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幕間その3〜あかん! 優勝してまう!! 阪神優勝いただき隊〜2021年その①
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その年、中野虎太郎は、大学四年生(関西地方では、四回生と表現することも多いが、ここでは左記の表記に統一する)になっていた。
彼は、女子にあまり縁のない男子学生の大半がそうであるように、入学直後から
「大学生にもなれば、彼女のひとりくらいできるだろう――――――」
と、安易に考えながら、具体的な行動をなにひとつ起こさず、彼女のひとりもできないまま、大学生としての最終学年を迎えていた。
ただ、客観的事実から彼を擁護するならば、虎太郎たちが二年生を終えようとしていた冬の終わりに、世界的規模のパンデミックが国内でも発生し、就職活動や学外での活動にも本腰を入れられる学生生活後半は、まとまな社会活動が行えなかった、という側面もある。
そして、そんな虎太郎にも、一年生と二年生のサークル活動の時期を通じて、親しく話す仲の異性がいた。
「コタローくん、就活の調子はどうなん?」
ゼミへの参加のため、一週間ぶりにキャンパスに通学した虎太郎に声を掛けたのは、江草貴子。
虎太郎と同じく総合情報学部の黒田ゼミに所属するゼミ生だ。
「そんなん、一週間で状況が変わるわけないやん? 阪神が絶好調やから、就活はお休み中」
普段、異性を相手にした時は、冗談や軽口をたたくタイプでない虎太郎だが、友人の大野豊に誘われて入部した映像研究会の活動を通じて親しくなった貴子には、本音とも冗談ともつかないことを語り合う仲だった。
「そんなこと言って……6月になって、ワダくんも、オオノくんも、就職先が決まったんやろ? 内々定が出てないの、コタローくんだけやで?」
「そういう貴子は、どうなん? 志望してるのは、CGの制作会社やった?」
虎太郎が質問を返すと、彼女は、笑みを浮かべながら、
「フフフ……実は、昨日、内々定の連絡をもらいました~」
と、ピースサインを作る。
「なんや、マウント取りに来ただけか!? って、ツッコミたいところやけど……おめでとう! ホンマ、がんばってたもんな……良かったな、貴子」
「うん! ありがとう! けどさ、黒田ゼミ全員そろってお祝いしたいから、コタローくんも早く内々定とってよ?」
「そんな、魚の手掴みをするみたいに簡単に言わんといてや……こっちだって、動かないとアカンな~とは思ってるんやから……」
こんなふうに、虎太郎と貴子がいつものような会話を交わしていると、ゼミ室に大野豊と歳内理乃の二人が入室してきた。
「内々定おめでとう! 良かったね、貴子」
「これで、ウチのゼミでも、サークルでも、残るはコタローだけになったな」
理乃と豊が、虎太郎たちに声をかける。
「ありがとう、理乃! いま、黒田ゼミ全員の内々定が決まったら、お祝いしようって話してたんよ! そのためには、もう一人がんばってもらわないとダメなヒトが居てるんやけど……チラッ! チラッ!」
「わざわざ効果音付きで、こっちをチラ見しなくてイイから!」
貴子の言動に虎太郎がツッコミを入れると、理乃はクスクスと笑いながら反応する。
「二人とも、本当に仲がイイよね~。中野くんも、早く貴子を安心させてあげないと!」
「それは、難しいんじゃない? だって、今年のコタローは、自分の将来より大切な事があるみたいだから……」
理乃の言葉に豊が返答すると、貴子は、その言葉に便乗した。
「そうそう! 野球でオリンピックの出場目指してるもんな! コタローくんの場合は、競技じゃなくて、応援の方やけど……」
笑いながら話す彼女に、虎太郎は、すぐにツッコミを入れる。
「今年のオリンピックは、無観客試合に決まっただろ? そもそも、応援でのオリンピック出場ってなんだよ!?」
彼の言葉に貴子たち三人は声をあげて笑ったあと、豊が冷静な一言で釘をさす。
「まあ、野球の応援も良いけど、自分のことにも本腰を入れなよ? お母さんだって心配してるだろう?」
大学の入学直後に虎太郎と親しくするようになってから、彼の母親である涼子の世話になることが多かった豊は、その親心を気にかけながら、友人を諭した。
「はいはい、わかりました……でも、とりあえず、週末のジャイアンツ三連戦が終わってからな。日曜日には、ABCテレビで『虎バンスペシャル#あかん阪神優勝してまう』の特番が放送されるし、それが終わってからでも良くない?」
「いやいや! 良くない、良くない!!」
「無い内定」のゼミ生の暢気な返答に、三人は声を揃ってツッコミを返す。
周囲には心配をかけどおしの虎太郎ではあったが、他方、彼自身の心境が前向きなことからもわかるように、この年の阪神タイガースは、開幕から投打が噛み合って着々と白星を重ねていて、苦手の交流戦も11勝7敗と勝ち越し、交流戦明けのこの日までに貯金20を積み重ねて、2位で並ぶジャイアンツとスワローズに7ゲームの差をつけて、セ・リーグの首位を快走していた。
虎太郎が、このチームを応援しはじめて、すでに13回目のシーズンを迎えていたが、タイガースが、これほどの大差をつけてペナントレースを独走するシーズンはない。
しかし、2009年のシーズンから、プロ野球の観戦をはじめた彼は、その前年に、野球ファンから「∨やねん(笑)」と揶揄される悲劇について、身をもって知ることはなかった。
「これだけゲーム差がアレば、さすがに、今年は優勝できるだろうし……就活だって、まあ、なんとかなるだろう」
