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「アクア・ラズライト! そしてゼノ・アルタイル! 往きなさい、決闘の時だ!」
事務所の平和を切り裂いて現れたのは、もはや「不法侵入の常習犯」として指名手配してもいいレベルのジュリアス殿下でした。
彼は今日、なぜか純白のタキシードに身を包み、背後には審判役として(無理やり連れてこられた)役人たちを従えています。
「……殿下。決闘でしたら、あちらの掲示板にある『決闘代行プラン』をお申し込みください。一回につき金貨三枚、武器の持ち込みは別途料金をいただきますわ」
私は冷めた目で、手元の「肉の原価計算書」をめくりながら答えました。
ですが、殿下は不敵に笑い、懐から一通の果たし状を突きつけてきたのです。
「フッ、金ではない。これは私の誇りと、アクア、君の『真の愛』を懸けた神聖な儀式だ! ルールは私が考案した特別法――題して『アクア・ラズライト褒め殺しコンテスト』だ!」
事務所内に、かつてないほどの静寂が訪れました。
壁際で剣の手入れをしていたゼノが、耳を疑うように顔を上げました。
「……は? 褒め殺し? お前、ついに暑さで脳が溶けたのか?」
「黙れ、野蛮な騎士め! アクアのような高潔な女性に、剣や魔法を向けるなど言語道断! どちらがより美しく、より深く、彼女の魅力を言葉で称えられるか。勝者が彼女の『婚約者候補第一位』の座を射止めるのだ!」
「……却下ですわ。そんな一円の利益も生まない時間、私の人生における『最大級の損失』に該当いたします」
私が即座に断ると、殿下はニヤリと笑いました。
「断ると思ったよ。……だが、もし私が負ければ、我が王室に伝わる『伝説の節約魔導具:永久に燃え続けるコスパ最強の薪』を贈呈しようではないか!」
「……受けますわ。ゼノ、今すぐ準備をなさい。その魔導具、市場に出せば金貨五百枚は下りませんわよ」
「……お前、本当にモノで釣られるよな」
ゼノは深いため息をつきながらも、私の「資産への執着」には勝てないと悟ったのか、不承不承、殿下の前に立ちました。
「では、先行は私だ! ……アクア! 君のその三白眼は、まるで冷徹なダイヤモンドのようだ! 君が数字を語るたび、私の胸は竪琴の弦のように震え、愛のメロディを奏でる! 君は美しき計算機! 君こそが、私の帝国の唯一無二の宝石なのだ!」
殿下は膝をつき、バラの花びらを(どこからか取り出して)空中に撒き散らしながら絶叫しました。
……。
…………。
「……判定をお願いしますわ、リルさん」
「はい。……お姉様。今の殿下の発言、修辞法に頼りすぎて実態が伴っておりません。特に『愛のメロディ』の部分、維持費がかかりそうなわりに生産性がゼロです。査定は『銀貨三枚分(騒音慰謝料を差し引いて)』といったところでしょうか」
「厳しいな!?」
殿下が叫びますが、リルの査定は絶対です。
次はゼノの番。彼は気まずそうに、何度も喉を鳴らした後、私を真っ直ぐに見据えました。
「……次は俺か。……あー、アクア。お前は、確かに可愛げがないよな。一円を笑うやつは一円に泣くとか言って、俺の給料から天引きするタイミングだけは神業だし」
「……欠点の列挙なら、他所でやってくださる?」
私がキッと言うと、ゼノは苦笑いをして一歩近づきました。
「最後まで聞け。……だが、俺はお前のその『強欲さ』が、誰よりも真っ当で、誰よりも信頼できると思ってる。……お前が必死に金を貯めるのは、自分を飾るためじゃなく、この国の誰かが腹を空かせないためだろ。……その、泥臭くてケチな優しさが、俺はたまらなく……好きだ」
「…………ッ!!」
私の脳内の計算機が、爆発しました。
『好きだ』。
その、一銭の価値もないはずの、たった三文字の言葉。
それが、殿下のどんな高価なポエムよりも重く、莫大な「価値」を持って私の心に降り注いできました。
「……お、お姉様ぁぁ!! アクア様の心拍数が、過去最高値を更新しましたわ! これは……これは、インフレどころの騒ぎではありませんわよ!」
リルが騒ぎ立てる中、私は真っ赤になった顔を帳簿で必死に隠しました。
計算できない。
彼の言葉の「純利益」が、私の想定を遥かに超えて……。
「な、なんだその顔は! 私のポエムには微動だにしなかったのに! アクア、君はそんな、ただの『ケチの肯定』に心を奪われるというのか!」
「……う、うるさいですわ、殿下! ゼノの言葉には……その、情報の『信頼性』がありますの! 殿下のような、ふわふわした空中楼閣のような言葉とは、資産価値が違いますわ!」
私は、震える声でそう言い放ちました。
「勝者、ゼノ・アルタイル! ……殿下、約束の魔導具は、三営業日以内に発送してください。遅延損害金は二割増しですわ!」
「そ、そんなぁぁ! 私の愛の芸術が、実益に負けるなんてぇぇ!!」
殿下は崩れ落ち、審判の役人たちに引きずられていきました。
事務所に残されたのは、気まずそうに頭を掻くゼノと、沸騰寸前の私だけ。
「……あー。アクア。……今の、勝つために言ったわけじゃないからな」
「……知っていますわ。……その、誠実すぎる査定、後でたっぷりとお返し(物理的な意味ではなく)させていただきますわよ」
私は、熱を持った耳を冷やすために、氷水の入ったグラスを頬に当てました。
恋という名の決闘。
私は勝利したはずなのに、心臓という名の「最大資産」を彼に握られてしまったような。
そんな、敗北感に似た幸福感に、私はただ、翻弄されるばかりでした。
