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八日目
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あれから疼く体をベッドに放り投げてしばらく転がっていると、いつの間にか意識を失っていた。
「んんん~……寝てたのか」
「ケホッ……」
「ん?カナタ、カナタ!」
「ぅ"う"……はようございます」
「……風邪引いた?」
声が掠れてまともに出ていない。どうやら昨日の夜の寒さが堪えたみたいだ。
「喉やりましたね…」
「他に具合悪いとかない?」
「ちょ…と寒いです」
「じゃあ布団に入ってて。薬と冷却シート取ってくるから」
「はい」
私の分まで毛布を被せてあげて、棚の上にある薬箱に手を伸ばす。ちょうど下ろし終えた時に、後ろから熱が伝わってくる。
「……どうしたの。ちゃんと寝てないと」
「寂し…です」
「大丈夫、そばにいるから」
あぁもう可愛いな。今日は講義もバイトもなくて良かった。手早く必要なものを取り出して薬箱をしまうが、カナタは離れようとしない。
「ナギ…さん」
「なぁに?」
「ごめ…なさい」
「え、どうしたの。と、とりあえずベッド戻ろうか」
ここで話していては体に障るからと言うと素直にベッドまで戻っていく。いつもの元気な姿を見られないのは少し寂しく感じる。
「これ首に貼って……おっけー」
「ナギサさん……ごめん、なさい」
「そんな泣きそうな顔しないで。カナタらしくないよ」
「ハヤトさんから、話、聞いてたんです」
「あー……ごめん、知ってたや」
そういえば昨日は話せずに眠ってしまった。でもどうしてそんなに辛そうな顔をするのか分からなくて、かける言葉に困る。
「すぐに帰って…れなくて、ごめん…さい」
「なんだ、そんなこと?」
「え……?」
「カナタが気に病むことはないよ。きっと色々悩んだだろうし、必要な時間だったには違いないでしょ?」
出来ればもう味わいたくないくらいの地獄な毎日だったけど、私にとってはいい気付けにはなったはずだ。火照る頬を撫でながら、私は笑いかける。
「正直、あの毎日は辛かったよ。自分が思ってるよりも大切にしてあげられなかったのがとてつもなく悔しかった」
「そんな、ことは……」
「ううん、きっとそうだったんだ。これからは埋め合わせ……じゃないけどさ、やり直し?をさせて欲しい…」
「やりなおしは、いや、です」
余裕の無い素振りで私を見つめる。力強さにどこか、怯えに近いものを感じる。
「え、い、いやかぁ。うーん……」
どうしよう、食い気味で拒否されるとは思わなかったから結構刺さるな。
「いままでも、大事なおも…でだから」
「……ありがとう、凄く嬉しい」
今すぐ抱きしめてキスしたい。もちろんそんなことは出来ないけれど。
毛布を二重に掛けてあげた後、二人分のマグカップを持ってキッチンへ向かう。私もカナタも、まだ朝ごはんを済ませていない。
「ご飯作るから少し待っててね」
「私もいきます……」
「ちゃんと寝てないと治らないよ。それまで夜もお預けだからね」
「う~……」
今日の感覚が少し残っている。私もこの五日間悶々として過ごして来たので、カナタにはなるだけ早く風邪を治してもらいたい。
ご飯をレンジで温めている間にカップを洗って、ストックしてあったスポドリを注ぐ。私はまたコーヒーだ。
「ふぅ……寝起きの一杯は染みるなぁ」
一服している間にご飯が温まり終わる。容器から鍋に移して卵やネギで彩りを添えれば素朴な雑炊の完成だ。
「おまたせ。熱いから気をつけてね」
適量を器によそってスプーンを添える。
「いい匂い……いただきます」
「どうかな」
いつもこの瞬間はドキドキする。食べられればなんでもいい派だったので自炊はしていても味に自信が無い。湯気の立つ雑炊をひと掬いして、ゆっくりと口に運ぶ。
