も◯たよしのりの夜

たんぽぽ。

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 私ともん◯よしのりとの出会いは、分娩ぶんべん室での事だった。



 某病院6階産婦人科病棟分娩室にて。

 助産師が「全開でーーーす‼︎」と叫んだ後も、赤子はなかなか降りてこなかった。

「パネェーーー! パネェーーーー‼︎」

 分娩台の上で、パネェ痛みに私は叫び続けた。助産師に「深く呼吸して下さいねー」と言われたが、そんな余裕は無かった。

 陣痛の波が収まったところで、枕元のオロナミンCを震える手でこじ開け、ゴキュゴキュと一気飲みした。

「ファイトーーいっばぁぁぁつ‼︎」

「それはリポビタンDですよ~」

 助産師は冷静に突っ込んだ。

 また地獄の陣痛が襲って来た。私はのたうち回る。

「パネェーー! パァネストゥッ! パネーション‼︎」

 パネェをいい感じに活用させてみたが、一向に赤子は降りてこない。

 すると、なんか白衣姿の医学部生(多分)がぞろぞろ入ってきた。5人もいる。分娩の見学だろうか。

 当たり前だが、皆真顔だ。私が苦悶の表情でパネパネ叫んでいるのに対して、黙ってジッとこちらを見ている。

 この温度差。そんな隅っこで遠慮せずとも、景気付けに手を叩いて「頑張れや~い」と声援を送ってくれたり、私を取り囲んでマイムマイムでも踊ってくれた方が断然良いのだが。

 この部屋で、私だけがうるさいのだ。完全に向こうに分がある。恥ずかしい。

 それでもめげずに、絶叫しながらも「深い呼吸」を試みていたら、

「はい、もっかい息んだら赤ちゃん出ますよー。いってみよう! やってみよう‼︎」

 産婦人科医が言う。

「懐かしの教育テレビーーー‼︎」

 私が叫ぶと、スポーーン‼︎ ホントに出た! さすが産婦人科医‼︎

「はい! お疲れ様です~。男の子です~」

 赤い生命体が出てきた。助産師が赤子を向こうに抱えていき、まずは体重などを測っているようだ。

 疲れた……寿命が10年くらい縮まった気がする……。しかしこれで、カロリーやむくみや腰痛との戦いも終わった……長かった……(この時はまだ、完全母子同室大部屋母乳鬼推奨との壮絶な戦いが待ち受けている事は知る由もなかった)。

 息子のいる方面から何かかすれた音声が聞こえる。

「へぇー……へぇー……へぇー……」

 感心している訳ではない。息子の産声なのである。めっさ、か細い……大丈夫なのかこれ……?

 しかし助産師が「弱々しいなオイ!」とか突っ込まないので、異常は無いのだろう。多分。

「1、2、3、4、5! 1、2、3、4、5! ヨシ、オーケー!」

 助産師が手足の指の数を数えている。

 その後なんちゃかんちゃの処置が終わるまで、一時間弱かかった。医学部生(多分)の兄ちゃん姉ちゃんや産婦人科医は、いつの間にか消えていた。

「へぇー……へぇー……へぇー……」

息子はまだか細く泣いている。

「お母さんの横が安心するかな~」

 助産師は白い産着を着た息子を、寝ている私の隣に置いた。透明なケースみたいなのに入れなくて良いのだろうか……不安だ……。

 しばらくトントンしていると息子は泣き止んだ。腹が上下しているから、ちゃんと生きているようだ。

「わっしょーーーい‼︎」

 突然ドアが勢い良く開いて、母が入って来た。今まで1階の受け付けで入院手続きやら何やらをやっつけてくれていたらしい。

 早速息子の側までやって来た。

「可愛かねぇ~~。やっぱり新生児と言えば、大泉門だいせんもんよねぇ」

 母は息子の前頭部をピコピコ突ついている。

「ちょっとやめてよー。オモチャじゃないんだから……」

 その時、息子が例の声でまた泣き出した。絶対ピコピコ攻撃のせいだ。いらんことを……。

「へぇー……へぇー……へぇー……」

「あらハスキー。もんたよし◯りみたい! 将来は歌手になって親孝行だネ!」

 息子は生後一時間でもう将来を嘱望されてしまった。

 大泉門を突つき倒して気が済んだのか、母は「ほいじゃねー」と言って帰って行った。彼女にとって息子は5人目の孫なので慣れたものだ。

 そして姑サイドの孫は、4人全員男になってしまった。ゴメンね姑。

 再び息子は眠ったが、部屋で何かの作業をしていた助産師まで「部屋の移動はしばらく待って下さいねー」と言って部屋を出て行ってしまった。

 私は新生児と分娩室に残された。マジか……ふにゃふにゃ生命体と2人きり。怖い。

 とりあえずすることが無くなったので、姑に連絡する事にした。

「もしもし、お世話になっておりますぅ~、二男坊の嫁でございますぅ~、はい、たった今生まれましたー。予告通り男でした! ……はい、どうもどうも。はい、はい。ではー」

 あー緊張したぁ。夫はどうするか。まぁいいや。どうせ一人焼肉でも満喫しているのだろう。独身気分に水を差すのも悪いし、連絡は後日で良かろう。

 また手持ち無沙汰になった。そういえば母が、も◯たよしのりがどうこう言ってたな。

 恥ずかしながら私は彼のことをよく知らなかった。早速スマホでもん◯よしのりを調べてみた。ビバ、スマホ‼︎ 文明の利器‼︎

 彼は、母の言った通りハスキーボイスだった。素敵なボイスだった。

 私はベッド上で、もんたよし◯りのハスキーを堪能した。

 堪能していると、またまた息子が泣き出した。

「へぇー……へぇー……へぇー……」

「オーヨチヨチ。オカーチャンダヨー」

 慎重に抱いてみたが、どうすれば泣き止むのかわからない。息子の泣き声はどんどん大きくなる。それどころか左腕をやたらぶん回し始めた。左利きなのだろうか?

 そうこうしているうち、もんたよしのり◯のハスキーと息子のハスキーが素晴らしいハーモニーを奏で出し、終いにはどっちのハスキーがもんたよ◯のりで、どっちが息子のか分からなくなった。

 彼らのハスキーは、分娩室の窓を突き抜け、暮れはじめた空に溶けていった。

 こんにちは、もんたよ◯の……違った。赤子。
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