聖夜

なじみそぎ

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聖夜

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ある夜に起きた奇跡を話そうと思う。
これはもしかしたら俺の見た幻だったのかもしれないし、ご都合的脳内解釈妄想だったのかもしれない。それでもあの日だけ、社会不適合者の俺のもとにも聖なる夜が祝福をくれた。それだけは確かだ。


街中にドンと立っているわけではなく、町はずれのやや大きめの建物の2階にあるオタクのメッカ、アニメイト。クリスマスにも関わらず、そこにはいつも以上に人が集まっていた。というのもアニメイト主催の「この悲しきクリぼっちにも祝福を! クリボッチ専用パーティ」が行われており、そこで孤高の戦士ぼっち達がお互いの心の傷を、
「そういえばあいつ、彼女できたって...」
「半端ものだからね、二次元を愛しきれていないんだよ...」
のような負け犬の遠吠えと共に舐め合う。そして俺もその戦士たちの一員として、そこにいた。ただ俺は周りと違い、別にリア充が妬ましいわけではないが、社交辞令として周りの人とアニメの話をして、なぁなぁと時間を過ごしていく。どうせ街に出ても何もないし、これも見方を変えればクリスマスパーティだ。内容はともかく、思い出の一つにでもなってくれる、と淡い期待を込めて。
こうして時間を過ごすのも決して悪では無いし、この人たちはいい人なんだろう。でも、何か違うんじゃないかと最近思ってしまう。でも、その何かがいまだ分からない。だからこのぬるま湯につかって、負け犬を嘆いているのだろう。馬鹿だな、と思いつつ、抜け出せないものは仕方ないと今の立場に甘んじてしまう。

「この悲しき(以下略)パーティ」が終わり、一人足取り重く家に帰る。
街は完全に聖夜のムードで、クリスマスのイルミネーションライトが歩く恋人たちを照らし、聖夜を祝福するように白い雪がシンシンと降り続ける。これだけで独り身には辛い夜になりそうだ。
そこに追い打ちをかけるように隣を通り過ぎていく幸せそうな家族。「今日はクリスマスだからケーキを買おうね」と母親が言うと「ほんとに!?いちごケーキ?」と興奮気味に問う子供。そして「お前が好きなものを選べばいい」と笑う父親。昔は普通に思えた光景が、今となっては目にしみてくる。
結局のところ、同じ境遇の者同士で傷を舐めあってもそれは問題の先延ばしであり、その傷が癒えることは無い。なんなら悪化する場合もある。
分かってはいるのに、その現状を打破しようとしない自分に毎度嫌気がさしてくる。

結局俺は去年から何一つ変わらず、今年もコンビニで夕飯のお好み焼きとストゼロを三本、おつまみ少々を買って、帰宅した。

誰もいない家に「ただいま」と言って、そのままキッチンに向かう。キッチン棚から皿を取りだし、おつまみをよそり、グラスをストゼロで満たす。別に他人に見られているわけじゃないし、誰かと一緒に飲むわけでもないのに、形ばかり気にしてしまう。
「いただきます」
特別美味しい訳でもないお好み焼きを食べながら、体にストゼロを流し込む。やけ酒、とは少し違うがそれとあまり変わらないだろう。自分が何をしたいのか、それが分かっていないから酒で紛らわしている。酒は好きだ。飲めば飲むほど意識が不安定になっていくから何も考えなくていい。翌日の頭痛でさえ、日々の不安と比べれば愛おしく感じてしまう。
上司からの理不尽な八つ当たり、後輩のせいで増える仕事、不甲斐ない自分への感情、それら全てを酒で意識の遠くへ流していく。「一人で飲むお酒って美味しいの?」と誰かに聞かれたことがあったっけ、無論美味しいとも。味なんて分からないけど、嫌なことを孤独と共に忘れさせてくれる酒は何よりも変え難い存在だ。もはやベストパートナーと言ってもいいだろう。
空になったグラスを置きながら、独り言のようにぼそっとつぶやく。
「クリスマス、か。」
クリぼっちを嘆く戦士達、家族と笑顔でケーキを喜ぶ子供、幸せそうに歩くカップル、人の数だけ色んな過ごし方があった。形は違えど、それぞれの意思でそういう風に過ごしている。それに対して、自分はどうだ? あのパーティにも行きたくて行ったわけじゃない。ああなっただけで、自分の意思かどうかは微妙なところである。

