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「アクア! 私は気づいてしまったのだ。貴様のあの冷たい言葉、あの蔑むような瞳……それらすべては、私への深すぎる愛を隠すための『照れ隠し』だったのだな!」
……朝から、耳を疑うような爆音ポエムが相談所に響き渡った。
私は手に持っていた「領収書の束」を、思わず床にぶちまけてしまった。
入り口には、バラの花を一万本くらい背負っていそうなほどキラキラした笑顔のジュリアス殿下が立っている。
「……リルさん。悪いけれど、警察か、あるいは精神科医の先生を呼んできてくださる? できれば、拘束衣を持ってきてくれる方を」
「お姉様、承知いたしましたわ! あ、ついでに『不法投棄物(王子)』の処分費用を役所に問い合わせておきます!」
リルが冷たい手つきで受話器(魔導通信機)を掴もうとしたが、殿下はそれを優雅な仕草で制した。
彼はそのまま、私のデスクまで滑るように近寄ってくると、膝をついて私の手を取ろうとした。
もちろん、私は音速でその手を叩き落としたけれど。
「フッ、いいぞ。その拒絶さえも、今の私には甘い蜜のようだ。アクア、貴様は私を突き放すことで、私の気を引こうとしているのだろう? 昨日の営業停止命令の件も、私の注目を浴びたかったがゆえの高度な駆け引き……。ああ、なんて愛おしいんだ!」
「……殿下。今の言葉、一文字につき金貨三枚の『精神汚染賠償金』を請求してもよろしいかしら?」
私は、引きつりそうになる口角を必死に抑えて言い放った。
この男、昨日の敗北でついに脳の回路がショートしてしまったらしい。
負の遺産が、さらに質の悪い「ストーカー資産」へと変異している。
「金の話ばかりするのも、私に自分を強く印象づけるためのポエムなのだろう? 分かっているぞ、アクア。貴様のような淑女が、本気で卵の1円セールに命をかけるはずがない」
「命をかけていますわよ! 一分一秒を争う戦場なんですわ! それをポエムと片付けるなんて、全国の主婦と私の計算機に対する冒涜です!」
「ははは! 照れるな。……さあ、これを受け取ってくれ。君の瞳のように輝く、北国にしか咲かない伝説の『凍らぬ薔薇』だ。一輪で金貨五十枚はしたが、君の愛に比べれば安いものだ」
殿下は、いかにも高そうな……そして驚くほど実用性のなさそうな青い薔薇を差し出してきた。
私はそれを見て、深いため息をついた。
「……殿下。その薔薇、観賞期間は何日ですの?」
「三日ほどだが、その間は永遠の愛を感じられるはずだ」
「金貨五十枚を、三日でドブに捨てる……。一日あたりのコストが金貨十六枚強。……殿下、そのお金があれば、我が領地の貧困層に『高栄養価の乾燥芋』をトラック三台分は配れましたわよ。この薔薇、食べられますの?」
「……えっ? い、いや、食べられないが……」
「ならば資源の無駄ですわ。しかもこの薔薇、維持するために専用の魔導具が必要でしょう? その魔導力維持費も計算に入れていますの? ……却下です。今すぐそれを質屋に持っていき、換金してその全額を我が相談所の『迷惑料』として入金しなさいな」
私がぴしゃりと言い放つと、殿下はなぜか頬を赤らめ、うっとりと私を見つめた。
「ああ……! その冷徹な計算高さ! 私を甘やかさないその厳しさ! これこそが、私が求めていた真の王妃の姿だ! アクア、君の愛は……熱いな!」
「人の話を聞きなさいな、この経済的損失の塊め!」
私が机を叩いて立ち上がると、部屋の隅で頭を抱えていたゼノが、ついに耐えきれずに出てきた。
彼は殿下の襟首をひょいと掴み、まるで子猫のように持ち上げる。
