悪役を演じて婚約破棄したのに、なぜか溺愛モードの王子がついてきた!

ちゃっぴー

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「あーん」

「はい、あーん」

翌朝。

王城の西棟、リナの寝室には、平和な時間が流れていた。

私は、ベッドに座るリナに、回復食のスープをスプーンで運んでいた。

「美味しいです、お姉様。お姉様の愛情というスパイスが効いていて、五臓六腑に染み渡ります」

「ただの王宮シェフ特製コンソメスープよ」

「いいえ、お姉様がフーフーしてくれた時点で、それは聖水(エリクサー)に変わるのです」

「信仰心が怖いわ」

リナはすっかり熱も下がり、顔色も良くなっていた。

やはり、ただの過労と「姉不足」だったようだ。

「よかったわ。これならもう大丈夫そうね」

「はい。……でも、まだ身体の節々が痛むというか、あと三日くらいはお姉様に抱っこしてもらわないと歩けない気がします」

「仮病はやめなさい」

私がデコピンをしようと指を構えた、その時だった。

コンコン、と扉がノックされた。

「おや? 侍医長かしら?」

「それとも、腹黒王子(キース殿下)でしょうか。朝から鬱陶しいですね」

リナが毒づく。

しかし、扉を開けて入ってきたのは、予想外の人物だった。

「ごきげんよう、リナ様。お加減はいかがかしら?」

香水のきつい匂いと共に現れたのは、派手なドレスに身を包んだ女性だった。

ミラベル・バーミリオン伯爵令嬢。

リナと同じく、次期王妃候補の一人として名前が挙がっている令嬢だ。

扇子で口元を隠し、吊り上がった目で部屋の中を見回す。

その目は、見舞いに来たというよりは、獲物の弱り具合を確認しに来たハゲタカのようだった。

「……ミラベル様」

リナの声が、スッと低くなる。

「何の御用ですか? 私は今、静養中なのですが」

「あら、つれないこと。わたくし、リナ様が『謎の奇病』で倒れられたと聞いて、心配で心配で……居ても立っても居られずに駆けつけましたのよ?」

「それはどうも」

「噂では、うわ言で『猫になりたい』と仰っていたとか? ふふ、次期王妃候補が精神を病んで現実逃避だなんて、嘆かわしいですわねぇ」

ミラベル嬢はクスクスと笑った。

嫌な感じだ。

明らかに、リナを馬鹿にしている。

私はカチンときたが、今は「いないもの」として振る舞わなければならない。

私は追放中の罪人。

ここに見つかったら、またややこしいことになる。

私はとっさに、部屋の隅にあるカーテンの影に身を隠した。

(バレないようにしなきゃ……)

