悪役令嬢の断罪――え、いま婚約破棄と?聞こえませんでしたわ!

ちゃっぴー

文字の大きさ
24 / 28

24

しおりを挟む
「……眠れませんわ。この動悸、まさか不整脈かしら。それとも、寝る前に飲んだ安売り茶のカフェインが強すぎたのかしら……」


深夜二時。公爵邸の私の自室。
私はシルクの寝具(※型落ち品を格安で入手)にくるまりながら、天井を見つめていました。
脳裏に焼き付いて離れないのは、昼間の決闘……いえ、あの『褒め殺しコンテスト』でのゼノの言葉です。


『その、泥臭くてケチな優しさが、俺はたまらなく……好きだ』


「……あ、あーっ! 思い出しただけで、顔面の表面温度が上昇して、スキンケア用品の浸透効率が悪くなりますわ!」


私は布団を跳ね除け、机に向かってそろばんを弾き始めました。
感情を制御できない時は、数字に逃げるのが一番です。
私は紙に、大きな文字で『案件:ゼノ・アルタイルへの感情投資』と書き込みました。


「まず、メリット。……有事の際の防衛力の確保。精神的な安定。および、私の毒舌を受け流すことによるストレス解消コストの削減。……これらは計り知れない利益ですわ」


私はペンを走らせます。
「次に、リスク。……独占欲による行動制限。嫉妬による人間関係の複雑化。および、彼に『弱み』を握られることによる、今後の交渉力の低下。……うう、これは大きな負債要因になり得ますわね」


そろばんの玉が、パチパチと乾いた音を立てます。
今までどんな商談も、どんな嫌がらせも、私はこの「損益計算」で乗り越えてきました。
一円の損失も許さず、期待値の低い投資には目もくれない。
それが、悪役令嬢アクア・ラズライトの矜持。


「……でも。……あの時、彼に名前を呼ばれた瞬間。私の胸の奥で、計算機が『測定不能』というエラーを吐いたのは事実。……愛とは、これほどまでに論理を破壊するバグなのですか?」


私が独り言を呟きながら頭を抱えていると、窓がコンコンと軽く叩かれました。
……ここは三階ですわよ?


「……アクア。まだ起きてるのか」


窓を開けると、そこにはロープ一本でバルコニーに登ってきたらしいゼノが、夜風に吹かれて立っていました。
……騎士団の身体能力の無駄遣いですわ。


「ゼノ!? 夜中の不法侵入は、昼間の三倍の罰金ですわよ! それに、そんなところで立ち話をされたら、私の安眠妨害による精神的苦痛代が……」


「……お前の顔を見ないと、俺の方が眠れなかったんだよ」


ゼノは私の毒舌をさらりと無視して、バルコニーの手すりを乗り越え、部屋の中に入ってきました。
月明かりに照らされた彼の顔は、いつになく真剣で、どこか切なげでした。


「……昼間の話、まだ返事を聞いてなかったからな」


「返事? ……あ、あの、魔導具の発送のことなら、三営業日以内と申し上げたはずですわ」


「違うだろ。……俺の、告白の返事だ」


ゼノが一歩、私との距離を詰めました。
狭い部屋の中に、彼の存在感が満ち溢れます。
私は思わず後ずさり、背中が机に当たりました。
机の上には、先ほどの『感情投資』のメモ。……見られたら、私の社会的信用が破綻しますわ!


「……ゼノ。私は、計算のできない投資はいたしません。……あなたのその『好き』という言葉。それが将来的にどれほどの利息を生み、私にどのようなリターンをもたらすのか。……それが証明されない限り、契約は結べませんわ」


私は震える声で、必死に「悪役令嬢」の仮面を被り直しました。
ですが、ゼノは私のそんな虚勢を見透かしたように、小さく笑ったのです。


「証明なら、これから一生かけてやってやるよ。……アクア。俺に、お前の人生という名の『全財産』を預けてみないか? ……絶対に、赤字にはさせない」


「……全財産、ですって? ……それは、私の心も、資産も、未来もすべて、あなたの運用に任せろとおっしゃるの?」


「ああ。……もし損失が出たら、俺の命でお前への借金を返してやる。……これで、契約成立か?」


ゼノが私の手を取り、その甲にそっと唇を寄せました。


「…………。……契約、……検討してあげても、いいですわ」


私は顔を真っ赤にしながら、蚊の鳴くような声で答えました。


「ただし! 初期投資として、明日の朝食はあなたが用意すること。もちろん、食材は公爵家の余り物を使って、コストゼロで最高の一品を作ってくださいな! それができなければ、この契約は白紙ですわよ!」


「……はは、わかったよ。お前の期待に応えるだけの『コスパ最高の朝食』、作ってやる」


ゼノは満足げに笑うと、再び窓から夜の闇へと消えていきました。
……嵐のような男ですわ。


私は一人残された部屋で、机の上のメモをぐしゃぐしゃに丸めました。
損益計算。リスク管理。そんなものは、もうどうでもよくなっていました。


「……バカですわね。私。……こんな、担保も保証もない『恋』なんていう投資に、手を出してしまうなんて」


私は、熱を持った頬を両手で押さえながら、ベッドに潜り込みました。
心臓の鼓動は、まだ早いまま。
ですが、それは不安ではなく、明日という名の「配当」を待ち望む、心地よい高揚感でした。