「……殿下。いい加減にしてください。アクアの血管が切れそうです。あと、俺の堪忍袋の緒も切れそうです」
「ゼ、ゼノか! 離せ、私は今、アクアと心の対話を……!」
「対話になってねぇよ。お前はただの一方通行だ。……ほら、帰るぞ。騎士団の訓練に付き合ってやる。お前のその腐った脳みそを、汗と一緒に全部流してきてやるよ」
「な、なんだと!? アクア! 待っていてくれ! 私は必ず君を――」
ゼノによって強制退場させられる王子の叫びが、遠ざかっていく。
嵐が去った後のような静寂が、事務所に訪れた。
「……お姉様。あのアホ、いえ、あのお方は、次は『アクア様に振られた回数』を勲章にして戻ってきそうですわね」
リルが、死んだ魚のような目で掃除機をかけ始めた。
私は椅子に深く沈み込み、激しい頭痛に耐えるためにこめかみを押さえた。
「……リルさん。今すぐ、相談所のメニューに新項目を追加して」
「何でしょうか、お姉様?」
「『王族・貴族の勘違い矯正セラピー(物理)』。……料金は、相手の純資産の三割ですわ。……もう、まともに相手をしていたら、私の寿命(稼げる時間)が削れてしまいますもの」
私は、殿下が落としていった薔薇の花びら一枚を拾い上げ、じっと見つめた。
……これ、乾燥させてポプリにすれば、銀貨一枚分くらいの価値にはなるかしら。
「……よし。捨てるのはもったいないわ。リルさん、これを加工して『殿下除けのお守り』として売り出しましょう。原材料費はタダ(略奪品)ですもの、利益率は百パーセントよ!」
「さすがはお姉様! 転んでもタダでは起きないその商魂、一生ついていきますわ!」
絶望的な状況を、いかにして利益に変えるか。
これこそが悪役令嬢の、そして一人の経営者としての矜持。
私はペンを手に取り、ポプリのパッケージデザインを練り始めるのであった。
……さて、ゼノには後で「粗大ゴミ処理」のお礼として、プロテインを一杯奢ってあげなくては。もちろん、業務委託費として経費で落としますけれど。
……朝から、耳を疑うような爆音ポエムが相談所に響き渡った。
私は手に持っていた「領収書の束」を、思わず床にぶちまけてしまった。
入り口には、バラの花を一万本くらい背負っていそうなほどキラキラした笑顔のジュリアス殿下が立っている。
「……リルさん。悪いけれど、警察か、あるいは精神科医の先生を呼んできてくださる? できれば、拘束衣を持ってきてくれる方を」
「お姉様、承知いたしましたわ! あ、ついでに『不法投棄物(王子)』の処分費用を役所に問い合わせておきます!」
リルが冷たい手つきで受話器(魔導通信機)を掴もうとしたが、殿下はそれを優雅な仕草で制した。
彼はそのまま、私のデスクまで滑るように近寄ってくると、膝をついて私の手を取ろうとした。
もちろん、私は音速でその手を叩き落としたけれど。
「フッ、いいぞ。その拒絶さえも、今の私には甘い蜜のようだ。アクア、貴様は私を突き放すことで、私の気を引こうとしているのだろう? 昨日の営業停止命令の件も、私の注目を浴びたかったがゆえの高度な駆け引き……。ああ、なんて愛おしいんだ!」
「……殿下。今の言葉、一文字につき金貨三枚の『精神汚染賠償金』を請求してもよろしいかしら?」
私は、引きつりそうになる口角を必死に抑えて言い放った。
この男、昨日の敗北でついに脳の回路がショートしてしまったらしい。
負の遺産が、さらに質の悪い「ストーカー資産」へと変異している。
「金の話ばかりするのも、私に自分を強く印象づけるためのポエムなのだろう? 分かっているぞ、アクア。貴様のような淑女が、本気で卵の1円セールに命をかけるはずがない」
