悪役を演じて婚約破棄したのに、なぜか溺愛モードの王子がついてきた!

ちゃっぴー

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「急いで! その高級な花瓶を隠して! 代わりに枯れた花を一輪挿すのよ!」

「はい、ミュール様!」

「カーテンは閉めて! 部屋を薄暗くするの! ああっ、そこにある最高級羽毛布団も撤去! 藁(わら)! 藁はないの!?」

「馬小屋から調達してきます!」

王家の別荘、『星降る離宮』は、かつてない大混乱に陥っていた。

私、ミュール・アークライトは、戦場指揮官のごとく指示を飛ばしていた。

すべては、あと数分で到着するであろう、妹のリナを欺くためだ。

「殿下! あなたも着替えてください! そんなキラキラした王子の服じゃなくて、こう、もっと冷酷な看守っぽい服に!」

「注文が多いなぁ。……まあ、君のその格好は嫌いじゃないけどね」

キース様がニヤニヤしながら私を見る。

今の私は、メイド長が古着屋から調達してきた、継ぎ接ぎだらけの茶色いワンピースを着ている。

髪はわざとボサボサにし、顔には「やつれメイク」を施した。

鏡に映る自分は、どこからどう見ても「虐げられた可哀想な少女」だ。

完璧だ。

「よし、準備完了ね……」

私は部屋の隅、急造された「牢獄セット(藁のベッドと木の箱の机)」に座り込んだ。

机の上には、インクで緑色に塗ってカビに見せかけたパン(中身は高級ブリオッシュ)と、水が入った欠けたカップが置いてある。

「いつでも来なさい、リナ……。お姉ちゃんは、立派に不幸を演じてみせるわ」

その時だった。

ドオオオオオオン!!!

屋敷の玄関の方から、爆発音のような轟音が響いた。

「な、何事!?」

「たぶん、正門が突破された音だね」

キース様が涼しい顔で言う。

「突破!? 鍵は!?」

「魔法で吹き飛ばしたんじゃないかな。リナ嬢、魔力値だけなら宮廷魔導師クラスだから」

「あの子、物理(魔法)で解決するタイプだったの!?」

私の知っている「守ってあげたい儚げな妹」像が崩壊していく。

ドタドタドタドタッ!

廊下を走る足音が近づいてくる。

速い。

まるで猛獣だ。

「お姉様ァァァァァァッ!!」

バンッ!!

部屋の扉が勢いよく開け放たれた。

そこに立っていたのは、プラチナブロンドの髪を乱し、肩で息をする美少女。

私の天使、リナだった。

「リ、リナ……」

私は演技モードに入った。

ゴホッ、とわざとらしく咳き込む。

「よ、よく来たわね……。こんな、薄汚い牢獄へ……」

震える声で演出する。

さあ、見て!

この惨めな姉の姿を!