「あふっ……あ、おいしい」
「良かったぁ…少し熱かったかな」
「お腹が空きすぎて欲張っちゃいました」
「まだいっぱいあるから、ゆっくり食べな」
空腹なんて忘れてしまえるほど、幸せそうに食べている姿だけで満たされていく。狭小アパートの角部屋も捨てたもんじゃない。
「食べないんですか?」
「食べてるのが可愛いからつい見とれちゃった。気にしないで食べてて」
「……急にデレないでください」
「ふふ、耳真っ赤」
いいから食べてくださいと照れる姿も、心做しかキラめいて見える。どうしてだろう、こんなにもいつも通りのやりとりに強く胸が高鳴る。
「大好きだな……」
「どぅえっ?!い、今……」
「あっ……もしかして今口に出てた?」
「はい……」
「あぁ~……めっちゃ恥ずいな」
どうやら不意に口から出ていたらしい。カナタは呆けた顔をした後、突然泣き始めてしまった。
「う"ぅ……」
「あれ?!カナタ、どうして泣いて……」
「だっで…ナギサさんから言ってもらったこど…ながったから…」
確かに、今まで私から言いはしなかった。求められた分だけ応えて、私もそれで満足だった。きっとそのうち離れていくと高を括って好きになる事を避けていたんだ。
「いくらだって言うよ。離れたくないし、離す気もないから」
震える肩を優しく抱き留める。少し熱っぽくて柔らかい。
「私、ずっと不安で……好きになって貰えるよう必死だったからッ…嬉しくて…」
「うん。すぐそばに居たから分かってたよ。応えるのが遅くなってごめんね」
こういう時どんな言葉をかければいいか迷ってしまう。あまり奇を衒ったセリフが言える訳じゃない。そんな時、ふとある言葉を思い出す。
「……これからがどうなるかは分からないけど、絶対に大切にするし、誰よりも幸せにしてみせる。だから、ほら、笑って?」
「私今世界一幸せです」
「大袈裟だね。これからもっと楽しくなるのに」
「その都度幸せ更新ですね」
最高の笑顔を貰ったよ、ありがとうハヤト。癪に障るけど、今度なにかお礼をしておこう。
「まだ食べるようだったら、食べた後にちゃんと薬も飲んでおいて。私はレポート課題を済ませておくから」
「……そばにいて欲しいです」
何だこの可愛い生き物。悶々と募る気持ちをどうにか堪えて、レポートを書き始める。隣でカナタはせっせと雑炊をかきこんでいる。
「カナタ、そう言えば渡したい物があったんだ」
「わたひたいもの?」
「うん。食べ終わったら持ってくるよ」
「ふぁい」
気持ち食べるペースも上がって、途中むせたりしながらも見事に食べ切ってしまった。まずったな、残ったら食べようと思ってたんだけど。
「ま、まぁいいや。ちょっと待っててね」
クローゼットに手を突っ込んで、奥に隠してあった封筒を掴む。
「はいこれ」
「開けてもいいですか?」
「うん。開けてみて」
「……!これ、行きたかった美術展の……」
「大変だったよ。思ってたより人気でさ」
数少ない友人のツテを使って半月、やっとのことでチケットを二枚手に入れた。残りが見つかったと聞いた時は部屋中駆け回りそうな勢いだった。
「わざわざこんなことまで……デートだけでも充分嬉しいのに」
「喜ぶ顔が見られるんだったら安いものだよ。デート、楽しみだね」
「はいっ!早く治さないとですね」
「そうだね。実は私も結構楽しみなんだ」
絵が好きなわけでは無い。美術館の雰囲気が好きなわけでも無い。
「珍しいですね。絵にはあまり興味なかったと思うんですけど」
「カナタの好きなものを、私も好きになりたいんだ。それにカナタとなら、どこへ行ったって楽しめるに違いないから」
「ナギサさん今のもう一回!録画させてください」
「……ほんと変わらないね」
