悪役令嬢の断罪――え、いま婚約破棄と?聞こえませんでしたわ!

ちゃっぴー

文字の大きさ
4 / 28

4

しおりを挟む
「……よし、完成ですわ。これぞ私の情熱と計算の結晶です」

私は、書き上げたばかりの厚さ三センチメートルに及ぶ束を、満足げに持ち上げた。
それはただの書類ではない。
第一王子ジュリアス殿下に対する、正当な、あまりに正当すぎる「慰謝料および損害賠償請求明細書」である。

「アクア様、こちらの項目……『殿下のナルシスト発言による鼓膜への精神的負担代』の単価、もう少し上げてもよろしいのではなくて?」

隣でリルが、キラキラとした瞳でペンを握っている。
彼女は今朝から私の「助手」として、恐ろしいほどの集中力で殿下の過去の愚行をリストアップしていた。
その記憶力は、ストーカー……いえ、熱心なファンならではの精密さだ。

「いいえ、リルさん。あまりに法外な額を吹っ掛けると、裁判で不利になりますわ。あくまで『市場価格に基づいた苦痛』を算出しなければ。……ところで、この『殿下のポエムを聞かされた時間』の算出根拠は?」

「はい! 私の体内時計と、殿下の陶酔時の瞬き回数から割り出しました! 合計で四百二十時間三十八分です!」

「……お前ら、いい加減にしろ。公爵令嬢と男爵令嬢が揃って、王子の悪口を数値化して楽しむな」

部屋の隅で剣の手入れをしていたゼノが、あからさまに嫌そうな顔で口を挟んだ。
彼は護衛という名目で、今日も我が家に居座っている。
……まあ、彼がいるとお茶菓子の消費は増えるが、防犯上のコストとしては安上がりなので黙認している。

「悪口ではありませんわ、ゼノ。これは正当な権利の行使です。さあ、これを持って王宮へ乗り込みますわよ。リルさん、馬車の準備は?」

「一番安くて、それでいて見栄えのする『型落ちの高級馬車』を手配済みですわ、お姉様!」

「素晴らしいわ。節約と見栄の両立、あなたセンスがあるわね」

私たちは意気揚々と馬車に乗り込み、王宮へと向かった。
向かうは、ジュリアス殿下の私室……ではなく、王宮の財政を司る「財務局」である。
王子本人に言っても無駄だ。金を持っている部署を直接叩くのが、効率というものですわ。

王宮の廊下を歩く私を見て、周囲の貴族たちがヒソヒソと囁き合う。
「見ろよ、昨夜断罪された悪役令嬢だぜ」「よくもまぁ、恥ずかしげもなく……」
ふん、負け惜しみね。あなたたちも、この請求書の額面を見れば、嫉妬で泡を吹いて倒れるに違いありませんわ。

財務局の扉を勢いよく開けると、そこには案の定、ジュリアス殿下が局長に泣きついているところだった。

「局長! 昨夜のパーティーの備品代、何とかならないのか! リルへの贈り物の予算が足りないんだ!」

「殿下、そうおっしゃいましても、既に今月分の遊興費は底を突いて……おや、アクア様?」

局長が私を見て、救いを求めるような視線を送ってきた。
私は優雅に一礼し、手に持っていた「鈍器」を机の上にドン、と置いた。

「ご機嫌よう、局長。本日は、殿下との婚約解消に伴う事務手続きに参りました。こちら、精査済みの請求書でございます」

「せ、請求書だと……?」

ジュリアス殿下が横から覗き込み、その分厚さに顔を引きつらせる。
彼は適当なページを開き、そこに書かれた文字を読み上げた。

「……『殿下の前髪を直す仕草一回につき、視覚的ストレス料として銀貨三枚』……? な、何だこれは! 貴様、私の美しさに金を請求するのか!」

「ええ。あなたのその無駄な動きのせいで、私の貴重な読書時間がどれだけ奪われたと思っているのですか。時間は金なり、ですわよ。あと、そこ。ページをめくる時に角を折らないでください。毀損罪として追加請求しますわよ」

