九龍懐古

過日残夜

魔術師と老豆・中

過日残夜３





スマホのライトで控え目に棚を照らす。ファイルは相当数、分厚さもなかなか。適当に選びだしパラパラめくっていく。仕入れ内容のファイル、施工予定表のファイル、金の動きがどうこうのファイル────収支がチョロっと記載されていた。プラマイがおかしい。度を越えた中抜き及び天引き、労働者達への支払いが悪過ぎる。薄給もいいところ。
５冊、10冊とめくるうち、雑に纏まとめられた従業員名簿を発見。顔写真は無し。名前順…じゃない、就業した日付け順。劉帆リュウホが仕事を始めた頃のデータを探す。

「あっ！東アズマくん、あったよ！」
「お？どれどれ」

小声で叫ぶ陳チャンの手中へ東アズマも視線を落とす。確かにあった、劉帆リュウホの履歴書──などと呼べるものでは到底なかったけれどとにかく──だが、下半分がすっぽ抜けていた。というか破り取られていた。そんなふうになっている従業員が何人か。２人は首を傾げた。

「何でこうなってんのかしら」
「さぁ…？ど、どうしよう東アズマくん…？」

東アズマは下顎を擦こすり、勘案。嫌な感じ…こんな千切られ方をした資料を見てなんともないと思う方がどうかしてる。千切った理由があるに決まっているのだ。恐らく、あまり芳しくない理由が。

「もうちょっと、この会社に関しての情報が欲しいね」

名簿の写真を撮りつつ東アズマが言えば、陳チャンは首をブンブン縦に振り探し物へ戻って行く。
流石に【天堂會】ん時みたくUSBは無いか。ありゃラッキーだった。PC起動おこしてもいいけど、どうだろセキュリティ…鳴ったりするかな…下唇に親指を当てる東アズマの耳に届いたドサドサッと紙束の落ちる音。首を向けると、高い位置にあった資料を取ろうとしたらしき陳チャンが頭からバインダーを何冊もかぶっていた。

「なぁにしてんのよ老豆パパ」
「うぅ…ごめん…」

涙目でデコを押さえる陳チャン、ファイルの角っこが当たったようだ。東アズマは陳チャンの肩を叩き、周りに散らばる紙を掻き集める。するといくつかの押印に目が留まった。９割９分９厘は同じ会社名、新宝公司。しかしほんの数枚だけ────違う表記がしてあった。

「亞牛…建設？」

かなり小さなスタンプ。１枚手に取って読みあげる東アズマ、顔を寄せた陳チャンがものすごく目を細めて頭を前後に動かしている。老眼。
東アズマは書類をガサガサ漁り、そのスタンプが押してある用紙を探して抜き取った。畳んでポケットへ。‘手掛かりになるか’と問う陳チャンに‘悪くはなさそう’と答える。

室内をいくらか整え、もうひとつ奥のドアを観察。カードキー仕様の電子ロックタイプ。だがこの部屋、さっき裏から見たとき、窓は普通だったはずだ。東アズマは陳チャンを促うながし建物の外に回る。
やっぱりなんの変哲もない窓。鍵はカチャッとかけるだけの簡素なクレセント、耳みたいな形。こっちもしっかりしとかなきゃあ駄目でしょ…そりゃ、コソ泥を想定してるんじゃないからだろうけど…東アズマは片方のガラス枠の右側と左側へ掌てのひらを添えて、一定のリズムで小刻みに揺らした。錠がコンコン跳ねだす。揺らす度に跳ね上がる幅が段々大きくなり、数回目、タイミングを見て一際ひときわ強めに振動させるとコンッ！と小気味良い音と共にタブが回転しロックが開いた。

「わー！！」

陳チャンが歓声と共にかすかに拍手、反応のイイ観客。ガラスをスライドさせてブラインドを上げる。目に入ったのは椅子と机、本棚にはまたファイル。窓枠を乗り越え部屋の中へ。
隅の方、丸めて立てかけられていた紙が注意をひいた。陳チャンが広げてみるも大きさに手間取っている。受けとった東アズマが両腕を思い切り伸ばしてやっと間あいだに収まるくらいのサイズ、だいぶ大判。そこに記しるされていたのは。

「見取り図だな」

紙を見ながら呟く東アズマ。と、陳チャンも両腕の間あいだへとニュッと入り込み一緒に図面を覗いてきた。顎先にくっつく脳天。
いや陳おまえ、なぜそこからくる…？横からでいいでしょうよ…？急発生した不可思議なバックハグに、東アズマは半目はんめで陳チャンの頭頂部を見下ろした。薄い。

地図は建設場の全体図。だが────何かが変だった。

「デカ過ぎない？これ」
「私もそう思う」

東アズマの言げんに陳チャンも同意。デカいのは紙のサイズだけではない、記された面積ヘクタールもだ。今侵入している工事現場だけでは到底足りそうになかった。

どうやら、こことは別の土地がある。劉帆リュウホはそちらに居るのだろうか？所在地の記載は無いが探せば割れるはず…写真やメモをとり、再度クルクル丸めて壁際へ。その他ほかに目星めぼしい物は無さそうだったのでさしあたっての調査は終了。‘一度いちど城砦に戻って調べてみよう’と提案する東アズマの跡を陳チャンも追う。
再び窓枠を乗り越え外に出た時、慌てたせいか陳チャンが足を引っ掛けドチャッとコケてピャァと鳴いた。先を歩いていた東アズマが振り返る。

同時に、細いライトの光が地面に突っ伏す陳チャンを照らした。