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シーズンⅡ-17 最下位

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 二〇一五年九月中旬。

「これは一体どういうことなんだ。説明してもらえるかね」

「何故、こういう結果になったのか分かりかねます」

「全国最下位になった理由が分からんと言うのかね」

 昨日、経済誌が発売になり全国銀行頭取ランキングがすべてフルネームで掲載された、月刊誌に載ると聞かされていた北部栄心は昨日の新聞広告を見てそれが違っていたことを知った、その経済誌は週刊で発行している方に載せたのだ。

 メガと地銀合わせて百十二行がランキングされており一位はスガガ銀行の頭取、だが、栄心にはまったく関係のない銀行なので興味も湧かない、北部銀行前田頭取を探したが出てこない、途中で見落としたかも知れないと思い半分ぐらい見た後でまた一位から見始めて最後には言葉を失った、最下位にいたからだ。

 すぐに呼びつけたが一日だけ待って欲しいと言われ今日になった、いま、北部学園理事長室で栄心と前田頭取の二人だけで向き合っている。

「これは当行、いや、私に対する報復です。報復なのは分かりますが何故このような形で報復されるのか、その意図が分かりかねます」

「なんの話をしているんだ。誰が頭取に報復すると言うのだ」

「順を追って説明させて頂きます。震災の年の年末に刻文銀行が公的資金二百億円を受け入れたのはご存じでしょうか。政府は我々のところにも毎月のように受け入れをお願いしに通って来ていたのです」

「刻文銀行は震災でそんなに悪い状況に陥っていたと言うのかね」

 栄心が知っている公的資金注入のイメージは危なくなった銀行に国民のお金を注入するというものだ、我が国では誰もがそう思っているはずだ。

「違います。東北最大で昔も今も健全な銀行です、国としては国と地元が一体になって復興を果たしたい、それが公的資金注入という構図です。国はそれでいいかも知れませんが刻文銀行のように誰が見ても健全な銀行が受ける分には問題がないのですが、同じく健全な我々が受けた場合に地元の方々が受け取るイメージはどうなのでしょうか。刻文銀行の場合とは違うことになるかも知れません。だから、お断りしたのです」

「そんなことがあったのか。もう四年以上も前のことじゃないか、今更ここにきて報復するなんてことはどうなんだろう。ちょっと信じられんが」

「当行に通っていた担当者があまりにもしつこかったんです、相当な圧力を上から受けて通っていたんじゃないかと思います。私は役員会を開催して受け入れの是非を問うて正式に拒絶を決めて文書で回答したのです。私自身が持参したのですが受け取った担当者の上司に捨て台詞を吐かれました、『政府の想いも知らないでよくこんな真似ができるな、覚悟しておけ』と。これが、いまだに根に持たれているのは間違いありません。しかも北部は民自党から離党したあの先生が基盤の県ですから」

「分かった。それでこれからどうするつもりなんだ、予定通り来年六月に退任するのか」

「その件を考えるべく一日の猶予をお願いしたのです。これからお話しする内容を聞いた上でご納得頂ければ協力をお願いしたいのです。もし協力が頂けなければ諦めます」

「うむ。聞かせてもらおう」

「ありがとうございます。今回の件で私はもう終わりです、どんな終わり方になるのかを考えてみましたがこのままでは近いうちに四面楚歌になり悲惨な終わり方になるとの結論にたどり着きました」

 悲惨?

 儂に見せるための演技か、いや、前田頭取は二〇〇六年に就任して来年で十年になるが儂に対して大袈裟な演技をしたことは一度もない。

「おい、悲惨とは少し考えすぎじゃないのか」

「いえ、見えるんです、悲惨な終わり方が。解任されることになるはずです」

「解任だとっ」

「はい。最下位は私への報復ですが、これが引き金になり中野常務一派が動くと思われます」

「確かにそう思うのか」

「刻文銀行が黙っているとは思えません。刻文銀行が中野常務を先頭に立てて進めている東北みらいホールディングスの傘下に当行を入れる動きを早めて来ると思います。中野常務を頭取にする体制で傘下入りに臨むべきだとの圧力を議決権を持つ役員に迫って来る手法を取られると解任動議を定例の取締役会で出されてしまいます」