自分は他の人と何が違うのだろうか。特別不幸でもなく、特別な才能と共に生を受けたわけでもない。普通に小中高と通い、大学もそこそこのところを卒業し、普通に就職した。色々なことをしてきたと思うが、結局身になっていることは一つもない。
次分は何がしたいんだろう、自分はなんなんだろう。そんな疑問ばかり、脳をよぎり不安になる。そして不安になるから飲んで忘れようとする。こんなことばかり毎日やっている。

ストゼロを一缶開けたところで、意識が不安定になっていく。そう、この感覚だ。社会の負け犬が唯一勝ち組になれる瞬間、ありとあらゆる不安が遠のき、全てぼんやりとしてくる。いつもは2缶くらいからじゃないとならないのに。
あ、ダメだ。やばい。眠い。歯磨きくらいしとかない、と。あと。こた。つ








「...起きなさい」
誰かの声で目が覚める。どうやら自分は酒のせいで寝落ちしたらしい。電気もこたつの電源もつけっぱなしで、電気代がもったいない。ただでさえ、稼ぎが少ないのだから節約しなくてはいけないのに勿体ない。こたつの電源を落とし、部屋の電源を切ろうと立ち上がろうとする。
「いや、待ちなさいって。」
ああ、そうだ。誰かに呼ばれていたんだ。
いや待て。なぜ俺の家に人がいる。友人を呼んだ覚えはないし、デリバリーヘルスを頼んだ記憶もない。泥棒か、不審者か、たまたま家の前を通りかかったら酒に溺れて突っ伏している俺を見かけてしまい、とりあえず生死の確認だけしてくれている人か。三番目はないか、ここマンションだし。
とりあえず声の方を振り返ると、

何故か金髪の不良少女がいた。

「どちら様ですか?」
「わかりやすく言うと神だね。」

神を名乗る金髪不良少女がいた。

「...そっか。これ夢だわ。」
コタツから立ち上がって電源を消し、ベッドに入ろうとすると、
「いや、夢だけど待って。」
と神を名乗る不良少女に通せんぼされた。ベッドの前に立ちはだかる少女(見た目的に中学生)、絵面的に色々物議を醸しそうだ。
「夢なんだろ? 寝るわ。」
と俺が言うと彼女は、

「このまま起きても、なんも解決しないよ?」

と。
「...」
考えても見ればそうだ。
起きたところで待っているのはクソみたいな会社で馬車馬の如く働かされて、ゴミのような上司の機嫌取り、そのストレスのはけ口として酒に溺れる日々、趣味らしい趣味のなく、やりたいことが分からないから社会の負け組と呼ばれる彼らと傷の舐め合いをしたくもないのにする。そんな生活だ。
彼女は言葉を続ける。
「ここなら君の努力は報われるし、しっかりと自分の時間だって持てるよ。
「君は自分のやりたいことが分からないそうだけど、見つける時間もなければ考える時間もないじゃないか。そりゃあ分からないよね。
「ここなら時間を作りたいだけ作れるし、仕事もしたければしていい。ホワイトな企業で、しっかりと努力が報われて、誰かと結婚して、子供を作って、孫の顔を見て、周りに悲しまれながらゆっくりと息を引き取って死ねばいい。ちなみにここで死ぬと意識が現実世界に戻るよ。
「いわば人生の先行体験みたいなものだよ。君にはその権利がある、いや与えるとも。」
これは神というより悪魔の囁きだ。こんな魅惑的な提案、乗らないわけがないだろうに。
そう、乗らないわけが無い、はずなんだ。
「分からない。」
「え?」
俺はゆっくりと座り込み、彼女の顔を見る。
「俺は生きることに対しての執着がないし、それが欲しいとも思わない。見れば欲しくなる? チャンスがあれば? それは結局、なんだ。
「酒飲んで現実逃避している自分を客観的に見たら分かった。あれが本当の自分なんだなって。酒を飲んでても飲まなくても変わらない。何も考えずにぼーっと過ごしている、ってのが俺の人生を象徴しているテーマそのものだよ。
「だから神様、夢から覚ますのも覚まさないのもあなたに委ねる。どっちにしろ、俺は時間を捨てるだけだしさ。」
言うだけ言うと、彼女はしばらく悩み、そして俺の目の前まで来た。
そして、