「……っ! ふ、ふん、どうせ公爵家の嫌がらせだろう! こんなもの、私が認めなければ……」

「いいえ、殿下。隣にいる彼女……あなたの『最愛の』リルさんの証言もバッチリ記載されていますわ」

私が手で示すと、リルが殿下の前に進み出た。
彼女はいつになく真剣な……というか、獲物を定める狩人のような目で王子を見据える。

「ジュリアス殿下。アクア様のおっしゃる通りです。あなたのポエムは、確かに美しさを通り越して、ある種の精神汚染を引き起こしておりました。私はその被害者の会、会長としてここに立っております」

「リ、リル……? 君まで何を言っているんだ……?」

「殿下、男なら潔くお支払いなさい。……それとも、王室の貯金が空っぽなのを、今ここで全貴族に公表いたしますか?」

私が追い打ちをかけると、殿下は金魚のように口をパクパクさせた。
財務局長は請求書の総額を見て、そっと白目を剥いている。

「……アクア、これ、国庫の半分くらい持っていく気じゃないか?」

ゼノが後ろから耳打ちしてくる。
私は扇子で口元を隠し、くすりと笑った。

「失礼ね、ゼノ。端数は切り捨ててあげたわ。私は慈悲深い悪役令嬢ですもの」

「お前の『慈悲』って言葉、辞書で引き直した方がいいぞ……」

結局、ジュリアス殿下は私の気迫と、リルの執拗な証言(暴露話)に耐えきれず、震える手で支払い承諾書にサインをした。
三営業日以内。
私の口座に、莫大な「自由への資金」が振り込まれることが確定した瞬間である。

「……さて、殿下。これで金銭的な清算は終わりましたわね。次は、あなたがリルさんを『誘惑して、私の地位を脅かそうとした』件についての社会的責任……」

「ま、待て! それはリルが私を慕って――」

「いいえ、殿下。私はアクア様を慕っております。あなたはただの『アクア様に叱られるための踏み台』ですわ」

リルの残酷すぎる一言が、王宮の廊下に虚しく響き渡った。
殿下はその場に崩れ落ち、虚空を見つめている。
私はそれを見下ろし、今日一番の笑顔を浮かべた。

「それでは殿下。せいぜい、ワゴンセールの香水でも買って、自分を慰めてくださいませ。……行きましょう、リルさん。お祝いに、今日は最高級の和牛(の端材)を買いに行きますわよ!」

「はい、お姉様! 端材こそ、旨味が凝縮されていて最高ですわ!」

私たちは、絶望する王子を置き去りにして、軽やかな足取りで財務局を後にした。
軍資金は手に入った。
助手(狂信者)も手に入った。
次は……そうね、この国で最も「無駄遣いが多い場所」を掃除しに行きましょうか。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

断罪される前に市井で暮らそうとした悪役令嬢は幸せに酔いしれる

葉柚
恋愛
侯爵令嬢であるアマリアは、男爵家の養女であるアンナライラに婚約者のユースフェリア王子を盗られそうになる。 アンナライラに呪いをかけたのはアマリアだと言いアマリアを追い詰める。 アマリアは断罪される前に市井に溶け込み侯爵令嬢ではなく一市民として生きようとする。 市井ではどこかの王子が呪いにより猫になってしまったという噂がまことしやかに流れており……。

悪役令嬢のビフォーアフター

すけさん
恋愛
婚約者に断罪され修道院に行く途中に山賊に襲われた悪役令嬢だが、何故か死ぬことはなく、気がつくと断罪から3年前の自分に逆行していた。 腹黒ヒロインと戦う逆行の転生悪役令嬢カナ! とりあえずダイエットしなきゃ! そんな中、 あれ?婚約者も何か昔と態度が違う気がするんだけど・・・ そんな私に新たに出会いが!! 婚約者さん何気に嫉妬してない?

