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2.じゃ、ない方。

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ルーカン国の王太子であるアレクシス殿下のパートナーとして夜会に出るのはこれが最後。

そう心に決めた私はいつも以上に気合いを入れた。


もちろんアレクと出るのが最後だから⋯ではなく。

“狙うはベルハルトの王太子、レイモンド・ビーチェよ⋯!”


少なくとも私に興味を持って貰わなくてはならないからこそ、自分の見た目に最も似合うだろうフリフリのドレスと小振りなアクセサリーを身に纏った私は最ッッ高に可愛い。



――はず、なのに。


「近付くな、女」
「なッ!!?」

上手くアレクを誘導し、狙いのレイモンド様の元へ挨拶がてら赴いたのだが⋯


少し長めの銀髪を横に流しているレイモンド様の前に、まるで私から庇うように立ち塞がったのは焦げ茶の髪に琥珀色の瞳をしたレイモンド様の護衛騎士だった。


“は、はあぁぁあ!!?こんな可愛くてか弱そうで守ってあげたい令嬢No.1の私を不審者扱いですって!?”

これで切ると決めてるとはいえ、今はまだアレクシス王太子のパートナーである私に言うとは思えない言葉に驚き、思わず口をパクパクさせてしまう。

そんな私を怪訝に思ったのか、更に左手でレイモンド様を庇いながら少し腰を屈め警戒体勢を整えたその男は。


「様子がおかしい!何か薬を盛るかもしれません!!」
「盛るかッ!!!」


あまりにも見当違いな事を叫ばれ、気付けば全力で言い返していた。


「き、キャシー?」
「あっ」

隣で動揺するアレクの気配を察し、慌てて可愛いく小首を傾げる。

「⋯その、驚いてしまって、私ったら⋯っ」
「そ、そうだな、確かに驚いた、な⋯」

少しぎこちないが納得してくれたアレクにホッとしつつ、元凶である男をチラ見する。
ちなみにターゲットであるレイモンド様は、この失礼極まりない男が前に立ち塞がったあたりから堪えきれない笑いを漏らされていた。

“くそ、私の周りは失礼な奴しかいない訳ぇっ!?”


「こちら側の都合で仕切り直しになってしまい申し訳なかった。改めてになるが、会えた事を光栄に思う。アレクシス・ルーカンだ」
「こちらこそ嬉しいですよ、アレクシス殿下。ご存知かとは思うが我が国は王位を継いで初めて『ベルハルト』を名乗れる為、今は母方の姓であるビーチェを名乗らせて貰っているんだ」


挨拶をしているアレクの隣でアクセサリーとして可憐な微笑みで寄り添っている私は、乙女の王道である“少し上気した頬と上目遣い”でレイモンド様に視線を投げたい、のだが⋯

「⋯⋯⋯⋯。」

“⋯いや、睨みすぎじゃない?”

まるで既に何かしらをやらかした後かのような鋭い視線を護衛から向けられ、正直困惑していた。

“さっきは頭に血が上って言い返しちゃったけど、それ以外は可愛い女だったわよね?”

どう考えても警戒対象じゃないはずなのにこの仕打ち。


“⋯確かに、私は元婚約者から王太子っていう権力に乗り換えた女だけど⋯”


貴族として生まれたならばより良い家柄へ乗り替えるなんて珍しい事ではなかったし、私自身も恋愛なんて求めていなかった。
つまり、貴族令嬢として至って普通だと言えるのに。

「⋯私が何したってのよ」
思わずぼやいたその言葉は、どうやら口に出してしまっていたようで。


「⋯貴女が何かした訳ではない。俺が俺の仕事をしただけだ」
「え⋯」

まさか返事が返ってくるなんて。

想定外の出来事に一瞬フリーズした私だったが、すぐにハッとする。

“護衛が護衛の仕事をしたって事は⋯”

「⋯ソレ、やっぱり私を不審者扱いしてるって事じゃないのぉ!?」
「ぅお!?」

失礼な奴!と食って掛かってしまったのは、この状況からの逆転玉の輿は厳しいと半ばヤケになってしまっていたからなのかなんなのか。

それとも何故か初対面から私を警戒してくるこの失礼な男が気に入らないからなのかもしれないが⋯


キッと睨んだ私に驚いたのか、護衛の男が一歩後退り⋯

「うははっ、ガルが女の子に押されてるのはじめてみた」

アレクと話していたレイモンド様が、ガルと呼ばれたその護衛の肩にガシッと腕を回した。

そのままニコニコと私に笑顔を向けたレイモンド様は、私からアレクにチラッと視線を移す。
それはパートナーのいる女性に紹介なく声をかけるのがマナー違反とされるこの国のルールにのっとった⋯

“わ、私を紹介しろって合図じゃない⋯っ!?”

