2 / 23
おじさんの説教は長くて陰湿だ2
しおりを挟む私のマッチの炎は馬屋を焼いた。
大騒ぎになって、大人がたくさん集まり始める。
その中にさっき私の生きる気力を根こそぎ奪った髭のおじさんもいた。
怒号が飛び交う中、煤で真っ黒になりながら皆で薄氷の張る池から水を運ぶ。
樽で水をかけたり、荷物を運び出したりした努力の甲斐もなく、馬屋は全焼した。
中にいた馬は少し煤けただけで、一頭も怪我をしなかったのが救いだ。
例のおじさんはブロンドの髭がチリチリになって、服も所々焦げている。
周りの使用人らしき人たちがおじさんを「旦那様」と呼んでいたから、馬屋はおじさんのものだったようだ。
野次馬が取り囲む中、皆に混じって水を運んで疲れ切った私の首根っこを掴んで、おじさんが恐ろしい顔で私を見下ろしていた。
もう逃げる気力もない。
「お前は、さっきの恩も忘れて……」
おじさんは皆が散り散りに年越しの御祈りをするために帰っていくというのに、私の首根っこを掴んだまま説教を始めた。
あまりに長いので、重い水を運んでいくらか温まっていたからだがどんどん冷えていく。
終いにはこれだ
「もう火遊びはしませんと誓え」
「火遊びはしません。なによ、遊びじゃないし!」
投げやりに復唱する。
「夜道を子ども一人で歩くな」
「無理だよ……」
「誓え」
「はいはい、言うだけなら言えるわよ! 一人では歩きません。今度は子どもを買うような客と一緒に歩けばいいんでしょ」
「年の瀬くらいは家にいろ。家族と過ごせ」
「家も家族もないから無理!」
この後も基本的な生活習慣を、それはもう生意気な口をきくのも面倒だと思うくらいに誓わされた。そんな風に生きられるのだったら、とっくにそうしている。
そのうち説教から尋問に変わった。
親はどうしたとか、住まいはあるのかとか……。
「だからね、私、あんなお金、要らなかったのよ! マッチを売り切ってマッチ売りを辞めたかったの」
ベソをかきながら、理不尽な説教に抗議する。説教されて心を入れ替えたところで私の生活が明るく変わるわけではない。
「一晩過ごす家もないくせに金が必要ないだと? 要らないなら返せ」
「もう、使っちゃったわ!」
「何に使ったんだ? 無茶な使い方をしなければ暫く暖かい場所で生活できるくらいやっただろうが」
「……お酒」
私は馬の敷き藁に埋もれて置いてある、マッチの入っていない籠を指さした。
さっき買ったばかりの酒が水に濡れた籠と一緒に転がっている。
おじさんは酒瓶を手に取るとひっくり返してラベルを読んだ。
「こんなバカ高いワインなんかどうするんだ? これは、お前が飲んでも価値がわからないような代物だ」
「だって、これから川に身投げするから、酔っ払った方が怖くないと思って!」
「な……」
ちゃんと死ぬからそれで許してくれと言ったところで、おじさんは眉間の皺を深くして「ぐぅ」と黙り込んだ。
馬小屋を弁償するにも、私には何もなかった。
今しがたマッチは擦ってしまったし、死んで詫びるくらいしかない。
「上手に死ぬから見逃して。春を売って返すにしても、チビでガリの私じゃ商売にならないし」
「馬鹿。お前みたいな孤児は施設行きだ」
「おじさんは孤児院がどんなところだか知らないの? 強姦されて、逃げ出して、またマッチ売りで馬屋を焼くよ。娼館でも紹介してくれた方が親切ってものよ。お金が返せるとは思わないけどね」
「死んでどうなる」
「……楽になる」
おじさんは不機嫌そうな顔を一瞬真顔に戻して、同意するように頷いた。
「それでは、お前が罪を償うまで身柄を預かる他はないな」
おじさんはそう言って、私の顔についた煤をやけに柔らかい手巾で拭った。
何の因果か私はおじさんの馬屋を燃やして、おじさんの家に転がり込むことになったのだ。
0
お気に入りに追加
165
あなたにおすすめの小説