結局もう一度同じセリフを言わされて、気恥しさに頭を抱える私を横目にカナタは満足そうに眠りについた。
「敵わないな……おやすみ、カナタ」
「んんん~……寝てたのか」
「ケホッ……」
「ん?カナタ、カナタ!」
「ぅ"う"……はようございます」
「……風邪引いた?」
声が掠れてまともに出ていない。どうやら昨日の夜の寒さが堪えたみたいだ。
「喉やりましたね…」
「他に具合悪いとかない?」
「ちょ…と寒いです」
「じゃあ布団に入ってて。薬と冷却シート取ってくるから」
「はい」
私の分まで毛布を被せてあげて、棚の上にある薬箱に手を伸ばす。ちょうど下ろし終えた時に、後ろから熱が伝わってくる。
「……どうしたの。ちゃんと寝てないと」
「寂し…です」
「大丈夫、そばにいるから」
あぁもう可愛いな。今日は講義もバイトもなくて良かった。手早く必要なものを取り出して薬箱をしまうが、カナタは離れようとしない。
「ナギ…さん」
「なぁに?」
「ごめ…なさい」
「え、どうしたの。と、とりあえずベッド戻ろうか」
ここで話していては体に障るからと言うと素直にベッドまで戻っていく。いつもの元気な姿を見られないのは少し寂しく感じる。
「これ首に貼って……おっけー」
「ナギサさん……ごめん、なさい」
「そんな泣きそうな顔しないで。カナタらしくないよ」
「ハヤトさんから、話、聞いてたんです」
「あー……ごめん、知ってたや」
そういえば昨日は話せずに眠ってしまった。でもどうしてそんなに辛そうな顔をするのか分からなくて、かける言葉に困る。
「すぐに帰って…れなくて、ごめん…さい」
「なんだ、そんなこと?」
「え……?」
「カナタが気に病むことはないよ。きっと色々悩んだだろうし、必要な時間だったには違いないでしょ?」
出来ればもう味わいたくないくらいの地獄な毎日だったけど、私にとってはいい気付けにはなったはずだ。火照る頬を撫でながら、私は笑いかける。
「正直、あの毎日は辛かったよ。自分が思ってるよりも大切にしてあげられなかったのがとてつもなく悔しかった」
「そんな、ことは……」
「ううん、きっとそうだったんだ。これからは埋め合わせ……じゃないけどさ、やり直し?をさせて欲しい…」
「やりなおしは、いや、です」
余裕の無い素振りで私を見つめる。力強さにどこか、怯えに近いものを感じる。
「え、い、いやかぁ。うーん……」
どうしよう、食い気味で拒否されるとは思わなかったから結構刺さるな。
「いままでも、大事なおも…でだから」
「……ありがとう、凄く嬉しい」
今すぐ抱きしめてキスしたい。もちろんそんなことは出来ないけれど。
毛布を二重に掛けてあげた後、二人分のマグカップを持ってキッチンへ向かう。私もカナタも、まだ朝ごはんを済ませていない。
「ご飯作るから少し待っててね」
「私もいきます……」
「ちゃんと寝てないと治らないよ。それまで夜もお預けだからね」
「う~……」
今日の感覚が少し残っている。私もこの五日間悶々として過ごして来たので、カナタにはなるだけ早く風邪を治してもらいたい。
ご飯をレンジで温めている間にカップを洗って、ストックしてあったスポドリを注ぐ。私はまたコーヒーだ。
「ふぅ……寝起きの一杯は染みるなぁ」
一服している間にご飯が温まり終わる。容器から鍋に移して卵やネギで彩りを添えれば素朴な雑炊の完成だ。
「おまたせ。熱いから気をつけてね」
適量を器によそってスプーンを添える。
「いい匂い……いただきます」
「どうかな」
いつもこの瞬間はドキドキする。食べられればなんでもいい派だったので自炊はしていても味に自信が無い。湯気の立つ雑炊をひと掬いして、ゆっくりと口に運ぶ。
「あふっ……あ、おいしい」
「良かったぁ…少し熱かったかな」
「お腹が空きすぎて欲張っちゃいました」