「命をかけていますわよ! 一分一秒を争う戦場なんですわ! それをポエムと片付けるなんて、全国の主婦と私の計算機に対する冒涜です!」
「ははは! 照れるな。……さあ、これを受け取ってくれ。君の瞳のように輝く、北国にしか咲かない伝説の『凍らぬ薔薇』だ。一輪で金貨五十枚はしたが、君の愛に比べれば安いものだ」
殿下は、いかにも高そうな……そして驚くほど実用性のなさそうな青い薔薇を差し出してきた。
私はそれを見て、深いため息をついた。
「……殿下。その薔薇、観賞期間は何日ですの?」
「三日ほどだが、その間は永遠の愛を感じられるはずだ」
「金貨五十枚を、三日でドブに捨てる……。一日あたりのコストが金貨十六枚強。……殿下、そのお金があれば、我が領地の貧困層に『高栄養価の乾燥芋』をトラック三台分は配れましたわよ。この薔薇、食べられますの?」
「……えっ? い、いや、食べられないが……」
「ならば資源の無駄ですわ。しかもこの薔薇、維持するために専用の魔導具が必要でしょう? その魔導力維持費も計算に入れていますの? ……却下です。今すぐそれを質屋に持っていき、換金してその全額を我が相談所の『迷惑料』として入金しなさいな」
私がぴしゃりと言い放つと、殿下はなぜか頬を赤らめ、うっとりと私を見つめた。
「ああ……! その冷徹な計算高さ! 私を甘やかさないその厳しさ! これこそが、私が求めていた真の王妃の姿だ! アクア、君の愛は……熱いな!」
「人の話を聞きなさいな、この経済的損失の塊め!」
私が机を叩いて立ち上がると、部屋の隅で頭を抱えていたゼノが、ついに耐えきれずに出てきた。
彼は殿下の襟首をひょいと掴み、まるで子猫のように持ち上げる。
「……殿下。いい加減にしてください。アクアの血管が切れそうです。あと、俺の堪忍袋の緒も切れそうです」
「ゼ、ゼノか! 離せ、私は今、アクアと心の対話を……!」
「対話になってねぇよ。お前はただの一方通行だ。……ほら、帰るぞ。騎士団の訓練に付き合ってやる。お前のその腐った脳みそを、汗と一緒に全部流してきてやるよ」
「な、なんだと!? アクア! 待っていてくれ! 私は必ず君を――」
ゼノによって強制退場させられる王子の叫びが、遠ざかっていく。
嵐が去った後のような静寂が、事務所に訪れた。
「……お姉様。あのアホ、いえ、あのお方は、次は『アクア様に振られた回数』を勲章にして戻ってきそうですわね」
リルが、死んだ魚のような目で掃除機をかけ始めた。
私は椅子に深く沈み込み、激しい頭痛に耐えるためにこめかみを押さえた。
「……リルさん。今すぐ、相談所のメニューに新項目を追加して」
「何でしょうか、お姉様?」
「『王族・貴族の勘違い矯正セラピー(物理)』。……料金は、相手の純資産の三割ですわ。……もう、まともに相手をしていたら、私の寿命(稼げる時間)が削れてしまいますもの」
私は、殿下が落としていった薔薇の花びら一枚を拾い上げ、じっと見つめた。
……これ、乾燥させてポプリにすれば、銀貨一枚分くらいの価値にはなるかしら。
「……よし。捨てるのはもったいないわ。リルさん、これを加工して『殿下除けのお守り』として売り出しましょう。原材料費はタダ(略奪品)ですもの、利益率は百パーセントよ!」
「さすがはお姉様! 転んでもタダでは起きないその商魂、一生ついていきますわ!」
絶望的な状況を、いかにして利益に変えるか。
これこそが悪役令嬢の、そして一人の経営者としての矜持。
私はペンを手に取り、ポプリのパッケージデザインを練り始めるのであった。
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