異世界に行った、そのあとで。
神宮寺 あおい@受賞&書籍化
恋愛
新海なつめ三十五歳。
ある日見ず知らずの女子高校生の異世界転移に巻き込まれ、気づけばトルス国へ。
当然彼らが求めているのは聖女である女子高校生だけ。
おまけのような状態で現れたなつめに対しての扱いは散々な中、宰相の協力によって職と居場所を手に入れる。
いたって普通に過ごしていたら、いつのまにか聖女である女子高校生だけでなく王太子や高位貴族の子息たちがこぞって悩み相談をしにくるように。
『私はカウンセラーでも保健室の先生でもありません!』
そう思いつつも生来のお人好しの性格からみんなの悩みごとの相談にのっているうちに、いつの間にか年下の美丈夫に好かれるようになる。
そして、気づけば異世界で求婚されるという本人大混乱の事態に!
キャバ嬢(ハイスペック)との同棲が、僕の高校生活を色々と変えていく。
たかなしポン太
青春
僕のアパートの前で、巨乳美人のお姉さんが倒れていた。
助けたそのお姉さんは一流大卒だが内定取り消しとなり、就職浪人中のキャバ嬢だった。
でもまさかそのお姉さんと、同棲することになるとは…。
「今日のパンツってどんなんだっけ? ああ、これか。」
「ちょっと、確認しなくていいですから!」
「これ、可愛いでしょ? 色違いでピンクもあるんだけどね。綿なんだけど生地がサラサラで、この上の部分のリボンが」
「もういいです! いいですから、パンツの説明は!」
天然高学歴キャバ嬢と、心優しいDT高校生。
異色の2人が繰り広げる、水色パンツから始まる日常系ラブコメディー!
※小説家になろうとカクヨムにも同時掲載中です。
※本作品はフィクションであり、実在の人物や団体、製品とは一切関係ありません。

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】赤ちゃんが生まれたら殺されるようです
白崎りか
恋愛
もうすぐ赤ちゃんが生まれる。
ドレスの上から、ふくらんだお腹をなでる。
「はやく出ておいで。私の赤ちゃん」
ある日、アリシアは見てしまう。
夫が、ベッドの上で、メイドと口づけをしているのを!
「どうして、メイドのお腹にも、赤ちゃんがいるの?!」
「赤ちゃんが生まれたら、私は殺されるの?」
夫とメイドは、アリシアの殺害を計画していた。
自分たちの子供を跡継ぎにして、辺境伯家を乗っ取ろうとしているのだ。
ドラゴンの力で、前世の記憶を取り戻したアリシアは、自由を手に入れるために裁判で戦う。
※1話と2話は短編版と内容は同じですが、設定を少し変えています。

転生したら、6人の最強旦那様に溺愛されてます!?~6人の愛が重すぎて困ってます!~
月
恋愛
ある日、女子高生だった白川凛(しらかわりん)
は学校の帰り道、バイトに遅刻しそうになったのでスピードを上げすぎ、そのまま階段から落ちて死亡した。
しかし、目が覚めるとそこは異世界だった!?
(もしかして、私、転生してる!!?)
そして、なんと凛が転生した世界は女性が少なく、一妻多夫制だった!!!
そんな世界に転生した凛と、将来の旦那様は一体誰!?
嫌われ女騎士は塩対応だった堅物騎士様と蜜愛中! 愚者の花道
Canaan
恋愛
旧題:愚者の花道
周囲からの風当たりは強いが、逞しく生きている平民あがりの女騎士ヘザー。ある時、とんでもない痴態を高慢エリート男ヒューイに目撃されてしまう。しかも、新しい配属先には自分の上官としてそのヒューイがいた……。
女子力低い残念ヒロインが、超感じ悪い堅物男の調子をだんだん狂わせていくお話。
※シリーズ「愚者たちの物語 その2」※

好きだった幼馴染に出会ったらイケメンドクターだった!?
すず。
恋愛
体調を崩してしまった私
社会人 26歳 佐藤鈴音(すずね)
診察室にいた医師は2つ年上の
幼馴染だった!?
診察室に居た医師(鈴音と幼馴染)
内科医 28歳 桐生慶太(けいた)
※お話に出てくるものは全て空想です
現実世界とは何も関係ないです
※治療法、病気知識ほぼなく書かせて頂きます
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる