憧れの人に会えたら

ラテ

文字の大きさ
上 下
1 / 1

憧れの人に会えたら

しおりを挟む
中学2年生の夏休み、私はあの人に出会った。

「出会った」といっても、作品を読んだだけなのだけど。

当時、私は女子サッカー部の活動に熱中していて、活字とは無縁の生活を過ごしていた。

そんな私が図書館にいたのは、
「夏休み中に原稿用紙何枚でもいいから小説を書くように」
と、かなり無茶な課題を出されてしまい、参考になりそうな本を探していたからである。

流行りの小説家の文庫本を数冊借りて帰ろうとした時、近くにある都立高校文芸創作部が発行した小冊子が目に入った。

小冊子を手にしたのは、表紙のイラストが気に入ったからである。

その小冊子に作品を発表していたのが「雨宮律」というきれいな名前の人だった。

「バス停の天使」というタイトルの作品で、内容は、高校時代、バス停で顔を合わせるだけの仲だった美少女を忘れられなかった主人公が、年を取って不治の病に冒され、入院先で医師となった彼女と再会する。そして彼女に看取られて天国に旅立つというものだった。

一言も口を利いた事のない美少女を忘れられずに生涯独身を貫き、恋人すらつくらなかった主人公の思いの強さというか執念深さには怖いものかあるけれど、美しい名前と文体に惹かれ、それから私は「雨宮律」さんのファンになってしまった。

志望校をその都立高校に定めた私は、時間があれば教科書を広げて英単語や歴史の暗号を暗記して、部活動の合間を縫って塾にも通い始めた。

自分でも驚くほど、成績が急上昇したのは言うまでもない。

あれから約1年が経った。

私は地区大会を最後に女子サッカー部を引退、毎日のように図書館に通って勉強している。

都立高校文芸創作部が発行している小冊子も、欠かさず読んでいる。

読む度に「雨宮律」さんの美しい文体のうち震える。

思い出すのは、「バス停の天使」のワンシーン。

卒業式当日、美少女と会える最後の日なのに告白する事が出来ず、バスの中で泣きながら
「再会する事が出来たら想いを伝えよう」
と、固く誓う。

私も胸に誓っている事がある。

志望校に合格したら、文芸創作部に入部しよう。

「雨宮律」さんに会えたら言うのだ。  

「ずっとファンでした」
と。

そして、雨宮さんのような素敵な作品を創るのだ。

それが現実のものになるようにと祈り、私はシャープペンシルを握り直して目の前の問題集を解く事に集中した。
しおりを挟む

この作品の感想を投稿する


処理中です...