マッチ売りの限界を感じて廃業しようとしていたらボヤを出しておじさんに説教された少女

砂山一座

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おじさんの説教は長くて陰湿だ2

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 私のマッチの炎は馬屋を焼いた。
 大騒ぎになって、大人がたくさん集まり始める。
 その中にさっき私の生きる気力を根こそぎ奪った髭のおじさんもいた。

 怒号が飛び交う中、煤で真っ黒になりながら皆で薄氷の張る池から水を運ぶ。
 樽で水をかけたり、荷物を運び出したりした努力の甲斐もなく、馬屋は全焼した。
 中にいた馬は少し煤けただけで、一頭も怪我をしなかったのが救いだ。

 例のおじさんはブロンドの髭がチリチリになって、服も所々焦げている。
 周りの使用人らしき人たちがおじさんを「旦那様」と呼んでいたから、馬屋はおじさんのものだったようだ。
 野次馬が取り囲む中、皆に混じって水を運んで疲れ切った私の首根っこを掴んで、おじさんが恐ろしい顔で私を見下ろしていた。
 もう逃げる気力もない。

「お前は、さっきの恩も忘れて……」
 おじさんは皆が散り散りに年越しの御祈りをするために帰っていくというのに、私の首根っこを掴んだまま説教を始めた。
 あまりに長いので、重い水を運んでいくらか温まっていたからだがどんどん冷えていく。

 終いにはこれだ
「もう火遊びはしませんと誓え」
「火遊びはしません。なによ、遊びじゃないし!」
 投げやりに復唱する。
「夜道を子ども一人で歩くな」
「無理だよ……」
「誓え」
「はいはい、言うだけなら言えるわよ! 一人では歩きません。今度は子どもを買うような客と一緒に歩けばいいんでしょ」
「年の瀬くらいは家にいろ。家族と過ごせ」
「家も家族もないから無理!」
 この後も基本的な生活習慣を、それはもう生意気な口をきくのも面倒だと思うくらいに誓わされた。そんな風に生きられるのだったら、とっくにそうしている。
 そのうち説教から尋問に変わった。
 親はどうしたとか、住まいはあるのかとか……。

「だからね、私、あんなお金、要らなかったのよ! マッチを売り切ってマッチ売りを辞めたかったの」
 ベソをかきながら、理不尽な説教に抗議する。説教されて心を入れ替えたところで私の生活が明るく変わるわけではない。
「一晩過ごす家もないくせに金が必要ないだと? 要らないなら返せ」
「もう、使っちゃったわ!」
「何に使ったんだ? 無茶な使い方をしなければ暫く暖かい場所で生活できるくらいやっただろうが」
「……お酒」
 私は馬の敷き藁に埋もれて置いてある、マッチの入っていない籠を指さした。
 さっき買ったばかりの酒が水に濡れた籠と一緒に転がっている。
 おじさんは酒瓶を手に取るとひっくり返してラベルを読んだ。
「こんなバカ高いワインなんかどうするんだ? これは、お前が飲んでも価値がわからないような代物だ」
「だって、これから川に身投げするから、酔っ払った方が怖くないと思って!」
「な……」
 ちゃんと死ぬからそれで許してくれと言ったところで、おじさんは眉間の皺を深くして「ぐぅ」と黙り込んだ。
 馬小屋を弁償するにも、私には何もなかった。
 今しがたマッチは擦ってしまったし、死んで詫びるくらいしかない。
「上手に死ぬから見逃して。春を売って返すにしても、チビでガリの私じゃ商売にならないし」
「馬鹿。お前みたいな孤児は施設行きだ」
「おじさんは孤児院がどんなところだか知らないの? 強姦されて、逃げ出して、またマッチ売りで馬屋を焼くよ。娼館でも紹介してくれた方が親切ってものよ。お金が返せるとは思わないけどね」
「死んでどうなる」
「……楽になる」
 おじさんは不機嫌そうな顔を一瞬真顔に戻して、同意するように頷いた。 
「それでは、お前が罪を償うまで身柄を預かる他はないな」
 おじさんはそう言って、私の顔についた煤をやけに柔らかい手巾で拭った。
 何の因果か私はおじさんの馬屋を燃やして、おじさんの家に転がり込むことになったのだ。

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