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「ひっ……!」
ミラベル嬢が、私の気迫に押されて一歩後ずさる。
私は扇子をパン!と鳴らして閉じ、それを指揮棒のように彼女に向けた。
「お聞きなさい、ミラベル・バーミリオン。あなた、今、とんでもない過ちを犯したわね」
「あ、過ち? 何のことよ! わたくしはただ、真実を……」
「花瓶よ」
私は床に散らばる陶器の破片を指差した。
「あなたが今、わざと落として割ったその花瓶。……あれがただのインテリアだと思っているの?」
「はあ? そんな安物、いくらでも弁償して……」
「あれはね!」
私は一歩踏み出した。
ドシッ!
床が揺れた気がした(気のせいだ)。
「リナが昨日、『お姉様が摘んでくれたお花、綺麗……』って言いながら、震える手で活けてくれた、リナの想いが詰まった聖遺物(アーティファクト)なのよ!!」
「せ、聖遺物!?」
「それを『手が滑った』ですって? 万死に値するわ! 国家反逆罪と神への冒涜罪で、即刻断頭台に送られても文句は言えないレベルの重罪よ!」
「な、なによそれ! 頭おかしいんじゃないの!?」
ミラベル嬢が悲鳴を上げる。
そうよ、私は頭がおかしいの。
妹のことになると、IQが3になり、戦闘力が53万になるのよ。
私はさらに追い詰める。
「それに、リナへの悪質な噂。……あれもあなたの仕業ね?」
「証拠はあるの!?」
「証拠? そんなものいらないわ」
私はニヤリと笑った。
悪役は、証拠なんて待たない。
直感と状況証拠だけで相手を断罪するのが、悪役の流儀だ。
「あなたがさっき言ったわよね。『リナ様が精神を病んで夜な夜な奇声を上げている』って。……おかしいわねぇ」
「何がよ!」
「リナの寝室は王城の奥深く。一般の貴族が知り得ない場所よ。それなのに、なぜ『夜な夜な』の様子を、まるで見てきたかのように語れるのかしら?」
「っ……!」
ミラベル嬢の顔色がサッと変わる。
「まさか、侍女を買収して監視させていた? それとも、あなたが夜這いでもして覗き見していたのかしら? どちらにしても、次期王妃候補としては品位が欠片もなくてよ!」
「ち、違うわ! わたくしはただ、噂を聞いて……」
「嘘おっしゃい!」
私は扇子を広げ、口元を隠して目を細めた。
「私の目は誤魔化せないわよ。だって私は、リナを陥れるためにあらゆる策を弄した(つもりになっている)プロの悪役令嬢なんですもの。同業者の手口なんて、匂いで分かるわ」
「同業者!?」
「あなたのその香水の下から、ドス黒い嫉妬と劣等感の悪臭がプンプンするわよ!」
「きぃぃぃっ! 無礼な!」
ミラベル嬢が顔を真っ赤にして地団駄を踏む。
「黙りなさい、この罪人が! わたくしはバーミリオン伯爵家の令嬢よ! あなたのような『家を追い出された女』に説教される筋合いはないわ!」
彼女は反撃に出た。
権力を笠に着る、典型的な小悪党ムーブだ。
「衛兵! 衛兵はどこ! ここに不法侵入者がいるわよ! 捕まえてちょうだい!」
彼女は廊下に向かってキンキン声を張り上げた。
廊下がざわつく気配がする。
まずい、衛兵を呼ばれたら数で負ける。
しかし、ここで引くわけにはいかない。
私はリナを守る最後の砦なのだ。
「無駄よ。衛兵が来る前に、あなたを社会的におしまいにしてあげる」
私はハッタリをかました。
「私にはね、とっておきの切り札があるの」
「き、切り札……?」
「そう。私が『悪役』として集めた、貴族たちの裏情報のスクラップブックよ。……もちろん、バーミリオン家の『裏帳簿』や、あなたが夜会でカツラを落とした令嬢を嘲笑った記録も、全て網羅しているわ」
「なっ……!?」
そんなものはない。
あるのは『リナ可愛い語録』と『リナの成長記録』だけだ。
でも、相手が後ろめたいことをしていれば、勝手に勘違いして自爆してくれるはず。
「さあ、どうする? このまま引き下がるなら見逃してあげる。でも、リナをこれ以上侮辱するなら……明日の朝刊の一面に、あなたの『秘密』が踊ることになるわよ?」
私は不敵に笑った。
ミラベル嬢はガタガタと震えている。
効いてる、効いてる!
「くっ……! 覚えてらっしゃい! ただじゃおかないわよ!」
捨て台詞を吐いて逃げるか?