俺をグーで殴り飛ばした。

女性の拳なのでそんな威力はなかったが、普通に痛い。まず夢の中で痛みを感じることが驚きだったが、なぜ殴られたのか。
「何がしたいか分からない?それを探す努力もしたことないのに?人生のテーマが時間の浪費?まだ20年ちょっとしか生きてないのに?生に対しての執着がない?死にそうになったこともないのに?」
、と彼女は鼻で俺を笑い飛ばした。そして俺の胸ぐらをつかみ、
「君の人生は、10年前から何一つ変わっちゃいないじゃないか!!」
「...」
10年前? 何を、言って、
「自分のせいだと塞ぎ込み、自分の高校受験をドブに捨ててまでひたすら後悔して、ようやく立ち直ったかと思えば何に対しても興味を持たなくなって、挙句の果てに酒に溺れる! 」
「君は! 自分を大切にできないのか!!」
自分を、大切に? 
「あの時だって、君のせいじゃない!君が最後まで彼女の支えになっていたじゃないか!」
支え、彼女、あの時?



勝手に口が動く。

「俺が救えなかった、助けられなかった。だからあいつは死んだんだ。自分を大切に? 他者も救えない人間に自分を大切にする資格があると思うか? 人生に意味を見出さないんじゃない、そんな奴に人生を謳歌する資格なんてない。」

勝手に動く。

「支えになっていたらあんなことになっていない。ドブに捨てたんじゃない、彼女のことを心に刻むためだ。あいつを救えなかった俺は、もう人として生を謳歌してはいけないんだと。あいつと一緒で生に意味をもたないでひたすら死ぬために生きるのだと。」

勝手に...

「...あいつって誰だ?」
何故か目から涙がこぼれ、手が震えている。
あいつ、なんだったっけ。
俺はあいつを忘れちゃいけないのに、出てこない。あれだけ心に刻んだのに。あれだけ忘れないと誓ったのに。
あいつが出てこない、その部分だけ黒いモヤがかかっていて思い出せない。顔も名前も趣味も口癖も誕生日も全部全部思い出せない。



目の前の彼女が口を開く。
「羽倉京香」
聞き覚えのある名前が耳を伝って脳に響く。
「それが、彼女わたしの名前よ。」






中学生の頃、転校してきた俺は一人の少女と友達になった。羽倉京香という不良の女の子で保健室通いだった。というのもクラスメイトからは陰湿なイジメを受けていて、両親からも幼い頃から虐待を受けていた。手首には切り傷、顔には打撲の痕、ボッサボサな髪。それらを上手く誤魔化すには髪の毛を染めて、ブカブカのジャケットを着て不良っぽくなるのが一番だったという。
「ただね、授業が受けれないっていう欠点もあるんだけどさ。保健室登校って1度やるとやめれないんだよねー。」
勉強が追いつかなくなるのが嫌だと言った彼女のために、俺はできる限りサポートしてあげた。ノートも2人分取って彼女に見せたし、彼女が分からない所を昼休みに保健室に行って教えてあげたりした。最初は大変だったが、こんななんの取り柄もない自分でも人を助けることができると思うと救われる気がした。それに彼女と話すのがだんだんと楽しくなっていた。保健室の先生がこっそりとくれるお菓子を片手に、何の変哲もない話をダラーっとするのがお互いの楽しみになっていた。

そんなある日、中間試験の試験結果が出た。
学年順位で彼女が23位という好成績を残したのだ。ノートを見せたりした僕の手柄も少しくらいはあるのだろうけど、ほとんどは彼女の努力によるものだったと思う。しかし、元々の順位が3桁後半だった彼女が急にここまで順位をあげることを不審に思った教師は直接彼女に聞かなかったがカンニングを疑った。するとそれに乗じて、彼女をよく思っていない生徒達が芝居を打ち、「彼女がカンニングをした」という嘘をでっち上げたのだ。
いつも授業に出ていて結果を出している生徒と、何をしているか分からないけど好成績を出した生徒。どっちを疑うかは明確で、普段の生活態度(とはいっても髪の色やボロボロの制服などだが)なども相まって、カンニング疑惑が確たるものとなった。当然本人は反発したが「親に連絡する」と言われると黙るしか無かったという。
当然俺は彼女の努力を知っていたので、彼女はそんなことをする人間じゃないと抗議したが、俺は協力者だと思われているらしく、テストの問題を彼女に渡しただの、カンニングさせただので俺のクラスや教師の印象は日に日に悪くなっていった。それでも俺は彼女を信じたかったし、自分の行いは間違っていないのだと信じていた。

