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翼との対話

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「ほら、やっぱり悩み事があるんでしょう?」
 畳み掛けるように女が言う。
「別に」
 もう遅いのはわかっていたが、顔を背けて否定する。
「嘘」
 案の定一瞬でバレる。
「さっきの顔見て悩みがないなんて、信じるわけないでしょ。ほら、言ってみなよ。吐き出すだけで大分違うんだよ?」
 女が今までよりも高圧的な態度でそういう。その態度が気に食わなかった俺は、思わず声を荒げる。
「お前に何がわかるんだよ!お前みたいな馬鹿に話せば解決するようなことじゃねえんだよ!」
 言い終わってから我に帰る。こんなに怒鳴ったのは初めてだった。しかも、女相手に。俺のことを心配して声をかけてくれた奴に。
「…悪い」
 女に静かに謝る。今のでとんだ馬鹿といえど、流石に引いただろう。でもこれでいい。俺の悩みは誰にも話さない。話したくない。他人に言ったところで何も解決しない。ところが女はそこから動かなかった。怖がったり、急に怒鳴った俺に非難の視線を向けることもなく、ただ俺を見つめていた。
「それでいいんだよ」
 静かにそう言う。
「今まで、一人で抱えてきて辛かったんでしょう?本当は誰かに話したかったんでしょう?でも、話したら今みたいに感情が制御できなくなって、相手を傷つけてしまうことが嫌だったから、誰にも話さなかったんでしょう?」
 俺は目を見開く。女の言ったことはまたしても、的を射ていた。
「ほら、私は君みたいに頭は良くないけど、人の感情とかは良くわかるの。もしかしたら君以上に。だから、話してみてくれない?きっと楽になる」
 女が静かに発したその言葉は、俺の口を軽くした。話してしまいたい。楽になりたい。そう思った。でも、俺は素直にはなれない。
強い口調で話し出す。
「なんでお前なんかに話さなきゃいけな…」
「私なんか、だからだよ」
 今までで一番強い口調で俺の言葉を遮る。
「恵君とは全く関係ない私なんかだからいいんだよ。友達とかより相談しやすいはず。それに、私が君の相談内容に引いたところで、君には何の被害もない。それどころか、願ったり叶ったりでしょ?」
 最後に少し微笑む。
「それと、お前じゃなくて翼だから」
 少し顔をしかめてそう付け足す。
 もう、俺の中で迷いは消えていた。こいつになら話せる。こいつなら、翼ならわかってくれる。
 そうして俺は、俺の話を始めた。
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