悪役を演じて婚約破棄したのに、なぜか溺愛モードの王子がついてきた!

ちゃっぴー

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追放生活、三日目。

私は、この世の地獄を味わっていた。

「……ううっ、苦しい……」

「どうした、ミュール。もうギブアップか?」

「だ、だって……こんなの、あんまりです……!」

私は涙目で訴えた。

私の目の前には、三段重ねのアフタヌーンティーセットがそびえ立っている。

最上段には色とりどりのマカロンとチョコレート。

中段にはスコーンとたっぷりのクロテッドクリーム。

下段にはサーモンとキュウリのサンドイッチ。

そして、私の手には、王都でも行列必至の有名店の限定ショートケーキが握られていた。

「『今日は天気がいいから、テラスでお茶会という名の拷問をしよう』と言ったのは殿下じゃないですか!」

「拷問だなんて人聞きが悪い。これは『糖分摂取の刑』だ」

キース様が優雅に紅茶を啜りながら言った。

「君は痩せすぎだからね。このタワーを完食するまで、部屋には戻さないよ」

「鬼! 悪魔! カロリーの化身!」

私は泣く泣くショートケーキを口に運んだ。

美味しい。

悔しいけれど、ほっぺたが落ちるほど美味しい。

口の中でスポンジが溶け、生クリームの甘さが広がる。

「んんっ……美味しい……!」

「素直でよろしい。ほら、口元にクリームがついているよ」

キース様が自然な動作で私の唇を指で拭い、それを自分の口へ運んでペロリと舐めた。

「!!?」

私はショートケーキを取り落としそうになった。

「な、何をするんですか不潔な!」

「消毒だ」

「意味が分かりません!」

心臓がバクバクとうるさい。

この男、呼吸をするようにセクハラをしてくる。

これが追放生活……。

なんて恐ろしい場所なんだ。

精神的にも肉体的(主に胃袋)にも追い詰められている。

その時だった。

「失礼いたします」

テラスに、メイド長が銀の盆を持って現れた。

「ミュール様に、お手紙が届いております」

「手紙?」

私は首を傾げた。

罪人の私に手紙?

検閲とかされないのだろうか。

「差出人は?」

「リナ様でございます」

「リナッ!?」

私はガタッと椅子から立ち上がった。

リナからの手紙!

