13 / 28
13
しおりを挟む
「……おかしいですわね。始業時間を十五分も過ぎていますわ。リルさんが遅刻だなんて、天変地異の前触れかしら?」
私は相談所のデスクで、時計の針を凝視していた。
普段なら「お姉様! 今朝の私はアクア様への愛を百メートル十秒の速度で運んできましたわ!」と、扉を爆破せんばかりの勢いで現れる彼女がいない。
この十五分間の損失。彼女の時給を計算し、欠勤控除の欄に書き込もうとした、その時。
カラン、とドアベルが弱々しく鳴り、一人の少年が飛び込んできた。
「あ、あの! これ、入り口に刺さってました!」
少年の手には、ナイフで突き立てられていたであろう、ひどく安っぽい紙切れが一枚。
私はそれをひったくるように受け取り、一瞥した。
『リル・コットンは預かった。返してほしくば、金貨百枚を用意しろ。明日の夜、西の廃倉庫だ。……追伸:この女、うるさすぎる。早くしろ』
「……ゼノ。ちょっとこれを見てくださる?」
部屋の隅で剣の素振りをしていたゼノが、怪訝な顔で覗き込んできた。
「誘拐……だと? よりによって、あの狂信者令嬢をか?」
「ええ。それより見て。この紙、再生紙ですわ。しかも端がボロボロ。……誘拐犯のくせに、金貨百枚を要求する割には文具のコストを削りすぎですわね。三流ですわ」
私は紙の質感を指で確かめながら、鼻で笑った。
ゼノは呆れたように頭を振る。
「そこかよ。……だが、あのリルが抵抗もせずに連れ去られるか? あいつ、お前の護衛を自称して、最近は怪力に磨きがかかってたはずだろ」
「おそらく、犯人が『アクア様の重大な秘密を教えてやる』とでも言って、自分からホイホイついて行ったに違いありませんわ。……まったく、教育が行き届いていませんわね」
私は計算機をパチンと叩いた。
「ゼノ。予定を変更しますわ。今からリルさんの救出……いえ、『強制労働への連れ戻し』に向かいます。十五分で準備なさい」
「……わかったよ。騎士団に通報するか?」
「いいえ。公的機関を動かすと、後で書類仕事が面倒ですわ。それに、これだけの『精神的苦痛代』を上乗せして回収するには、私設の力で解決するのが一番効率的ですの」
私たちは少年の目撃証言を元に、王都の外れにある廃倉庫へと向かった。
馬車代をケチるため、ゼノの軍馬に相乗りだ。
密着する彼の背中から伝わる体温に、少しだけ計算が狂いそうになるが、今はそれどころではない。
現場の倉庫に着くと、中から何やら「……違う! 角度が違いますわ!」という、聞き慣れた甲高い声が聞こえてきた。
「おい、もっと右から罵りなさいよ! アクア様ならもっとこう、心臓を針で刺すような鋭い言葉を……! 『この、社会の余剰人員め!』くらいは言えないのですか!?」
「ひっ……な、なんだよこの女! 誘拐されてる自覚あるのかよ!」
「自覚ならありますわ! だからこそ、私を誘拐したあなたの『悪役力』の低さに絶望しているのです! これではアクア様への報告書が書けませんわ!」
私は倉庫の扉を蹴り開けた。……いえ、足が痛むと治療費がかさむので、ゼノに開けさせた。
「……リルさん。そこまでになさいな。私のセリフを勝手に安売りしないでくださる?」
「あ、アクア様ぁぁ!!」
椅子に縛り付けられているはずのリルが、椅子ごとピョンピョンと跳ねてこちらを向いた。
その周囲には、数人の男たちが疲れ果てた様子で座り込んでいる。
「お、おい! お前がアクアか!? この女を早く連れて帰れ! 金はいらねぇ、むしろこっちが金を払うから……!」
犯人のリーダーらしき男が、涙目で私に縋り付いてきた。
私は冷徹な三白眼で彼を見下ろし、懐から一枚の書類を取り出した。
「お言葉ですが、そうはいきませんわ。……まず、彼女の拘束時間における機会損失代。次に、私がここへ来るまでの交通費。さらに、あなたのひどい文章による精神的汚染の慰謝料。……合算して、金貨百五十枚。……あ、耳を揃えて現金でお願いしますわね」