「まだいっぱいあるから、ゆっくり食べな」
空腹なんて忘れてしまえるほど、幸せそうに食べている姿だけで満たされていく。狭小アパートの角部屋も捨てたもんじゃない。
「食べないんですか?」
「食べてるのが可愛いからつい見とれちゃった。気にしないで食べてて」
「……急にデレないでください」
「ふふ、耳真っ赤」
いいから食べてくださいと照れる姿も、心做しかキラめいて見える。どうしてだろう、こんなにもいつも通りのやりとりに強く胸が高鳴る。
「大好きだな……」
「どぅえっ?!い、今……」
「あっ……もしかして今口に出てた?」
「はい……」
「あぁ~……めっちゃ恥ずいな」
どうやら不意に口から出ていたらしい。カナタは呆けた顔をした後、突然泣き始めてしまった。
「う"ぅ……」
「あれ?!カナタ、どうして泣いて……」
「だっで…ナギサさんから言ってもらったこど…ながったから…」
確かに、今まで私から言いはしなかった。求められた分だけ応えて、私もそれで満足だった。きっとそのうち離れていくと高を括って好きになる事を避けていたんだ。
「いくらだって言うよ。離れたくないし、離す気もないから」
震える肩を優しく抱き留める。少し熱っぽくて柔らかい。
「私、ずっと不安で……好きになって貰えるよう必死だったからッ…嬉しくて…」
「うん。すぐそばに居たから分かってたよ。応えるのが遅くなってごめんね」
こういう時どんな言葉をかければいいか迷ってしまう。あまり奇を衒ったセリフが言える訳じゃない。そんな時、ふとある言葉を思い出す。
「……これからがどうなるかは分からないけど、絶対に大切にするし、誰よりも幸せにしてみせる。だから、ほら、笑って?」
「私今世界一幸せです」
「大袈裟だね。これからもっと楽しくなるのに」
「その都度幸せ更新ですね」
最高の笑顔を貰ったよ、ありがとうハヤト。癪に障るけど、今度なにかお礼をしておこう。
「まだ食べるようだったら、食べた後にちゃんと薬も飲んでおいて。私はレポート課題を済ませておくから」
「……そばにいて欲しいです」
何だこの可愛い生き物。悶々と募る気持ちをどうにか堪えて、レポートを書き始める。隣でカナタはせっせと雑炊をかきこんでいる。
「カナタ、そう言えば渡したい物があったんだ」
「わたひたいもの?」
「うん。食べ終わったら持ってくるよ」
「ふぁい」
気持ち食べるペースも上がって、途中むせたりしながらも見事に食べ切ってしまった。まずったな、残ったら食べようと思ってたんだけど。
「ま、まぁいいや。ちょっと待っててね」
クローゼットに手を突っ込んで、奥に隠してあった封筒を掴む。
「はいこれ」
「開けてもいいですか?」
「うん。開けてみて」
「……!これ、行きたかった美術展の……」
「大変だったよ。思ってたより人気でさ」
数少ない友人のツテを使って半月、やっとのことでチケットを二枚手に入れた。残りが見つかったと聞いた時は部屋中駆け回りそうな勢いだった。
「わざわざこんなことまで……デートだけでも充分嬉しいのに」
「喜ぶ顔が見られるんだったら安いものだよ。デート、楽しみだね」
「はいっ!早く治さないとですね」
「そうだね。実は私も結構楽しみなんだ」
絵が好きなわけでは無い。美術館の雰囲気が好きなわけでも無い。
「珍しいですね。絵にはあまり興味なかったと思うんですけど」
「カナタの好きなものを、私も好きになりたいんだ。それにカナタとなら、どこへ行ったって楽しめるに違いないから」
「ナギサさん今のもう一回!録画させてください」
「……ほんと変わらないね」
結局もう一度同じセリフを言わされて、気恥しさに頭を抱える私を横目にカナタは満足そうに眠りについた。
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