての光が宿っている。
「ええ。現在の王家には、他国との貿易を保証するだけの信用も、ましてや物理的な輸送路を維持する資金もございませんわ。ならば、力のある者がその座に就くのが自然の理でしょう?」
私は、セバスが淹れた香り高いアールグレイを一口啜り、優雅に微笑んだ。
「王家を通さないとなれば、当然、彼らに入るはずの『通行税』や『手数料』はゼロになる。……ラーニャ嬢、あなたは本当に、この国を経済的に窒息させるおつもりか」
「窒息、だなんて人聞きが悪いですわ。私はただ、腐りかけた血管を切り離し、新しい、より効率的な動脈を繋ぎ直しているだけですの。……無能な心臓に血液を送る必要など、どこにもありませんもの」
「くくっ、相変わらず手厳しい。だが、その冷徹さが心地いい。……よし、この条件で飲もう。我が国としても、身元の怪しい王子と交渉するより、あなたという『女王』と手を組む方が、はるかに利益が大きい」
ゼクス様がペンを取り、契約書の末尾に流麗なサインを書き込む。
その瞬間、この国の経済の主導権は、王宮から私のデスクへと移り変わった。
「ボス、ゼクス様! お話中失礼しますわ! 今日の『営業報告』と、ついでに差し入れのフォンダンショコラを持ってきました!」
扉を景気よく開けて入ってきたのは、秘書としての風格……はともかく、幸せそうなオーラを纏ったメリルだ。
彼女の後ろには、今日も今日とて「筋肉の壁」ことガウェインが、重たい書類の束を片手で軽々と持ちながら付き従っている。
「メリル、ちょうどいいところに来ましたわね。……それで、王都の商工会の反応はいかがかしら?」
「ばっちりですわ! 私が『ラーニャ様が新しい物流ルートを作ったので、王家に高い税金を払う必要はなくなりますよ』って囁いて回ったら、商会長たちが泣いて喜んでいました。みんな、王子の無駄遣いのための増税にキレてましたから!」
メリルはガウェインから受け取った書類を机に広げた。
「これ、王宮の文官たちからの『こっそり転職希望リスト』です。みんな、給料が遅配気味な王宮を見捨てて、アストレア家に雇ってほしいって。……あ、あと、王子の藁布団を納品している業者からも苦情が来てます。『あんな客から金は取れないから、早く引き上げさせてくれ』って」
「ははは! 藁布団の支払いすら滞っているのか、あの王子は!」
ゼクス様が、ついに堪えきれなくなったように声を上げて笑った。
「笑い事ではありませんわよ、ゼクス様。我が家の『慈善事業』として、その藁の回収費用も立て替えて差し上げなければなりませんから。……もちろん、十倍の利子をつけて、将来的に王家の領地で返済していただきますけれど」
「ラーニャ様、本当に容赦ないですね。あ、このショコラ、中からとろーりチョコが出てきて最高ですわ! 幸せすぎて、脳の血管が甘さで満たされそう!」
メリルが幸せそうに頬を抑えている。
その隣で、ガウェインが真面目な顔で口を開いた。
「ラーニャ様。王宮周辺の警備が手薄になっているとの情報もあります。王家が資金難で傭兵たちを解雇したようです。……万が一、王子が自暴自棄になって暴発する可能性も考慮し、警備を強化しております」
「助かるわ、ガウェイン。……まあ、あの方に暴発するほどの度胸があればの話ですけれど」
私は窓の外、遠くに見える王宮の尖塔を眺めた。
かつては栄華の象徴だったあの場所も、今や私の掌の上で踊る、中身のない張り子に過ぎない。
「さて、ゼクス様。契約も成立しましたし、今夜は祝杯を上げましょうか。……王家が一生かかっても買えないような、とっておきのヴィンテージを用意させてありますの」
「それは楽しみだ。……ところで、ラーニャ嬢。ビジネスの話もいいが、たまにはその、隣に立つ男の『個人的な関心』にも目を向けてはいただけないかな?」
ゼクス様が、私の手を取って、少しだけ熱を帯びた視線を送ってくる。
「あら。特使殿の個人的な関心……? それは、我が家の純利益よりも、価値のあるものですかしら?」
「……フッ、全くだ。あなたのその『金銭感覚』さえも、愛おしくなってきたよ」
私たちは、王子のいない、しかし野心と欲望、そして最高級のスイーツに満ちた夜へと繰り出した。
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