「お、お姉様ぁぁ!! 今、窓の外から『筋肉の気配』が去っていくのを感じましたわ! まさか深夜の密会!? 増資ですか!? それとも合併の準備ですか!?」


「……リルさん。お願いですから、夜中に叫ぶのはやめてくださる? 私の近隣住民への信用評価が、ストップ安になってしまいますわ……」


幸せという名の、あまりにも巨大な負債。
それを背負って生きていく覚悟を、私はこの夜、ようやく決めたのでした。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

婚約破棄のススメ!王子の「真実の愛」見つけて差し上げます

パリパリかぷちーの
恋愛
公爵令嬢メロア・クレーベルの隣には、非の打ち所がない完璧すぎる婚約者、ジークハルト王子が君臨している。このまま結婚すれば、待っているのは「王妃教育」と「終わらない公務」という名の過労死コース……。 「嫌ですわ! わたくし、絶対に婚約破棄して隠居してみせますわ!」 決意したメロアは、入学したての学園で、王子の「真実の愛の相手(ヒロイン)」を見つけ出し、自分を捨ててもらうという作戦を開始する。

逆行した悪女は婚約破棄を待ち望む~他の令嬢に夢中だったはずの婚約者の距離感がおかしいのですか!?

魚谷
恋愛
目が覚めると公爵令嬢オリヴィエは学生時代に逆行していた。 彼女は婚約者である王太子カリストに近づく伯爵令嬢ミリエルを妬み、毒殺を図るも失敗。 国外追放の系に処された。 そこで老商人に拾われ、世界中を見て回り、いかにそれまで自分の世界が狭かったのかを痛感する。 新しい人生がこのまま謳歌しようと思いきや、偶然滞在していた某国の動乱に巻き込まれて命を落としてしまう。 しかし次の瞬間、まるで夢から目覚めるように、オリヴィエは5年前──ミリエルの毒殺を図った学生時代まで時を遡っていた。 夢ではないことを確信したオリヴィエはやり直しを決意する。 ミリエルはもちろん、王太子カリストとも距離を取り、静かに生きる。 そして学校を卒業したら大陸中を巡る! そう胸に誓ったのも束の間、次々と押し寄せる問題に回帰前に習得した知識で対応していたら、 鬼のように恐ろしかったはずの王妃に気に入られ、回帰前はオリヴィエを疎ましく思っていたはずのカリストが少しずつ距離をつめてきて……? 「君を愛している」 一体なにがどうなってるの!?

悪役令嬢は断罪の舞台で笑う

由香
恋愛
婚約破棄の夜、「悪女」と断罪された侯爵令嬢セレーナ。 しかし涙を流す代わりに、彼女は微笑んだ――「舞台は整いましたわ」と。 聖女と呼ばれる平民の少女ミリア。 だがその奇跡は偽りに満ち、王国全体が虚構に踊らされていた。 追放されたセレーナは、裏社会を動かす商会と密偵網を解放。 冷徹な頭脳で王国を裏から掌握し、真実の舞台へと誘う。 そして戴冠式の夜、黒衣の令嬢が玉座の前に現れる――。 暴かれる真実。崩壊する虚構。 “悪女”の微笑が、すべての終幕を告げる。

王国最強の天才魔導士は、追放された悪役令嬢の息子でした

由香
ファンタジー
追放された悪役令嬢が選んだのは復讐ではなく、母として息子を守ること。 無自覚天才に育った息子は、魔法を遊び感覚で扱い、王国を震撼させてしまう。 再び招かれたのは、かつて母を追放した国。 礼儀正しく圧倒する息子と、静かに完全勝利する母。 これは、親子が選ぶ“最も美しいざまぁ”。

断罪される前に市井で暮らそうとした悪役令嬢は幸せに酔いしれる

葉柚
恋愛
侯爵令嬢であるアマリアは、男爵家の養女であるアンナライラに婚約者のユースフェリア王子を盗られそうになる。 アンナライラに呪いをかけたのはアマリアだと言いアマリアを追い詰める。 アマリアは断罪される前に市井に溶け込み侯爵令嬢ではなく一市民として生きようとする。 市井ではどこかの王子が呪いにより猫になってしまったという噂がまことしやかに流れており……。

婚約破棄?悪役令嬢の復讐は爆速で。

ハチワレ
恋愛
「リリム・フォン・アスタロト! 貴様との婚約を破棄する!」 卒業パーティーの最中、婚約者である王太子エリオットから身に覚えのない罪を突きつけられた公爵令嬢リリム。隣には「真実の愛」を語るマシュマロ系男爵令嬢シャーリーの姿。 普通の令嬢なら泣き崩れる場面――だが、リリムは違った。

婚約破棄を伝えられて居るのは帝国の皇女様ですが…国は大丈夫でしょうか【完結】

恋愛
卒業式の最中、王子が隣国皇帝陛下の娘で有る皇女に婚約破棄を突き付けると言う、前代未聞の所業が行われ阿鼻叫喚の事態に陥り、卒業式どころでは無くなる事から物語は始まる。 果たして王子の国は無事に国を維持できるのか?

悪役令嬢の末路

ラプラス
恋愛
政略結婚ではあったけれど、夫を愛していたのは本当。でも、もう疲れてしまった。 だから…いいわよね、あなた?

処理中です...