僕のペナントライフ

遊馬友仁

文字の大きさ
上 下
51 / 78

幕間その3〜あかん! 優勝してまう!! 阪神優勝いただき隊〜2021年その①

しおりを挟む
 その年、中野虎太郎なかのこたろうは、大学四年生(関西地方では、四回生と表現することも多いが、ここでは左記の表記に統一する)になっていた。
 彼は、女子にあまり縁のない男子学生の大半がそうであるように、入学直後から

「大学生にもなれば、彼女のひとりくらいできるだろう――――――」

と、安易に考えながら、具体的な行動をなにひとつ起こさず、もできないまま、大学生としての最終学年を迎えていた。
 
 ただ、客観的事実から彼を擁護するならば、虎太郎たちが二年生を終えようとしていた冬の終わりに、世界的規模のパンデミックが国内でも発生し、就職活動や学外での活動にも本腰を入れられる学生生活後半は、まとまな社会活動が行えなかった、という側面もある。

 そして、そんな虎太郎にも、一年生と二年生のサークル活動の時期を通じて、親しく話す仲の異性がいた。

「コタローくん、就活の調子はどうなん?」

 ゼミへの参加のため、一週間ぶりにキャンパスに通学した虎太郎に声を掛けたのは、江草貴子えぐさたかこ
 虎太郎と同じく総合情報学部の黒田くろだゼミに所属するゼミ生だ。

「そんなん、一週間で状況が変わるわけないやん? 阪神が絶好調やから、就活はお休み中」

 普段、異性を相手にした時は、冗談や軽口をたたくタイプでない虎太郎だが、友人の大野豊おおのゆたかに誘われて入部した映像研究会の活動を通じて親しくなった貴子には、本音とも冗談ともつかないことを語り合う仲だった。

「そんなこと言って……6月になって、ワダくんも、オオノくんも、就職先が決まったんやろ? 内々定が出てないの、コタローくんだけやで?」

「そういう貴子は、どうなん? 志望してるのは、CGの制作会社やった?」

 虎太郎が質問を返すと、彼女は、笑みを浮かべながら、

「フフフ……実は、昨日、内々定の連絡をもらいました~」

と、ピースサインを作る。

「なんや、マウント取りに来ただけか!? って、ツッコミたいところやけど……おめでとう! ホンマ、がんばってたもんな……良かったな、貴子」

「うん! ありがとう! けどさ、黒田ゼミ全員そろってお祝いしたいから、コタローくんも早く内々定とってよ?」

「そんな、魚の手掴みをするみたいに簡単に言わんといてや……こっちだって、動かないとアカンな~とは思ってるんやから……」
 
 こんなふうに、虎太郎と貴子がいつものような会話を交わしていると、ゼミ室に大野豊おおのゆたか歳内理乃さいうちりのの二人が入室してきた。

「内々定おめでとう! 良かったね、貴子」

「これで、ウチのゼミでも、サークルでも、残るはコタローだけになったな」

 理乃りのゆたかが、虎太郎たちに声をかける。

「ありがとう、理乃! いま、黒田ゼミ全員の内々定が決まったら、お祝いしようって話してたんよ! そのためには、もう一人がんばってもらわないとダメなヒトが居てるんやけど……チラッ! チラッ!」

「わざわざ効果音付きで、こっちをチラ見しなくてイイから!」

 貴子の言動に虎太郎がツッコミを入れると、理乃はクスクスと笑いながら反応する。

「二人とも、本当に仲がイイよね~。中野くんも、早く貴子を安心させてあげないと!」

「それは、難しいんじゃない? だって、今年のコタローは、自分の将来より大切な事があるみたいだから……」

 理乃の言葉に豊が返答すると、貴子は、その言葉に便乗した。

「そうそう! 野球でオリンピックの出場目指してるもんな! コタローくんの場合は、競技じゃなくて、応援の方やけど……」

 笑いながら話す彼女に、虎太郎は、すぐにツッコミを入れる。

「今年のオリンピックは、無観客試合に決まっただろ? そもそも、応援でのオリンピック出場ってなんだよ!?」

 彼の言葉に貴子たち三人は声をあげて笑ったあと、豊が冷静な一言で釘をさす。

「まあ、野球の応援も良いけど、自分のことにも本腰を入れなよ? お母さんだって心配してるだろう?」

 大学の入学直後に虎太郎と親しくするようになってから、彼の母親である涼子りょうこの世話になることが多かった豊は、その親心を気にかけながら、友人を諭した。

「はいはい、わかりました……でも、とりあえず、週末のジャイアンツ三連戦が終わってからな。日曜日には、ABCテレビで『虎バンスペシャル#あかん阪神優勝してまう』の特番が放送されるし、それが終わってからでも良くない?」

「いやいや! 良くない、良くない!!」
 
 「無い内定」のゼミ生の暢気のんきな返答に、三人は声を揃ってツッコミを返す。
 
 周囲には心配をかけどおしの虎太郎ではあったが、他方、彼自身の心境が前向きなことからもわかるように、この年の阪神タイガースは、開幕から投打が噛み合って着々と白星を重ねていて、苦手の交流戦も11勝7敗と勝ち越し、交流戦明けのこの日までに貯金20を積み重ねて、2位で並ぶジャイアンツとスワローズに7ゲームの差をつけて、セ・リーグの首位を快走していた。