「な……!? 要求された額より増えてるじゃねーか!」
「当たり前ですわ。私の時給は高いんですから。……ゼノ、彼らが支払いを渋るようなら、騎士団流の『丁寧な集金』をお願いしてもよろしいかしら?」
ゼノがニヤリと笑い、拳をポキポキと鳴らしながら一歩前に出た。
「ああ。ちょうど、アホ王子の相手でストレスが溜まってたんだ。いいサンドバッグになりそうだな」
「ま、待て! 払う! 払うから助けてくれぇぇ!」
結局、誘拐犯たちは身ぐるみを剥がされ(※売れそうな服だけ没収しました)、私の口座に多額の「謝罪金」を振り込む誓約書を書かされることになった。
「……ふぅ。これで今日のノルマは達成ですわね」
「アクア様! 助けに来てくださるなんて……! あの馬車(ゼノ様の背中)での密着移動、後で詳しく録音……いえ、お聞きしてもよろしいでしょうか!」
「却下ですわ。……それよりリルさん。遅刻した分の時間は、残業で埋めていただきますわよ。……さあ、帰りましょう。今夜は特製のエナジードリンク(安売りの薬草茶)を振る舞ってあげますわ」
「はい! 一生ついていきますわ、お姉様!」
夕暮れの王都へ戻る道中、私は馬の上で今日の収支を計算していた。
誘拐されるというアクシデントさえも、利益に変える。
それこそが悪役令嬢の、そして経営者としての正しい在り方。
……ただ、背中越しに伝わるゼノの「……お前ら、本当にたくましいな」という呆れ声だけは、なぜかプライスレスな響きを持って、私の耳に残ったのでした。
私は相談所のデスクで、時計の針を凝視していた。
普段なら「お姉様! 今朝の私はアクア様への愛を百メートル十秒の速度で運んできましたわ!」と、扉を爆破せんばかりの勢いで現れる彼女がいない。
この十五分間の損失。彼女の時給を計算し、欠勤控除の欄に書き込もうとした、その時。
カラン、とドアベルが弱々しく鳴り、一人の少年が飛び込んできた。
「あ、あの! これ、入り口に刺さってました!」
少年の手には、ナイフで突き立てられていたであろう、ひどく安っぽい紙切れが一枚。
私はそれをひったくるように受け取り、一瞥した。
『リル・コットンは預かった。返してほしくば、金貨百枚を用意しろ。明日の夜、西の廃倉庫だ。……追伸:この女、うるさすぎる。早くしろ』
「……ゼノ。ちょっとこれを見てくださる?」
部屋の隅で剣の素振りをしていたゼノが、怪訝な顔で覗き込んできた。
「誘拐……だと? よりによって、あの狂信者令嬢をか?」
「ええ。それより見て。この紙、再生紙ですわ。しかも端がボロボロ。……誘拐犯のくせに、金貨百枚を要求する割には文具のコストを削りすぎですわね。三流ですわ」
私は紙の質感を指で確かめながら、鼻で笑った。
ゼノは呆れたように頭を振る。
「そこかよ。……だが、あのリルが抵抗もせずに連れ去られるか? あいつ、お前の護衛を自称して、最近は怪力に磨きがかかってたはずだろ」
「おそらく、犯人が『アクア様の重大な秘密を教えてやる』とでも言って、自分からホイホイついて行ったに違いありませんわ。……まったく、教育が行き届いていませんわね」
私は計算機をパチンと叩いた。
「ゼノ。予定を変更しますわ。今からリルさんの救出……いえ、『強制労働への連れ戻し』に向かいます。十五分で準備なさい」
「……わかったよ。騎士団に通報するか?」
「いいえ。公的機関を動かすと、後で書類仕事が面倒ですわ。それに、これだけの『精神的苦痛代』を上乗せして回収するには、私設の力で解決するのが一番効率的ですの」
私たちは少年の目撃証言を元に、王都の外れにある廃倉庫へと向かった。
馬車代をケチるため、ゼノの軍馬に相乗りだ。