そんなある日、彼女が死んだ。屋上から飛び降りたのだという。
俺は何を言われているのか分からなかったし、分かりたくなかった。受け入れたくなかった。
後日、保健室のベッドの枕の下に彼女の最後の手紙らしきものがみつかった。そこに書いてあったのは保健室の先生への感謝と自分への謝罪だった。
「君は何も悪くないのに、クラスメイトから悪い目で見られていると先生から聞きました。私のために色々してくれていたのに、恩を仇で返すような人間でごめんなさい。」
考えても見ればそういう施設やサービスに相談したり、カウンセリングのひとつでもすればよかったのに、自分の満足だけで彼女を見殺しにした俺はあいつらと何も変わらないゴミ野郎だったのだ。
彼女が亡くなってしばらくして、いじめ問題を解決するための会議という形だけのクラス議会が行われた。そこで俺は真っ先に手を挙げてこう言った。
「彼女を殺したのは教師とお前らと俺だ。」
と。そこから先は詳しく覚えていないが、教師が居ないのをいい事に、俺に全てを押し付ける形で解決したのだ。勉強を教える代わりに体の関係や金銭を脅迫する形で求めており、彼女はそれに耐えられなくなった、と。教師もなぜそれで納得してしまったのかは分からないが、いじめ問題が大きくなる前に解決するに越したことは無いと考えたのか、俺一人を謹慎処分にする形でその事件は幕を閉じたのだ。




「なんで、忘れてたんだろう。」
俺は彼女に歩みよる。
「君は僕のせいで...」
彼女は首を振る。
「君は悪くない、むしろ謝るのは私の方だ。」
彼女こと羽倉京香は膝をついて泣きじゃくる僕の肩をポンと叩く。
「私の評価がいくら下がろうと構わないけど、私がいて君の評価が下がる、これだけは耐えられなかったんだ 。」
「そんな、僕は...」
「うん、やり方はもう少しあったんじゃないかと後悔している。現に私は君の心を傷つけて、その後の人生にも影響を及ぼしているみたいだし。」
「...僕は君がいてくれればよかったんだ。こんな僕にも救える人がいる、こんな僕でも支えることが出来る、それが、僕の救いだったんだよ。」
「ごめんね。でも、これだけは約束してくれないかな?」
「なんだい?」
「これからは私の分だけ君は自分の人生を生きてほしいんだ。」
「それは、羽倉京香としての願い?」
「うん、そうだよ。そう言えば君だって聞くしかないからね。」
「...うん、わかった。じゃあ聞く。何をするかはまだ決めてないけど!何をやりたいかもこれからだけど!間に合わなくても間に合わせても見せるから!」
「だから...君も...」
振り絞るように想いを出し切って、彼女の顔を見る。
「うん、大丈夫だよ。ずっと見てるから。」

彼女の言葉と共に、体がだんだんと崩れていくような感覚に襲われる。体が崩れたことは無いが、そろそろお別れの時間なのだということは分かる。
「そろそろかな?」
と彼女に聞かれたので、僕は頷く。
「最後に言いたいことがあるなら聞くよ? もう会えないだろうから。」
もう会えない、その言葉は重くて辛いけどここに残りたいという気持ちはなかった。
だから俺/僕は彼女に伝える言葉を迷わずに告げる。
「僕は君のことが好きだった。」
まっすぐ、逃げずに。人生初の告白を彼女に送る。彼女は照れながらもその答えを行動で示してくれた。
彼女は背伸びをして、唇を僕に重ねる。誰かの唇の感触を味わいながら意識が遠のいていくというのは人生で二度と経験できないだろうが、そんなことはどうでもよかった。
やっと、言いたかったことが言えたのだ。
やっと、送りたかった言葉を渡せたのだ。
満足感と共に去ろうとした刹那、彼女の声が小さかったけど確かに聞こえた。
「私からの贈り物はどうだったかな?メリー クリスマス」と。




結局自称神様の彼女はなんだったのか?
まあ、幽霊だったのかもしれないし天使だったのかもしれない。あるいは意識しなくとも生み出した幻かもしれないし、悪魔なのかもしれない。

だけど彼女のことだ、神様とか言っておきながら真似事がしたかっただけなのかもしれない。

聖夜を夢と希望が詰まった袋とトナカイと一緒に駆けるソリに乗った配達員のモノマネを。
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