婚約お断り令嬢ですわ ~奇行で縁談を潰していたら本命騎士に再会しました~

鍛高譚
恋愛
婚約話? 結構ですわ。 私には――子供の頃に命を救ってくれた“黒髪の騎士”がいるのですから。 公爵令嬢アンネローゼ・フォン・グレイシアは、才色兼備の完璧令嬢……だった。 だが、ある日から突如“奇行”に走り始める。正座で舞踏会に参加? スープにストロー? 謎のポエム朗読? そう、それはすべて――望まぬ婚約をぶち壊すため! 王族、貴族、策略家、演技派……次々と舞い込む政略結婚の話。 アンネローゼはあの手この手で縁談をぶった斬り、恋も名誉も自由も手に入れる! すべての婚約破棄は、たった一人の人に出会うため―― 「破談のアンネローゼ様」が貫く、“本当の婚約”とは? 痛快!恋愛ざまぁ×ラブコメディ×ハッピーエンド! 破談上等のお嬢様が、本物の愛を掴むまでの逆転劇が今、始まりますわ!

悪役令嬢は間違えない

スノウ
恋愛
 王太子の婚約者候補として横暴に振る舞ってきた公爵令嬢のジゼット。  その行動はだんだんエスカレートしていき、ついには癒しの聖女であるリリーという少女を害したことで王太子から断罪され、公開処刑を言い渡される。  処刑までの牢獄での暮らしは劣悪なもので、ジゼットのプライドはズタズタにされ、彼女は生きる希望を失ってしまう。  処刑当日、ジゼットの従者だったダリルが助けに来てくれたものの、看守に見つかり、脱獄は叶わなかった。  しかし、ジゼットは唯一自分を助けようとしてくれたダリルの行動に涙を流し、彼への感謝を胸に断頭台に上がった。  そして、ジゼットの処刑は執行された……はずだった。  ジゼットが気がつくと、彼女が9歳だった時まで時間が巻き戻っていた。  ジゼットは決意する。  次は絶対に間違えない。  処刑なんかされずに、寿命をまっとうしてみせる。  そして、唯一自分を助けようとしてくれたダリルを大切にする、と。   ────────────    毎日20時頃に投稿します。  お気に入り登録をしてくださった方、いいねをくださった方、エールをくださった方、どうもありがとうございます。  とても励みになります。  

悪役令嬢の逆襲

すけさん
恋愛
断罪される1年前に前世の記憶が甦る! 前世は三十代の子持ちのおばちゃんだった。 素行は悪かった悪役令嬢は、急におばちゃんチックな思想が芽生え恋に友情に新たな一面を見せ始めた事で、断罪を回避するべく奮闘する!

お前との婚約は、ここで破棄する!

ねむたん
恋愛
「公爵令嬢レティシア・フォン・エーデルシュタイン! お前との婚約は、ここで破棄する!」  華やかな舞踏会の中心で、第三王子アレクシス・ローゼンベルクがそう高らかに宣言した。  一瞬の静寂の後、会場がどよめく。  私は心の中でため息をついた。

下級兵士は断罪された追放令嬢を護送する。

やすぴこ
恋愛
「ジョセフィーヌ!! 貴様を断罪する!!」  王立学園で行われたプロムナード開催式の場で、公爵令嬢ジョセフィーヌは婚約者から婚約破棄と共に数々の罪を断罪される。  愛していた者からの慈悲無き宣告、親しかった者からの嫌悪、信じていた者からの侮蔑。  弁解の機会も与えられず、その場で悪名高い国外れの修道院送りが決定した。  このお話はそんな事情で王都を追放された悪役令嬢の素性を知らぬまま、修道院まで護送する下級兵士の恋物語である。 この度なろう、アルファ、カクヨムで同時完結しました。 (なろう版だけ諸事情で18話と19話が一本となっておりますが、内容は同じです)

悪役令嬢にざまぁされた王子のその後

柚木崎 史乃
ファンタジー
王子アルフレッドは、婚約者である侯爵令嬢レティシアに窃盗の濡れ衣を着せ陥れようとした罪で父王から廃嫡を言い渡され、国外に追放された。 その後、炭鉱の町で鉱夫として働くアルフレッドは反省するどころかレティシアや彼女の味方をした弟への恨みを募らせていく。 そんなある日、アルフレッドは行く当てのない訳ありの少女マリエルを拾う。 マリエルを養子として迎え、共に生活するうちにアルフレッドはやがて自身の過去の過ちを猛省するようになり改心していった。 人生がいい方向に変わったように見えたが……平穏な生活は長く続かず、事態は思わぬ方向へ動き出したのだった。

処理中です...