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「……よし、完成ですわ。これぞ私の情熱と計算の結晶です」
私は、書き上げたばかりの厚さ三センチメートルに及ぶ束を、満足げに持ち上げた。
それはただの書類ではない。
第一王子ジュリアス殿下に対する、正当な、あまりに正当すぎる「慰謝料および損害賠償請求明細書」である。
「アクア様、こちらの項目……『殿下のナルシスト発言による鼓膜への精神的負担代』の単価、もう少し上げてもよろしいのではなくて?」
隣でリルが、キラキラとした瞳でペンを握っている。
彼女は今朝から私の「助手」として、恐ろしいほどの集中力で殿下の過去の愚行をリストアップしていた。
その記憶力は、ストーカー……いえ、熱心なファンならではの精密さだ。
「いいえ、リルさん。あまりに法外な額を吹っ掛けると、裁判で不利になりますわ。あくまで『市場価格に基づいた苦痛』を算出しなければ。……ところで、この『殿下のポエムを聞かされた時間』の算出根拠は?」
「はい! 私の体内時計と、殿下の陶酔時の瞬き回数から割り出しました! 合計で四百二十時間三十八分です!」
「……お前ら、いい加減にしろ。公爵令嬢と男爵令嬢が揃って、王子の悪口を数値化して楽しむな」
部屋の隅で剣の手入れをしていたゼノが、あからさまに嫌そうな顔で口を挟んだ。
彼は護衛という名目で、今日も我が家に居座っている。
……まあ、彼がいるとお茶菓子の消費は増えるが、防犯上のコストとしては安上がりなので黙認している。
「悪口ではありませんわ、ゼノ。これは正当な権利の行使です。さあ、これを持って王宮へ乗り込みますわよ。リルさん、馬車の準備は?」
「一番安くて、それでいて見栄えのする『型落ちの高級馬車』を手配済みですわ、お姉様!」
「素晴らしいわ。節約と見栄の両立、あなたセンスがあるわね」
私たちは意気揚々と馬車に乗り込み、王宮へと向かった。
向かうは、ジュリアス殿下の私室……ではなく、王宮の財政を司る「財務局」である。
王子本人に言っても無駄だ。金を持っている部署を直接叩くのが、効率というものですわ。
王宮の廊下を歩く私を見て、周囲の貴族たちがヒソヒソと囁き合う。
「見ろよ、昨夜断罪された悪役令嬢だぜ」「よくもまぁ、恥ずかしげもなく……」
ふん、負け惜しみね。あなたたちも、この請求書の額面を見れば、嫉妬で泡を吹いて倒れるに違いありませんわ。
財務局の扉を勢いよく開けると、そこには案の定、ジュリアス殿下が局長に泣きついているところだった。
「局長! 昨夜のパーティーの備品代、何とかならないのか! リルへの贈り物の予算が足りないんだ!」
「殿下、そうおっしゃいましても、既に今月分の遊興費は底を突いて……おや、アクア様?」
局長が私を見て、救いを求めるような視線を送ってきた。
私は優雅に一礼し、手に持っていた「鈍器」を机の上にドン、と置いた。
「ご機嫌よう、局長。本日は、殿下との婚約解消に伴う事務手続きに参りました。こちら、精査済みの請求書でございます」
「せ、請求書だと……?」
ジュリアス殿下が横から覗き込み、その分厚さに顔を引きつらせる。
彼は適当なページを開き、そこに書かれた文字を読み上げた。
「……『殿下の前髪を直す仕草一回につき、視覚的ストレス料として銀貨三枚』……? な、何だこれは! 貴様、私の美しさに金を請求するのか!」
「ええ。あなたのその無駄な動きのせいで、私の貴重な読書時間がどれだけ奪われたと思っているのですか。時間は金なり、ですわよ。あと、そこ。ページをめくる時に角を折らないでください。毀損罪として追加請求しますわよ」
「……っ! ふ、ふん、どうせ公爵家の嫌がらせだろう! こんなもの、私が認めなければ……」
「いいえ、殿下。隣にいる彼女……あなたの『最愛の』リルさんの証言もバッチリ記載されていますわ」
私が手で示すと、リルが殿下の前に進み出た。
彼女はいつになく真剣な……というか、獲物を定める狩人のような目で王子を見据える。
