夏の行方。

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2章 蠢く者

6話 腐敗した歓喜

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帰宅した月也はベッドにドスンと倒れ込んだ。頭の中には様々な想いが渦巻いている。辿ってみればなぜ自分自身が神社に足を運んだのか今考えてみればそれすらも不思議に思えるほどに自分の行動が不可解であった。そしてなによりも暗号とも解釈できる例の落書きもまた自分に宛てたものであると感じ、そして偶然見つけたにしては不可解だと頭の中で交錯した想いは細い系が絡まったかのようで解くには容易では無さそうだ。

(22:00にあそこに行けば何かあるのか)

そんなのは非現実だと自分に言い聞かせるが、近日行かなくては行けない使命感のような感情が月也を支配し始めた。この日は考えを巡らせすぎたこともあり眠りに落ちる時間がいつもより早かった。



辺りはしらしらとし始め、暗闇を脱ぎ捨てたカーテンが薄らと発光している。静かに冴え渡った空気は森羅万象を見透かしているかのようだ。鳥目を癒すスズメのさえずりと羽音は四方から響き渡り、朝を知らせた。

月也は喉と口の渇きで咳き込みながらゆっくりと起き上がると汗に濡れたTシャツを脱ぎ捨てた。寝心地の悪さに夜中に何度か目を覚ました月也は寝ぼけ眼で階段をフラフラと降り、冷蔵庫の麦茶をコップに注ぎ一気に飲み干す。学校の準備をするには早すぎるこの時間に目を覚ました月也はベッドに腰を下ろした。

「今日は学校いく」

海斗と晴雄に連絡していなかった月也は2人にメールを送ると二度寝をすることにした。

次に目を覚ました時間は学校へ行く日いつも起きる時間だった。月也は部活動には所属していないため他の生徒よりもゆっくりめの登校だ。

教室に入った月也は相変わらず朝のホームルームギリギリの時間だ。普段なら海斗が席に座り、その隣には晴雄が立っている光景から1日が始まるのだが、海斗も晴雄もそれぞれ自分の席につき、ボーっとしていた。違和感を感じた月也だがそこに触れることなく、薄っぺらいスクールバッグを机のフックに掛けて椅子に座った。

「お!きたな~」
いつもなら陽気に笑う海斗だが、ぎこちない笑顔に気持ち悪さを感じたがそれでも触れることはしなかった。

ホームルームが終わり、1時限目の準備休みになると晴雄が2人の元にゆっくり歩み寄る。そして少しぎこちない笑顔で月也に挨拶をすると海斗に向き合った。

「海斗くん昨日はごめんね。」
海斗は一瞬の硬直こそあったがその言葉をすぐに受け入れると「そんな時もあるだろー!気にすんな」そして大笑いと共に晴雄の肩を両手で掴みグラグラと激しく揺さぶった。

そして晴雄は月也に一言。
「昨日は心配したんだよ...何かあったら僕たちに相談してよ?」
そのセリフを聞いた瞬間、海斗は強い違和感を抱いたが「そうだぜー!なっ!月也」と笑いかけた。



今日は早退することなく学校の1日を終えた3人は当たり前のことなのだが妙な達成感があった。

「僕は今日はもう帰るねー」
晴雄は下校のチャイムと共にスタスタと教室から出て行った。普段なら必ず3人で帰っていたが晴雄の変化に海斗は再び違和感を感じたが月也はその違和感も特に気にする事はなかった。いつも3人で潜る校門だが今日は2人。ヒグラシの涼しげな鳴き声はまだ日の当たる空を駆け巡る。

海斗「お前も真っ直ぐ帰るのか?」
月也「だな」
海斗「そうか...」

海斗は強引に遊びに誘おうとはせずに黙って空を見上げた。それぞれ違った生き方や違った考え方。それに合わせる必要も誰かを合わさせる必要もないのだと学んだ海斗は少し寂しげな表情を浮かべたまま月也の隣を歩いた。