過去に同じような経験を2度も体験しているにもかかわらず、中野虎太郎は、贔屓チームと自分の残りの学生生活を、そんな風に楽観視していた。
彼は、女子にあまり縁のない男子学生の大半がそうであるように、入学直後から
「大学生にもなれば、彼女のひとりくらいできるだろう――――――」
と、安易に考えながら、具体的な行動をなにひとつ起こさず、彼女のひとりもできないまま、大学生としての最終学年を迎えていた。
ただ、客観的事実から彼を擁護するならば、虎太郎たちが二年生を終えようとしていた冬の終わりに、世界的規模のパンデミックが国内でも発生し、就職活動や学外での活動にも本腰を入れられる学生生活後半は、まとまな社会活動が行えなかった、という側面もある。
そして、そんな虎太郎にも、一年生と二年生のサークル活動の時期を通じて、親しく話す仲の異性がいた。
「コタローくん、就活の調子はどうなん?」
ゼミへの参加のため、一週間ぶりにキャンパスに通学した虎太郎に声を掛けたのは、江草貴子。
虎太郎と同じく総合情報学部の黒田ゼミに所属するゼミ生だ。
「そんなん、一週間で状況が変わるわけないやん? 阪神が絶好調やから、就活はお休み中」
普段、異性を相手にした時は、冗談や軽口をたたくタイプでない虎太郎だが、友人の大野豊に誘われて入部した映像研究会の活動を通じて親しくなった貴子には、本音とも冗談ともつかないことを語り合う仲だった。
「そんなこと言って……6月になって、ワダくんも、オオノくんも、就職先が決まったんやろ? 内々定が出てないの、コタローくんだけやで?」
「そういう貴子は、どうなん? 志望してるのは、CGの制作会社やった?」
虎太郎が質問を返すと、彼女は、笑みを浮かべながら、
「フフフ……実は、昨日、内々定の連絡をもらいました~」
と、ピースサインを作る。
「なんや、マウント取りに来ただけか!? って、ツッコミたいところやけど……おめでとう! ホンマ、がんばってたもんな……良かったな、貴子」
「うん! ありがとう! けどさ、黒田ゼミ全員そろってお祝いしたいから、コタローくんも早く内々定とってよ?」
「そんな、魚の手掴みをするみたいに簡単に言わんといてや……こっちだって、動かないとアカンな~とは思ってるんやから……」
こんなふうに、虎太郎と貴子がいつものような会話を交わしていると、ゼミ室に大野豊と歳内理乃の二人が入室してきた。
「内々定おめでとう! 良かったね、貴子」
「これで、ウチのゼミでも、サークルでも、残るはコタローだけになったな」
理乃と豊が、虎太郎たちに声をかける。
「ありがとう、理乃! いま、黒田ゼミ全員の内々定が決まったら、お祝いしようって話してたんよ! そのためには、もう一人がんばってもらわないとダメなヒトが居てるんやけど……チラッ! チラッ!」
「わざわざ効果音付きで、こっちをチラ見しなくてイイから!」
貴子の言動に虎太郎がツッコミを入れると、理乃はクスクスと笑いながら反応する。
「二人とも、本当に仲がイイよね~。中野くんも、早く貴子を安心させてあげないと!」
「それは、難しいんじゃない? だって、今年のコタローは、自分の将来より大切な事があるみたいだから……」
理乃の言葉に豊が返答すると、貴子は、その言葉に便乗した。
「そうそう! 野球でオリンピックの出場目指してるもんな! コタローくんの場合は、競技じゃなくて、応援の方やけど……」
笑いながら話す彼女に、虎太郎は、すぐにツッコミを入れる。
「今年のオリンピックは、無観客試合に決まっただろ? そもそも、応援でのオリンピック出場ってなんだよ!?」
彼の言葉に貴子たち三人は声をあげて笑ったあと、豊が冷静な一言で釘をさす。
「まあ、野球の応援も良いけど、自分のことにも本腰を入れなよ? お母さんだって心配してるだろう?」
大学の入学直後に虎太郎と親しくするようになってから、彼の母親である涼子の世話になることが多かった豊は、その親心を気にかけながら、友人を諭した。
「はいはい、わかりました……でも、とりあえず、週末のジャイアンツ三連戦が終わってからな。日曜日には、ABCテレビで『虎バンスペシャル#あかん阪神優勝してまう』の特番が放送されるし、それが終わってからでも良くない?」
「いやいや! 良くない、良くない!!」
「無い内定」のゼミ生の暢気な返答に、三人は声を揃ってツッコミを返す。
周囲には心配をかけどおしの虎太郎ではあったが、他方、彼自身の心境が前向きなことからもわかるように、この年の阪神タイガースは、開幕から投打が噛み合って着々と白星を重ねていて、苦手の交流戦も11勝7敗と勝ち越し、交流戦明けのこの日までに貯金20を積み重ねて、2位で並ぶジャイアンツとスワローズに7ゲームの差をつけて、セ・リーグの首位を快走していた。
虎太郎が、このチームを応援しはじめて、すでに13回目のシーズンを迎えていたが、タイガースが、これほどの大差をつけてペナントレースを独走するシーズンはない。
しかし、2009年のシーズンから、プロ野球の観戦をはじめた彼は、その前年に、野球ファンから「∨やねん(笑)」と揶揄される悲劇について、身をもって知ることはなかった。
「これだけゲーム差がアレば、さすがに、今年は優勝できるだろうし……就活だって、まあ、なんとかなるだろう」
過去に同じような経験を2度も体験しているにもかかわらず、中野虎太郎は、贔屓チームと自分の残りの学生生活を、そんな風に楽観視していた。
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