 虎太郎が、このチームを応援しはじめて、すでに13回目のシーズンを迎えていたが、タイガースが、これほどの大差をつけてペナントレースを独走するシーズンはない。

 しかし、2009年のシーズンから、プロ野球の観戦をはじめた彼は、その前年に、野球ファンから「∨やねん(笑)」と揶揄されるについて、身をもって知ることはなかった。

「これだけゲーム差がアレば、さすがに、今年は優勝できるだろうし……就活だって、まあ、なんとかなるだろう」
 
 過去に同じような経験を2度も体験しているにもかかわらず、中野虎太郎は、贔屓チームと自分の残りの学生生活を、そんな風に楽観視していた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

彗星と遭う

皆川大輔
青春
【✨青春カテゴリ最高4位✨】 中学野球世界大会で〝世界一〟という称号を手にした。 その時、投手だった空野彗は中学生ながら152キロを記録し、怪物と呼ばれた。 その時、捕手だった武山一星は全試合でマスクを被ってリードを、打っては四番とマルチの才能を発揮し、天才と呼ばれた。 突出した実力を持っていながら世界一という実績をも手に入れた二人は、瞬く間にお茶の間を賑わせる存在となった。 もちろん、新しいスターを常に欲している強豪校がその卵たる二人を放っておく訳もなく。 二人の元には、多数の高校からオファーが届いた――しかし二人が選んだのは、地元埼玉の県立高校、彩星高校だった。 部員数は70名弱だが、その実は三年連続一回戦負けの弱小校一歩手前な崖っぷち中堅高校。 怪物は、ある困難を乗り越えるためにその高校へ。 天才は、ある理由で野球を諦めるためにその高校へ入学した。 各々の別の意思を持って選んだ高校で、本来会うはずのなかった運命が交差する。 衝突もしながら協力もし、共に高校野球の頂へ挑む二人。 圧倒的な実績と衝撃的な結果で、二人は〝彗星バッテリー〟と呼ばれるようになり、高校野球だけではなく野球界を賑わせることとなる。 彗星――怪しげな尾と共に現れるそれは、ある人には願いを叶える吉兆となり、ある人には夢を奪う凶兆となる。 この物語は、そんな彗星と呼ばれた二人の少年と、人を惑わす光と遭ってしまった人達の物語。        ☆ 第一部表紙絵制作者様→紫苑*Shion様《https://pixiv.net/users/43889070》 第二部表紙絵制作者様→和輝こころ様《https://twitter.com/honeybanana1》 第三部表紙絵制作者様→NYAZU様《https://skima.jp/profile?id=156412》 登場人物集です→https://jiechuandazhu.webnode.jp/%e5%bd%97%e6%98%9f%e3%81%a8%e9%81%ad%e3%81%86%e3%80%90%e7%99%bb%e5%a0%b4%e4%ba%ba%e7%89%a9%e3%80%91/

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

椿の国の後宮のはなし

犬噛 クロ
キャラ文芸
架空の国の後宮物語。 若き皇帝と、彼に囚われた娘の話です。 有力政治家の娘・羽村 雪樹(はねむら せつじゅ)は「男子」だと性別を間違われたまま、自国の皇帝・蓮と固い絆で結ばれていた。 しかしとうとう少女であることを気づかれてしまった雪樹は、蓮に乱暴された挙句、後宮に幽閉されてしまう。 幼なじみとして慕っていた青年からの裏切りに、雪樹は混乱し、蓮に憎しみを抱き、そして……? あまり暗くなり過ぎない後宮物語。 雪樹と蓮、ふたりの関係がどう変化していくのか見守っていただければ嬉しいです。 ※2017年完結作品をタイトルとカテゴリを変更+全面改稿しております。

独身寮のふるさとごはん まかないさんの美味しい献立

水縞しま
ライト文芸
旧題:独身寮のまかないさん ~おいしい故郷の味こしらえます~ 第7回ライト文芸大賞【料理・グルメ賞】作品です。 ◇◇◇◇ 飛騨高山に本社を置く株式会社ワカミヤの独身寮『杉野館』。まかない担当として働く有村千影(ありむらちかげ)は、決まった予算の中で献立を考え、食材を調達し、調理してと日々奮闘していた。そんなある日、社員のひとりが失恋して落ち込んでしまう。食欲もないらしい。千影は彼の出身地、富山の郷土料理「ほたるいかの酢味噌和え」をこしらえて励まそうとする。 仕事に追われる社員には、熱々がおいしい「味噌煮込みうどん(愛知)」。 退職しようか思い悩む社員には、じんわりと出汁が沁みる「聖護院かぶと鯛の煮物(京都)」。 他にも飛騨高山の「赤かぶ漬け」「みだらしだんご」、大阪の「モダン焼き」など、故郷の味が盛りだくさん。 おいしい故郷の味に励まされたり、癒されたり、背中を押されたりするお話です。 

セーラー服美人女子高生 ライバル同士の一騎討ち

ヒロワークス
ライト文芸
女子高の2年生まで校内一の美女でスポーツも万能だった立花美帆。しかし、3年生になってすぐ、同じ学年に、美帆と並ぶほどの美女でスポーツも万能な逢沢真凛が転校してきた。 クラスは、隣りだったが、春のスポーツ大会と夏の水泳大会でライバル関係が芽生える。 それに加えて、美帆と真凛は、隣りの男子校の俊介に恋をし、どちらが俊介と付き合えるかを競う恋敵でもあった。 そして、秋の体育祭では、美帆と真凛が走り高跳びや100メートル走、騎馬戦で対決! その結果、放課後の体育館で一騎討ちをすることに。

処理中です...