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血の食卓
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「よし、座ったな」
薄暗い食卓に黒ずんだ何かが置かれている。
「それじゃあ…いただきます」
隣にいた妹の天音がいきなり頭からどろどろに溶けだして、食卓テーブルに黄緑色のシミを撒き散らした。強烈な異臭とともに天音は黄色い湯気を放って縮んでいく。
多分、手を合わせるのが遅かったのだろう。それだけだ。
「この料理、美味いな」
父の正一がまず口を開く。
「天音と作ったのよ」
次に母の恵子。
「天音も料理が上手くなったなぁ」
そして俺、孝弘。
「べすたーふん」
最後にるぷれひと。
「がぼがぼ」
俺の視界が大きく歪み、目やら鼻やらに黄色い粘性の汁がとめどなくこぼれ落ちる。
すぐにつんとした匂いが鼻腔に広がって、汁は瞬く間に肺を満たして俺は溺れていった。
「うぃだほーれん」
「じゃあいただきます、座ったから」
口で炭になる、黒ずんだハンバーグは。
「うまいな、この料理」
父が、母が、姉が咀嚼する、灰を。
「作ったの、天音とね」
口の中に血が溢れる、固いから。
「上手くなったなあ、いつの間にか」
立ち上がっている、るぷれひとが。
「しょで?きょうべんものした」
天音の頭は気づいていない、落ちたことを。
すぐに家族全員がお揃いになる。
「なんなんだよこれはぁ」
正一がテーブルに拳を叩きつけた。
「私だって知らないわよそんなのっ!」
恵子が料理ごと正一へ皿を投げつける。
「そもそもお前が不倫なんてするからだろ!」
席を立つことはできない。ー全員目に見えない悍ましい何かに囚われている。
「あなただって会社のお金を横領したじゃない」
るぷれひとの顔は黒く塗りたくられていて、笑っているようにも怒っているようにも見えた。
「お前が闇バイトしたからだろ、クズ」
両親の喧嘩をよそに、天音が吐き捨てるように言った。
「ふざけんな。お前だって頂き女子とか言っておっさんから金巻きあげただろが、このホス狂のブス」
俺の口から自然と醜い言葉が吐き出された。
これはいつかの記憶。喋ることを許された時間軸の話。もしくは醒めない悪夢。
「べすたーふん」
立ち上がったるぷれひとは角度によって見え方が随分変わる。
袈裟を巻いて仙人然とした老父かと思えば、絶世の美女になったりもする。
さっきまで敬虔な従者だったものが、ぼこぼこ音を立てる異形の黒塊へと変わっていた。
ただ、一目でるぷれひとであることは理解できる。
「べすたーふん」
合図がくる。意味はわからないが、言われたら終わりだ。いや、新たな始まりともいうかもしれない。世界の。夢の。
鞭の乾いた音が脳内に響く。次の瞬間、全員が勢いよく燃え上がった。
「あつぁぁぁぁあいいい」
髪が、皮膚が、高熱で溶け出して、全員が天に咆哮した。
肺が焼かれ、身悶えするような苦しみが彼らを襲う。
「ぎっぎぎぎぃぃぃっ」
肉の焼ける香ばしい匂いが食卓に充満する。
しばらくすると、炭化したかつて人だった黒いものが、るぷれひとの前に一様にひれ伏していた。
「うぃだほーれん」
るぷれひとが鞭を打ち鳴らすと、それらはたちまち崩れて灰となって消えた。
「ほら、座って座って」
食卓に沢山の料理が並んでいる。
「うわ、何これめちゃくちゃ豪華じゃん」
「お母さん頑張りました」
「ほー、美味そうだなこれは」
こんがりと焼けたローストチキンと肉厚なローストビーフの香りが鼻腔をくすぐる。ご馳走を前に家族みんなが思わず笑顔になった。
「けーき、けーき!」
丸太を模したチョコレートケーキの上でメレンゲのサンタクロースが微笑んでいて、その隣にはジンジャーブレッドの坊やがクッキーで建てられたお菓子の家ではしゃいでいた。
「よぉーし、それじゃあ。めりーぃくりすまぁーす!」
ワインと子ども用のシャンパンで乾杯し、各々が笑顔で料理を頬張った。
「うおお、この肉塩っぱくてうめえ!」
「サンタさん甘ぁい」
「ワインとローストビーフがまた合うなぁ」
「ふふ、頑張った甲斐があったわ」
「うぃだほーれん」
至福の時間も長くは続かない。
鞭の音が唐突に幸せを引き裂いて、また次の世界が始まるのだ。
そして今、家族が文字通り一つの肉塊となって蠢いていた。
「ちょっと肺が潰れるでしょ」
「俺の心臓を押すな!」
「邪魔なんだよ…」
「もがもごぉ」
果たしてこれは本当に罰なのか?
地獄の業火で焼かれてなお許されない程の罪を俺たち家族は犯したのか?
るぷれひとは相変わらず何も話さない。話した時にはもう手遅れだ。
「おぼごっ」
鞭が鳴る度に肉塊が膨張する。
自分たちが清廉潔白と言うつもりはない。
だが、凶悪な犯罪者だって腐るほどいるはずだ。
自分たちはただ運が悪かっただけなのか?