「ジュリアス殿下。アクア様のおっしゃる通りです。あなたのポエムは、確かに美しさを通り越して、ある種の精神汚染を引き起こしておりました。私はその被害者の会、会長としてここに立っております」
「リ、リル……? 君まで何を言っているんだ……?」
「殿下、男なら潔くお支払いなさい。……それとも、王室の貯金が空っぽなのを、今ここで全貴族に公表いたしますか?」
私が追い打ちをかけると、殿下は金魚のように口をパクパクさせた。
財務局長は請求書の総額を見て、そっと白目を剥いている。
「……アクア、これ、国庫の半分くらい持っていく気じゃないか?」
ゼノが後ろから耳打ちしてくる。
私は扇子で口元を隠し、くすりと笑った。
「失礼ね、ゼノ。端数は切り捨ててあげたわ。私は慈悲深い悪役令嬢ですもの」
「お前の『慈悲』って言葉、辞書で引き直した方がいいぞ……」
結局、ジュリアス殿下は私の気迫と、リルの執拗な証言(暴露話)に耐えきれず、震える手で支払い承諾書にサインをした。
三営業日以内。
私の口座に、莫大な「自由への資金」が振り込まれることが確定した瞬間である。
「……さて、殿下。これで金銭的な清算は終わりましたわね。次は、あなたがリルさんを『誘惑して、私の地位を脅かそうとした』件についての社会的責任……」
「ま、待て! それはリルが私を慕って――」
「いいえ、殿下。私はアクア様を慕っております。あなたはただの『アクア様に叱られるための踏み台』ですわ」
リルの残酷すぎる一言が、王宮の廊下に虚しく響き渡った。
殿下はその場に崩れ落ち、虚空を見つめている。
私はそれを見下ろし、今日一番の笑顔を浮かべた。
「それでは殿下。せいぜい、ワゴンセールの香水でも買って、自分を慰めてくださいませ。……行きましょう、リルさん。お祝いに、今日は最高級の和牛(の端材)を買いに行きますわよ!」
「はい、お姉様! 端材こそ、旨味が凝縮されていて最高ですわ!」
私たちは、絶望する王子を置き去りにして、軽やかな足取りで財務局を後にした。
軍資金は手に入った。
助手(狂信者)も手に入った。
次は……そうね、この国で最も「無駄遣いが多い場所」を掃除しに行きましょうか。
私は、書き上げたばかりの厚さ三センチメートルに及ぶ束を、満足げに持ち上げた。
それはただの書類ではない。
第一王子ジュリアス殿下に対する、正当な、あまりに正当すぎる「慰謝料および損害賠償請求明細書」である。
「アクア様、こちらの項目……『殿下のナルシスト発言による鼓膜への精神的負担代』の単価、もう少し上げてもよろしいのではなくて?」
隣でリルが、キラキラとした瞳でペンを握っている。
彼女は今朝から私の「助手」として、恐ろしいほどの集中力で殿下の過去の愚行をリストアップしていた。
その記憶力は、ストーカー……いえ、熱心なファンならではの精密さだ。
「いいえ、リルさん。あまりに法外な額を吹っ掛けると、裁判で不利になりますわ。あくまで『市場価格に基づいた苦痛』を算出しなければ。……ところで、この『殿下のポエムを聞かされた時間』の算出根拠は?」
「はい! 私の体内時計と、殿下の陶酔時の瞬き回数から割り出しました! 合計で四百二十時間三十八分です!」
「……お前ら、いい加減にしろ。公爵令嬢と男爵令嬢が揃って、王子の悪口を数値化して楽しむな」
部屋の隅で剣の手入れをしていたゼノが、あからさまに嫌そうな顔で口を挟んだ。
彼は護衛という名目で、今日も我が家に居座っている。
……まあ、彼がいるとお茶菓子の消費は増えるが、防犯上のコストとしては安上がりなので黙認している。
「悪口ではありませんわ、ゼノ。これは正当な権利の行使です。さあ、これを持って王宮へ乗り込みますわよ。リルさん、馬車の準備は?」
「一番安くて、それでいて見栄えのする『型落ちの高級馬車』を手配済みですわ、お姉様!」
「素晴らしいわ。節約と見栄の両立、あなたセンスがあるわね」
私たちは意気揚々と馬車に乗り込み、王宮へと向かった。
向かうは、ジュリアス殿下の私室……ではなく、王宮の財政を司る「財務局」である。