愛しい妹からの便りだ。

「ああっ、リナ……! 元気にしてるのね! お姉ちゃん嬉しい!」

私はメイド長からひったくるように手紙を受け取った。

封筒は、リナのイメージカラーである淡いピンク色。

封蝋には、可愛らしい天使の羽の刻印が押されている。

そして、封筒からは微かにリナの愛用している香水の香りが漂っていた。

「くんかくんか……ああ、リナの匂いだわ……」

「ミュール、変態みたいな真似はやめなさい」

キース様に冷ややかな目で見られたが、気にしない。

私は震える手で封を開けた。

中には、びっしりと文字が埋め尽くされた便箋が五枚ほど入っていた。

五枚。

三日で五枚。

なかなかの文量だ。

私は読み始めた。

『最愛のお姉様へ。

お姉様が地獄の追放先(という名の別荘)へ旅立ってから、まだ三日しか経っていませんが、私にはまるで三百年もの月日が流れたように感じられます。

お姉様のいない屋敷は、火の消えた暖炉のようです。

お姉様のいない王都は、砂糖の入っていない紅茶のようです。

お姉様のいない世界は、酸素のない宇宙空間のようです。

……息ができません』

「重っ!!」

思わず叫んでしまった。

冒頭から愛が重い。

酸素がないのは物理的に死んでしまう。

『昨日は、お姉様の部屋のベッドで寝ました。枕に残ったお姉様の残り香を胸いっぱいに吸い込んで、なんとか命を繋いでいます』

「リナ、あなたも大概変態ね……」

私は頬を引きつらせながら読み進める。

手紙の中盤は、いかにアークライト家が寂しいか、そしていかにキース殿下が憎いか(「あの腹黒王子」「誘拐犯」「泥棒猫」などの語彙が並んでいた)が綴られていた。

そして、最後の一枚。

『もう限界です。

お姉様がいないと、私の肌のツヤが悪くなり、髪のキューティクルが死滅しそうです。

次期王妃としての美貌を保つためにも、お姉様成分の補給が不可欠です。

ですので、今からそっちに行きます』

「はい?」

私は目を疑った。

『今からそっちに行きます』

二度読んだ。

変わらない。

「だ、ダメよ!!」

私は叫んだ。

「キース様! 大変です! リナがここに来るって書いてあります!」

「ああ、そう書いてあるね」

キース様は私の手元を覗き込み、事も無げに言った。

「知っていたよ」

「え?」

「昨日、王城でリナ嬢に会った時、『明日、姉に会いに行きますから、門を開けておいてください。さもなくば魔法で爆破します』と脅されたからね」

「爆破!?」

あの子、いつの間にそんな過激派になったの。

「それで、許可したんですか!?」

「まあね。君も寂しがっていたし、ガス抜きは必要だろう」

「バカなことを!」

私は頭を抱えた。

「リナは今、大事な時期なんです! 婚約者候補として、王妃教育を受けなきゃいけないの! こんな罪人の別荘に遊びに来てる暇なんてないのよ!」

それに、もしリナがここに来たら。

私のこの「堕落した生活」を見られてしまう。

マカロンを食べ、フカフカのベッドで寝て、殿下の膝の上で仕事(?)をする日々。

そんな姿を見られたら、私の「リナのために犠牲になった悲劇の姉」という設定が崩壊するではないか!

「阻止しなきゃ……! 絶対に阻止しなきゃ!」

私は慌てて便箋とペンを取り出した。

「返事を書きます! 『来るな』って! 『ここに来たら感染る奇病が流行ってる』とか『毎晩ゾンビが出る』とか嘘を書いてでも止めます!」

「無駄だと思うけどなぁ」

キース様がニヤニヤしながらマカロンを摘む。

「なぜですか!」

「リナ嬢のことだ。君が『来るな』と言えば言うほど、『お姉様が私を遠ざけようとしている! 何か隠しているに違いない!』と燃え上がるタイプだろう?」

「うっ……」

否定できない。

あの子は昔から、私が「危ないからダメ」と言った木登りほど、目を輝かせて登りたがる子だった。

「じゃ、じゃあどうすれば……」

「それに、手紙の日付を見てごらん」

言われて、私は手紙の最後の日付を見た。

『追伸:この手紙が届く頃には、私はもう馬車の中です』

「終わったーーーッ!!」

私は天を仰いだ。

時すでに遅し。

手紙は予告状ではなく、事後報告だったのだ。

「ど、どうしましょう殿下! リナが来たら、この『ゆるふわ監禁生活』がバレてしまいます!」

「バレて困ることはあるかい?」

「ありますよ! 私は悪役として、惨めに暮らしていなきゃいけないんです! そうじゃないと、リナが私に同情して、王妃になるのを辞めるって言い出しかねません!」

「ふむ。一理ある」

キース様は顎を撫でた。

「じゃあ、リナ嬢が来る時だけ、君が『不幸な罪人』のフリをすればいいんじゃないか?」

「それです!!」

私はポンと手を打った。

さすが殿下、悪知恵が働く。

「急いで準備しましょう! この豪華なお菓子を片付けて! 代わりにカビの生えたパン(の模型)を用意して!」

「はいはい」

「ドレスも脱ぎます! ボロボロの雑巾みたいな服はありませんか!? あと、手枷と足枷も!」

「君、ノリノリだね……」

「リナのためなら、私は泥水だって啜ってみせます!」

私は拳を握りしめた。

妹よ、待っていなさい。

お姉ちゃんは、完璧な「可哀想な姉」を演じて、あなたを安心させて(?)みせるわ!

「メイド長! 至急、私の目の下にクマを描いてちょうだい! あと頬をこけさせて見えるメイクを!」

「か、かしこまりました……?」

メイド長が困惑しながらも動き出す。

こうして、「リナ襲来」に向けた、アークライト姉妹の攻防戦(第一ラウンド)のゴングが鳴らされたのだった。
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