そう思った矢先。
ガチャリ。
扉が開き、数名の屈強な衛兵たちが雪崩れ込んできた。
「何事ですか! 悲鳴が聞こえましたが!」
「ああっ、来てくれたのね!」
ミラベル嬢の表情が一変した。
恐怖に歪んでいた顔が、一瞬で「被害者」の顔に変わる。
「助けて! この女が! 追放されたミュール・アークライトが、わたくしを脅迫しているの! 殺されるかと思ったわ!」
彼女は涙ながらに私を指差した。
「そ、それに、リナ様を人質に取って……わたくしが助けに入ったら、逆に襲いかかってきて……!」
なんて白々しい嘘。
しかし、衛兵たちは私を見て、顔色を変えた。
「ミュール・アークライト……! 指名手配中の!」
「確保せよ! 王城への不法侵入および、貴族令嬢への脅迫容疑だ!」
衛兵たちが槍を構えて包囲網を敷く。
形勢逆転だ。
「ふふふ……残念だったわね、ミュール様」
ミラベル嬢が、衛兵の背後から勝ち誇った笑みを向ける。
「ハッタリもそこまでよ。権力(暴力装置)の前では、口先だけの悪役なんて無力なのよ」
「……くっ」
私は歯噛みした。
ここまでか。
リナを振り返る。
リナはベッドから起き上がろうとしているが、まだふらついていて魔法を使えそうにない。
「お、姉様……逃げて……」
「動かないでリナ!」
私は両手を上げて、リナの前に立ちはだかった。
「手出しはさせないわ。リナに指一本でも触れたら、私が噛み付いてでも止める!」
「往生際が悪いぞ! 大人しく捕まれ!」
衛兵の一人が、私の腕を掴もうと手を伸ばしてくる。
怖い。
捕まったら、今度こそ本当に北の牢獄行きかもしれない。
でも、後悔はしていない。
リナを守れたなら、本望だ。
私はギュッと目を閉じた。
(ごめんね、リナ。キース様……さようなら)
その時だった。
「……僕の婚約者(予定)に、随分と乱暴な真似をするんだね」
氷のように冷たく、それでいて王者の風格を纏った声が、部屋の空気を支配した。
「え?」
私は目を開けた。
衛兵の手が、空中で止まっている。
全員の視線が、部屋の入り口に注がれていた。
そこには。
腕を組み、不機嫌オーラを全開にした、この国で一番偉い(そして一番怖い)男が立っていた。
「殿下……!」
私のヒーロー(兼、魔王)の登場だった。
ミラベル嬢が、私の気迫に押されて一歩後ずさる。
私は扇子をパン!と鳴らして閉じ、それを指揮棒のように彼女に向けた。
「お聞きなさい、ミラベル・バーミリオン。あなた、今、とんでもない過ちを犯したわね」
「あ、過ち? 何のことよ! わたくしはただ、真実を……」
「花瓶よ」
私は床に散らばる陶器の破片を指差した。
「あなたが今、わざと落として割ったその花瓶。……あれがただのインテリアだと思っているの?」
「はあ? そんな安物、いくらでも弁償して……」
「あれはね!」
私は一歩踏み出した。
ドシッ!
床が揺れた気がした(気のせいだ)。
「リナが昨日、『お姉様が摘んでくれたお花、綺麗……』って言いながら、震える手で活けてくれた、リナの想いが詰まった聖遺物(アーティファクト)なのよ!!」
「せ、聖遺物!?」
「それを『手が滑った』ですって? 万死に値するわ! 国家反逆罪と神への冒涜罪で、即刻断頭台に送られても文句は言えないレベルの重罪よ!」
「な、なによそれ! 頭おかしいんじゃないの!?」
ミラベル嬢が悲鳴を上げる。
そうよ、私は頭がおかしいの。
妹のことになると、IQが3になり、戦闘力が53万になるのよ。
私はさらに追い詰める。
「それに、リナへの悪質な噂。……あれもあなたの仕業ね?」
「証拠はあるの!?」
「証拠? そんなものいらないわ」
私はニヤリと笑った。
悪役は、証拠なんて待たない。
直感と状況証拠だけで相手を断罪するのが、悪役の流儀だ。
「あなたがさっき言ったわよね。『リナ様が精神を病んで夜な夜な奇声を上げている』って。……おかしいわねぇ」
「何がよ!」
「リナの寝室は王城の奥深く。一般の貴族が知り得ない場所よ。それなのに、なぜ『夜な夜な』の様子を、まるで見てきたかのように語れるのかしら?」
「っ……!」
ミラベル嬢の顔色がサッと変わる。
「まさか、侍女を買収して監視させていた? それとも、あなたが夜這いでもして覗き見していたのかしら? どちらにしても、次期王妃候補としては品位が欠片もなくてよ!」