事務所の平和を切り裂いて現れたのは、もはや「不法侵入の常習犯」として指名手配してもいいレベルのジュリアス殿下でした。
彼は今日、なぜか純白のタキシードに身を包み、背後には審判役として(無理やり連れてこられた)役人たちを従えています。
「……殿下。決闘でしたら、あちらの掲示板にある『決闘代行プラン』をお申し込みください。一回につき金貨三枚、武器の持ち込みは別途料金をいただきますわ」
私は冷めた目で、手元の「肉の原価計算書」をめくりながら答えました。
ですが、殿下は不敵に笑い、懐から一通の果たし状を突きつけてきたのです。
「フッ、金ではない。これは私の誇りと、アクア、君の『真の愛』を懸けた神聖な儀式だ! ルールは私が考案した特別法――題して『アクア・ラズライト褒め殺しコンテスト』だ!」
事務所内に、かつてないほどの静寂が訪れました。
壁際で剣の手入れをしていたゼノが、耳を疑うように顔を上げました。
「……は? 褒め殺し? お前、ついに暑さで脳が溶けたのか?」
「黙れ、野蛮な騎士め! アクアのような高潔な女性に、剣や魔法を向けるなど言語道断! どちらがより美しく、より深く、彼女の魅力を言葉で称えられるか。勝者が彼女の『婚約者候補第一位』の座を射止めるのだ!」
「……却下ですわ。そんな一円の利益も生まない時間、私の人生における『最大級の損失』に該当いたします」
私が即座に断ると、殿下はニヤリと笑いました。
「断ると思ったよ。……だが、もし私が負ければ、我が王室に伝わる『伝説の節約魔導具:永久に燃え続けるコスパ最強の薪』を贈呈しようではないか!」
「……受けますわ。ゼノ、今すぐ準備をなさい。その魔導具、市場に出せば金貨五百枚は下りませんわよ」
「……お前、本当にモノで釣られるよな」
ゼノは深いため息をつきながらも、私の「資産への執着」には勝てないと悟ったのか、不承不承、殿下の前に立ちました。
「では、先行は私だ! ……アクア! 君のその三白眼は、まるで冷徹なダイヤモンドのようだ! 君が数字を語るたび、私の胸は竪琴の弦のように震え、愛のメロディを奏でる! 君は美しき計算機! 君こそが、私の帝国の唯一無二の宝石なのだ!」
殿下は膝をつき、バラの花びらを(どこからか取り出して)空中に撒き散らしながら絶叫しました。
……。
…………。
「……判定をお願いしますわ、リルさん」
「はい。……お姉様。今の殿下の発言、修辞法に頼りすぎて実態が伴っておりません。特に『愛のメロディ』の部分、維持費がかかりそうなわりに生産性がゼロです。査定は『銀貨三枚分(騒音慰謝料を差し引いて)』といったところでしょうか」
「厳しいな!?」
殿下が叫びますが、リルの査定は絶対です。
次はゼノの番。彼は気まずそうに、何度も喉を鳴らした後、私を真っ直ぐに見据えました。
「……次は俺か。……あー、アクア。お前は、確かに可愛げがないよな。一円を笑うやつは一円に泣くとか言って、俺の給料から天引きするタイミングだけは神業だし」
「……欠点の列挙なら、他所でやってくださる?」
私がキッと言うと、ゼノは苦笑いをして一歩近づきました。
「最後まで聞け。……だが、俺はお前のその『強欲さ』が、誰よりも真っ当で、誰よりも信頼できると思ってる。……お前が必死に金を貯めるのは、自分を飾るためじゃなく、この国の誰かが腹を空かせないためだろ。……その、泥臭くてケチな優しさが、俺はたまらなく……好きだ」
「…………ッ!!」
私の脳内の計算機が、爆発しました。
『好きだ』。
その、一銭の価値もないはずの、たった三文字の言葉。
それが、殿下のどんな高価なポエムよりも重く、莫大な「価値」を持って私の心に降り注いできました。
「……お、お姉様ぁぁ!! アクア様の心拍数が、過去最高値を更新しましたわ! これは……これは、インフレどころの騒ぎではありませんわよ!」
リルが騒ぎ立てる中、私は真っ赤になった顔を帳簿で必死に隠しました。
計算できない。
彼の言葉の「純利益」が、私の想定を遥かに超えて……。
「な、なんだその顔は! 私のポエムには微動だにしなかったのに! アクア、君はそんな、ただの『ケチの肯定』に心を奪われるというのか!」
「……う、うるさいですわ、殿下! ゼノの言葉には……その、情報の『信頼性』がありますの! 殿下のような、ふわふわした空中楼閣のような言葉とは、資産価値が違いますわ!」
私は、震える声でそう言い放ちました。
「勝者、ゼノ・アルタイル! ……殿下、約束の魔導具は、三営業日以内に発送してください。遅延損害金は二割増しですわ!」
「そ、そんなぁぁ! 私の愛の芸術が、実益に負けるなんてぇぇ!!」
殿下は崩れ落ち、審判の役人たちに引きずられていきました。
事務所に残されたのは、気まずそうに頭を掻くゼノと、沸騰寸前の私だけ。
「……あー。アクア。……今の、勝つために言ったわけじゃないからな」
「……知っていますわ。……その、誠実すぎる査定、後でたっぷりとお返し(物理的な意味ではなく)させていただきますわよ」
私は、熱を持った耳を冷やすために、氷水の入ったグラスを頬に当てました。
恋という名の決闘。
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そんな、敗北感に似た幸福感に、私はただ、翻弄されるばかりでした。
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