悪役令嬢の断罪――え、いま婚約破棄と?聞こえませんでしたわ!

ちゃっぴー

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カランカラン、と。
安物の……いえ、コストパフォーマンスに優れたドアベルが鳴り響いた。
相談所のドアを蹴破るような勢いで入ってきたのは、見覚えのある金髪のナルシストだった。

「アクア! やはりここにいたか! こんな薄汚れた平民の街で、一体何を企んでいる!」

第一王子、ジュリアス・フォン・パレス殿下。
相変わらず、背景にバラの花が見えるようなキラキラしたポーズを決めているが、私には「維持費がかかりそうな粗大ゴミ」にしか見えない。

「……あら、殿下。不法侵入の手本を見せに来てくださったのかしら? ここは私の私有地ですわ。まずは靴の泥を落としてから、受付で相談料を支払ってくださいな」

私は眼鏡を指で押し上げ、事務的に言い放った。
すると、隣のデスクで資料を整理していたリルが、椅子から飛び上がった。

「ジュリアス様! ここは神聖なアクア様のお城ですわ! あなたのその『自分に酔いしれた脂ギッシュなオーラ』で空気が汚れます! 一刻も早く退場して、空気清浄機の一部になってください!」

「リ、リル……!? 君までそんな冷たいことを……。さてはアクアに毒を盛られたのか!?」

殿下はショックを受けたように胸を押さえた。
この人の脳内、一体どういうフィルターがかかっているのかしら。
一度分解して、中身の部品を売却したい衝動に駆られるわ。

「殿下。毒を盛るなんて、薬代がもったいないことはいたしませんわ。それより、何の御用ですの? 今なら『元婚約者割引』で、五分間だけなら話を聞いてあげなくもありませんけれど」

「フッ……。強がらなくていい。分かっているんだ、アクア。お前がこんな相談所を開いたのは、私の近況を耳に入れるためだろう? 私が新しい婚約者と仲良くするのを、嫉妬して監視するために!」

会場……いえ、事務所内が静まり返った。
ゼノが部屋の隅で「……本物だ。本物のバカだ」と呟くのが聞こえる。

「……殿下。一つ、事実確認をさせていただいても?」

「何だ? 愛の告白なら、予約を取ってからにしてくれよ?」

「いいえ。……あなたは、私にとって『資産』ですか? それとも『負債』ですか?」

「……は? 資産に決まっているだろう。私はこの国の王子――」

「不正解です。今のあなたは、私の貴重な営業時間を奪い、相談所の床を泥で汚し、さらには精神的苦痛を与える『純然たる負債』。いわば、歩く赤字ですわ」

私は立ち上がり、殿下の目の前で一冊の帳簿を開いて見せた。

「見てください。昨夜の夕食代、今朝のパン代、そしてこの相談所の光熱費。すべて私の計算に基づいた完璧な黒字です。そこに、一銭の利益も生まないあなたが介入する余地はありませんの」

「く、黒字だと!? 婚約破棄されて、公爵家からも見捨てられた女が、なぜそんなに余裕そうなんだ!」

「見捨てられてなんていませんわ。父からは『不良債権を切り離してよくやった』とボーナスをいただきましたし。殿下、あなたこそ大丈夫ですの? 先日の夜会で、クロード伯爵がマリア様に毟り取られた慰謝料……あれ、最終的に王室が肩代わりしたという噂ですけれど」

その瞬間、殿下の顔が引きつった。
ビンゴ。あの「ナルシスト二号」ことクロード伯爵は、王子の側近。
身内の不始末は、上司の責任ですわね。

「そ、それは……! 貴様、なぜそれを知っている!」

「情報の仕入れ値はタダではありませんの。……さて、殿下。不法侵入の慰謝料、およびこの五分間の『無駄話聴取料』。合計で金貨二枚になります。あ、今すぐお支払いいただければ、端数は切り捨ててあげますわ」

「金を取るのか! 私から!」

「当然ですわ。ボランティアで王子様のお守りをするほど、私はお人好しではありませんの。……リルさん、殿下の背中に『お支払いは現金のみ』という張り紙をして、外へ案内して差し上げて」

「喜んで! さあ、殿下! アクア様の慈悲深いお言葉に従い、速やかに財布を空にしてください! あと、そのキラキラしたマント、質屋に入れたら銀貨数枚にはなりそうですわね!」

リルが殿下の腕を掴み、強引にドアの方へと押し出していく。
殿下は「な、納得いかない! アクア、君は本当は私に抱きついて泣きたいはずだぁぁ!」という虚しい叫びを残して、街の雑踏へと消えていった。

「……やれやれ。騒音被害で、近隣住民に謝罪の品を贈らなくてはなりませんわ。もちろん、殿下のツケで」

私は椅子に座り直し、乱れた髪を整えた。
すると、ゼノが苦笑いしながら歩み寄ってきた。

「……アクア。お前、本当に王子を『ゴミ』を見るような目で見てたな」

「失礼ね、ゼノ。ゴミは分別すれば資源になりますけれど、あの殿下は再利用のしようがありませんわ」

「はは、違いない。……だが、気をつけろよ。あのアホ王子、ああ見えて執念深い。次はもっと面倒な方法で、お前の『黒字経営』を邪魔しに来るかもしれないぞ」

「……その時は、王室そのものを買収して、私の所有物にでもして差し上げますわ。……あ、それよりゼノ」

「なんだ?」

「さっき殿下が暴れた拍子に、棚の上の花瓶が少し傾きましたわ。……直すついでに、私の肩を少し揉んでくださる? 精神的ストレスへの福利厚生ですわ」

「……お前、俺をなんだと思ってるんだよ。騎士団長だぞ?」

そう言いながらも、ゼノは「仕方ないな」という顔で、私の肩に大きな手を置いてくれた。
その確かな重みと暖かさに、少しだけ、私の冷徹な計算機が狂いそうになる。

「……時給は出せませんわよ」

「……知ってるよ。お前のそのケチなところ、嫌いじゃないからな」

ゼノの指先から伝わる温度に、私は心の中で「これは投資対効果が非常に高い癒やしだわ」と自分を納得させるのであった。
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