「うぅーむ。刻文が動くということか」

「このランキングで刻文銀行は私を追い出す絶好の機会を得たわけですので、国のお墨付きをもらったと判断するでしょう」

「分かった。それで、儂の協力を求めるとは具体的に何なのだ」

 背筋を伸ばした前田頭取は、内ポケットから取り出した紙を広げて差し出して来た。

 そこには北部銀行の役員十一名の名前が前田頭取と中野常務、その他の欄に分けて書かれているが既に中野常務を含めて四人が中野常務側に記されていた。

「これはどういうことだ。浅野専務も中野常務側に入っているじゃないか、しかも前田頭取側は森下常務しか入っていない。あと二人が中野常務側に付いたら君はお終いということになる。そういうことなのか」

「現時点ではそういうことになります。協力頂きたいのは森下常務に譲るまで私を守って頂きたいということなのです」

 前田頭取は「その理由をこれから申し上げます」と言った後で真っ直ぐに私を見て来た、ここはじっくり聞くしかない。
 
「今年に入って行内で流れている噂は私が来年の株主総会で退任して空席になっている会長職に就くというものです、誰が流したのかは分かりません。来年、今からだと五カ月後ぐらいになりますが、二月末までには森下常務に後任頭取を打診するつもりでした。五月の決算取締役会で私の退任と新経営陣のリストを森下常務と一緒に練って提出するつもりでいました。会長職には就きません、森下体制を敷いて銀行を去る覚悟でおります」

「その時の中野常務の扱いはどうするつもりだったんだ」

「東北みらいホールディングスの傘下入りが避けられない場合は今は空席になっていますが副頭取に昇格させるつもりでした」

「それだと頭取が前に言っていたことと違うんじゃないのか。後任は道筋を作った方にすると確かに言っていたぞ」

「道筋を作ったのは森下常務の方だからです。今回の私への報復は、刻文銀行の意向を聞いている国が当行の東北みらいホールディングス入りを既定路線と考えている証です。だとしても、森下頭取体制で東北みらいホールディングスに入れば取り込まれることはないと私は判断します」

「そういうことか。森下君の道筋を聞かせてくれんか」

「森下常務のは被災三県、具体的には津刈、北部、刻文の三県に存在する信用金庫を各県ごとに一金庫の下に統合させます。その上で当行が作るホールディング会社の下に業態転換をして入ってもらうという内容です」

「・・・業態転換だと」

「銀行と信用金庫では統合ができません、普通銀行に業態を転換してもらう必要があります」

「そんなことが可能なのか」

「可能ですし国内で既に実績もあります。津刈では以前、統合が進んだこともあり既に大半の信用金庫が津刈信用金庫を存続として統合されていますので普通銀行への転換の道筋は他県より進んでいます。ここ北部では北部信用金庫の下に統合を図るつもりです、同じく刻文では刻文信用金庫がその役目を担います。三県の中での統合に向けた動きと政府と省庁への働きかけはみつつフィナンシャルグループが動いています」

「みつつが協力してくれているということか」

「はい。窓口はみつつ証券刻文支店です、当行では森下常務の下でみつつから来た菊池顧問が動いています」

「菊池顧問なら知っている、よく会いに来るんでな。そういう事だったのか」

「日本の信金業界には圧倒的な規模の巨大信金が存在します、刻文銀行に匹敵するくらいの信金です、国としてはこれまでもこれからも信金は信金にお任せするというスタンスだとみつつから聞いています。今回、東北の三県から信金が消える事態をどう信金業界が受け止めるか、そこが問題です。なので相当な時間を要すると思っています。森下常務の考えは、普銀転換しても信金の柱である共助の考えは維持する、その上でお客様には県を跨《また》いだ仕事の依頼が入りますし他県への出店や資本参加等が臨機応変に出来るようになることで震災後に激減している売上の回復と未来が約束される、これを被災地からの答えとしたいということでした」

「分かった、協力しよう。早急に北部グループの会合を持つ、そのあとで切り崩しにかかる。それでいいな」

 前田頭取を帰し、健将、紗耶香、栄心の片腕の太田と工藤理事を呼び経緯を話し来週早々にグループトップを全員集めるよう指示を出した。

 健将と工藤理事には残るよう指示し、別の命令を出す。

「儂から連絡を入れておく、明日にでも二人で右竹に行ってもらいたい。今日の経緯を話した上で香苗の兄に早々にこちらで会いたいと伝えてくれ」

 準備を怠らない。

 いま栄心にできることは何か、それを考え抜く。

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