しかし。

「あら?」

ミラベル嬢の鋭い視線が、私を捉えた。

「そこに隠れているのは……もしや、追放されたはずの『悪役令嬢』、ミュール・アークライト様ではございませんこと?」

ギクリ。

バレた。

隠れ方が甘かったか(足が出ていたかもしれない)。

ミラベル嬢は大袈裟に驚いてみせた。

「まあ! なんてこと! 国外追放(隣の別荘)を言い渡された罪人が、なぜ王城に? これは由々しき事態ですわ!」

彼女はツカツカと私に歩み寄ると、カーテンを乱暴に開けた。

「出てらっしゃい! 薄汚い罪人が、神聖な王城の空気を汚すんじゃなくてよ!」

「……っ」

私は唇を噛んで、姿を現した。

言い返したい。

『妹が心配で来たのよ、文句ある!?』と言ってやりたい。

でも、今の私の立場は弱い。

私が騒ぎを起こせば、匿ってくれているキース様や、病み上がりのリナに迷惑がかかる。

私は俯き、震える声で言った。

「……も、申し訳ございません……。妹の看病のために、どうしても……」

精一杯の「惨めな姉」の演技。

これなら、彼女の溜飲も下がるだろうか。

しかし、ミラベル嬢は勝ち誇ったように鼻で笑った。

「看病? 笑わせないでちょうだい。あなたのような、妹をいじめるしか能のない無能な姉が、何の役に立つというの?」

「……」

「どうせ、リナ様が弱っている隙に、また何か悪巧みをしに来たんでしょう? 本当に性根が腐っていますわね」

ミラベル嬢の言葉は鋭利な刃物のように突き刺さる。

まあ、私が「悪役」として振る舞っていたから、そう思われるのは仕方がない。

私は我慢した。

自分への悪口なら、いくらでも耐えられる。

「ねえ、リナ様」

ミラベル嬢は矛先をリナに向けた。

「こんな疫病神のような姉、さっさと衛兵に突き出した方がよろしくてよ? あなたの評判まで落ちてしまいますわ」

リナはベッドの上で、静かにミラベル嬢を見据えていた。

その瞳の奥で、紫色の炎が揺らめいているのが見える。

リナが怒っている。

マズい。

あの子がキレたら、この部屋が爆発する(物理)。

私は目で「我慢して」と合図を送った。

リナはギリリと拳を握りしめ、深呼吸をした。

「……お引き取りください、ミラベル様。姉は私の命の恩人です。侮辱は許しません」

「あらあら、怖いお顔。病み上がりで気が立っていらっしゃるのかしら?」

ミラベル嬢は余裕の笑みを崩さない。

「でも、残念ですわ。リナ様のような、精神的に脆く、すぐに体調を崩すような方が、次期王妃候補筆頭だなんて」

彼女は扇子を閉じた。

「この国のためにも、そろそろ『交代』が必要ですわね。……心身ともに健康で、家柄も申し分ない、わたくしのような人間に」

「……それが本音ですか」

「ふふ。今回の『奇病』騒ぎで、リナ様の支持率は急降下中ですもの。『王妃の器ではない』という噂も、街中で広まっていますわよ?」

「噂……?」

私が反応すると、ミラベル嬢はニヤリと笑った。

「ええ。誰が流したか知りませんけれど……『リナ嬢は実は精神を病んでいて、夜な夜な奇声を上げている』とか、『姉を追放したのは、自分の地位を守るための陰謀だ』とか……随分と具体的な噂がね」

その瞬間、私の中で何かが繋がった。

奇病騒ぎ。

リナへの悪い噂。

そして、このタイミングでの訪問。

(……この女だ)

私は確信した。

ただの性格の悪いライバル令嬢ではない。

今回の騒動を利用し、あるいは裏で糸を引き、リナを蹴落とそうとしている「真犯人」は、このミラベル嬢だ。

リナを精神的に追い詰め、倒れるまで働かせた元凶。

そして今もなお、弱ったリナを嘲笑いに来たのだ。

「……あら、怖い目」

ミラベル嬢が私を見た。

「何かしら、その目は? 罪人の分際で、わたくしに意見でも?」

「……」

「フン。まあいいわ。リナ様、せいぜい養生なさいませ。その間に、王太子殿下のお隣はわたくしが頂いておきますから」

ミラベル嬢は高笑いを残し、リナに背を向けた。

「では、ごきげんよう。……ああ、そうそう」

彼女は去り際に、わざとらしく花瓶の花を指で弾いた。

パリン。

花瓶が床に落ちて割れた。

リナが大事にしていた、私があげた花が入った花瓶だ。

「あら、手が滑ってしまいましたわ。……まるで、今のリナ様の立場みたいに『脆い』ですわね」

ミラベル嬢は嘲笑いながら、扉へと向かった。

プツン。

私の中で、何かが切れる音がした。

理性という名の安全装置が弾け飛ぶ。

私のことは何を言ってもいい。

罵倒されようが、ゴミ扱いされようが構わない。

でも。

私の大切な妹を傷つけ、陥れ、あまつさえその心を土足で踏みにじるような奴は……。

「……待ちくたびれたわ」

「え?」

ミラベル嬢が足を止めて振り返る。

私はゆっくりと顔を上げた。

そこにはもう、怯える「惨めな姉」はいなかった。

いるのは、愛する妹のために自ら泥を被り、地獄(別荘)から舞い戻った、最強のシスコン悪役令嬢だ。

「ちょうどよかったわ、ミラベル様。……私、看病ばかりで退屈していたのよ」

私は口の端を吊り上げ、扇子(なぜか懐に入っていた)をバッと広げた。

「リナをいじめていいのは、世界で私だけなの。……その特権を侵す者は、誰であろうと私が地獄へご案内してあげるわ」

「な、なによ、急に……」

ミラベル嬢が後ずさる。

ベッドの上で、リナが嬉しそうに呟いたのが聞こえた。

「……お姉様の、『本気スイッチ』入りました」

さあ、反撃の時間だ。

本当の「悪役」がどういうものか、たっぷりと教えてあげようじゃないか。
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