密着する彼の背中から伝わる体温に、少しだけ計算が狂いそうになるが、今はそれどころではない。
現場の倉庫に着くと、中から何やら「……違う! 角度が違いますわ!」という、聞き慣れた甲高い声が聞こえてきた。
「おい、もっと右から罵りなさいよ! アクア様ならもっとこう、心臓を針で刺すような鋭い言葉を……! 『この、社会の余剰人員め!』くらいは言えないのですか!?」
「ひっ……な、なんだよこの女! 誘拐されてる自覚あるのかよ!」
「自覚ならありますわ! だからこそ、私を誘拐したあなたの『悪役力』の低さに絶望しているのです! これではアクア様への報告書が書けませんわ!」
私は倉庫の扉を蹴り開けた。……いえ、足が痛むと治療費がかさむので、ゼノに開けさせた。
「……リルさん。そこまでになさいな。私のセリフを勝手に安売りしないでくださる?」
「あ、アクア様ぁぁ!!」
椅子に縛り付けられているはずのリルが、椅子ごとピョンピョンと跳ねてこちらを向いた。
その周囲には、数人の男たちが疲れ果てた様子で座り込んでいる。
「お、おい! お前がアクアか!? この女を早く連れて帰れ! 金はいらねぇ、むしろこっちが金を払うから……!」
犯人のリーダーらしき男が、涙目で私に縋り付いてきた。
私は冷徹な三白眼で彼を見下ろし、懐から一枚の書類を取り出した。
「お言葉ですが、そうはいきませんわ。……まず、彼女の拘束時間における機会損失代。次に、私がここへ来るまでの交通費。さらに、あなたのひどい文章による精神的汚染の慰謝料。……合算して、金貨百五十枚。……あ、耳を揃えて現金でお願いしますわね」
「な……!? 要求された額より増えてるじゃねーか!」
「当たり前ですわ。私の時給は高いんですから。……ゼノ、彼らが支払いを渋るようなら、騎士団流の『丁寧な集金』をお願いしてもよろしいかしら?」
ゼノがニヤリと笑い、拳をポキポキと鳴らしながら一歩前に出た。
「ああ。ちょうど、アホ王子の相手でストレスが溜まってたんだ。いいサンドバッグになりそうだな」
「ま、待て! 払う! 払うから助けてくれぇぇ!」
結局、誘拐犯たちは身ぐるみを剥がされ(※売れそうな服だけ没収しました)、私の口座に多額の「謝罪金」を振り込む誓約書を書かされることになった。
「……ふぅ。これで今日のノルマは達成ですわね」
「アクア様! 助けに来てくださるなんて……! あの馬車(ゼノ様の背中)での密着移動、後で詳しく録音……いえ、お聞きしてもよろしいでしょうか!」
「却下ですわ。……それよりリルさん。遅刻した分の時間は、残業で埋めていただきますわよ。……さあ、帰りましょう。今夜は特製のエナジードリンク(安売りの薬草茶)を振る舞ってあげますわ」
「はい! 一生ついていきますわ、お姉様!」
夕暮れの王都へ戻る道中、私は馬の上で今日の収支を計算していた。
誘拐されるというアクシデントさえも、利益に変える。
それこそが悪役令嬢の、そして経営者としての正しい在り方。
……ただ、背中越しに伝わるゼノの「……お前ら、本当にたくましいな」という呆れ声だけは、なぜかプライスレスな響きを持って、私の耳に残ったのでした。
0
あなたにおすすめの小説
婚約破棄のススメ!王子の「真実の愛」見つけて差し上げます
パリパリかぷちーの
恋愛
公爵令嬢メロア・クレーベルの隣には、非の打ち所がない完璧すぎる婚約者、ジークハルト王子が君臨している。このまま結婚すれば、待っているのは「王妃教育」と「終わらない公務」という名の過労死コース……。
「嫌ですわ! わたくし、絶対に婚約破棄して隠居してみせますわ!」
決意したメロアは、入学したての学園で、王子の「真実の愛の相手(ヒロイン)」を見つけ出し、自分を捨ててもらうという作戦を開始する。
逆行した悪女は婚約破棄を待ち望む~他の令嬢に夢中だったはずの婚約者の距離感がおかしいのですか!?
