悪役令嬢の断罪――え、いま婚約破棄と?聞こえませんでしたわ!

ちゃっぴー

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「……アクア。お前、たまには仕事の手を休めて外に出たらどうだ。顔色が紙の色と同じになってるぞ」

相談所のデスクで、最新の市場価格表を睨みつけていた私の横から、呆れたような声が降ってきた。
見上げれば、そこには非番のはずのゼノが、私服(といっても動きやすさ重視の革ジャンだが)姿で立っていた。

「失礼ね、ゼノ。これは『公爵令嬢としての高貴な白さ』ですわ。それに、今は鶏肉の卸値が変動する大事な時期……あ、ちょっと、何をするの!」

私が抗議する間もなく、ゼノは私の首根っこをひょいと持ち上げた。
近衛騎士団長の腕力、恐るべし。

「たまには日光を浴びろ。……ちょうどいい、今日は市場で騎士団の備品調達がある。荷物持ちが必要だろ?」

「荷物持ちならリルさんに……あ、リルさんは今、『マリア様への悪役令嬢・追加教本』を執筆中でしたわね。……分かりましたわ。ただし、移動はすべて徒歩よ。馬車代を浮かせるのがデートの鉄則ですもの」

「……デートって言ったか、今?」

ゼノが少しだけ耳を赤くしたが、私は気にせず「歩きやすい靴」に履き替えた。
節約家にとって、自分の足は世界で最も安価な交通手段なのだから。

市場は、いつにも増して活気に溢れていた。
私は、ゼノが隣にいるのをいいことに、普段は重くて買い控える「大袋入りのプロテイン(大豆粉末)」や「長期保存可能な岩塩」を次々とカゴに放り込んでいく。

「おい、アクア。備品調達の手伝いって言ったのに、なんでお前の家の備蓄ばかり増えてるんだ」

「いいじゃない、ゼノ。あなたのその立派な筋肉は、私の荷物を運ぶために神が授けた資産でしょう? 有効活用しないと罰が当たりますわ」

「……お前にそう言われると、筋肉も形無しだな。……ほら、これ。お前が好きそうな、無添加の干し肉だ。さっきの店で安売りしてたぞ」

ゼノが差し出してきたのは、確かに私が狙っていた特売品だった。
しかも、彼は私が「これ、もう少し安くならない?」と交渉する前に、店主と世間話をして、さらに端数をおまけさせていた。

「……意外とやるわね、ゼノ。その交渉術、相談所の特別講師として雇ってもいいくらいよ」

「断る。俺はこれでも、国を守る騎士なんだ。……ほら、次はあっちの広場へ行くぞ。あそこのベンチは眺めがいいし、タダで座れる」

私たちは、市場の喧騒を離れて、少し高台にある広場へ向かった。
王都を一望できる絶好のロケーション。
普通ならここで、甘い雰囲気の一つでも流れるはずなのだが。

「……ゼノ。あの区画、土地価格が高騰しそうですわね。今のうちに買い占めて、悪役令嬢養成所の分校を建てるべきかしら」

「お前なぁ。少しは景色を楽しめよ。……見てみろ、空が綺麗だろ」

ゼノが私の肩を軽く叩き、遠くの夕焼けを指差した。
その横顔を、私は不覚にも「あ、ちょっと格好いいかも」と思ってしまった。
彫りの深い目元、無駄のない顎のライン。
王子のナルシストな美形とは違う、実戦で鍛え上げられた、機能美としての美しさ。

「……何を見てるんだ。俺の顔に、半額シールでもついてるか?」

「いえ。……あなたのその腕、やっぱり一回パンチしてもらうだけで、かなりの破壊力がありそうだと思っただけですわ。……婚約破棄の現場に一人いれば、どれだけ心強いか」

「……お前の褒め言葉は、いつも物騒なんだよ」

ゼノは苦笑しながら、私の頭にポンと手を置いた。
その手の熱が、なぜか脳天から心臓まで一直線に伝わってくる。
おかしいわ。私は今日、心拍数を上げるような「激しい運動(タイムセール)」はしていないはずなのに。

「……アクア。王子との婚約が切れて、お前は自由になった。……もう、誰かのために無理に『完璧な淑女』を演じる必要はないんだぞ」

「演じてなんていませんわ。私はいつだって、自分に正直に……」

「いや、演じてたよ。お前、あのアホ王子の前では、ずっと息を止めてるような顔をしていた。……今は、こうして俺の前で、鶏肉の値段に一喜一憂して、毒を吐いてる。……そっちの方が、ずっといい」

ゼノの声が、いつもより低く、優しく響く。
私は言葉を失った。
この男は、私が「悪役令嬢」としての仮面を被る前から、私を見ていた。
三白眼の奥にある、私のケチで……いえ、堅実な本性を、肯定してくれている。

「……ゼノ。そんな甘い言葉を吐いても、給料は上げませんわよ」

「……期待してないよ、守銭奴令嬢」

ゼノは笑って、私の荷物を持ち直した。
帰り道、私たちの影が夕日に長く伸びる。
心臓の鼓動が、少しだけうるさい。
……これはきっと、重い荷物を運ばせて、ゼノの代謝が上がった熱が伝染したせいに違いない。

「……ねえ、ゼノ。来週、また『市場調査』に付き合ってくださる?」

「ああ。……今度は、荷物持ちじゃなくて、ちゃんと『デート』として誘えよ」

「検討しておきますわ。……あなたの時給に見合うメリットがあれば、ですけれど」

私はわざと冷たく言い放ち、少しだけ歩を早めた。
頬が熱いのは、夕焼けのせい。
そう自分に言い聞かせながら、私は心の中で、次の「デート(という名の節約遠征)」のコースを計算し始めるのであった。
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