王子本人に言っても無駄だ。金を持っている部署を直接叩くのが、効率というものですわ。
王宮の廊下を歩く私を見て、周囲の貴族たちがヒソヒソと囁き合う。
「見ろよ、昨夜断罪された悪役令嬢だぜ」「よくもまぁ、恥ずかしげもなく……」
ふん、負け惜しみね。あなたたちも、この請求書の額面を見れば、嫉妬で泡を吹いて倒れるに違いありませんわ。
財務局の扉を勢いよく開けると、そこには案の定、ジュリアス殿下が局長に泣きついているところだった。
「局長! 昨夜のパーティーの備品代、何とかならないのか! リルへの贈り物の予算が足りないんだ!」
「殿下、そうおっしゃいましても、既に今月分の遊興費は底を突いて……おや、アクア様?」
局長が私を見て、救いを求めるような視線を送ってきた。
私は優雅に一礼し、手に持っていた「鈍器」を机の上にドン、と置いた。
「ご機嫌よう、局長。本日は、殿下との婚約解消に伴う事務手続きに参りました。こちら、精査済みの請求書でございます」
「せ、請求書だと……?」
ジュリアス殿下が横から覗き込み、その分厚さに顔を引きつらせる。
彼は適当なページを開き、そこに書かれた文字を読み上げた。
「……『殿下の前髪を直す仕草一回につき、視覚的ストレス料として銀貨三枚』……? な、何だこれは! 貴様、私の美しさに金を請求するのか!」
「ええ。あなたのその無駄な動きのせいで、私の貴重な読書時間がどれだけ奪われたと思っているのですか。時間は金なり、ですわよ。あと、そこ。ページをめくる時に角を折らないでください。毀損罪として追加請求しますわよ」
「……っ! ふ、ふん、どうせ公爵家の嫌がらせだろう! こんなもの、私が認めなければ……」
「いいえ、殿下。隣にいる彼女……あなたの『最愛の』リルさんの証言もバッチリ記載されていますわ」
私が手で示すと、リルが殿下の前に進み出た。
彼女はいつになく真剣な……というか、獲物を定める狩人のような目で王子を見据える。
「ジュリアス殿下。アクア様のおっしゃる通りです。あなたのポエムは、確かに美しさを通り越して、ある種の精神汚染を引き起こしておりました。私はその被害者の会、会長としてここに立っております」
「リ、リル……? 君まで何を言っているんだ……?」
「殿下、男なら潔くお支払いなさい。……それとも、王室の貯金が空っぽなのを、今ここで全貴族に公表いたしますか?」
私が追い打ちをかけると、殿下は金魚のように口をパクパクさせた。
財務局長は請求書の総額を見て、そっと白目を剥いている。
「……アクア、これ、国庫の半分くらい持っていく気じゃないか?」
ゼノが後ろから耳打ちしてくる。
私は扇子で口元を隠し、くすりと笑った。
「失礼ね、ゼノ。端数は切り捨ててあげたわ。私は慈悲深い悪役令嬢ですもの」
「お前の『慈悲』って言葉、辞書で引き直した方がいいぞ……」
結局、ジュリアス殿下は私の気迫と、リルの執拗な証言(暴露話)に耐えきれず、震える手で支払い承諾書にサインをした。
三営業日以内。
私の口座に、莫大な「自由への資金」が振り込まれることが確定した瞬間である。
「……さて、殿下。これで金銭的な清算は終わりましたわね。次は、あなたがリルさんを『誘惑して、私の地位を脅かそうとした』件についての社会的責任……」
「ま、待て! それはリルが私を慕って――」
「いいえ、殿下。私はアクア様を慕っております。あなたはただの『アクア様に叱られるための踏み台』ですわ」
リルの残酷すぎる一言が、王宮の廊下に虚しく響き渡った。
殿下はその場に崩れ落ち、虚空を見つめている。
私はそれを見下ろし、今日一番の笑顔を浮かべた。
「それでは殿下。せいぜい、ワゴンセールの香水でも買って、自分を慰めてくださいませ。……行きましょう、リルさん。お祝いに、今日は最高級の和牛(の端材)を買いに行きますわよ!」
「はい、お姉様! 端材こそ、旨味が凝縮されていて最高ですわ!」
私たちは、絶望する王子を置き去りにして、軽やかな足取りで財務局を後にした。
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