魚谷
恋愛
目が覚めると公爵令嬢オリヴィエは学生時代に逆行していた。
彼女は婚約者である王太子カリストに近づく伯爵令嬢ミリエルを妬み、毒殺を図るも失敗。
国外追放の系に処された。
そこで老商人に拾われ、世界中を見て回り、いかにそれまで自分の世界が狭かったのかを痛感する。
新しい人生がこのまま謳歌しようと思いきや、偶然滞在していた某国の動乱に巻き込まれて命を落としてしまう。
しかし次の瞬間、まるで夢から目覚めるように、オリヴィエは5年前──ミリエルの毒殺を図った学生時代まで時を遡っていた。
夢ではないことを確信したオリヴィエはやり直しを決意する。
ミリエルはもちろん、王太子カリストとも距離を取り、静かに生きる。
そして学校を卒業したら大陸中を巡る!
そう胸に誓ったのも束の間、次々と押し寄せる問題に回帰前に習得した知識で対応していたら、
鬼のように恐ろしかったはずの王妃に気に入られ、回帰前はオリヴィエを疎ましく思っていたはずのカリストが少しずつ距離をつめてきて……?
「君を愛している」
一体なにがどうなってるの!?
悪役令嬢は断罪の舞台で笑う
由香
恋愛
婚約破棄の夜、「悪女」と断罪された侯爵令嬢セレーナ。
しかし涙を流す代わりに、彼女は微笑んだ――「舞台は整いましたわ」と。
聖女と呼ばれる平民の少女ミリア。
だがその奇跡は偽りに満ち、王国全体が虚構に踊らされていた。
追放されたセレーナは、裏社会を動かす商会と密偵網を解放。
冷徹な頭脳で王国を裏から掌握し、真実の舞台へと誘う。
そして戴冠式の夜、黒衣の令嬢が玉座の前に現れる――。
暴かれる真実。崩壊する虚構。
“悪女”の微笑が、すべての終幕を告げる。
王国最強の天才魔導士は、追放された悪役令嬢の息子でした
由香
ファンタジー
追放された悪役令嬢が選んだのは復讐ではなく、母として息子を守ること。
無自覚天才に育った息子は、魔法を遊び感覚で扱い、王国を震撼させてしまう。
再び招かれたのは、かつて母を追放した国。
礼儀正しく圧倒する息子と、静かに完全勝利する母。
これは、親子が選ぶ“最も美しいざまぁ”。
断罪される前に市井で暮らそうとした悪役令嬢は幸せに酔いしれる
葉柚
恋愛
侯爵令嬢であるアマリアは、男爵家の養女であるアンナライラに婚約者のユースフェリア王子を盗られそうになる。
アンナライラに呪いをかけたのはアマリアだと言いアマリアを追い詰める。
アマリアは断罪される前に市井に溶け込み侯爵令嬢ではなく一市民として生きようとする。
市井ではどこかの王子が呪いにより猫になってしまったという噂がまことしやかに流れており……。
婚約破棄?悪役令嬢の復讐は爆速で。
ハチワレ
恋愛
「リリム・フォン・アスタロト! 貴様との婚約を破棄する!」
卒業パーティーの最中、婚約者である王太子エリオットから身に覚えのない罪を突きつけられた公爵令嬢リリム。隣には「真実の愛」を語るマシュマロ系男爵令嬢シャーリーの姿。
普通の令嬢なら泣き崩れる場面――だが、リリムは違った。
婚約破棄を伝えられて居るのは帝国の皇女様ですが…国は大丈夫でしょうか【完結】
繭
恋愛
卒業式の最中、王子が隣国皇帝陛下の娘で有る皇女に婚約破棄を突き付けると言う、前代未聞の所業が行われ阿鼻叫喚の事態に陥り、卒業式どころでは無くなる事から物語は始まる。
果たして王子の国は無事に国を維持できるのか?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる