悪役令嬢の断罪――え、いま婚約破棄と?聞こえませんでしたわ!

ちゃっぴー

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王宮から凱旋した私は、その足で父上――ラズライト公爵の執務室へと向かった。
婚約破棄という不祥事(?)を起こした娘を、父がどう迎えるか。
普通なら勘当、あるいは修道院行きを宣告される場面だが、私は確信していた。
我が父、エドワード・ラズライトは、そういう「情緒」で動く男ではない。

「父上、ただいま戻りましたわ。……例の件、片付けてまいりました」

執務室の重厚な扉を開けると、そこには山のような書類に囲まれ、そろばん(のような計算魔導具)を弾く父の姿があった。
彼は顔を上げると、鋭い三白眼をさらに細めて私を見た。

「……アクアか。ジュリアス殿下との婚約破棄、聞いたぞ」

「耳が早いですわね。ご迷惑をおかけしましたかしら?」

「迷惑? 何を言う。あんな『維持費ばかりかかって実益のない王子』との契約が解除されたんだ。我が公爵家の帳簿にとっては、不良債権の処理が終わったようなものだ。むしろ祝杯を挙げたいくらいだぞ」

父上はそう言って、ガハハと豪快に笑った。
やはり。私のこの「損得勘定第一」の性格は、間違いなくこの人の遺伝だ。

「それで、あのアホ王子からどれくらい毟り取ったんだ?」

「こちらですわ、父上」

私は、殿下にサインさせた支払い承諾書を差し出した。
父上はそれを手に取り、記載された数字をじっと見つめる。
一秒、二秒……。父上の口角が、見たこともない角度まで吊り上がった。

「……素晴らしい。これだけの額があれば、我が領地の灌漑施設を新調した上で、王都に新しい商館を三つ建てられるぞ。アクア、お前は我が家の救世主だ!」

「お褒めに預かり光栄ですわ。……つきましては父上。その資金の一部を使って、新しい事業を始めたいのですけれど」

「事業だと? お前が社交界に戻らずに、商売を始めるというのか?」

私は頷き、後ろで控えていたリルを手招きした。
リルは「失礼いたしますわ!」と、不自然なほどキビキビとした動作で入室してきた。

「彼女はリル・コットン。私の助手です。……父上、今のこの国は『無駄』に溢れています。特に貴族同士のドロドロした愛憎劇、あれがどれだけ国家の生産性を下げているか、お分かりですか?」

「ふむ、確かに。不倫だの略奪だの、そのたびに夜会が開かれ、無駄なドレスと酒が消費されるからな」

「ええ。そこで私は『悪役令嬢相談所』を開設します。婚約破棄されそうな令嬢、あるいは不当な扱いを受けている女性たちの問題を、私の知性と彼女の……その、異常な行動力で解決するのです」

父上は顎をさすり、しばらく考え込んでいたが、やがてニヤリと笑った。

「面白い。既存の『探偵事務所』や『法律相談所』とは違う、悪役令嬢ならではの『毒をもって毒を制す』やり方か。許可しよう。場所は王都の北街にある、我が家の古い別邸を使っていい」

「ありがとうございます、父上。話が早くて助かりますわ」

「ただし、利益の二割は公爵家に入れろよ? ショバ代だ」

「一割にしてください。その代わり、公爵家の節税対策も私が引き受けます」

「……よし、交渉成立だ。お前は本当に可愛げのない、最高の娘だな」

父と握手を交わし、私は執務室を後にした。
廊下に出ると、リルが興奮した様子で鼻息を荒くしている。

「アクア様! すごいですわ! 公爵様もあんなに話がわかる方だなんて! 私、感動して鼻血が出そうです!」

「汚いから出さないでちょうだい。……さて、リルさん。場所が決まったら、次は看板ですわよ。人目を引くけれど、怪しすぎない絶妙なデザインを考えなさい」

「お任せください! アクア様の美しさを前面に押し出しつつ、見ただけで震え上がるような看板を用意いたします!」

「……少し不安だけれど、任せるわ」

数日後。
王都の一角に、奇妙な看板が掲げられた。
そこには、三白眼で微笑む私の肖像画と共に、こう記されていた。

『あなたの絶望を、私の利益に変えましょう。――悪役令嬢アクアの、婚約破棄・断罪劇処方箋』

「……アクア、これ、完全に闇ギルドの入り口にしか見えないぞ」

看板を設営していたゼノが、脚立の上から呆れた声を出す。
私は、新調した「事務仕事用」の眼鏡を指で押し上げ、キッと言い放った。

「見た目なんてどうでもいいのです、ゼノ。重要なのは、ターゲットがここに来るかどうか……あ、ほら。早速一人目がいらっしゃいましたわよ」

相談所の扉の前に、フードを深く被った一人の令嬢が、震えながら立っていた。
彼女は看板と私を交互に見て、今にも泣き出しそうな顔をしている。

「……いらっしゃいませ。相談料は先払い、延長料金は十五分ごとに加算されますけれど、よろしいかしら?」

私の「悪役令嬢相談所」、記念すべき最初のクライアントである。
さあ、どんな面白い案件(利益)が転がり込んできたのかしら?
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