悪役を演じて婚約破棄したのに、なぜか溺愛モードの王子がついてきた!

ちゃっぴー

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「で、殿下……ッ!?」

衛兵たちが弾かれたように直立不動の姿勢をとった。

槍を下ろし、一斉に敬礼する。

「キース・フレイ・オルコット王太子殿下に、敬礼ッ!」

王城において、王太子の命令は絶対だ。

さっきまでの威圧的な態度はどこへやら、衛兵たちは脂汗を流して縮こまっている。

キース様は、ゆっくりと部屋の中へ歩みを進めた。

その足音一つ一つが、心臓を直接叩くように重く響く。

「……騒がしいな。病人が休んでいるというのに、何の騒ぎだ?」

「は、はい! 不審者が侵入したとの通報を受けまして!」

衛兵隊長が震える声で答える。

「不審者?」

キース様が眉をひそめ、私の隣で立ち止まった。

そして、自然な動作で私の腰に手を回し、自分の方へと引き寄せた。

「僕の愛しい『元・婚約者』にして『現・最愛の人』が、不審者に見えるのかい?」

「えっ」

衛兵たちが目を剥いた。

「え、あ、いや……しかし、ミュール様は追放の身で……」

「追放? ああ、そうだね。彼女は今、僕の別荘(監禁場所)にいるはずだ」

キース様は涼しい顔で頷く。

「だが、今回は緊急事態だ。僕が許可した『特別一時帰宅』だよ」

「と、特別一時帰宅……?」

そんな制度、聞いたことがない。

衛兵たちも顔を見合わせている。

しかし、王太子が「ある」と言えば、黒いカラスも白くなるのがこの世界だ。

「彼女は、妹君の看病のために特例で戻っている。……それを『不審者』呼ばわりとは。僕の采配に不満があるのかな?」

キース様の目が、スッと細められる。

「い、いいえ! 滅相もございません!」

「ならば下がれ。彼女は僕の保護下にある」

「はっ! 失礼いたしました!」

衛兵たちは蜘蛛の子を散らすように部屋から撤収していった。

あまりの手際の良さに、私は呆気にとられた。

権力ってすごい。

「……な、なによそれ!」

一人残されたミラベル嬢が、金切り声を上げた。

「おかしいじゃない! 彼女は罪人よ! 妹をいじめた悪女よ! なんで殿下が庇うの!?」

「ミラベル嬢」

キース様が冷ややかな視線を彼女に向ける。

まるで、道端の石ころを見るような目だ。

「君こそ、ここで何をしている? ここは関係者以外立ち入り禁止のはずだが」

「わ、わたくしはリナ様のお見舞いに……」

「見舞い? その割には、リナ嬢の顔色が悪いようだが」

キース様がベッドのリナを見た。

リナはここぞとばかりに、布団を頭までかぶり、震える声で演出した。

「……怖かったです……殿下。ミラベル様が……『私が次の王妃よ』って……花瓶をガシャーンって……」

「なっ!? 言ってないわよそんなこと!」

ミラベル嬢が叫ぶが、もう遅い。

キース様の瞳に、明確な殺意が宿った。

「……ほう。次期王妃であるリナ嬢を恫喝し、精神的苦痛を与えたと?」

「ち、違います! 誤解です!」

「花瓶を割ったのは?」

「そ、それは……手が滑って……」

「手が滑って、国宝級の(とリナ嬢が認定している)花瓶を破壊したわけか。器物損壊罪も追加だな」

キース様が一歩踏み出す。

ミラベル嬢は後ずさり、壁に追い詰められた。

「殿下、目を覚ましてください! 騙されているんです! このアークライト姉妹は異常なんです!」

ミラベル嬢は必死に訴えた。

「ミュールは演技をしているだけです! 本当は妹を溺愛しているシスコン変態女なんです!」

「知っているよ」

キース様は即答した。

「え?」

「彼女がシスコンで、演技が下手で、どうしようもなく可愛い変態だということは、僕が一番よく知っている」

「はあ!?」

ミラベル嬢が絶句する。

私もちょっと複雑な気分だ。

「可愛い変態」って褒め言葉なのだろうか。