「ち、違うわ! わたくしはただ、噂を聞いて……」
「嘘おっしゃい!」
私は扇子を広げ、口元を隠して目を細めた。
「私の目は誤魔化せないわよ。だって私は、リナを陥れるためにあらゆる策を弄した(つもりになっている)プロの悪役令嬢なんですもの。同業者の手口なんて、匂いで分かるわ」
「同業者!?」
「あなたのその香水の下から、ドス黒い嫉妬と劣等感の悪臭がプンプンするわよ!」
「きぃぃぃっ! 無礼な!」
ミラベル嬢が顔を真っ赤にして地団駄を踏む。
「黙りなさい、この罪人が! わたくしはバーミリオン伯爵家の令嬢よ! あなたのような『家を追い出された女』に説教される筋合いはないわ!」
彼女は反撃に出た。
権力を笠に着る、典型的な小悪党ムーブだ。
「衛兵! 衛兵はどこ! ここに不法侵入者がいるわよ! 捕まえてちょうだい!」
彼女は廊下に向かってキンキン声を張り上げた。
廊下がざわつく気配がする。
まずい、衛兵を呼ばれたら数で負ける。
しかし、ここで引くわけにはいかない。
私はリナを守る最後の砦なのだ。
「無駄よ。衛兵が来る前に、あなたを社会的におしまいにしてあげる」
私はハッタリをかました。
「私にはね、とっておきの切り札があるの」
「き、切り札……?」
「そう。私が『悪役』として集めた、貴族たちの裏情報のスクラップブックよ。……もちろん、バーミリオン家の『裏帳簿』や、あなたが夜会でカツラを落とした令嬢を嘲笑った記録も、全て網羅しているわ」
「なっ……!?」
そんなものはない。
あるのは『リナ可愛い語録』と『リナの成長記録』だけだ。
でも、相手が後ろめたいことをしていれば、勝手に勘違いして自爆してくれるはず。
「さあ、どうする? このまま引き下がるなら見逃してあげる。でも、リナをこれ以上侮辱するなら……明日の朝刊の一面に、あなたの『秘密』が踊ることになるわよ?」
私は不敵に笑った。
ミラベル嬢はガタガタと震えている。
効いてる、効いてる!
「くっ……! 覚えてらっしゃい! ただじゃおかないわよ!」
捨て台詞を吐いて逃げるか?
そう思った矢先。
ガチャリ。
扉が開き、数名の屈強な衛兵たちが雪崩れ込んできた。
「何事ですか! 悲鳴が聞こえましたが!」
「ああっ、来てくれたのね!」
ミラベル嬢の表情が一変した。
恐怖に歪んでいた顔が、一瞬で「被害者」の顔に変わる。
「助けて! この女が! 追放されたミュール・アークライトが、わたくしを脅迫しているの! 殺されるかと思ったわ!」
彼女は涙ながらに私を指差した。
「そ、それに、リナ様を人質に取って……わたくしが助けに入ったら、逆に襲いかかってきて……!」
なんて白々しい嘘。
しかし、衛兵たちは私を見て、顔色を変えた。
「ミュール・アークライト……! 指名手配中の!」
「確保せよ! 王城への不法侵入および、貴族令嬢への脅迫容疑だ!」
衛兵たちが槍を構えて包囲網を敷く。
形勢逆転だ。
「ふふふ……残念だったわね、ミュール様」
ミラベル嬢が、衛兵の背後から勝ち誇った笑みを向ける。
「ハッタリもそこまでよ。権力(暴力装置)の前では、口先だけの悪役なんて無力なのよ」
「……くっ」
私は歯噛みした。
ここまでか。
リナを振り返る。
リナはベッドから起き上がろうとしているが、まだふらついていて魔法を使えそうにない。
「お、姉様……逃げて……」
「動かないでリナ!」
私は両手を上げて、リナの前に立ちはだかった。
「手出しはさせないわ。リナに指一本でも触れたら、私が噛み付いてでも止める!」
「往生際が悪いぞ! 大人しく捕まれ!」
衛兵の一人が、私の腕を掴もうと手を伸ばしてくる。
怖い。
捕まったら、今度こそ本当に北の牢獄行きかもしれない。
でも、後悔はしていない。
リナを守れたなら、本望だ。
私はギュッと目を閉じた。
(ごめんね、リナ。キース様……さようなら)
その時だった。
「……僕の婚約者(予定)に、随分と乱暴な真似をするんだね」
氷のように冷たく、それでいて王者の風格を纏った声が、部屋の空気を支配した。
「え?」
私は目を開けた。
衛兵の手が、空中で止まっている。
全員の視線が、部屋の入り口に注がれていた。
そこには。
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