帰宅した月也は深妙な面持ちで携帯電話の画面を見つめている。そう、今日22時に深森神社へ行こうと決心していたからだ。何かが変わる何かが起きるとは当然考えられないが妙に気になった月也は今日行くべきだと思いを固めていた。




辺りは真っ暗の闇に包まれ、遠くの田んぼからはカエルの鳴き声が乱反射している。住宅地を抜け商店街を抜け、月也の目の前には鳥居。月也は深く深呼吸すると携帯電話のぼんやりとした明かりを頼りに石段を上る。境内の端に1本だけ立てられた街灯があるがあまりにも頼りなく数メートル先も見えないほどの闇が月也に不安を与えながら包み込む。辺りを見渡しながらゆっくりとベンチに腰を下ろした月也は携帯電話の画面を確認した。

まもなく22時を迎える。目を凝らして周りを見渡しても何も見えないこの空間に身を置くと聴覚がいつもより敏感になる感覚を覚え、息を潜めるように周りの音に全神経を集中させる。カラスや獣の鳴き声が聞こえた瞬間、月也はドキッとしたが再び深呼吸をした。

獣の鳴き声が騒がしくなり始めた時だった。

ザッ...ザッ...ザッ...
遠くから足音がする。月也は堪らずに声を上げた。
「誰だ!?」

すると足音が一瞬止まったがすぐにまた足音が響き始める。

ザッ...ザッ...ザッ...

徐々に足音が近付いてくるのだが月也からは人影も何も見えない。しかし月也は確信した。
(向こうには俺が見えてる)

足音がまだ遠いこともあり、携帯電話の明かりでは何の役にも立たない以上は危険だと感じると走って街灯の下に立った。ここなら辺りがある程度見渡せる。月也は足音の方に体を向けて、ただならぬ雰囲気に身構えた。足元やその周りに武器になる物は落ちていないかと考えるほどの緊張感だ。

足音はどんどん近付き、人影がぼんやりと見えた。そして街灯の下、2人対面した。

「晴雄!?なにしてんだ?気味の悪い現れ方しやがって...」

月也の前に現れたのは晴雄。月也は混乱して何が起きているのか分からないこの状況だが晴雄の姿を見てホッとする気持ちもあった。しかし状況はどうだろうか。

晴雄「やっぱ来るんだね君は(笑)あんな落書きのために(笑)」

月也「晴雄...?」

晴雄「なんで僕が来たか分かる?」

月也「説明しろ...」

晴雄「あの落書きは僕が書いたんだよ。いつかどうせウジウジ泣きべそかいてまたここに来るだろうってね(笑)いやー長かったよ。いつ来るか分からないものを待ったんだもん。」

月也「おい...さっきから何言ってんだ...」

晴雄「来週から夏休み。もうじき1年経つんだね」

月也「夏美のことか!?何か知ってんのか!」

晴雄「バカっぽ...」

晴雄はゆっくりと月也に近付いたその瞬間、月也は勢いよく晴雄の胸ぐらを掴んだ。

月也「何か知ってるんだな?話せ」

晴雄「まだ分からないんだ(笑)説明めんどくさいや...もう死ねば?」

月也の下腹部に焼けた火箸を当てられたような激しい熱さに似た激痛が走る。月也は下腹部を押さえながら膝を付いた。下腹部から太ももにお湯が伝わるような生温かさを感じた。それは地面にポタポタと落ちていく。

「あ...が...」
月也は声にならない声を必死で上げながら自ら救急車を呼ぼうとポケットから携帯電話を取り出したが晴雄は月也の握る携帯電話を腕ごと蹴り上げた。携帯電話はカチャッカチャッと月也の手を離れて転がっていった。

「し...死んじゃえばいいんだ」
晴雄は目を見開き全身を震わせながら横たわる月也を見下ろした。そして言葉になっていない甲高い歓喜に満ちた奇声を上げながら走り去って行った。

月也はずるずると地面を這いながら転がった携帯電話を血まみれの手で握った。

(死ぬのか...)



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