異世界産業革命。

みゆみゆ

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具体策

第44帖。銀貨と銅貨は一般庶民。(中世の物価抄)。

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「金鉱の数に比して金貨発行量が多いと怪しまれる。王領で金鉱が複数発見されたことにしておこうか」
「うー、うーむ」
「まだ何かあるのか」
「い、いえ。行うのでしたら銀貨や銅貨など身近な貨幣を先にするとよろしいかと」
「あー、そうかも。一般庶民に金貨は無縁だもんな。えーと、例えば銀貨だと何がある」
「大型銀貨と小型銀貨があります」
「大型銀貨だと何が買えるんだ」
「そうですね」

 アウグストは答えた。大型銀貨で買える物を列挙する。
 それらと現代日本の物価を考えて、大型銀貨1枚はおよそ1万5000円から2万円の価値があるな、と悠太郎は換算する。それに小型銀貨だと3000円か5000円だろうと推察する。
 そして銅貨1枚なら数百円の価値だと予想された。

 ただ物価は変化する。それに銀貨や銅貨は王様だけでなく、十二諸侯のみならず有力者でも、誰でも勝手に作っていい。10世紀では貨幣経済が未発達だからである。
 国家が鋳造に関与する(かんちゅう)のは国家間の取引用の金貨くらいなものだ。他国に見切りをつけられないよう純度の維持には神経質なほど気を配る。そうやってソリドゥス金貨もディナール金貨も人々の信用を勝ち得たのである。

 それに対して銀貨や銅貨はまた扱いが異なる。国内用の貨幣たる銀貨や銅貨は誰でも勝手に鋳造できる(ちゅう)。
 物々交換で何とかなる時代だし、王様の権威が下がっている今、王様よりも地元の有力者の方が信用されているのだ。悲しいけど現実の話。

 そんなのが普通の時代だから銀貨や銅貨を統一すべしとアウグストは言い出したとき、悠太郎は迷った。基本的にお金には信用が必要だ。いきなり「明日から使えませーん。ゴメンね!」なんて言われないよう、信用ある相手の貨幣を欲しがる。
 果たして今の王様にそれだけの信用があるのか。政府中枢では慕われているが、国内の反応はどうなのだろうか。

「そうだなあ。貨幣経済が未熟な今のうちに全部を改革しておくべきかな。後世、貨幣は絶対必要になる。それこそルンペンだって硬貨を使うようになる。そうなると経済の規模が大き過ぎて、供給量が半端なく巨大になる。そうなる前の〝11世紀〟だからこそ覇権を握れる。よし、銀貨も銅貨もやってしまうかな」
「将来……? やはり勇者殿は未来が見えるのですね」
「ま、まあそうかな。そういうわけで金貨を、あ、いや、最初は銀貨と銅貨の鋳造をやろうと思う。撰銭令えりぜにれいみたいなもんだな。これって王様の許可がいるかな」
「王領の資源を使うわけですから、そちらの許可は必要ですね。流通に際しては特に法はないかと」
「王領でやる分にはハードルはないみたいだな。一般庶民は貨幣をよく使うのか」
「恩賞や結婚式の贈り物だとか、限られた場合にしか使われません。基本的に物々交換で事足りますから」
「ということは貨幣に慣れない一般庶民は多いってことだな。石炭のときと同じか。ふーん……よし、今後は新しく発行される銀貨と銅貨のみを使用するように布告しよう。あと街道整備の際の報酬だけど、半分は現物だろ? 小麦とか肉とか。残り半分を貨幣で配るのはどうだ」
「おお! まず一般庶民に貨幣を根付かせようというのですか」
「そうだ。多くの人が使うのであれば使わざるを得まい」
「それに伴い古い貨幣を禁止するのですか」

 アウグストは戸惑いを見せた。一般庶民に貨幣が馴染みない現在、貨幣を使うのは騎士や王族など偉い人たちである。つまりそうした人たちから反発を食らわないか心配しているのだった。「明日からお前の持ってる金は使えねえよ」と言われたら誰だって困る。

「交換期間を持たせようじゃないか。それに新貨幣と旧貨幣とは等価で交換する」
「等価で……? あ」
「気付いたか。これで財政官だの何だのの不正蓄財を暴けるぞ。何しろ〝等価交換〟だからな。ま、あの手この手で避けるだろうけど。もしかすると手の内がバレるくらいなら使っちおうと考えるかもしれん。この経済が縮小する冬に金を使ってくれるのは結構なことじゃないか」
「勇者殿、それは素晴らしい計画ですが恐ろしい計画でもあります。下手をすれば国家がひっくり返るような計画です」
「かもしれん。だが今やらねば永久にその機会は来ないと僕は思う。貨幣経済が成熟してしまえば手遅れだ」

 アウグストの言わんとするところは分かる。悠太郎のやろうとしていることは現代風に言えば預金封鎖、そして新円しんえん切替である。

 昭和21年、日本政府は戦後のインフレを抑えるべくこの2つの政策を執った。
 銀行口座は凍結された。世帯・個人あたり引き出し額が制限され、しかも流通する円は政府が新たに発行した紙幣のみ。
 事実上、国民は財産を差し押さえられたのである。信じがたい政策であったがこれのおかげでインフレは終息し、第1次世界大戦後のドイツに起こったハイパーインフレを避け、日本は復興への道を歩む。

 それほど混乱が起こらなかった理由がインフレである。昭和18年に新聞購読料は月1円20銭(1.2円)。これが昭和21年には10円出しても、まんじゅう1個買えるかどうか。庶民の貯金などインフレの前に吹き飛んでしまった。しかも当時は食糧難。金よりも食べ物の物々交換が活発であった。

 ひどい言い方をすれば10世紀もそんな感じである。「戦後の混乱」とはまさに今であると悠太郎は思っている。卯の侯爵との諍いを以て戦後と為す。そして貨幣経済が未発達だから物々交換が盛況。まさしく戦後の日本。

「アウグスト。この案で王様は真の意味で王様になれる。今は物々交換が世の大半を占めている。でも将来、貨幣経済が当たり前の時代になる。だから今のうちに貨幣経済を王様の手の元に置く」
「王陛下は貨幣を武器に十国とをのくにを統治する」
「まあそういうことだな。ついでに世界も」

 悠太郎は苦笑い。アウグストの言い方が笑えた。まるで今は十国とをのくにを統治していないかのごとき言い方。王様に最も近い近衛隊隊長でさえ、王様の権威が十国とをのくに内に満ちていないと認めている。
 そしてだからこそ彼は改革を望んだのだ。

「やるか」
「やりましょう」とアウグストは断言した。
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