これを見れば、きっとあなたも「お姉様可哀想、もう関わるのはやめよう」と……。

「うわあああああん! お姉様ァァッ!」

リナは私の演技など見ていなかった。

残像が見えるほどのスピードで突進してくると、私に飛びついた。

「ぐふっ!?」

「会いたかったです! 生きててよかった! 息してる! 温かい! お姉様の匂いがするぅぅ!」

リナは私を押し倒さんばかりの勢いで抱きしめ、スリスリと頬を擦り付けてくる。

「リ、リナ、苦しい……あばらが……」

「心配したんですよ!? ご飯は食べてますか? 痩せたんじゃないですか? ああっ、こんなボロボロの服を着せられて……!」

リナが涙目で私の服を撫でる。

よし、食いついた。

「そうなの……。私、毎日ひどい扱いを受けていて……」

「許せません!!」

リナがガバッと顔を上げた。

その瞳には、アメジストのような輝きの中に、修羅の如き怒りの炎が宿っていた。

「私の大切なお姉様に、こんな雑巾みたいな服を着せるなんて! ファッションセンスの欠片もないわ!」

「そこ!?」

「もっとこう、フリルとかレースとかがついた、お姉様の可愛さを引き立てる服があるでしょうが!」

リナは叫ぶと、ゆっくりと立ち上がり、部屋の奥に佇む人物を指差した。

「おい、そこの腹黒王子!」

「……おい?」

キース様が眉をピクリと動かす。

不敬罪ギリギリ……いや、完全にアウトだ。

しかしリナは止まらない。

「よくもお姉様を誘拐してくれましたね! 国外追放という名の監禁、職権乱用も甚だしいです!」

「人聞きが悪いな、義妹(予定)殿。これは正当な処罰だよ」

「うるさいです! だいたい、この部屋は何ですか!」

リナが部屋を見回す。

「藁? カビたパン? ふざけないでください!」

バレたか。

やはりセットが安っぽすぎたか。

「こんな不衛生な環境にお姉様を置くなんて! お姉様の肌が荒れたらどう責任を取るつもりですか! 国庫を空にしてでも最高級のエステティシャンを呼びなさい!」

「……そこ?」

キース様も苦笑いだ。

リナの怒りのポイントが、微妙にズレている。

「返してもらいます! お姉様は私のものです!」

リナが私の前に立ちふさがり、両手を広げて私を庇うポーズを取った。

「さあ、お姉様! 帰りましょう! 外には馬車が待機しています。王都一番のパティスリーのケーキも積んであります!」

「ケーキ……」

私の心が揺らぐ。

カビパン(偽)よりケーキがいい。

しかし、ここで帰るわけにはいかないのだ。

私はリナの背中越しに、キース様を見た。

彼は、面白そうに目を細めていた。

まるで、新しいおもちゃを見つけた子供のような顔だ。

「勇ましいね、リナ嬢。でも、残念ながらミュールを返すわけにはいかないな」

「なんですって?」

「彼女は僕の囚人だ。刑期(一生)が明けるまでは、この部屋から出すつもりはない」

キース様が一歩、前に出る。

その瞬間、部屋の空気が張り詰めた。

王太子としての威圧感。

ただ立っているだけなのに、空気が重くなる。

普通なら、ここで腰を抜かすところだ。

しかし、リナは一歩も引かなかった。

「一生ですって? 笑わせないでください。お姉様の一生は、私がプロデュースするんです!」

「ほう?」

「お姉様には、素敵な公爵様と結婚して、可愛い子供を産んで、老後は私が建てた別荘で孫に囲まれて暮らすという完璧な人生設計があるんです! そこにあなたの入り込む隙間はありません!」

「僕の予定では、その『素敵な公爵様』のところが『素敵な国王陛下(僕)』になるんだけどね」

「却下します! 性格が悪すぎます!」

バチバチバチッ!!

二人の間に、火花が見えるようだ。

シスコン妹と、溺愛(ヤンデレ)王子。

私の所有権を巡る、頂上決戦が始まろうとしていた。

「あの……二人とも?」

私が恐る恐る声をかける。

「お姉様は黙っていてください!」

「ミュールは静かにしていて」

ハモった。

息ぴったりじゃないか。

「とにかく! 私は今日、お姉様を連れて帰ります! 実力行使でも!」

リナが杖(いつの間に持っていたのか)を構える。

「やる気かい? 王族に魔法を向けるなんて、本当に反逆罪だよ?」

キース様も余裕の笑みを崩さないが、その瞳は笑っていない。

マズい。

このままでは、別荘が物理的に崩壊する。

それどころか、リナが本当に罪人になってしまう!

「やめてーーーっ!!」

私は最後の力を振り絞って叫び、二人の間に割って入った。

「ケンカしないで! 私のために争わないで!」

「お姉様!」

「ミュール!」

私はカビパン(偽)を握りしめ、悲劇のヒロインポーズで訴えた。

「リナ、私は帰れないわ。だって……ここには、人質がいるのよ」

「人質?」

リナがキョトンとする。

私は咄嗟に嘘をついた。

「そ、そう! アークライト家の……えっと、お父様秘蔵のヴィンテージワインが人質に取られているの! 私が逃げたら、あれが全部酢にされるわ!」

「……お父様のワイン?」

リナが微妙な顔をした。

「そんなもののために、お姉様が犠牲になるのですか?」

「ええ、そうよ! だから私はここに残るわ! リナ、あなたは帰りなさい!」

苦しい言い訳だ。

しかし、これで戦闘が止まるなら。

リナは少し考え込み、そして杖を下ろした。

「……分かりました」

「分かってくれた?」

「はい。無理やり連れ帰って、お姉様が悲しむ顔は見たくありません」

いい子だ。

やはり私の妹は聞き分けがいい。

「その代わり」

リナはニッコリと笑った。

「私もここに住みます」

「はい?」

「お姉様が帰れないなら、私がここに泊まり込んで監視します。この男が、お姉様に指一本触れないように!」

「えええええ!?」

斜め上の解決策が飛び出した。

「どうですか、殿下。私という『新しい囚人』が増える分には、文句はないでしょう?」

リナが挑発的にキース様を見る。

キース様は、一瞬驚いた顔をしたが、すぐに破顔した。

「……くくっ、あはははは!」

「何がおかしいんですか!」

「いや、面白い。最高だよ、アークライト姉妹」

キース様は腹を抱えて笑った後、涙を拭って言った。

「いいだろう。歓迎するよ、リナ嬢。部屋はたくさんあるからね」

「許可するの!?」

私は叫んだ。

「ただし」

キース様が付け加える。

「ミュールの部屋(僕の寝室)には入れないよ。夜は鍵をかけるからね」

「ピッキングで開けます」

「魔導ロックだよ」

「魔力でねじ切ります」

「……頼もしいね」

こうして。

私の静かな(?)追放生活の場に、最強の嵐「リナ」が常駐することになってしまった。

三人での奇妙な共同生活が、始まろうとしている。

(これ、絶対に胃薬が必要なやつだ……エヴァン様、助けて……)

私は遠い目のまま、握りしめていたカビパン(偽)をかじった。

甘いブリオッシュの味が、今の私には少しだけしょっぱく感じられた。
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