「そ、それなら、なおさら王太子の婚約者にはふさわしくないでしょう!? わたくしの方が、家柄も、品位も……」

「品位?」

キース様が鼻で笑った。

「君の言う品位とは、弱っているライバルを蹴落とし、ありもしない噂を流して孤立させることかい?」

「っ……!?」

「調べはついているよ。王都に流れた『リナ嬢の奇病デマ』。……出処はバーミリオン家の息がかかった酒場だ」

「な、なんのことだか……」

「とぼけるなよ。エヴァンに命じて、君の家の帳簿から裏工作の資金ルートまで、全て洗い出させてある」

キース様の手から、パラリと一枚の紙が落ちた。

それは、ミラベル嬢が裏社会の密偵に金を渡している現場の、魔法写真だった。

「ひっ……!」

「これが明日の朝刊に出たらどうなるかな? 『清廉潔白な伯爵令嬢、実は黒幕だった』……大スキャンダルだね」

「や、やめて……!」

ミラベル嬢はその場に崩れ落ちた。

「どうして……どうしてここまで……。たかが、落ち目の公爵家のために……」

「落ち目じゃない」

キース様が、私の肩を抱く手に力を込めた。

「彼女たちは、僕の宝だ。傷つける者は、たとえ国王陛下であろうと許さない」

その言葉は、甘い愛の囁きでありながら、絶対的な「王の宣告」でもあった。

ミラベル嬢は震えながら立ち上がり、涙目で私を睨んだ。

「……覚えてらっしゃい! この勝負、今回は引き分けよ!」

「いや、私の完勝だけど?」

私が冷静にツッコミを入れると、彼女は「きぃぃぃっ!」と奇声を上げながら部屋を飛び出していった。

嵐が去った。

部屋に静寂が戻る。

「……はあ」

私は大きく息を吐き、その場へへたり込んだ。

「疲れた……」

「お疲れ様、ミュール。素晴らしい悪役ぶりだったよ」

キース様がしゃがみ込み、私の目線に合わせて微笑む。

「扇子で指揮棒みたいにビシッとするの、カッコよかったよ」

「見てたんですか……恥ずかしい」

「全部見てたよ。君が『リナをいじめていいのは私だけ!』って啖呵を切ったところ、録音しておけばよかった」

「絶対やめてください!」

「お姉様……」

ベッドから、リナが身体を起こした。

「最高でした……。私、あのお姉様の背中を一生忘れません……」

リナがウルウルと目を潤ませている。

「お姉様のためなら、私、これから毎日花瓶を割られてもいいです」

「それはダメよ。お掃除が大変だもの」

私は立ち上がり、リナの元へ歩み寄った。

「怖かったでしょう、リナ。もう大丈夫よ」

「はい。……お姉様と殿下がいれば、無敵です」

リナが私の手に頬を擦り付ける。

キース様もベッドの縁に座り、苦笑いした。

「やれやれ。これで邪魔者も消えたし、ゆっくりできるかな」

「そうですね。でも殿下」

私はキース様を見た。

「あの写真……本当に出すんですか? 新聞に」

キース様は悪戯っぽく笑った。

「出すわけないだろう。あれはただの合成写真(ハッタリ)だ」

「ええっ!?」

「証拠なんてなくても、カマをかければ自白する。……君がさっきやっていた手口を真似しただけだよ」

「……性格が悪いですわ、殿下」

「君に似てきたのかな」

私たちは顔を見合わせ、三人で小さく笑った。

ミラベル嬢は撃退した。

リナの容態も安定した。

あとは、この騒動の「後始末」をどうつけるかだ。

「さて、ミュール」

キース様が立ち上がり、窓の外の王都を見下ろした。

「悪者は成敗された。……次は、君の名誉挽回と行こうか」

「名誉挽回?」

「ああ。いつまでも『追放された罪人』のままじゃ、君が王城に来るたびに門を突破しなきゃいけないだろう?」

「それは確かに大変です」

「だから、仕上げだ。……最高の『大団円』を演出しよう」

キース様が指を鳴らす。

その瞳には、次なる脚本がすでに描かれているようだった。
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