キッカケには正直納得出来ないが、それでもレイモンド様に認識して貰えた事は私にとってとてつもないチャンスと言えて。


「彼女はキャサリン・カーラ。カーラ男爵家のご令嬢だ」
「へぇ、男爵家なんだぁ⋯」

少し値踏みするようなレイモンド様の視線を感じ緊張する。
それでも、と私は私の最も可愛く見える角度と花が綻ぶような可憐な微笑みを出し惜しみせず全力で彼に向けた。

“家柄が低い事なんて十二分にわかってるのよ!”

マイナスがあるなら他でプラスにすればいいだけだから。


「⋯キャサリンと申します。本日は友人のアレクにエスコートして貰い参加したのですが⋯ベルハントの王太子であられるレイモンド様にご挨拶が出来るだなんて光栄ですわ」

『友人の』という部分に力を込めて一気に言いきった私は、さっとドレスを摘まみお辞儀をする。
血豆が出来るほど練習したカーテシーにも自信があった。

“どうよ!?天使の笑顔からの完璧淑女の礼よ!”


「君みたいな可憐なご令嬢に知っていて貰えるだなんて光栄だな」

“やだっ!失礼な護衛に警戒されて苛立つ失態を犯したから無理かと思ったけど、奇跡の大逆転じゃない!?”

取っ掛かりが出来た事に気分が一気に高揚する。

そんな私の前に差し出すように、レイモンド様はグッと護衛の男を押し出して来て。


「ガルシア・ディートヘルム。見た通り俺の護衛なんだよね、君と気が合うみたいだから仲良くしてくれると嬉しいな!」
「⋯え」
「気軽にガルって呼んでやってよ」
「⋯え、え⋯」
「ほら!ガルも何か言って?」
「⋯ガルシアだ。気が合うとは初耳だが、よろしく頼む」

“私だって初耳よ!!”
全力で内心抗議するが、もうこれ以上失態を犯す訳にはいかない私は必死に引き攣る笑顔をキープしてレイモンド様により差し出されたガルシア様の手を取った。


「どうだろう?俺は少しアレクシス殿下と話してくるから君たちは少し2人で踊ってきなよ」
「「えっ!!」」
「ま、待ってくれレイモンド殿下、彼女は今晩私のパートナーとしてこの夜会に来ていて⋯!」
「え、でも友人って彼女言ってたよ?婚約者じゃないならダンスくらい問題ないと思ったんだが⋯もしかして何か不都合があっただろうか」

きょとんとした表情でレイモンド様がアレクに質問し、思わずアレクが口ごもる。
マナー的にも何もマズイ事などなくて⋯それに。


「お待ち下さい!護衛の俺がレイモンド様のお側を離れるなど!」

慌てて抗議しようとするガルシア様にもにこりと笑顔の圧をかけてきて。

「へぇ、ガルは友好国であるルーカンの、それも王国主催の夜会で何か起こると思っているって事なのかな?」
「そ、れは⋯。し、しかしですねっ!」
「しかも俺は、この国の王太子であるアレクシス殿下と話したいと言ってるんだけど?」
「⋯ぅ⋯ッ」


これ以上ごねればこの国の警備を含め王太子であるアレクすらも過剰に警戒し、礼儀を欠いたとして主人であるレイモンド様をも下げる事になる。

しかも主人の命に逆らってまで、友好国とはいえ他国であるこの場所で主人の立場を悪くする可能性すらあって。


“⋯レイモンド様って、私と『同類』ね”

あざとく無邪気に振る舞いながら目的の答え以外をしれっと潰す姿に苦笑が漏れた。

あっさり軍配が上がり、少し名残惜しそうにこちらをチラ見するアレクを無視して絶望の表情でレイモンド様の背中を眺めるガルシア様へ視線を移す。


“⋯こっちの男じゃ、ないんだけどなぁ”


私に威嚇してきたあの威勢はどこにいってしまったのか。
まるで主人に捨てられた子犬のように肩をしょんぼりと落とすガルシア様を見て、私はわざとらしいほど大きなため息を吐いたのだった。
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