「ぶふわぁぁ」
耐えきれなくなった皮膚が破け、山のように溢れた臓物がツリーを飾っていく。
時折暖かい食卓にクリスマスのご馳走が並べられる幸せな世界が訪れる。
「いただきます」
無慈悲に鞭が鳴り、食卓は血で彩られる。
「べすたーふん」
それでも、そんな世界が本当に来ることを願って、俺たちはまた手を合わせる。
薄暗い食卓に黒ずんだ何かが置かれている。
「それじゃあ…いただきます」
隣にいた妹の天音がいきなり頭からどろどろに溶けだして、食卓テーブルに黄緑色のシミを撒き散らした。強烈な異臭とともに天音は黄色い湯気を放って縮んでいく。
多分、手を合わせるのが遅かったのだろう。それだけだ。
「この料理、美味いな」
父の正一がまず口を開く。
「天音と作ったのよ」
次に母の恵子。
「天音も料理が上手くなったなぁ」
そして俺、孝弘。
「べすたーふん」
最後にるぷれひと。
「がぼがぼ」
俺の視界が大きく歪み、目やら鼻やらに黄色い粘性の汁がとめどなくこぼれ落ちる。
すぐにつんとした匂いが鼻腔に広がって、汁は瞬く間に肺を満たして俺は溺れていった。
「うぃだほーれん」
「じゃあいただきます、座ったから」
口で炭になる、黒ずんだハンバーグは。
「うまいな、この料理」
父が、母が、姉が咀嚼する、灰を。
「作ったの、天音とね」
口の中に血が溢れる、固いから。
「上手くなったなあ、いつの間にか」
立ち上がっている、るぷれひとが。
「しょで?きょうべんものした」
天音の頭は気づいていない、落ちたことを。
すぐに家族全員がお揃いになる。
「なんなんだよこれはぁ」
正一がテーブルに拳を叩きつけた。
「私だって知らないわよそんなのっ!」
恵子が料理ごと正一へ皿を投げつける。
「そもそもお前が不倫なんてするからだろ!」
席を立つことはできない。ー全員目に見えない悍ましい何かに囚われている。
「あなただって会社のお金を横領したじゃない」
るぷれひとの顔は黒く塗りたくられていて、笑っているようにも怒っているようにも見えた。
「お前が闇バイトしたからだろ、クズ」
両親の喧嘩をよそに、天音が吐き捨てるように言った。
「ふざけんな。お前だって頂き女子とか言っておっさんから金巻きあげただろが、このホス狂のブス」
俺の口から自然と醜い言葉が吐き出された。
これはいつかの記憶。喋ることを許された時間軸の話。もしくは醒めない悪夢。
「べすたーふん」
立ち上がったるぷれひとは角度によって見え方が随分変わる。
袈裟を巻いて仙人然とした老父かと思えば、絶世の美女になったりもする。
さっきまで敬虔な従者だったものが、ぼこぼこ音を立てる異形の黒塊へと変わっていた。
ただ、一目でるぷれひとであることは理解できる。
「べすたーふん」
合図がくる。意味はわからないが、言われたら終わりだ。いや、新たな始まりともいうかもしれない。世界の。夢の。
鞭の乾いた音が脳内に響く。次の瞬間、全員が勢いよく燃え上がった。
「あつぁぁぁぁあいいい」
髪が、皮膚が、高熱で溶け出して、全員が天に咆哮した。
肺が焼かれ、身悶えするような苦しみが彼らを襲う。
「ぎっぎぎぎぃぃぃっ」
肉の焼ける香ばしい匂いが食卓に充満する。
しばらくすると、炭化したかつて人だった黒いものが、るぷれひとの前に一様にひれ伏していた。
「うぃだほーれん」
るぷれひとが鞭を打ち鳴らすと、それらはたちまち崩れて灰となって消えた。
「ほら、座って座って」
食卓に沢山の料理が並んでいる。
「うわ、何これめちゃくちゃ豪華じゃん」
「お母さん頑張りました」
「ほー、美味そうだなこれは」
こんがりと焼けたローストチキンと肉厚なローストビーフの香りが鼻腔をくすぐる。ご馳走を前に家族みんなが思わず笑顔になった。
「けーき、けーき!」
丸太を模したチョコレートケーキの上でメレンゲのサンタクロースが微笑んでいて、その隣にはジンジャーブレッドの坊やがクッキーで建てられたお菓子の家ではしゃいでいた。
「よぉーし、それじゃあ。めりーぃくりすまぁーす!」
ワインと子ども用のシャンパンで乾杯し、各々が笑顔で料理を頬張った。
「うおお、この肉塩っぱくてうめえ!」
「サンタさん甘ぁい」
「ワインとローストビーフがまた合うなぁ」
「ふふ、頑張った甲斐があったわ」
「うぃだほーれん」
至福の時間も長くは続かない。
鞭の音が唐突に幸せを引き裂いて、また次の世界が始まるのだ。
そして今、家族が文字通り一つの肉塊となって蠢いていた。
「ちょっと肺が潰れるでしょ」
「俺の心臓を押すな!」
「邪魔なんだよ…」
「もがもごぉ」
果たしてこれは本当に罰なのか?
地獄の業火で焼かれてなお許されない程の罪を俺たち家族は犯したのか?
るぷれひとは相変わらず何も話さない。話した時にはもう手遅れだ。
「おぼごっ」
鞭が鳴る度に肉塊が膨張する。
自分たちが清廉潔白と言うつもりはない。
だが、凶悪な犯罪者だって腐るほどいるはずだ。
自分たちはただ運が悪かっただけなのか?
「ぶふわぁぁ」
耐えきれなくなった皮膚が破け、山のように溢れた臓物がツリーを飾っていく。
時折暖かい食卓にクリスマスのご馳走が並べられる幸せな世界が訪れる。
「いただきます」
無慈悲に鞭が鳴り、食卓は血で彩られる。
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